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あなたの会社を変える「専門人材」No.5

日本企業が変わりゆく時代に対応するために(後編)

2016/05/12

企業活動の多くの領域において、事業成長や変革のために自社内では育成しにくい専門人材を外部から採用するケースが当たり前になっています。本連載では、専門人材の育成や活用について、さまざまな分野の第一線で活躍する方々を訪ね、そのヒントを伺っていきます。今回は、ハーバード・ビジネス・スクールの日本リサーチ・センター長、佐藤信雄氏を訪ねました。グローバル基準からみる日本の課題と、それをどのように乗り越えていくべきかを聞きました。

前編はこちら

自社のカルチャーを明文化し浸透させているコマツ

神野:前編に引き続きハーバード・ビジネス・スクール(以下、HBS)の佐藤センター長に意見を伺っていきます。先のお話では、欧米企業にはCHO(チーフ・ヒューマンリソース・オフィサー)やCLO(チーフ・ラーニング・オフィサー)なる役職もあること、人事が戦略的役割として確立していることの指摘が印象的でした。

これから企業が新たな価値を生み出していくためには、人材の多様性を受け入れていくことが不可欠だと思います。その道筋として、①まず企業の向かう先と必要なポジションスペックを明確にして、スキルとコンピタンシーの面での多様性を担保すること。その先に、②異なる価値観や文化を超える本当の意味での多様性を充実させるという、2つのステップがあると解説いただきました。

1つ目のステップもなかなか超えられていませんが、2つ目は、どうしたら乗り越えられるとお考えでしょうか?

佐藤:よくある誤解として、「多様性のある人を集めると、1つの企業としてまとまらないのでは」というものがあります。でも、それなら多人種を擁する欧米企業は日本企業よりまとまりがないのかというと、そうではないですよね。なぜかというと、企業のミッションと理念・価値観がまず明確にあり、それをしっかりと組織内で浸透させているからなんです。

これは先の、ポジションスペックの話(前編)にもつながりますが、自分たちの会社のミッションやバリューを明示し、社内に共有する活動は欧米企業では当たり前です。それを通して、1つのカルチャーをつくろうとしていきます。

日本企業は良くも悪くも家族的であったり同質的な社会であることから、言わなくても分かるといった風潮があったりしますね。それが良い方に転ぶこともあるでしょうが、そもそも違う文化を持つ人種の差を超えてきた欧米企業ではそれはあり得ません。彼らのやり方から学んで多様な国籍と文化を受け入れつつ1つの企業カルチャーを共有して伸ばした方が、より世界と戦えるグローバル企業になっていけるのではないかと思います。

神野:確かに、言葉として理念はあっても、それを浸透させる具体的な動きは日本企業には少ないかもしれません。佐藤さんから見て、日本企業の好例はありますか?

佐藤:建設機械・鉱山機械のコマツは、海外売上比率が80%を超えるグローバル企業です。同社は本格的にグローバル化する過程において、何が自分たちの重要な価値観なのかを議論して「コマツウェイ」と称して明文化し、世界にロールアウトしました。海外の工場も多く、そこで勤務する人たちにまで価値観・カルチャーを伝えて束ねるという課題を、地道にクリアしています。

欧米企業は、企業カルチャーを従業員の隅々まで浸透させることに、かなり努力をしていますね。CEOの仕事でも、インターナルコミュニケーションは非常に重要ですし、HBSでもそう教えています。ただ、日本はそこも足りていない。かろうじて役員へ伝えるくらいだと思うので、グローバル展開を見据えるならもっとCEOは社内への発信に心を砕くべきでしょうね。

幹部レベルが変わらなければ若い人を生かせない

神野:トップの力は大きいですね。会社を貫くカルチャーをしっかり発信し、浸透させられてこそ、多様性を支えられる。

佐藤:そうですね。加えていうと、日本の企業ではシニアマネジメントの教育をほとんど行わないのも問題だと思っています。若い人への研修に比べて、中間管理職以上の幹部候補への教育にはコストを割きません。ある程度育っているのだから、自分で勉強しろと。

一方で、企業に対して大きなインパクトを与えられるのは、上の人たちです。まずCEO、次に幹部クラスです。ただ、シニアになるほど忙しいので、なかなか自分で学ぶ時間をつくれない。それに、同じ会社で仮に20年、30年と過ごしてきたら、自ら見方を変えるには大きな限界があります。

HBSにも幹部向けプログラムがあり、企業派遣を促進していますが、1カ月2カ月と会社や仕事を離れて多国籍の人たちと共に学ぶと、外の視点で自社の課題が見えるようになったり自分の生き方を見直せるようになったりします。視野が広がったと皆が感激して帰っていきますよ。

神野:そうなんですね。言われてみれば、日本では幹部への教育的投資という発想があまりないですね。

佐藤:ええ。仮に彼らの在籍期間が残り5年10年でも、彼らの考え方次第で下の人を生かせるかどうかが決まることを考えると、シニアマネジメントの教育の意義は非常に大きいです。若い人のグローバル人材育成に熱心でも、上の方もグローバル人材にしていかないと、そこにギャップができて若い人が辞めてしまう。HBS出身者でも、MBAを取得して自社に戻っても学んだことを生かせない、社内に働きかけてもなにも変わらないと、残念ながら転職してしまうケースもあります。

神野:最初の方(前編)でお話しいただいた、チームでスタートアップをつくらせるHBSのプログラムでは「聞く耳を持つ」ことを知るのが重要、というご意見に通じるところがありますね。周りの意見に耳を傾け、異なる価値観と融合させてこそリーダーだと、そういう教育をHBSが続けてきているのには大きな示唆があると思います。

佐藤:日本はリーダーシップ教育も薄いですね。ただ、逆に日本企業は伝統的に、ボトムアップのカルチャーが育ちやすかったと思います。家族的なところが良い方へ転じれば、風通しがよく、意見を言いやすくなるのかもしれません。

でも、この傾向が今とても弱くなっている。トップは今も下からの活発な意見を望んでいるのに、若い人に元気がない、中間層も元気が無かったり若い人の意見を取り上げなかったり、という状況が起きています。

神野:それも“大企業病”のひとつなのかもしれないですね。

佐藤:まさに「寄らば大樹の陰」で、組織が大きくなると自分の仕事に主体性を持ちづらくなり、言われたことをするだけのフォロワーになりがちです。皆が経営者の視点を持つのは難しくても、自分の部門、チームがどうあるべきかを常に主体的に考える、リーダーとしての意識を持つ訓練がやはり大事だと思います。

個人は会社に頼らずに自分の力を伸ばすべき

神野:今のお話に関連して、今度は個人の視点から、自分がこの先にどんなバリューを身に付けるべきかを伺いたいと思います。先の大企業病じゃないですが、会社にぶら下がっているだけでは当然ダメなわけで、自分の力を組織の中でどう発揮していくかというのは個人の問題でもありますよね。

佐藤:その通りですね。自分が活躍するためにどういう発想を持つべきか、いくつか要素がありますが、ひとつは自分が今いる会社が未来永劫存続するかは分からない時代だ、ということです。だから、自分の力を常に高めることは、リスクヘッジの観点からとても重要です。

高度経済成長期は仕事がどんどん増えたので、企業にとって終身雇用のメリットが大きかった。でも今は低経済成長の時代で、グローバル競争が激しくなり、環境が大きく変わりました。終身雇用がベースではない今、個人も会社の将来と身の振り方を常に考えないといけなくなっています。

もうひとつは、先のリーダーシップの話にも通じますが、どんな立場でも「この仕事の方法で本当にいいのか」「この戦略で本当にいいのか」を自分の頭で考えること。違うと思ったら、積極的に提言していくこと。

神野:そういう姿勢や取り組み自体が、自分の力をつけることにもつながるんですね。仮に会社が傾いても、外でも通用する人になれる。

佐藤:ええ。既存のやり方を踏襲するだけでは、自分も組織も伸びません。それに、企業も昔と違って教育や研修にかけるコストを抑える傾向にありますから、本で勉強したりスクールに通ったりと、自分で努力する必要もあると思います。

自分の能力を高めて付加価値を付ければ今いる会社への貢献度も高まりますし、さらに重要な仕事を任されることでより実力がつけば、結果として転職の際に役立つことになりますよね。

神野:逆に企業の側は、自分で考えて提言できる人の声に対して中間層やトップが耳を傾けないと、内向き人材ばかりが残って、同質性から逃れられないともいえますね。ますます多様性から遠ざかり、変化の激しい時代への対応力に欠けてしまう。

佐藤:内向きで同質的な人ばかりになると、同じレンズで世の中をみることになり、そのレンズでは見えない大きな世の中の変化に会社全体として気付かなくなりますよね。そうやって知らず知らず衰退していった企業も少なくありません。

“あるべき姿”は、時代とともに変わっていく

神野:以前の対談で、岡さんも「これからは個の時代」とおっしゃっていましたが、佐藤さんのお話にも通じるところがあると感じました。個人が個の力をつけていくと、個性のある人が増え、その点でも企業の側はますます多様な人材を生かす必要に迫られます。最後に改めて、ダイバーシティーマネジメントが日本ではどうしたら成立するか、考えを教えていただけますか?

佐藤:今、日本でもダイバーシティーマネジメントに積極的な企業が増えて、例えば外国人や女性の登用を推進し始めています。それ自体はとてもいいことです。

ただ、前半でスキルの多様性と価値観の多様性という2つのステップがあるとお話ししましたが、特に後者の最たるもの、異なる人種のダイバーシティーマネジメントは日本人にとって非常に難しいのです。

そもそも同じ日本人で他業種の経験を持つ中途人材を採用している日本企業が少ない。採用しても上手くインテグレーションが出来ていない企業が多い。日本人同士の中でダイバーシティーマネジメントができていなくて、どうやって人種を超えたマネジメントができるのか。同時にやってもいいですが、足元のことができていないのに、外国人を迎え入れて多様性を、といっても相当ハードルが高いですよね。

ダイバーシティーマネジメントというトレンドに乗ること自体は否定しませんが、課題を分解し、リスクを把握した上で取り組む方がいいでしょう。まずは、日本人同士でさえ「バックグラウンドやスキルが違うとダイバーシティーマネジメントの発想が必要だ」ということを認識し、中途人材を融合してポテンシャルを生かすところから始めてはどうでしょうか。

神野:多様性を実現すること自体が目的ではなく、何のために多様な人材が必要かということをきちんと把握したうえで多様性を生かす体制や仕組みを考えないと、ダイバーシティーマネジメントにはならないということですね。

佐藤:日本人は勤勉で地道に成果を積み上げられる、基本的にとても優秀な特性を持っています。でも、ダイバーシティーの潜在能力を生かす仕組みや、個々のポテンシャルを育てる仕組みが企業に欠けていますね。逆にそういう仕組みがあれば、多様性を擁することもできるでしょう。

今やコンペティターは欧米だけでなく、インドや中国、その他のアジアの企業や人材もどんどん育っています。日本企業は、今までのやり方をいろいろな面で変えないといけない。

神野:ひとことで表すなら、何から何へ変わるべきでしょうか?

佐藤:抽象的ですが、昔の“あるべき姿”から、今の“あるべき姿”へ。終身雇用や家族的な同質性は、昔は機能していました。でも、時代は変わっていきます。低成長時代、グローバル競争、新しいテクノロジーやビジネスの登場といった外部要因と、組織の成熟や大企業化などの内部要因によって、昔の“あるべき姿”ではフィットしないことがいくつも出てきた。それを発見し、改めていく必要がありますが、同質化していると気付かないんです。

そのためにも、企業の中で多様性を担保することは本当に不可欠です。飾りではなく、企業の生き残りを懸けて、異なる価値観を持つ人材の育成と活用に取り組むべきだと思います。