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世界のクリエーティブ・テクノロジストに聞くNo.4

詩的なコード表現の追求:ザック・リーバーマン

2016/06/10

Dentsu Lab Tokyoではテクノロジーを用いて表現する人をクリエーティブ・テクノロジストと呼んでいます。この連載では、世界中のクリエーティブ・テクノロジストに仕事・作品についてインタビューし、テクノロジーからどんな新しい表現が生まれるか探っていきます。

 

「詩的なコード表現」を追求するアーティスト
ザック・リーバーマン氏

テクノロジーで物語を伝えるアーロン・コブリン氏、プログラミングで絵を描くケイシー・リース氏に続き、今回はクリエーティブ・コーディングのアーティスト、ザック・リーバーマン氏に話を聞きました。彼は、クリエーティブ・コーディング環境「openFrameworks(※1)」の開発者の一人として知られています。過去のプロジェクトは、ALSを発症したグラフィティアーティストのために作った、目の動きだけでグラフィティが描ける「EyeWriter Project」や、トヨタのiQで作ったフォント「iQ Font」、などが挙げられます。また、作品制作だけでなく、ニューヨークでクリエーティブ・コーディングの学校「School for Poetic Computation」も主宰しています。

(※1)openFrameworksとは…ザック・リーバーマン氏と他のメンバーが開発したプログラミング環境。プログラムを通じた表現のために広く使われている。
(左より)木田氏、ザック氏

クリエーティブ・コーディングとは

木田:まずは、クリエーティブ・コーディングについて聞かせていただけますか?

ザック:例えば文章を書くとき、いろいろな書き方がありますよね。その中で、創作的に文章を書く、という行為があると思います。アメリカの大学では、実際に文章による表現を学ぶ「クリエーティブ・ライティング」という授業があります。クリエーティブ・コーディングとは、その考え方を拡張し、ソフトウエアを書くことでアートを作ったり、新しい表現を模索する行為のことです。

木田:ザックさんの作品である、「EyeWriter Project」や「iQ Font」は、クリエーティブ・コーディングの世界ではとても有名ですね。

EyeWriter Project
ロサンゼルスの伝説的グラフィティ・アーティスト、トニー・クアンさんがALS(※2)と診断されたのは2003年。ザックさんは、彼のために目の動きだけでグラフィティ・アートを描けるトラッキングデバイスを開発。トニーさんが実際に目の動きで描いたグラフィティ・アートを建物の壁面にプロジェクションし、トニーさんの創作表現を再度可能にした。

(※2)筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは…手足・のど・舌や呼吸に必要な筋肉が、だんだんと萎縮していく神経疾患。脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉が萎縮していく。その一方で、体の感覚、視力や聴力、内臓機能などは全て保たれる。
iQ Font
プロのレーシングドライバーとともに、トヨタのiQを操り、フォントを描くプロジェクト。iQの正確無比なコントロールと、車両の軌跡を忠実にトラッキングするソフトウエアにより、さまざまなフォントが浮かび上がる。

木田:これらの作品からは、ビジュアル的に新しいものを作るというだけでなく、ソフトウエアを通じて、どのようにクリエーティブなことができるのか、そういう追求をしているように思えます。

ザック:正直に言うと、クリエーティブ・コーディングの「クリエーティブ」という部分に違和感を持っています。なぜならクリエーティブとつけた瞬間に、コーディング自体はクリエーティブではない、ということが示唆されてしまうからです。ビジュアルがあろうとなかろうと、コードを使って新しいものを生み出そうとする行為自体は、本質的に変わらないのです。

木田:openFrameworksにより、コードを書き、表現する、という活動がより一般的になったと思います。openFrameworksについて教えていただけますか。

ザック:はい。少し専門的な話をすると、openFrameworksはC++という最も利用されているであろう汎用プログラミング言語で作られたツールキットで、アートや実験的な作品を作るためのフレームワークです。オープンソースにして、コードで表現をしたい世界中のアーティストたちが使えるようにしています。

 

詩的なコーディングを学ぶ学校

木田:ザックさんはニューヨークで、「School for Poetic Computation」(直訳すると、“コンピューターを詩的に使うことを学ぶ学校”)という、コードを使った表現を主眼に置いたコンピューターの学校も主宰していますね。そちらについて話していただけますか?

School for Poetic Computation
2013年に開校した学校。プロジェクトを通して、コード、電子工作やデザインを横断的に学ぶ。学期ごとに生徒を募集しており、学生は世界中から集まる。

ザック:「School for Poetic Computation」は、開校してから3年がたちました。設立の経緯を含めてお話ししますね。もともと私は、パーソンズ美術大学で教えていたのですが、アメリカの大学システムにとても不満を抱いていました。教えることは純粋に楽しくて仕方なかったのですが、大学内での政治にへきえきしてしまいました。また、アメリカの大学の学費があまりに高騰しているのも不満の一つでした。パーソンズも同様で、学費が上がっていくのを見るにつけ、何か自分でできることはないか? そう考えるようになりました。同じように考えている仲間がいることを知り、自分ならどのようなカリキュラムを作るか、ということについて考え始め、そこから学校の名前も考えました。

木田:学校にPoetic(詩的な)という名前がついているのが、ものすごく印象的です。

ザック:そうですね。それについては、みんなでたくさん考えました。クリエーティブ・コーディングの別の言い方としてPoetic Computation(コンピューターを詩的に使う)という表現を使いました。確かに、私たちが目指すことを「クリエーティブ・コーディング」という表現することもできました。しかし、先ほども少し触れたように、「クリエーティブ」という言葉の使い方にとても不安を感じていました。

木田:「クリエーティブ」とつけた瞬間に、クリエーティブなもの、そうじゃないものと二分化して、烙印を押してしまう危険があったということですね。

ザック:その通りです。仲間と議論を続ける中、“Poetic Computation”という名前が挙がったのですが、コーディングという行為と、詩を書く行為を結びつけるのは、考えてみるととても良いアイデアだと思いました。詩を書くという行為は、ある構造に従った上で、適切な言葉を配置していく作業で、プログラミングと似ている側面があります。また、詩は、われわれが通常話している言語を表現として昇華させたものです。プログラミングという行為も同様に捉えたい、という思いがありました。

「School of Poetic Computation」という名前を聞いて、具体的に何なのかイメージがつかない、という人がいます。でもそれでいいのです。なぜなら、その疑問から会話が始まるからです。詩とコード? どういうことだろう? まさに、そのような問い掛けを生徒たちにはしてほしいと考えています。

「School of Poetic Computation」は10週間のカリキュラムで、①コンピュテーション②エレクトロニクス③理論という三つの柱で構成され、このなかでさまざまなトピックを学びます。アメリカの大学では、セメスター制(学校の1年間の課程を二つの学期に分ける制度)が一般的で、1学期が15週になります。あえて10週間にしているのは、海外の留学生が参加できるようにするためです。「School of Poetic Computation」は大学ではないので、留学生に学生ビザを発給できないのです。留学生でも、観光ビザでアメリカに滞在できる期間内にコースを終えられるように、10週間にしています。

実際、10週間はちょうど良い期間だと思います。生徒自身が、学期中いろいろなことを試す時間もありますし、学生同士で仲良くなり、結束を高める上でもちょうど良い期間です。遅くまで起きていて、クラスメート同士でワインを飲み、議論し、興味を持ち続け、情熱を持って学ぶ。それが私にとって理想です。自分が学生だったときに行きたかった学校を作りました。

木田:「詩」と「コード」と「表現」の考え方を、例えば私がいるような広告業界にも適用することは可能だと思いますか?

ザック:広告に限らず、どの世界にでも適用できると思っています。広告業界に限っていうと、創造的実験を許容できる環境を作ることが大事だと思います。多くのクライアントは、自分たちが理解できるものを求めます。しかし、アートや創造的なことをやろうとするときは、説明が難しかったり、理解されづらいことの積み重ねです。

新しい表現を作る上で、「既にやられたこと」を踏襲しないようにし、「誰もやったことがないこと」を探す。このバランスを適度にとるのは非常に難しいです。誰もやってないことをクライアントに説明するのは本当に難しいのですが、もしクライアントに対して、「一緒に新しい表現を目指しませんか?」と言えるのであれば、そこで初めて、まだ誰も見たことがない詩的な表現物が出てくるのだと思います。

木田:いろいろと勉強になりました。本日はありがとうございました!

 

【取材を終えて】
新しい表現を生む環境づくり

アーティストでもありながら、教育者でもあるザック・リーバーマン。彼への取材の中で印象に残ったのは、他者との協業による作品作りの重要性です。冒頭に紹介した作品でも、彼一人で作っている作品はなく、例えば、「iQ Font」では、プロのレーシングドライバー、「EyeWriter Project」では、グラフィティ・アーティストの存在があり、作品が成立しています。「School for Poetic Computation」の環境もそうですが、彼にとって作品作りとは独自に行うものではなく、他者とアイデアを共有し、どんどんと膨らませていきながら作っていくものなのです。

彼は、“Do it with others”(他の誰かと一緒にやろう、略してDIWO)とよく語ります。たとえば、3Dプリンターを使ったり、電子工作をするデジタル・ファブリケーションの世界では、Do it yourselfではありつつも、実は他者との連携(With Others)が不可欠です。共通の関心を持つ人々とのオンラインやワークショップでの交流、つまり「他の誰かと一緒にやること」によって、親密なコミュニティーが育てられ、アイデアが広がり、新しいモノ作りが生まれるのです。クリエーティブ・コーディング環境openFrameworksが、オープンソースになっていることも大きいと思います。彼が作る作品の多くのソースコードは、無償で公開され、誰でもその中身を読むことができます。彼のこの姿勢こそが、他のアーティストを刺激し、作品作りやさまざまな実験を促すコミュニティーを一緒に育てて作っていくのだと思います。

 

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