9.11から15年目のアメリカ:海図なき時代のリーダーシップNo.3
松下幸之助が新興国リーダーに与えた衝撃
2016/08/26
前回は、いま、リーダーに求められる「True North」(真北)についてスターバックスのハワード・シュルツさんとミシェル・オバマ大統領夫人のエピソードを交えてご紹介しました。今回は、日本でこそ「真北」の考え方が古くから実践されていたのでは、という観点から始めます。
松下幸之助氏がワシントンで与えた衝撃
「自分なりの価値観に従おう」という部分はさておき、「周囲や社会を大事にしよう」「みんなで力を合わせよう」「長い目で見よう」という「真北」の考え方、実は私たちが小さいころから言われ続けたものですよね。情けは人のためならず、三方よし(売り手よし・買い手よし・世間よし)、社員は家族、桃栗三年柿八年。
私がアメリカで参加しているマケイン・インスティテュートの「次世代リーダー(NGL: Next Generation Leaders)プログラム」では、「自分なりの価値観に従って世界を変えたリーダー」について参加メンバー一人一人がプレゼンしました。私はパナソニック創業者の松下幸之助さんを紹介しました。コンゴやパキスタンなど新興国のリーダーたちに、松下氏が誕生した1900年ごろの日本の貧しさ(ある機関発表の、生活者の経済水準を表す購買力平価では日本はスリランカの下、キューバとほぼ同等)や、敗戦後の写真をまず見てもらいます。
松下氏が困窮した家族のため9歳で尋常小学校を中退、奉公に出る中で電気の可能性を感じたこと、「水道の水のごとく、すべての物質を無尽蔵たらしめ」ようと、商いを通じてこの世から貧乏をなくそうとしたこと、また、それこそが「産業人の使命」だと思ったこと、若いころに父母や兄弟7人全員と、後に自身の長男も亡くす中、社員や販売会社、代理店など周囲を大事にし、4畳半に満たない作業場から現在の世界的企業をつくったこと、教育や人づくりの大事さを痛感し、松下政経塾をつくり多くのリーダーを育成したことなど。
そして、発展を遂げた2015年の日本の姿。
10分間の短いプレゼン後、ワシントンにある会場のDecision Theaterは無言になりました。それまで他のメンバーにいろいろ質問していた全員が押し黙る中、一様に聞こえたのが「…幸之助、すご過ぎ…」。
若く、日本をよく知らない新興国のリーダーたちがまず驚いたのが、多くの子どもたちが10歳に満たず働き始めた当時の日本の貧しさです。そして 逆境の中、ひたすら独自の倫理観・努力によって多くの人の暮らしを助けた、誰よりも「真北」を体現する松下氏の姿でした。「自分たちは何も持っていない。戦争で国も破壊され、子どもたちは学校にも行けない。恵まれた欧米に追いつくのは夢だと思っていたけど、最初から先進国だと思っていた日本はそれをやってのけたのか…」「家族をこれだけ亡くしたのに、なぜ絶望せず周囲の幸せを考えられたのか、幸之助に話を聞きたい」。いや、それは残念ながら無理なのですが、こんな意見もありました。「幸之助の話を聞くと、企業は営利追求が目的じゃなく、社会をよくするためにあるってことが分かる」
後々、大手PR会社バーソン・マーステラでのインタビューで、プログラムのメンバーの一人であるカンボジアから来た教師のフィルン(Phirun)君はこう答えています。「日本はとても貧しかったが、教育や徳の高いリーダーを通じて尊敬される先進国になった。頑張って子どもたちを育てて、カンボジアを日本のように立派な国にしたい。一人でも諦めずに実践すれば、いつか社会を変えられる日が来る」
今さらですが、今の便利な社会を世界各地で実現するのに日本企業や日本のリーダーたちが果たした役割って本当に大きいのだろうと思います。こちらに来てから、日本が自分のためではなく、まだまだ便利な生活が送れているとはいえない多くの国のためにできることが、限りなくたくさんあるのではと感じました。
伝統的なリーダーの役割は、「価値の最大化」
リーダーへの期待が、随分と変わってきている?
アメリカに来て最初に感じたのは、この疑問です。
では、いつごろと比べ、どんなふうに変わったと感じたのでしょう。
それは2001年夏。15年前の、9.11直前のアメリカです。ITバブルが急速に拡大し、はじけた時期で、私はシカゴ近郊のビジネススクールに通っていました。当時からリーダーシップは伝統的な科目で、小さなクラスながら、まだ無名だったオバマ大統領(当時、イリノイ州議会上院議員。旦那さんの方ですね)が「コミュニティー・オーガナイザー」と称し、すぐにも手が届く距離で授業をしてくれたこともあります。
当時、リーダーシップで語られたのは、「目標達成に向けて、最も効率的・効果的にチームを動かし、成果を出す能力や資質」といったことでした。究極的には「組織や企業(株主)価値を最大化する能力や資質」ともいえます。当時、これでもかこれでもかと圧倒的な頻度・物量・シツコさで教え込まれたのは、明確なビジョンの下、効率・効果、スピード、短期成果を重視する合理的なトップの姿でした。
そして今。アメリカのリーダーの真摯な姿
プログラムで教えらえる「真北」には、かつての揺るがないリーダーの面影はなく、当初は「みんな本当にそう思ってるのかい?」とナナメ目線でした。ただ、そんな疑いを改めざるを得なかったのが、これ以上ない迫力と真摯さで向き合ってくれたリーダーたちの存在です。ワシントンDCでお会いしたのは、ジョン・マケイン上院議員、カート・ボルカー(Kurt Volker) NATO(北大西洋条約機構)前アメリカ常駐代表・外交官、デニス・ブレア(Dennis Blair) 海軍大将・第3代アメリカ国家情報長官ら。
こういう人たちがどう私たちに向き合ったか、想像つきますか?
ある人は、「今朝、シャワーを浴びながら『これが漏れてた』と気付いて入れたんだが…」と、手書きの真っ黒なメモを片手に真剣に話し、ある人は会うなり私たち一人一人の名前を呼んでプロフィールに沿った質問をし(当然、カンペなし)、「自分の教訓を話すのもうれしいが、今日はこんなことを学んだ。こう生かしたい」とつぶやき、またある人は、私たちの質問に長い長い沈黙を経てベストの答えを探しました。
「信頼は何より大事だが、築くのが難しい」といわれますが、高いポジションについた人間が、これ以上ない迫力で、大真面目に教えを実践する以上のメッセージはない。何よりどこの誰かも分からないこんな小さなグループにここまで向き合うんだ。完敗でした(いや、勝負ではないのですが!)。
自分が正しいと思うことを、間違ってもいいからやり続ける。
でもこれ、大変な勘違い野郎が実践したらどうなるでしょう。うーん、深刻です…毎日、周りは相当なストレスを抱えます。ただ、世の中を変えた人たちは、多かれ少なかれ勘違い野郎だったりするのではないでしょうか。最後まで勘違いで終わるのか、はたまた周囲が勘違いしているのか、あるいは時代が変わるのか…。その人の「真北」が何で、何につながっていくのか、周りも長い目で見ないといけないのかも、と今回の経験で思いました。どこかでそのストレスを発散しながら(電通社員の聖地、新橋がお勧めなのですが。最近、行けなくて残念です)。
一方、何かを成し遂げたいと思う人は、「それが本当に正しいか」を自問自答した上で、覚悟と責任感を持って信念を貫き続けることが必要だと思います。日本はまだまだ同調を迫る風土が強い気もしていて、そんな中で周囲の反対を押し切るのは大変かもしれません。ただ、相手を見て日和ったり摩擦を避けて迎合ばかりしていると、いつしか信頼を失いかねず、「自分にしかできないこと」もかなわずに終わるのではないでしょうか。自分が正しいと思う方向に向かって踏ん張り、周囲を巻き込む強さが、今後、ますます求められる気がします(と、自分に言ってます!)。
こうしてワシントンでの3週間を終え、私たちはそれぞれの勤務地に旅立ちました。
次回は、9.11から15年目を向かえたニューヨークのリーダーたちについてお話しします!