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未来を創るイノベーターたちNo.4

ベンチャーに必要な「AQと鬼十則」

2016/07/22

日本発のイノベーティブな事業を展開するベンチャー企業を訪ね、事業にかける思いや、未来の社会について考える連続インタビュー企画。最終回は、ベンチャー企業に投資するベンチャーキャピタルにスポットを当てます。マネックスグループのコーポレートベンチャーキャピタル(以下、CVC)であり、ユーザベース、マネーフォワードなど数々のベンチャー企業を支援するマネックスベンチャーズの取締役・高岡美緒氏に、電通でベンチャー企業のハンズオン支援のプロデューサーを務める奥谷智也が話を聞きました。


“FinTech 1.0”を生み出したマネックスのベンチャー支援

奥谷:最初に、高岡さんがマネックスグループに参画された経緯を教えてください。

高岡:私は親の仕事の都合で大学まで海外で過ごし、卒業後は外資系投資銀行の日本支社に勤めました。その後いくつかの銀行を経て、2009年にマネックスグループに入社しました。

当時も機関投資家向けにはお金を扱うサービスはいくつも提供されていましたが、まだ個人向けに提供されているサービスは機関投資家と比べると限定的でした。そこを変えていこうとする、代表の松本の「未来の金融を創ろう」というビジョンに私も共感しました。リーマンショックの直後で、大きな数字を扱うより、もう少し人の生活に関わる事業に携わりたいと感じていたこともあります。

また、私が入社した頃はマネックスが海外展開を始めた時で、私はアメリカの証券会社の買収の執行に関わっておりまして。その頃から米国では「FinTech」という言葉が聞こえ始めました。日本でも、一昨年あたりからブームになっていますね。

奥谷:マネックスはまさに「FinTech」のはしりだったわけですね。そんな中でCVCを立ち上げて、ベンチャー企業を支援していたということですか。

高岡:ええ。Fintechを、ITを駆使して金融サービスを良くするベンチャーだと定義すると「売買手数料の破壊」や「貸し株サービスなど機関投資家や富裕層のみに提供しかされていなかった金融サービスを個人に提供した」ことからマネックス自身もFintechです。いわばそれが“FinTech 1.0”で、最近のフィンテックブームは“FinTech 2.0”という感覚です。マネックスベンチャーズはテクノロジーを活用して「未来の金融」をともにつくってくれるベンチャーの支援を目的として運営しております。

奥谷:松本さんが「未来の金融を創ろう」という考えを持っていたからこそ、マネックスの自社事業を推進すると同時に、ベンチャー企業を支援するという方針が自然と生まれたのですね。

CVCならではのベンチャー支援とは

奥谷:マネックスグループのCVCとして、どういったことを意識してベンチャー企業に向き合っているのでしょうか?

高岡:外部投資家から資金を集めて投資するベンチャーキャピタルと違って、やはり第一の目的として金銭的な収益が第一目的ではなく「CVCとして運営する」ことを見据えています。なので、投資先検討はマネックスグループのビジネスとの親和性を重視していますね。技術革新がものすごいスピードで起こる中で、マネックスグループが正しい意思決定をするための情報収集・人脈構築ができるように、また協業も含めて新しい事業の種を見つけられるように、そんな観点で運営しています。

奥谷:ベンチャー支援を通してビジネスアイデアや最先端の技術を得て、グループ全体にシナジーをもたらすということですね。そういうシナジーを生み出すために、マネックスとしてはどんなことを提供されているんでしょうか?

高岡:当社から提供できることは、主に四つあると考えています。一つは、信用の補完です。B to BでもB to Cでも、ベンチャーがゼロから営業を開始するときには、信用がとても大事です。ユーザベースやマネーフォワードなどは、サービス開始時の資料に当社が株主だと明記してくれていました。

二つ目は、顧客基盤です。国内だけでもマネックスには160万の個人客がいますし、BtoB事業のベンチャーにとっては金融業界のネットワークがあるので、そういったポテンシャルのある顧客や投資家へのアクセスが開かれています。

三つ目は、私たち自身の金融ベンチャーとしての経験を生かしたアドバイスです。規制業種として、金融監督当局との向き合い方などのノウハウがあるので、例えば投資型クラウドファンディングを行うクラウドクレジットなどには、そうした面で投資時にさまざまなアドバイスを提供してきました。

四つ目は、実はかなり重宝がられているのですが、松本がメンター役になることなんですね。金融ベンチャーの成功体験を持つ起業家って、すごく少ないので、松本が「いつでも相談に乗るよ」と言っているのは心強く感じてもらえているようです。

奥谷:なるほど。今の話だと、一つ目と二つ目は大企業としてベンチャーがスケールするためのリソースの提供で、三つ目と四つ目はベンチャーとしてマネックス自体がスケールしてきた実体験で得たノウハウを提供するということなんですね。両面で支援できるベンチャーキャピタルは珍しいですから、多くのFinTechベンチャーが高岡さんたちに頼りたいのではないかと思います。

投資の見極めは「人・人・人」

奥谷:マネックスが提供できる価値とは逆に、支援先を見極めるという意味ではどこがポイントとなりますか?

高岡:もちろん事業機会や提供価値・差別化要因も厳しく見ていますが、それよりも「この人たちとやっていけるか」という相性的なことをすごく重視しています。

奥谷:創業メンバーがどのような考えで、どのくらい熱量を持っているのか、そこに僕たちが共感できるかということですよね。電通もベンチャー企業への取り組みを拡大していく中で、その「相性」の重要性はすごく分かります。

高岡:電通の支援内容は、やはりマーケティングになるのですか?

奥谷:はい。広告会社としてはマーケティング領域が本業なので、ベンチャー企業がプロダクトを、僕たちがマーケットを考え尽くして、それを掛け合わせることが大切だと思っています。

一方でマーケティングだけでなく、経営や事業領域まで支援することも非常に多くなっています。具体的には、社員全員で徹底的に話し合ってミッション・ビジョン・バリューを規定します。自分たちの目指す未来を明確にすることによって、社員のモチベーションを上げるとともに、投資家とのコミュニケーションに生かして資金調達にも繋げます。また、事業面では創業から間もないアーリーステージにはマネタイズ、ミドル~レイターステージにはサービスデザインで支援しています。

そういった意味では僕たちも創業メンバーや社員の皆さんと話す機会が多いので、やはり「相性」を大切しているのですが、高岡さんのいう「相性」というのは、実際にはどういった観点で見ているのでしょうか?

高岡:私たちは、ほとんどアーリーステージのベンチャーに投資するので、事業性は見るものの、一方で必ず事業のピボット(転換)が起こります。当初の計画だけに集中すると、破綻するところもある。なので観点は三つ…「人・人・人」です(笑)。

奥谷:とにかく「人」だということですね。

高岡:そうです。具体的には、まずはいい距離感を保てるかどうか。当社グループとのシナジーという点では、別の会社と提携する方がいい場合もあります。いくら私たちが共感しても、無理に投資しようというつもりはありません。

もう一つは、補完関係になれるかどうか。投資先企業との関係は本当に一社ごとに違うので、「当社の信用補完だけでいい」と、投資した後はどんどん伸びる企業もあれば、ハンズオンでサポートしながら一緒にもがいてやっていく企業もある。いずれにしても、そのフィット感が見えるかどうかを常に考えます。

そして最後にパッションです。先ほど奥谷さんも熱量とおっしゃいましたが、苦しい局面でも踏ん張れる才能があるか。レジリエンス(resilience)、辞書的に訳せば弾力性や回復力ですが、ニュアンスとしては“根性”の方が近いかも知れません。絶対に計画通りにいかない起業の道のりの中では、そこがすごく大事だと思っています。

起業家に必要なのは、IQでもEQでもない“AQ”?

奥谷:確かに、山あり谷ありの中でも持ち応えられる強さは重要ですね。

高岡:ええ。ただ、創業者に必要な素質はそれだけではないので、チームでバランスがとれていればいいと思うんですね。

人の能力を測るには、IQ(知能指数)がよく使われてきましたが、最近は自分の心をコントロールしたり他者を理解したりできるかという指数“EQ(Emotional Intelligence Quotient)”が大事だといわれています。人を巻き込む力、ともいえますね。しかし、さらに今は“AQ(Adversity Quotient)”という概念が出てきています。

奥谷:Adversity、まさに逆境という意味ですね。

高岡:一人に全部が備わっていなくても、創業メンバー数人がそれぞれを担っているかどうかを見ているのですが、特にAQを担っている人にとって、力を発揮するためのドライバーになるのがパッションだと思うんです。仮に意見が割れたとしても、情熱をもって踏ん張れるかどうか。

奥谷:なるほど。アーリーステージだと事業のピボットも珍しくないので、極論をいえばビジネスモデルよりもチームが優れているかの方が重要かもしれないですね。EQの高い人の巻き込み力・推進力も大事だし、AQの強さの重要性もよく分かります。

アイデアがいくら良くても、やり切らないと意味がない。電通の第4代社長の吉田秀雄が遺した行動規範「鬼十則」に「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…」という言葉があるんですが、最近アクセラレータープログラムの講師や審査員をする中でもこれをよく思い出します。

その何が何でもやり切る熱量と、それが世のため人のため、社会を変えたいといった大義があると分かった時、その人やチームを推したくなりますね。

高岡:そうですね。マネックスも松本が創業してから数年は赤字が続き大変な時期が続いたと聞いていますが、それでも金融を変えることを目指して苦労して持ちこたえてきたから、それが今では強みになっています。「社会を良くしたい」という意志が、逆境でも支えになるんですね。


対談の後半は、ベンチャー企業がスケールするための条件、日本におけるオープンイノベーションの確立について、可能性を語り合います。

後編「大企業とベンチャーの正しい関係