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日本発、宇宙ベンチャーの挑戦No.1

世界でただ1社、宇宙ゴミに挑む日本のベンチャー

2016/10/05

【30秒で分かる】スペースデブリ問題


今や宇宙は夢の舞台ではなく、ビジネスフィールドに変化しました。ここでは日本発の宇宙ベンチャーを訪ね、宇宙をどのように民間活用できるかを探ります。

今回は、世界で初めて宇宙ゴミ(スペースデブリ)の解決に向けて動きだしたアストロスケールCEOの岡田光信氏に、電通の片貝朋康氏がインタビュー。そもそも、スペースデブリとは何なのか? 私たちの生活にどんな影響があるのでしょうか?

アストロスケールCEOの岡田氏(右)と電通の片貝氏(左)
アストロスケールCEOの岡田氏(右)と電通の片貝氏(左)


宇宙には、大型バスほどの巨大ゴミが浮いている

片貝:数年前になりますが、打ち上げ直後の人工衛星にスペースデブリが衝突して、衛星が駄目になってしまったというニュースを見ました。宇宙のゴミがどのようなものなのか、当時はうまくイメージできませんでした。

岡田:宇宙って、実はゴミだらけなんです。今、宇宙を周回している人工衛星の数はおよそ1400基。一方デブリは、10センチ以上の大きさのものだけで2万3000個以上あります。小さいデブリは地上のレーダーで見えないので、正確な数は分かりませんが、1億個とも1兆個ともいわれています。

デブリは、元をたどれば人工衛星やロケットなどの残骸です。中には大型バスと同じくらいの巨大なデブリもあります。

宇宙空間を秒速7~8キロで飛んでいますが、例えるなら東京・大阪間をたった1分で行けてしまう速さで、弾丸の20倍ほどのスピードです。大きなデブリとぶつかると、ひとたまりもありません。

片貝:まるで宇宙空間の兵器ですね。

スペースデブリ
緑の部分は地表、赤い部分がデブリ。デブリは高度600~1000キロのところに多く分布している。ここを人類が越えたのは、1972年、アポロ17号が月面着陸したときが最後 ©ASTROSCALE

岡田:デブリは昔から宇宙業界が抱える課題の一つでしたが、宇宙空間はとてつもなく広大なので、ニアミスはあっても衝突することはごくまれです。

でも、2009年に起こったアメリカとロシアの人工衛星の衝突事故がきっかけで、いよいよなんとかしなくてはならない状況になりました。

この事故によって衛星の残骸が新たなデブリになり、一気に数が増えました。デブリ同士が衝突すれば、数はさらに増えていく。粉々になる前に、大きなものを撤去して連鎖衝突を防ぐ必要があります。

片貝:宇宙にデブリがあると、地上ではどんな弊害があるのでしょう?

岡田:私たちは日常生活の至るところで宇宙の恩恵を受けています。身近なものであれば、衛星放送や天気予報、GPSの情報は衛星から取得していますし、船舶や飛行機、農漁業の管理など、実にあらゆるシーンで衛星の観測情報が活用されています。

デブリを放置しておくと、早ければ30年後には宇宙が使えなくなるといわれています。衛星が使えなければ、今の生活を持続できなくなるかもしれません。

アストロスケールCEOの岡田氏

誰もやらないなら自分がやる。原動力は、少年時代の夢

片貝:デブリの除去に取り組んでいる企業は世界でただ1社、アストロスケールだけ。岡田さんは会社を立ち上げる前は別の業界で活躍されていました。なぜ宇宙ビジネスを?

岡田:宇宙は、子どものころから好きでした。15歳のときにはNASAの宇宙飛行士体験プログラムに参加し、毛利衛さんとお会いする機会にも恵まれました。

その後はさまざまなビジネスに携わってきましたが、宇宙への思いは、ずっと心のどこかにありました。そしてデブリ問題が解決されない現状を知って、自分でなんとかしたいと思うようになったんです。あのときの毛利さんとの出会いが、今の私の原点ともいえます。

デブリ除去については、もう一つ目標があります。いつか地球と月との間に定期便ができて、人々は宇宙を自由に行き来できるようになることでしょう。それまでにデブリを除去して、シャトルが安全に航行できる環境をつくりたいのです。

「宇宙は君達の活躍するところ」
15歳の岡田氏が毛利氏からもらった直筆のメッセージ。「宇宙は君達の活躍するところ」。アストロスケールの取り組みは、まさにこの言葉を体現するかのようだ
©Leiji Matsumoto ©ASTROSCALE
アストロスケールの工場内には、松本零士氏から贈られた作品が飾られている。列車が宇宙を駆け抜けて地球と宇宙を行き来する様子は、岡田氏の夢そのものだ ©Leiji Matsumoto ©ASTROSCALE

デブリを粘着剤でくっつけて捕まえ、大気圏に落とす

片貝:実際には、どのようにデブリを除去しようとお考えですか?

岡田:デブリをロボットアームでつかむ、投網の要領でネットをかぶせる、銛(もり)で突くなど、さまざまな方法を検討しました。

最終的にはハエ取り紙のような粘着剤でくっつけるという方法を採用し、軽くて宇宙でも使える粘着剤を搭載した捕捉衛星をつくりました。何十社もの日本の中小企業の技術力を結集させましたが、肝になる粘着剤も、国内の企業と共同で開発したオリジナルです。

粘着剤にした理由の一つは、重量です。重くなればその分コストはかさみます。粘着剤の重さはわずか200グラム程度。ロボットアームはおよそ50キロですから、その差は歴然です。

約2万3000個のデブリのうち、数百個を除去できれば宇宙の環境は維持されるといわれています。捕獲衛星1基当たりのコストを削減すれば量産化もしやすいですし、より多くの衛星を宇宙に送り出すことができます。

片貝:性能面はいかがですか? 粘着剤ならではのメリットもありそうですが。

岡田:宇宙空間ですから、ロボットアームでも銛でも1回目で捕えられなければ、ぶつかった反動でフワリと飛んで行ってしまいます。ネットで捕える方法は、すでに海外の機関で先行研究が始まっていたにもかかわらず、実現できていなかった。

粘着剤ならどこかに当たりさえすればくっつくわけですから、失敗率は格段に低くなります。デブリを捕獲した後は、高度を下げ、大気圏に突入させて摩擦で燃やします。

「アドラス ワン」(ADRAS 1)
2018年に打ち上げ予定の捕捉衛星「アドラス ワン」(ADRAS 1) ©ASTROSCALE
「イデア オーエスジー ワン」(IDEA OSG 1)
地上からは検出できない小さなデブリ(0.1~数ミリ)を見つけるための衛星「イデア オーエスジー ワン」(IDEA OSG 1)も開発。この衛星は2017年初頭までに打ち上げ、微小デブリの分布のリサーチを行うことになっている ©ASTROSCALE

クライアントと宇宙ベンチャーを、月で結ぶ

片貝:アストロスケールと電通のつながりは、電通の関連会社であるドリルが携わった「ルナ ドリームカプセル プロジェクト」がきっかけでしたね。

「ルナ ドリームカプセル プロジェクト」は史上初の月面到達飲料を目指すプロジェクト
ルナ ドリームカプセル プロジェクト(1)
「ルナ ドリームカプセル プロジェクト」は史上初の月面到達飲料を目指すプロジェクト。「キミの夢を、月に届けよう。」をコンセプトに、乗組員である子どもたちの夢を刻んだメッセージプレートをポカリスエット缶の形をしたカプセルに格納し、月面着陸船(ランダー)で月へと送る。カプセルにはポカリスエットの粉末が入れられ、いつか乗組員参加者が月に降り立ち、このカプセルを見つけ出して月の水で味わってほしいという願いも込められている。2015年のキッズデザイン賞で内閣総理大臣賞を受賞

片貝:もともと岡田さんの月面到達に向けた取り組みをサポートするかたちで私やドリルのメンバーが入っていましたが、ちょうどそのころ、営業から飲料メーカーのオリエンの話を聞きまして。

当初は月や宇宙とは全く関係のないオーダーだったのですが、よくよく考えると実はその企業が目指していることが、月を目指す岡田さんと重なっているなと気付いたのです。

ちょうど月の水が発見されたというニュースもあり、月の水で飲んだらどんなにわくわくするだろう、子どもたちの夢を月に届けて、いつかその子どもたちが月に降り立ってその夢と再会したらどんなに感動するだろう。

そんな思いをストーリーにして企業に提案したところから、このプロジェクトはスタートしました。

岡田:そうですね、僕らもこのプロジェクトに乗せてもらえたことで、月に到達するという目標がかないます。今回、夢を乗せるドリームカプセルやメッセージプレートの設計などのプロデュースをやらせてもらいましたが、参加した子どもたちが月まで安全に行けるように、その日までに僕らがデブリを除去したいというのが、もう一つのテーマにもなっています。

実は僕らが一般の方々に宇宙のことを伝えるのは、例えるなら大きなみそ汁の鍋を小さなスプーンでかき回しているくらいしか影響力がない。

ちゃんとかき混ぜるには、このように一般の方に届くような大きなプロジェクトやイベントにするなど、まさに電通がやっている「翻訳」作業が必要だと感じました。

片貝:われわれも、クライアントの課題を解決する一つの手段として、宇宙ベンチャーとの協業の道があることが実証できたと感じています。そしてそのハブの役割を担えるのが、電通の強みなのかなと。

ポカリスエット・ラン2016
アストロスケールがオフィシャルスペースパートナーとなっている「ポカリスエット・ラン2016」。今年はシンガポールで5回目が開催され、この5年間でランナーが走った総距離は、地球から月までの距離38万キロを超えた

ハーバード・ビジネス・スクールも注目する飛躍ぶり

片貝:これまでは主に国内での取り組みや反応を伺いましたが、海外からのリアクションはありますか?

岡田:2015年、ハーバード・ビジネス・スクールの教材にわが社が企業事例として採用されました。過去には日本の企業も登場しましたが、世界的に名を知られる大企業ばかり。われわれのようなベンチャー企業が取り上げられたのは初めてのことだと。

もともと宇宙ビジネスの鍵を握るプレーヤーを取り上げたいという思いがあったそうです。実際のケーススタディーでは、スペースデブリとは何かから始まり、デブリに関する宇宙業界の現状、技術力や戦略などが紹介されました。

片貝:宇宙ビジネスが盛り上がってきているとはいえ、まだまだ過渡期。それが世界トップクラスの教育機関でビジネスとして紹介されるようになるとは、宇宙業界はますますの成長が期待されますね。

岡田:宇宙にまつわる今までの夢物語は、これから次々と実現されていくと思うんです。航空業界になぞらえると分かりやすいのですが、1903年にライト兄弟が初めて飛行機の有人飛行に成功するまでは、人類が空を飛ぶなんてあり得ないと思われてきた。

その後、わずか半世紀足らずで飛行技術は確立し、飛行機で海外旅行にも行けるようになりました。同じようなことが宇宙業界でも起こるはずです。

片貝:人々が宇宙と地球を行き来する日はそう遠くない。そう考えると、デブリ除去は宇宙業界においてますます重要性を帯びてきます。われわれ電通も宇宙を軸としたプロジェクトで社会にアクションを起こし、宇宙業界を盛り上げていきたいと思っています。