インターネットの20年:若者のコミュニケーションは文字からビジュアルへ
2016/02/22
2月18日に刊行された『情報メディア白書 2016』。当連載では、同書の巻頭特集「インターネットの20年」のダイジェスト版をお届けする。
インターネットの普及はオーディエンスの情報接触行動を大きく変えてきた。日本のインターネット元年ともいわれる1995年からの20年に何が起きたのか。電通総研メディアイノベーション研究部が独自の視点で捉えた調査・分析を元にまとめた。
第1回は、文字からビジュアルへ、変化した若者スマホユーザーの情報行動のトレンドを7つのポイントで解説する。
常にスマホを持ち歩き、ことあるごとに写真や動画を撮影してSNSでシェアという習慣が定着した若者にとって、かつて「特別な日の記録」であった写真や動画は、いまや、日常的に感情や情報を人と共有するための「コミュニケーションの道具」となった。こうしたビジュアルコミュニケーションの活性化とは対照的に、文字でのコミュニケーション(リテラルコミュニケーション)の重要性は低下しているようだ。
この「ビジュアルコミュニケーション」の内実を把握することは、若者はもちろんのこと、スマホユーザー全般の情報行動の未来を予測する上でも重要なヒントになる。電通総研実施のリサーチ(電通総研メディアイノベーション研究部「ビジュアルコミュニケーションに関するGI調査」2015年9 月)を通して7つのポイントが抽出された。
視覚的・直観的なビジュアルコミュニケーションは、感覚優位な女性がより積極的にリードしている。思い出を写真に撮ってリアルタイムにシェアする習慣は男女ともに共通のトレンドだが、女性が主導する最も大きな要因は「写真加工アプリ」である。
女性は写真をSNS上でシェアすることに加え、いかに「盛る」(加工する)かにも重きを置く。プリクラ時代から続くこの文化は、昨今のスマホの普及と加工アプリの充実に後押しされ、若い女性を中心に広範な広がりを見せている。
また、もうひとつの要因として、ビジュアルコミュニケーションアプリの視聴傾向における男女の違いが挙げられる。「自ら見たいものを検索して見る」目的視聴型のYouTubeやニコニコ動画などは、機能重視な男性からの支持が高い。
一方、気分重視な女性は、特に目的はなく「雑誌を眺めるような感覚」でビジュアルコミュニケーションアプリを高頻度に利用する傾向にある。
若者は多様化するビジュアルコミュニケーションアプリを「連絡、情報収集、シェア、加工、娯楽、保存…」など、目的に応じて器用に使いこなしている。また、若者がビジュアルコミュニケーションアプリごとのTPOをわきまえた投稿をする点にも注目したい。
例えば、Facebookは親や先生を含めたあらゆる人とつながっている「フォーマルな場」と認識されているため敷居が高く、自身の誕生日や卒業式など人生のイベント事のみを「報告書」として投稿する。
Instagramはお洒落な人が集まる「ハイセンスな場」であり、スタイリッシュに加工した写真でワンランク上の自分を演出する一方、そのルールから外れないよう投稿する写真には気を使う。
Twitterはさまざまな人種やカルチャーが混在する「カジュアルな場」。そのため自分を取りつくろう必要もなく、更には複数アカウントを併用してそれぞれのコミュニティーで異なった「キャラクター」を使い分けて自己表現している。
図は調査対象者のビジュアルコミュニケーションアプリの使い分けを「発信面」「閲覧面」に分けてマッピングしたものである。
直観的な情報処理を促すビジュアルは、ファッション・美容・料理・トレンドスポットなど、感性で判断する情報ニーズを満たすツールとして最適である。そのため、こうしたテーマの情報は、Instagramの「#」(ハッシュタグ、投稿者が投稿写真につける検索用キーワード)で検索するのが、若者間では当たり前になっている。
限られた友人や嗜好性の合ったユーザーのみでつながれる閉鎖的なコミュニケーション環境ゆえ、利害の絡まない信頼できる情報を取得でき、また、自分の関心や好みのテイストにジャストマッチした情報を効率的に得られるという点も、Instagramが支持されるポイントである。いわば、インタレスト(興味)でつながるトレンドの検索窓といっても過言ではない。
若者の情報源に加わるためには、文字で説明するより、行きたいと思わせる写真を一枚でも届けられるかが重要な鍵となる。
数年前まで、ブログなど「言葉で明示的に感情を記述する日記型」の投稿が主流だったものが、今は、「ビジュアルでインデックス的に端的な事実を記録するアルバム型」にシフトしてきている。
今の若者は、ソーシャル上で情報が筒抜け、かつすぐにシェアされてしまうというSNS特有のリスクに加え、人と競わず調和を重んじる「ゆとり教育」や、「空気を読む」ことを求められて育った時代背景から、他者視線を極端に意識して真の感情を語らないことが特徴的だ。
リテラルコミュニケーション時代はある種、投稿者が一方的に「思いをアップ」していた発信型コミュニケーションであったが、ビジュアルコミュニケーション時代は、人と双方向に「思い出をシェア」する共感型コミュニケーションになったとも捉え直すことができる。
また、「アルバム型」にライフログが集積されていくことで、ユーザーの無意識の中のインタレストが、写真によって表面化され、自身の嗜好性をセルフフィードバック的に発見できるようになったこともビジュアルコミュニケーションの特徴である。
Eコマースサイトでは、ユーザーの購買履歴に基づいたレコメンドが一般的になったが、こうしたビジュアルコミュニケーション上に現れたニーズを読み解くことも若者のインサイトを捉え、消費行動の導線につなげる上では見逃せない重要なヒントとなる。
ビジュアルコミュニケーションは、情報の受発信のハードルを下げ、何でもない日常のワンシーンを切り取って写真で気軽にシェアする、という習慣を定着させた。
その結果、「わざわざ言わない」情報も共有されることになり、知人・友人から著名人まで、普段知らない側面も見えるようになったことで、親近感のきっかけにつながっている。
また、写真や動画を通じた発信は、企業やブランドでも、言葉以上に「世界観が伝わる」「商品の興味や理解が深まる」といった効果があり、言語の異なる海外の情報をワールドワイドにシェアすることも、より手軽にさせた。
ビジュアルコミュニケーションはユーザー同士のフラットなエンゲージメントを構築しやすいコミュニケーションであり、若者は様々な世界との接点を持ち、インタレストの幅を広げている。
大量のビジュアルに埋もれぬよう若者のアテンションを獲得するためには、写真のアングル、加工、統一された世界観など、直観的な情報の取捨選択の瞬間に興味を喚起する「スタイル」が欠かせない。
また、若者がビジュアルコミュニケーション上で発信する写真の裏に隠されたインサイトにも注目したい。若者にとっては自己ブランディングの場とも捉えられているからだ。
ゆえに、「被写体としてフォトジェニックか」「リア充アピールできるか」などの「SNS映えするモノ・コトか」は、若者が写真を撮る際の大事なポイントである。SNS上の日常をこうした視点で彩ることで、若者は自己顕示欲求を満たしている。
いまやSNS映えするモノ・コトは、若者の行動を決定づける重要な行動指標にすらなっており、特に、トレンドセッターな若い女性たちから厚い支持を得るInstagramでは、こうしたモノ・コトは「インスタジェニック」と表現され、ユーザー同士、欲望や憧れを喚起し合い、見た人に行動を起こさせるトリガーとして働いている。
若者にアテンションからアクションまでつなげてもらうためには、いかに憧れを抱かせるスタイルで発信するかが肝要である。
ビジュアルコミュニケーション時代を象徴する現象に、「そのビジュアルのオリジナル(発信源)が不明のまま、いつのまにか多くの人が共感や憧れを抱き、その体験をコピーしていく」というものがある。
誰もが簡単にビジュアルで体験を受発信できる環境になったことで、人の体験を見て、自分も「こうありたい」「こんなことがしたい」という憧れ、興味関心、消費意欲が喚起される(逆に、した気になって代理消費してしまう)経験が若者のユーザー間で増加している。
電通総研では、この現象をビジュアルコミュニケーション時代における新しい情報伝達やトレンド伝播のスタイルと捉え、これを「シミュラークル型」*と名付けた。
このシミュラークル型で注目すべきことは、憧れや欲望の対象が「モノよりコト」という点だ。例えば「話題のパンケーキを食べに行き、写真を撮ってSNSでシェアする」という行動において、投稿者の欲求を満たすものは「パンケーキ」ではなく「はやりのパンケーキを食べるお洒落な生活」である。
かつて車やブランド品を持っていることがステータスだった時代と比較すると、今はSNS上で「こんなすてきな生活を送っている」とリア充アピールできる体験こそが若者の豊かさの象徴となった。
ビジュアルコミュニケーションは「モノの所有よりコトの共有」で今の若者の欲望を満たしており、その憧れるシーンがパターン化して現れた現象がシミュラークルである。そこにはビジュアルコミュニケーション時代を理解する上で欠かせない「コトづくり」(体験価値)の重要性が見えてくる。
* 「シミュラークル」とは、仏語で「虚像」「イメージ」「模造品」などを意味し、20 世紀のフランスの思想家、ジャン・ボードリヤールが提唱した概念「オリジナルなきコピー」のこと。
詳しくは書籍『情報メディア白書2016』で。