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あなたの会社を変える「専門人材」No.3

M&A領域に学ぶ「社会、組織、個人」の関係(後編)

2016/04/14

20年以上にわたり、M&A領域の第一線で活躍してこられたプライスウォーターハウスクーパース マーバルパートナーズ(※肩書きは取材当時。現PwCアドバイザリー合同会社 パートナー)の岡俊子氏に、前編に引き続き専門人材の育成について伺う。「これからは“個の時代”」との意見にある背景とは?

※第1回「オープンな人材活用がイノベーションを実現!
※第2回「
M&A領域に学ぶ『社会、組織、個人』の関係(前編)

中途が根付かない企業は同質化を避けられない

神野:前編では、今のプロフェッショナルファームにおける人材不足のお話を振り出しに、事業会社との間での“リボルビングドア(回転ドア)”の利点や、企業カルチャーの醸成と中途採用人材などにまで話題が及びました。

引き続き、専門人材の生かし方に絞ってお話を伺いたいと思います。ある種の専門性を持って中途入社すると、ジョブディスクリプションが明確な場合が多いですよね。あらかじめ期待されている役割があることが多い。でも、先ほどの「もともといた人たちがジェラシーを感じるくらい声をかけたりして、なじめるようにする必要がある」という指摘には、考えさせられました。

岡:神野さんも「流動的な中途採用の人材だけだと、カルチャーが育ちにくい」と言われましたよね。中途の人は、もちろん一定の高い能力を評価されたからこそ採用されたわけです。でも、だからといって一人で新しい組織の中にそのまま放置しておいて最高のパフォーマンスを上げてもらえるかというと、そうではないんです。

神野:新卒だと、単なる役割以外のところで何を期待されているのか、言われなくても分かっていることが多いと思います。そういう人は自発的に働くことができるという評価になって、組織の中で頼りにされる存在になります。でもそういう“言わなくても分かる”部分が過大評価されることで、生え抜きの人が有利だというようにならないようにしないといけない。

岡:“言わなくても分かる” 新卒の人材は、組織にとって有難い存在ですが、そういう便利な人たちばかりを重宝する空気感のままでは、ダイバーシティの時代における組織作りは成功しません。中途の人が根付かない組織は結局、同質化を超えられません。だから中途の人たちにも“言わなくても分かる”レベルまでの情報を都度提供したうえで、各人がどう動くかを評価することが必要ですね。スタートラインに立つまでに必要となる情報を提供しなきゃいけないという意味で、中途の人たちに対しては、より多くのコミュニケーションが必要となるわけです。

神野:そうすると、新卒の人たちのアドバンテージが失われますね。

岡:ある程度はね。でも新卒としてやってきた歴史と時間がありますので、全てのアドバンテージが失われることにはならないと思います。

どんなにうまく回っている組織でも、一定の人たちは文句を言います。それがもし価値を出していない側の人で、解決策のない文句であったら、その方は他の会社に移った方がいいのかもしれません。

神野:例えば岡さんから見て、生え抜きの人材も外からの人材も、うまく生かせている成功企業の例はありますか?

岡:特定の会社名は挙げづらいですが、少なくとも「価値を出している人」がハッピーである企業はうまく人材を生かしているのだと思います。価値を出している人が辞める組織は、なにかを変える必要があるサインとみていいでしょう。

実際、多様性、多様性と言っている企業の中には、今はそういう世の中の流れだからと言って、本当はその気がないのにポーズで多様性と言っているだけの会社がありますが、多様な人材がいなければ事業自体が成り立たなくなる時代はもうすぐそこにきていますよね。

個人として、どこで働くと社会貢献度が高いのか?

岡:M&Aの案件に携わっている中でいつも考えることがあります。ある会社が売却対象となっている場合、「株主が誰になれば、その会社が社会にとって最も価値を出せる存在になれるか」ということです。今の株主のもとにいるのがいいのか、それとも別の株主の方がいいのか。M&Aによって、株主が交代した結果、売却対象となった会社の事業価値がより大きくならなければ、M&Aをした意味はありませんから。

人材に対する考え方も、同じだと思うんですね。人が働くことは社会に貢献することなので、社会貢献度が高い方がいい。もしも神野さんが、電通にいるより他社にいる方が生きるなら、電通に居続けるのは、社会から見ると損失だということになります(笑)。もちろん、今は電通で価値を発揮されているのでしょうし、多少の不満があったとしてもそれはポジティブな不満でしょうね。若い人のためには、もっとこうした方がいい、とか。

神野:たしかに、要望はありますが(笑)。そういうポジティブな不満と、先ほどおっしゃった「文句」は違うと。

岡:ええ。ポジティブな不満も受け取り方によってはネガティブに聞こえるので、会社側が真意を分からないと、うまく対処できないことがあると思います。ポジティブな不満は、解決策まで提示されている不満です。働きやすい組織を作るのに、ポジティブな不満はある程度必要ですよね。

神野:働きやすさを追求した会社、特にベンチャー企業などは、慣習にとらわれずに柔軟な働き方を取り入れている会社もあるでしょうが、規模拡大への対応が課題だと感じています。単に「大企業病」と片付けるのは簡単ですが、多様な人材にとっての働きやすさを維持しながら規模を拡大するのは簡単なことではないですね。一方でスケールしないとビジネスとしては難しい。そういう痛しかゆしの面はあると思います。

多様性や柔軟な働き方という点での先進国である米国では、事業部門ごとにある程度の裁量が与えられていて、事業部と会社全体とのバランスの中で各レベルでの価値観が共有されているケースが見られます。また、会社として大切にしていることが明確であるため、会社と個人の関係もフラットになり、規模が大きくなっても働きやすさが損なわれないという視点もあると思います。こうした流れが、もしかしたら日本でも今後出てくるかもしれないですね。

それぞれの役割を持ちながら、全体を見通す視点を養う

神野:では少し視点を変えて、人材育成と教育機関について伺いたいと思います。岡さんはビジネススクールの先輩でもありますが、ビジネススクールは分かりやすいですよね。目的がはっきりしている。

岡:そうですね。私は、今、M&A人材の育成を大学でも取り組めないかと考えているのです。大学院やビジネススクールの学生は、目的をもって入学する人が多い。でも大学生は、大学に行くこと自体が目的化していて、なんとなく大学生活を送っている。そんなもったいない時間の使い方をしているのだったら、M&Aを通じて企業の社会的価値について触れてもらいたいなと思いまして。大学は、職業人養成学校ではないという議論もありますので、大学の在り方については、どこかで議論が必要かとは思いますが。

神野:そうですか。大学によっては、M&Aの科目があるようですが、既存の科目とは違うものを目指していらっしゃるのですか?

岡:はい。大学には学部という壁がありますので、その学部の壁を超えるM&Aのカリキュラムを作りたいと思っているのです。M&Aもそうですし、起業家育成などもそうですが、大学の学部の枠組みでは全体像を教えられないのです。学部の壁を超えて横串でものを見なきゃいけない。例えば今、法学部で教えているM&Aは、M&Aで扱う契約書について教えますが、企業結合会計など会計の分野は扱いません。ファイナンスの学部では、企業価値の算定だけ教えています。各部ごとにそれぞれが担当する領域をパーツごとで教えているのです。これでは、M&Aを疑似体験することはできません。今後、産学で一緒にプログラムを組むなどして、横断的な視点でカリキュラムを作る必要があると強く思っています。

神野:部門をまたいでプロジェクトを組み立てて、予算を獲得していくようなプロデューサー的な発想が必要だということですね。これを、現在の大学で養うのは難しそうですね。

岡:そうですね。でも中学や高校と違って、大学はその4年間を受験のために費やす必要がないのですから、その代わりにぜひ、「自分がなぜ働こうとするのか」「なんのために働くのか」を考えてもらえたらと思いますし、大学側もそう促してほしいですね。

神野:横断的にものごとを捉えられるプロデューサー的な視点を養うのは、経営人材を育成することにもつながると思います。すると、おっしゃったように産学連携や、あるいはプロフェッショナルファームと事業会社が連携することで、社会インフラとして経営人材をつくる視点もこれからの世の中に求められるでしょう。

例えば企業の経営層をみても、以前はCEOの意向をくんでシステム上で効率的に組み立てるのがCIOやCTOの役割でしたが、今ではテクノロジーの進化を踏まえて会社の成長戦略を共に考えられないと、オフィサー職にはなれませんよね。

岡:そうですね。ご指摘のように“C●O”は、CEOと同じ目線で全体を見渡すことができた上で、さらに自分の専門分野からの視点で経営に携わる役割です。

よく言われますがT字型の人材であることが重要ですね。経営全体を見渡すことがT字の上の横棒で、横棒はできるだけ広い方がよい、専門はT字の縦棒で、これはできるだけ深い方がよいということですね。

企業の「事業部制」でも同じことがいえると思います。経営会議は、会社全体の視点で経営を議論する場です。ところが各事業部から出てきている「利益代表者」が、自分の事業部の件では他部門から口を出されたくないから、他部門でアレ?と思うことがあっても追及しないんですね。一つレイヤーの高い議論ができていない。でもそれではいけないですよね。

個人が組織にただ献身してくれる時代は終わった

神野:お話を伺うほど、M&Aの領域から見えてくることは、どんな分野にも通用する示唆が多いと感じます。では、あらためて、岡さんが人材育成について今感じていらっしゃることや、今後の展望などをお聞かせいただけますか?

岡:先ほど(前編参照)“リボルビングドア(回転ドア)”の話が挙がりましたが、企業の中で築いたネットワークは、ある意味で辞めても役に立ちます。これからの世の中、最後は人と人。個人ベースの情報発信も自由にできる時代ですし、それに共感する人とどんどんつながっていけますよね。一層、人間同士の付き合いが重要になるのではないでしょうか。

神野:なるほど。会社という箱はありつつも、人と人とのつながりに原点回帰するようなイメージですね。その中でまた、自分がどういう専門性を持っているのかを見極めたり、誰かの専門性を知ったりする。

岡:そうですね、表面的ではない本当の自分の専門性って、自分では分からなかったりするので、時には人に指摘してもらうのも大事だと思います。私は長年、メンターってあまりピンときていなかったのですが、最近になって良い方が見つかったんですよ。

神野:そうなんですね! どんな方ですか?

岡:当社のことをよくご存じの方で、何かあると連絡して、意見を求めています。直接的なアドバイスというよりは、状況に鑑みて「こう見えますよ」と教えてくれる。それによって私もひと呼吸おいて、物事を考えられたりしています。

神野:ますますパワフルになられて、日本をリードしていただきたいです(笑)。経営視点から人材の側の視点まで、さまざまなご意見を伺ってきましたが、最後にマクロ的な視点で、日本の人材育成に対する見通しをお聞かせいただけますか?

岡:高度経済成長期と違って、いまは「個の時代」になってきています。仕事柄いつも、「社会」「組織」「個人」という枠組みで経済や人の動きを見ていますが、社会は今非常に流動的です。日本人だからといって日本に住む時代でもない。企業も人も、本社や居住地をあっちこっちに移す時代です。だから人をつなぎ止めるための求心力が社会には必要です。

組織についても、終身雇用の時代ではないですから、雇用関係ができたからといって、組織の構成員である個人が組織に滅私奉公してくれる時代ではありません。

神野:組織と個人の関わりも大きく変わってきているんですね。

岡:はい。昔は、社会や組織ありきの個人という、社会⇒組織⇒個人というベクトルが働いていたと思いますが、今は、個人ありきの組織。個人⇒組織⇒社会という、従来とは逆のベクトルになってきています。個人が享受できる選択肢が格段に増えたためです。

個人レベルでは「こういう人生を歩みたい」とか「こういうふうに社会や組織に貢献したい」ということを真剣に考えて実現していく時代になったので、組織の側もそれぞれの意向にもっと目を向ける必要があります。だから組織は、多様性を重視することが必要なんです。いろいろな個が出てくると、その受け皿、活躍する場が必要ですから。そうした受け入れ準備のできる組織が、今後は伸びていくと思います。人が足りない時代は、人を集められる組織が勝つのです。