顧客よし、店舗よしを追求する楽天ブランドのこれから
2016/09/01
現在、日本のインターネット通販市場は13兆円を超える規模に成長。ネット環境やスマートフォンの浸透によって、多くの人たちが手軽に利用するようになったことで、Eコマースは今や私たちの生活や価値観をも変えつつあります。この連載では、電通のプロモーション・デザイン局の神野潤一氏が、日本における市場のキーパーソンを訪ね、近い未来のEコマースについて考えていきます。前回の生活者調査分析に続いて、今回は楽天で楽天市場を含むECカンパニーを統括する河野奈保上級執行役員に、生活者や出店者に対する思いを聞きました。
第3回:「地球上でもっともお客様を大切にする企業」を具現化するAmazon
第4回:購買データ開放、プロダクトデザイン…LOHACOとメーカーの共創がつくる未来のEC
Eコマースの良し悪しは比較表に現れない指標
神野:河野さんは学生時代からEコマースに携わられていたんですよね?
河野:そうなんです。ちょうどインターネットが伸び始めたころで、数人で“ネット通販”のサイトを立ち上げました。これから自分たちの世代を中心に伸びる産業だと思っていましたし、本当に知らない国や土地から注文が入るのが面白くて。同時に、在庫を抱える厳しさも知りましたね。
神野:在庫を持つ/持たないといったビジネスモデルの違いなども含めて、Eコマースは各社それぞれの良さがあるのに価格や商品数などで比較されている現状があると思います。他方、価格や品揃えの多寡での競争も行きつくところまで行った感じで、業界が踊り場にきているようにも感じるのですが、どのように現状を見ていますか?
河野:「EC」っていう言葉がいつまで使われるんだろうと、最近思ったりします。私も、楽天がEコマースというカテゴリーで競合他社と“比較表”をつけられて、スペックだけで判断されてしまうのは惜しいと感じています。
例えば楽天は、効率性を重視した陳列棚ではなくて、お客さんがいて商品があって店長がいて、そこでコミュニケーションをしながら買い物を楽しむ“街のバザール”を目指しています。なので、そもそも効率のみを追求した買い物の仕方を志向してはいないんです。でも、比較表にはそうした楽しさは加味されにくい。リアル店舗の評価軸が価格や品ぞろえだけでないように、各サービスがそれぞれの特長を伸ばし、それぞれが勝っていけばいいと思っています。
楽天が掲げる「エンパワーメント」と四つの注力ポイント
神野:確かに、ネットスーパーの成長やオムニチャネルの発展も加味すると、Eコマースという定義もあいまいになってきます。加えてマーケティングではOne to Oneの“個の時代”がトレンドになりつつあるので、今後はユーザーも一律の評価軸による比較ではなく、各サービスの価値観や世界観でサービスを選ぶようになるとよいですよね。楽天としては、20周年を目前に今どのように進んでいるのでしょうか?
河野:楽天グループは創業以来、インターネットで人や社会を「Empowerment」する(活力を与える)ことをミッションに掲げています。また、Eコマース事業である楽天市場は開設時から「Shopping is Entertainment!」をコンセプトにしています。こうした自分たちのベースの考えを今一度見つめ直して、次の時代に何ができるかを考えています。
今の強みであり今後もさらに注力する点は、「店舗の皆さんを巻き込んだエンパワーメント」「モバイル」「安全・安心」「グループサービスによるエコシステム」の四つです。
神野:具体的にはどのようなことに取り組んでいるのですか?
河野:一つ目は、前述の当社のミッション「エンパワーメント」と重なりますが、店舗の皆さんに単に場所を貸すのではなく、一緒に人や社会を元気にすることを、創業当時から大事にしています。出店者の皆さんも、商品はもちろん考え方も個性もそれぞれ違うので、先ほどお話ししたように、たしかに効率やスピードは完全には追求しきれていないかもしれません。でも、やはり私たちが人や社会をエンパワーメントするためには、特に楽天市場では店舗の皆さんありきです。だから、各店舗のページのストーリー性や熱量が“比較表”で加味されにくいのが悔しいのですが、これを楽天の大きな財産にし続けるという点はぶれさせないようにしたいです。
二つ目の「モバイル」は、スマートフォンの普及に合わせて集中的にモバイルを強化してきたので、今もモバイル経由のサービス利用はすごく高いです。モバイルには今後も注力していきます。
私はガラケーが全盛期のときから、モバイルコマースをみていますが、楽天市場では約6割の取引がモバイル端末経由となっておりまして、この傾向は加速度的に進むと確信しています。
神野:三つ目の「安全・安心」とは、違法商品の取り締まりといったことでしょうか?
河野:それもありますし、UIとUXの観点も踏まえて、大きくいうと楽天市場を絶対的に安全・安心なお買い物の場にしようということです。今のEコマースは消費者の生活に根付いてきて、利用の裾野が広がっているからこそ、1回買ってもらって終わりではなく、次も楽天で買い物をしてくれるリピーターの育成を重要視しています。このような背景もあり、ユーザーからのレビューに徹底的に目を通して、店舗の皆さんと一緒にサービス改善に生かすなど、店舗の皆さんと連携して買い物体験の向上に努めています。
長期的なKPI設定が“楽天エコシステム”を構築
神野:2016年度第1四半期の決算説明会では、「No.1 Membership Company」と打ち出されていました。これは四つ目の「グループサービスによるエコシステム」とも関連していますか?
河野:まさにそうですね。現在70以上ある楽天グループのサービスとの連携を深めて、より多くのサービスを利用すればするほどベネフィットが得られる経済圏を築いていきます。
楽天のサービスを「会員サービス」だと言い始めたのはもう10年近く前だと思うのですが、あらためてコンセプトにしたのが「No.1 Membership Company」なんです。会員サービスというからには、中心にあるのはいずれかの事業ではなく、ユーザーIDとそこに付与されるポイントだと考えています。ユーザーを中心に、複数のサービスからなる経済圏があり、その中で共通のポイントを還元していきます。例えば現状でも、60%以上の会員が二つ以上のサービスを使っていますが、それも楽天スーパーポイントの存在が大きいですね。
神野:今まで以上に「楽天」というブランドがユーザーに対して前面に出てくるようなイメージですか?
河野:そうですね、そういったシングルブランド戦略にも近いと思いますが、当社は各サービスを買収して成長してきた側面もあるので、サービス間のさらなる連携が課題です。単にIDやポイントの共通化だけでなく、各サービスのUI/UXまで、サービス群として会員のベネフィットが大きくなるように改善していきます。一度楽天の会員になったら、その後はカードやトラベル、銀行といったどのサービスも「楽天の会員だと便利」に使えるようにします。
神野:ポイント付与の仕組みなどでも、以前の期間限定キャンペーン型より恒常的なポイントアッププログラムをよく目にするようになったのも、そういった背景がありそうです。瞬間の売り上げよりもライフタイムバリュー(LTV)を見るマーケティングへシフトしているわけですね。
河野:そうですね、ロングタームで事業を見るようになったという変化はすごく大きいです。ただ、これも直近の変化というより、5年ほど前からマーケティングROIとしてユーザーの1年、3年単位のLTVを見始めていました。
テクノロジーと人間味の両立を目指す
神野:長期的なLTVを重視するきっかけは、何かあったのでしょうか?
河野:単発のポイントキャンペーンでは、価格競争になって体力勝負になる。ポイントは使い方によっては確実に有効ですし、そのいわゆるポイント文化とも呼べるような慣習を日本で楽天がけん引してきた意識もあるのですが、やり続けるほど当社もユーザーも縛られてしまったというか。
神野:ポイントキャンペーンプログラムの変更は、単に他社に対抗したサービスのようにいわれることもあると思いますが、話を伺うと長期的な顧客との関係性を見据えた数年越しの変化だったとよく分かります。こうした変遷や、例えば車両型の「楽天いどうとしょかん」を走らせたり、各地の出店者と協力した高校での出張授業「楽天IT学校」を行ったりと、人間味のあるCSR活動も数多くされていて、一般的な“Eコマース企業=効率化重視”というイメージとは少し違う印象を私は持っています。
河野:そうですね。もちろん当社も、楽天技術研究所というラボではさまざまな開発に取り組み、AIや画像認識技術を活用した新しいサービスのテストも進めています。一方で、テクノロジーに頼り過ぎるとまさに人間味が薄れてしまいます。出店者の皆さんと二人三脚で、人がいて、ガヤガヤと賑わいのある魅力あふれる“街のバザール”の楽しさは維持しつつ、裏側の仕組みはテクノロジーでどんどん改善していくつもりです。
神野:なるほど。加えて、5月の決算説明会発表では「ナショナルクライアントからの広告収入が前年同期比3倍」というのも目立っていましたが、出店者だけでなくメーカーとの取り組みも強化しているのですか?
河野:はい。メーカーさんと関わる中で、楽天の保有する購買データの価値の高さを改めて感じています。データ分析とその見方、その後のプロモーションへの生かし方など、この領域のROIは高いと思いますね。また、メーカーの商品を扱う店舗さんを募るという形で、メーカーと店舗の皆さんをつなげることも積極的に取り組んでいます。
“終りのない目標”だからこそストイックになれる
神野:同時に先の発表では、買い物体験の品質向上を強く打ち出していたのも印象的でした。安全・安心への取り組みにも通じると思いますが、こちらも直近というより、数年を経てのスローガン化なのですか?
河野:そうですね。品質向上(クオリティー)は今年、対外的に特に重要なキーワードとして掲げていますが、2014年に品質向上委員会を立ち上げて、サイト表記などのガイドラインの見直しやブランド模造品の撲滅など、店舗の皆さんに協力いただいてきました。
神野:クオリティーとして、特に意識しているのは何でしょうか?
河野: UIとUXを改善するのはもちろんですが、やはりユーザーにとって大事なのは店舗の皆さんの商品やサービスの品質です。そういうと、急に店舗の皆さんへの要求を高くしたように感じられるかもしれませんが、前述の委員会のような下地があるので、どちらかというと当社の覚悟の表れとして受け止めていただいていますね。各店舗さんにクオリティーを求めると同時に、私たちは楽天グループとして品質維持と向上に徹底して取り組むので、店舗の皆さんを守るときは守りますと。
神野:店舗への啓発と協力は、きっと社員教育以上の難しさがあると思いますが、今後も要になりそうですね。ちなみに社内的にも、グループ間や複数サービスの連携を進める上では、シームレスな動きが大事になってくるでしょうが、変化はありましたか?
河野:はい、会社の風土もけっこう変わってきましたね。グループ間の会話も増えましたし、距離が確実に縮まっています。
また、この4月に発生した熊本地震の折には、入社1年目の社員から三木谷と私に募金活動の提案書が届き、すぐに実現しました。「地域活性(エンパワーメント)をうたう楽天だからこそ、経済を鈍らせない支援を」という趣旨で、ユーザーの買い物1回につき当社が10円を寄付する提案でした。当社はトップの意向が強い会社ですが、同時にこうしたボトムアップでも社内が動く風土があるのが、あらためて面白いなと感じました。
神野:なるほど。それにしても、エンパワーメント、エンターテインメント、それからクオリティーと、どれも実は終わりなき目標ですよね。そうした言葉を掲げていくのも、楽天らしいのかなと。
河野:そう、私たちの目標はいかようにでも捉えられる言葉なので、終わりがないんです(笑)。でも、当社でよくいっている「揺らぎながら進化する」という言葉が私はけっこう好きで、試したり元に戻したりしながらも、進化していると思うとその過程を楽しめます。点としての各サービスではなく、楽天ブランドとして提供できる価値を追求して、当面はクオリティーが五つ目の強みだと言い切れるように進化していきたいですね。