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あなたの会社を変える「専門人材」No.4

日本企業が変わりゆく時代に対応するために(前編)

2016/05/11

企業活動の多くの領域において、事業成長や変革のために自社内では育成しにくい専門人材を外部から採用するケースが当たり前になっています。本連載の2回目以降は、専門人材の育成や活用について、さまざまな分野の第一線で活躍する方々を訪ね、そのヒントを伺っていきます。今回は、ハーバード・ビジネス・スクールの日本リサーチ・センター長、佐藤信雄氏を訪ねました。前職でのヘッドハンターの経験も踏まえて、経営人材やグローバル人材の育成における課題と、日本企業におけるダイバーシティーマネジメントについて話を聞きました。

リーダー人材育成の最高峰から日本はどう見えている?

神野:この連載は、プロフェッショナル人材の育成や活用をテーマにしています。前回は、高度に専門化した人材が活躍しているM&A領域に学ぶため、現PwCアドバイザリーの岡俊子社長にお話を伺いました。最近では企業内にM&Aが分かる専門人材を置くことも多くなってきたので、同社のようなプロフェッショナル事業者が提供すべき専門性も変化しているし、それに応じていく必要があると話されていました。

佐藤:そうでしょうね。企業からのプロフェッショナルファームへの期待も変わっているでしょう。

神野:ええ。また、昔と違って黙っていても個人が会社に忠誠心を持ってくれる時代ではないので、社会・組織・個人という軸で考えなければいけないと。組織になじめるか、というウエットな部分も含めて、中途採用したプロ人材をうまく生かしていかなければ、日本企業は均質化・同質化の流れを避けられない。グローバル対応ができない、という課題も挙がりました。

今回、佐藤さんに伺いたいのは、私の思い込みもあるかもしれませんが、やはりビジネススクールはアカデミックというより経営者養成校という側面が強いと思うんですね。特にハーバード・ビジネス・スクール(以下、HBS)では、世界最高峰のスクールとして今どのような経営者人材育成が行われているのか、グローバルのトレンドはどうなっているのだろうかと。そこから、日本でどのようにグローバルに活躍できる人材を育て、生かすべきか、示唆を頂きたいと思っています。

佐藤さんも、かつてはHBSで学ばれたんですよね。銀行と人材コンサルティング会社でキャリアを積まれて、現職に2009年に就任されたと伺っています。まずは、HBSのリサーチ・センターという機関について教えていただけますか?

佐藤:HBSの本拠地は米ボストンにあり、MBAのプログラムには現在80カ国以上、1学年900人強、MBAは2年間のプログラムなので常に1800人強の学生が学んでいます。さらに企業幹部向けのプログラムには年間1万人が世界中から参加しています。また、約250人の先生が日々リサーチをしたり、教材としてケーススタディーをつくったりしています。ただ、どうしてもボストンにいると情報が偏ってしまうので、米国以外の世界各地域での情報を提供する目的で、1996年から各地域にリサーチ・センターを置き始めました。

日本のセンターは、2002年に設立されました。今では香港、上海、ムンバイ、イスタンブール、パリ、サンパウロとブエノスアイレス、米国西側を担当するカリフォルニアなど、世界中をカバーしています。

リーダー人材育成のために注力する実践型プログラム

神野:HBSでは、年間たくさんのケーススタディーがつくられていますが、そのうちグローバルな事例は今どのくらいの割合でしょうか?

佐藤:年間約300本のうち、5-6割くらいですね。96年時点では2割以下だったので、やはり世界各地から情報を積極的に発信する意義は大きいと思います。ケーススタディーとは別に教授陣が発表する論文も、年間200本のうち4割程度がグローバルな状況を扱ったものになっています。

日本リサーチ・センターの具体的なミッションは、大きく2つあります。ひとつは前述のように、グローバルな情報を教授陣に発信して、日本企業や経済の研究とケース作成を促進しサポートすること。ボストンで学んだ学生は、MBA取得後に自国で、あるいは世界中で将来重要なリーダーになっていきます。そのときに、日本の経済や企業のことを何も知らないと、ディシジョンメークする際に日本のことが欠如してしまう。それは日本にとって大きな損失なので、ケースを増やすことで防ぎたいと考えています。

もうひとつは、日本においてHBSのリサーチや教育内容をお伝えしてHBSへの理解を深めてもらい、価値を向上させることです。日本人学生を増やすための広報活動や、企業の人事部を訪問して幹部向けのプログラムへの企業派遣を促したりもしています。

神野:今お話しいただいたように、HBSはたくさんのリーダー人材を輩出されています。最近は教育プログラムのトレンドにどのような変化がありますか?

佐藤:近年は、ケースメソッドに加えて実践型のプログラムを重視しています。たとえば、チームでマイクロビジネスをスタートアップさせるプログラム。ここで重要なのは、多くのチームが失敗するのですがそれは想定内で、むしろ失敗を経験してハンブルになる――謙虚で控えめな姿勢を知る――ことです。どこか、日本的な要素ですね。

学生は皆、自信と個性が強いので「俺が、俺が」になりがちです。でも当然それではチームとしてうまくいかなので、自己中心的では失敗するということを経験させて、聞く耳を持つ重要性を理解させる。これが今の世の中のリーダーシップの考え方だと、HBSでは教えています。

また、ボストンの学生を各国の拠点へ連れて行き、現地の方々を交えたプログラムも行っています。日本へも東日本大震災の翌年から、当時在籍していた日本人学生の発案で始まり、5年続けて毎年1月に教授が引率して東北へ学生を連れて行っているんです。まさに復興中の企業をインタビューしたり、現地企業や起業家が抱える問題に対してコンサルティングしたりしています。

「グローバル人材」という言葉は日本だけ?

神野:HBSがチームビルディングのために聞く耳を持つことの重要性を強調しているというのは、かつての印象とは様変わりですね。近年のトレンドが根底にあるように思いますが、そうしたチームでの活動を通して文化や価値観を超えた協業を学ぶと、グローバル人材の育成にもつながりそうですね。

佐藤:そうですね、実践から得ることも大きいと思います。ただ、そもそもHBS自体が教授も学生もグローバルな環境ですし、MBAの学生の4割が女性なので、ダイバーシティーは日々のベースにあるという方が近いかもしれません。「グローバル人材」というのは、日本特有の言い方ではないでしょうか。

神野:日本においては何をするにもほぼ日本人という環境だから、意識して「グローバル人材」にならないといけないということですね。

佐藤:欧米企業だと、当たり前のように多国籍の人材が入ってきますから、お互いに対等の立場で折り合いをつけながらグローバル人材になり、グローバル企業になっていく。でも日本の企業がいう「グローバル化」というのは、あくまで「現地の人間をうまく使うために日本人がいかにグローバル化するか」という意味であって、欧米やアジアで採用した人を対等の立場で抱き込んでグローバル企業になろう、という発想までいっていないように思います。その点が、かなり日本と諸外国では異なっている気がしますね。

神野:前回、岡さんとの対談でも話題になったのですが、そもそも多様性を受け入れるようになっていかないと、人も企業も伸びないと思うんですね。これはまさに今回の連載を始めたきっかけでもあるのですが、高度経済成長期の役割分担や枠組みと同じでは、もう立ち行かないと。

異なる文化、異なる考え方を持っている人との境界線を飛び越えて、意欲的に新しいものをつくろうとしないと、同質化から抜けられません。同質化から抜けるためには、スキル的にも価値観の点でも、自社だけの人材育成では足りないのではないか、という話をしました。

佐藤:日本企業にとっての多様性とは、まさに今指摘された、スキルと価値観という2つの意味がありますね。

まず、さまざまな専門人材や経営層を外部から取り入れて、スキルやコンピタンシーの面で充実させること。もうひとつの、発想や価値観、あるいは違った世界を知っているという点で多様性を担保して、イノベーションを起こしていくこと…そんな本当の意味での多様性には、まだまだ遠いという印象です。

前者の、異なるスキルやコンピタンシーを持つ人を受け入れるのも、異なる企業や業種を経験して違う文化・価値観を有しているという点で、多様性の充実にもつながると思います。従ってこちらをまずファーストステップとすると、ファーストステップにおける日本企業のハードルは、ポジションスペックがないことです。

神野:ポジションスペックというのは、その職種に求められる能力と与えられる権限・責務のお品書きみたいなことですね。

ポジションスペックが不明瞭なのが日本企業の問題点

神野:ポジションスペックがはっきりしていないと採用だけでなく評価制度も回らないですね。

佐藤:そうです。高度経済成長期は、マーケットがどんどん拡大する中で欧米企業をお手本にしそのやり方を真似したり改善したりすれば伸びられたので、ポジションスペックやそれに基づく評価制度は必要なかったのだと思います。その結果中長期的に企業が成長するためにどういったスキルやコンピタンシーが社内に必要なのか、細かに分解する必要がなかったのです。

でも今は、日本企業を取り巻く状況が全く違います。従って自分たちの企業がなぜ存在しているのか、どういった価値を生み出そうとしているのかを根本的に考え、その価値を継続的に提供するためにどういう戦略が必要なのか、その戦略を実行するためにどういう組織と人が必要なのか。それらをまず分解し、人材についていえば社内にいるのか、あるいは育てられるのかを考える。それが難しいなら外から採ると、そういう道筋を自分たちで立てないといけません。

もちろん、しっかりやっている日本企業もあるでしょうが、概して欧米には後れを取っています。例えば、組織と人の側面に関して欧米企業にはCHO(チーフ・ヒューマンリソース・オフィサー)という、CEOと直接話せる組織と人事マネジメントのプロフェッショナルがいることが珍しくありません。これは人事が戦略的役割を担っているという考え方に基づいています。また人材育成に関してもCLO(チーフ・ラーニング・オフィサー)がいたりします。

対して日本の人事は、残念ながら非常にアドミニストレーション的です。人事部長もCEOに進言できるポジションとはいえないでしょうし、人材育成も「課」レベルが一般的ですよね。

神野:そう聞くと、日本が乖離していることを強く感じますね。

佐藤:そう言わざるを得ませんね。もちろん、CHOまではいかなくても、しっかりと人事戦略を立てて中途採用をされている日本企業もあるでしょう。ただ、総じてあいまいな選考基準と評価制度で“なんとなく”採用しているようなケースが多いようです。その結果自分たちに似た人を採用しがちな気がします。また、組織全体の視野まで俯瞰して戦略的に考えている方は少ないように思います。

本来は企業の戦略、事業部の戦略までを見定めて必要な人材を定義しないと、埋めたい穴が丸なのか四角なのかも不明なままに人を採って押し込むような、いびつなことになってしまいます。それが、中途で採った人を生かせない、評価制度が回らない、同質化からも抜けられないといった事態を引き起こしているのではないでしょうか。

神野:価値観の多様性を持つという本当の意味でのダイバーシティーを実現させるには、まず、スキルとコンピタンシーの多様性を担保するというファーストステップを超える必要があるということですね。


後編では、さらに佐藤氏が問題視するシニアマネジメント不足について、また個人視点で今後どのように生き残っていけばいいのか、意見を伺っていきます。