Dentsu Design TalkNo.67
個人と社会をなめらかにつなぐ、新しいコンテンツのつくり方、届け方。(前編)
2016/03/04
鈴木健さんは日米を拠点としたニュースアプリ「SmartNews」(スマートニュース)の共同創設者。その著書『なめらかな社会とその敵』は、インターネット誕生後の複雑化する情報社会における人間や社会の生態学的進化の可能性を示し、「SmartNews」の急速な拡大、成功と共に注目を集めてきた。鈴木さんとtakramの田川欣哉さん、コルクの佐渡島庸平さんは、プログラミングとアート、コンテンツと新しい流通、ビジネス開発プロセスなど、大きなテーマでの関心が重なり、これまで対話を続けてきたという。今回は前編で鈴木さんの仕事と哲学を、後編では3人それぞれの「コンテンツの定義、つくり方」をめぐるトークをお届けする。
「SmartNews」を生んだ
研究者・鈴木健の思想
佐渡島:今日は編集者として、2人からお話を引き出す役目をさせていただきます。急成長する「SmartNews」がどんな思想でつくられたのか、まず鈴木さんからお話しいただきます。
鈴木:僕には大きく2つの活動があります。ひとつはアカデミックな場での研究活動、もうひとつは事業をつくる活動です。この2つが二重らせんのように僕の活動を推進させています。
2013年1月に出版した著書『なめらかな社会とその敵』は、学術書ながら幸い一般の方にも読んでいただき、1万2000部という異例の部数になりました。300年後の社会システムをインターネットを使ってデザインすることをテーマにした本です。“価値が伝播する” 新しい貨幣システムなど、13年分の研究と思考の履歴を集積しています。
大学院ではコンピューターを使って生命現象をつくる、人工生命の研究をしていました。その研究をしながら気づいたのは、社会システムもまた、生命システムの進化の一環であるということです。
例えば単細胞生物は、仕組みは単純ですが、食物を見つける認知システムを持ち、自分に必要なものを摂取して細胞を維持しています。こういう単細胞の行為は、われわれが社会の中で行っている私的所有の生物学的起源ではないか。人間は60兆個の細胞からなる多細胞体ですが、一つ一つの細胞は細胞膜によって、外から物質が入らないようにしたり、代謝して追い出したりしながら、中の細胞システムを維持している。つまり、そういう“膜”をもって、われわれは自分自身の構造を維持しているわけです。
つまり、社会による所有や国の国境は、遡行すると細胞が起源ではないかと考え至ったのです。であれば、道具、建築、服、環境…生命を取り囲むあらゆる創造物とインタラクションを、どうデザインしていくかに、全ての社会的な問題が帰着していきます。
パーソナルコンピューターの父と呼ばれるアラン・ケイは「メタメディア」という概念を提唱しました。これまでの時代はメディアがある程度固定的で、その上でどんなコンテンツを流通させるかが重要でした。活版印刷の発明によって、ペンの力が社会を動かす時代が生まれたように。しかし、メディアそのものを誰もがつくれる時代が来るとアラン・ケイは予見します。彼が目指したのは、300年かけて世界中の人をプログラマー(=メディアをつくれる人)にする世界です。世界中の人が読み書きできれば世界は変わる、さらに世界中の人が新しいメディアをつくるようになったら? それが彼の挑戦状であり、そのために彼は子どもにも書けるプログラミング言語「オブジェクト指向言語」を発明するわけです。
そういう社会を見据えて自分は何を仕事にするべきか考えたとき、自分でサービスやメディアをつくりたいと考えました。僕の持っているビジョン「なめらかな社会」は、徹底的に多様性が許容される世界です。男か女か、フランス人かアメリカ人かといったように0か1かきれいに分けるのではなく、その中間を認めてリッチにしていく。そうしたなめらかな社会の実現の前には大きな壁がたくさんあります。著書『なめらかな社会とその敵』では、その壁を壊すための情報技術を使った新しい社会システムについて書きました。ここまでが研究活動としてやってきたことです。
一方で、大学院を休学してはベンチャーの起業をすることを繰り返していて、SmartNewsは3年前(2012年)に立ち上げました。天才エンジニアの浜本階生と2人で始め、今は国内で50人弱、アメリカで10人のメンバーがいます。僕らのミッションは、良質な情報を世界中に送り出すこと。世の中には良質のコンテンツをつくっているメディアがたくさんあるのに、それが読まれていない。そこに問題意識がありました。
ダウンロード数は1500万を超え、日本での月間アクティブユーザー数は約500万人。特筆すべきは、日本でもアメリカでも、月間総訪問時間が他のニュースアプリを突き放して圧倒的に長いことです。面白いコンテンツを出すことに力を入れてきた結果だと自負しています。
SmartNewsに編集部はありません。全ての記事はアルゴリズムで選ばれます。このアルゴリズムのベースは集合知です。一般的にアルゴリズムで記事を選ぶとパーソナライズ化の方向に行きますが、SmartNewsは「あなたが興味のあるニュース」ではなく、「あなたにとって発見のあるニュース」を届けます。「興味がないかもしれないけれど、発見があるかもしれないから届けます」というアプローチです。
根本にあるのは、多様なコンテンツ、多様な価値観をユーザーに届ける思想です。今はソーシャルメディアの普及によって、フィルターバブル現象が起きている。要するに、自分の興味関心のあることしか読まなくなっている。しかし、自分と違う考え方に触れないというのは、ある種、民主主義の基盤の破壊にもつながります。SmartNewsがやっていることは微々たることですが、できる限り多くの方々が自分と違う視点や考え方があることを許容できる社会を目指したいと思っています。
不明瞭な仕事をする人が
次の時代をつくる
佐渡島:自分でサービスを立ち上げるに当たり、なぜ鈴木さんは「ニュース」を選んだんですか?
鈴木:最初考えたのは、価値が伝播する貨幣システムでした。アイデアのリミックスで新しいコンテンツが生まれるように、価値が投資のように伝播していく貨幣システムです。やがて、これは情報の流通にも使えると考えるようになったんです。
2004年ごろに出てきたSNSにインスパイアされ、最初はソーシャルネットワーク上を情報が伝播していくRRSリーダー「ソーシャルトラストネットワーク」を立ち上げました。自分と共感性の高い人が興味を持ったものが推薦されるサービスです。今考えると、自動でできるTwitterのリツイートみたいなものだったんですが、ちょっと早過ぎました。
その後もずっとニュースなどのレコメンドサービスを考え続けて、やがてエンジニアの浜本に出会い、SmartNewsを始めることになりました。
佐渡島:今日は「コンテンツ」がお題ですが、田川さんの会社takramではどんなものをつくっているか教えてもらえますか?
田川:鈴木くんは0と1をなめらかにつなぐ中間にこそリッチな要素がある、という話をしましたが、takramでは「デザイン」と「エンジニア」という職種の中間にある「デザインエンジニア」という職種を提唱しています。一般にデザイナーとエンジニアではスキルセットもキャリアパスも交わらないのですが、その両方を行ったり来たりする人材を育成しながら、新しいビジネス、サービス、製品を、企業や研究者、ベンチャーと連動しながら生み出しています。直近のプロジェクトでは、日本政府とビッグデータビジュアライゼーションプラットフォーム「RESAS」のプロトタイプ開発をしたり、NHKの科学教育番組「ミミクリーズ」のアートディレクションをしたりしています。ハードウエアからソフトウエア・サービスまでいろいろなタイプのプロジェクトがあります。
最近は「デザインエンジニア」の人材モデルをさらに拡張させ、「BTC型人材」の育成をテーマに掲げています。ビジネス(B)、テクノロジー(T)、クリエーティブ(C)の3つの要素をハンドリングできる個人やスモールチームで、社会に新しいことを起こしていきたいんです。
佐渡島:takramのような会社は他にあまり例がないですよね。
田川:僕らの大先輩に当たる会社に「IDEO」がありますが、IDEOはさまざまな分野のスペシャリストをチームに組み込む考え方です。僕らの特徴は、個人の中に複数の分野を取り込んでしまった人たちが、さらに協業したら何が起こるのかというアプローチです。
佐渡島:鈴木さんは、SmartNewsはなぜここまで成長できたと思いますか?
鈴木:タイミングの良さは絶対にあります。予想の10倍近いスピードで普及して、当時僕ら自身が「え!?」と驚いたくらいですから。振り返って考えれば、考えていた以上に、みんなニュースが読みたかったんじゃないでしょうか。地下鉄で電波が入らなかったころは、多くの人が移動中にスマホでゲームをしていましたよね。それを見て、本当はニュースが読みたいんじゃないかと思ったんです。それがオフラインでも読める「スマートモード」の開発につながりました。スマートモードは人気に火をつけた要因のひとつだと思います。
佐渡島:スマートフォンの次のデバイスが出てきたら、と考えることはありますか?
鈴木:スマートフォンに代わるプラットフォームが出てくる可能性は当然あります。新しいデバイスやメディアが生まれるスピードはどんどん速くなっています。昔はひとつのメディアができると数十年は持ちました。テレビだって日本では70年たたないくらいでしょう? 意外と新しいメディアなんです。パソコンはさらに転化が早まって15年くらいで入れ替わってしまった。スマートフォンが持つのは10年くらいかもしれない。こういう時代はメディアとコンテンツの両方に関わらないと面白いことはできません。おそらく僕らが生きている間はずっと、50年か100年くらいイノベーションが加速していくんじゃないでしょうか。世界史上類を見ない時代です。次々と新しいことが起こるから、Aの技術、Bの技術と成熟させていく時間の余裕もない。こういう時はマルチスキルが要求されます。
僕が考えるマルチスキルは、AとBの両方の技術を持っている人ではありません。AともBとも名前がつけられていない何かを共有しているんですよ。A&Bというコンセプトを使う人たちは、たいていAにもBにもアイデンティティーがなくて、どちらでもない別の何かなんです。言葉にすると難しくなっちゃうんですけど。
田川:takramが言う「デザインエンジニア」にも、デザイン&エンジニアではなく、デザイン業界にもエンジニア業界にも縛られないエリアを見つけたいという思いが込められています。鈴木くんが言っているように、当分の間はイノベーションが加速する時代が続くだろうと感じます。僕は今年からイギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)のイノベーション・デザイン・エンジニアリングで客員教授をしています。この学科では「今、実践的な教育に求められているのは、私たちがはっきりと定義できない、もしくは不明瞭な状態にある仕事を担当するような人々である」というピーター・ドラッカーの言葉を教育の哲学として引用しています。例えば「グラフィックデザイナーを育てる」と言った瞬間に、過去に定義された枠内に人を収めてしまうことになりかねない。そうではなく、これから仕事が定義されるような、新たなフレームワークをつくれる人をどう育てるかという話なんです。
※後編につづく
こちらアドタイでも対談を読めます!
企画プロデュース:電通イベント&スペース・デザイン局 金原亜紀