カラダはひと休み、アタマはフル回転「ひざかけ先生」
2017/01/12
ひざかけ先生、登場(安達 翼)
こんにちは、アートディレクターの安達翼です。病院のさまざまな課題を「おもてなし」で解決する「ホスピタルティプロジェクト」でアートディレクションを担当しています。前回までの記事では、コピーライターの橋口幸生がデジタルを使った「消毒先生」「ハイタッチ先生」を紹介しました。今回は、これまでのデジタルとは違ったアナログな“先生” を紹介します。
美原記念病院では、パーキンソン病などの神経難病から、高血圧のような生活習慣病まで、たくさんの患者さんの診療に当たっています。他の病院同様、外来の待ち時間の長さが問題です。1日の平均外来患者数が115.8人で、平均待ち時間は1時間15分ほどになっていました。
待合室を見学させていただきましたが、患者さんの多くが疲れた表情で順番を待っていました。とはいえ、急に先生や診察室を増やすことはできません。「ホスピタルティ」にできることはないか?と考えました。
美原記念病院は、脳卒中を主とした神経疾患の専門病院です。患者さんにとって、脳や神経は大きな関心事の一つです。そこで、順番待ちの間に楽しく脳を活性化できるクイズを用意したいと考えました。
ただそれだけではホスピタルティとしては物足りない。よく待合室を見てみると、お年寄りや女性は「ひざかけ」を持参して使っていました。それをヒントに、クイズが印刷してあるひざかけを無料で貸し出す、というアイデアが生まれました。それが、体も脳もいっしょに温める「 ひざかけ先生」です。
ところが「脳を活性化させるクイズ」といってもわれわれには何の知識もない!! その開発に苦労しました。専門家に何度も取材をしたり、分厚い専門書を調べたりもしました。その中の発見の一つが「多義図形」です。見方によって2通り以上に解釈できる絵や図形をこういいます。
白地に注目すると向き合う横顔に、黒地に注目すると壺に見える「ルビンの壺」などがありますよね。こうして視点を切り替えることは、脳に良い効果があるそうです。
この話をもとに、上のようなクイズをデザインに落とし込みました。グレー地に注目すると「我中」の文字が浮かび上がり、白地に注目すると「無夢」の文字が浮かび上がります。答えは四字熟語の「無我夢中」ですね。
この他にも、長い待ち時間でも飽きないように、全10種類のクイズを用意しています。脳科学を研究する大学教授からも「前頭葉への刺激が期待される」というコメントを頂きました。
肌触りの良い起毛素材を選んだので、ひざかけとしても快適です。待合室に置いて、患者さんが自由に使えるようにしてあります。体もポカポカ、脳もポカポカ、病院と患者さんの関係もポカポカになってほしいと願っております!
ホスピタルティの連載は、これが最終回です。美原記念病院の法人本部・本部長の美原玄さんに今回のホスピタルティプロジェクトについて聞いてみました。
美原玄さんのホスピタルティへの思いとは
—なぜ電通に相談いただいたのでしょうか?
超高齢社会を迎えるに当たり、地域包括ケアが提唱されているのですが、肝心の一般住民の理解と協力が十分に得られていません。
また、美原記念病院は、2012年には「機能評価係数」(厚生労働省によるDPC<包括医療支払い制度>急性期病棟の機能評価)で1505病院中全国1位になるなど、医療界では高い評価を頂いていました。次は一般の方々にもアピールしたいという思いもありました。
医療界は閉鎖的といわれがちなので、他業界の方からアドバイスを頂くことで、患者さんの隠れたニーズが読み取れるかもしれない。医療界の常識、先入観にとらわれずに井戸の外に目を向けることが、これからの病院経営ではさらに重要になってくると考えています。
—ホスピタルティというコンセプトについて、どのように感じておられますか?
「病院でおもてなし」というコンセプトが、新たな言葉で表現されていて、分かりやすいと思いました。医療従事者にとって、どのように患者さんに治療に協力してもらうかというのは永遠のテーマです。患者さんを説得し、納得してもらう、という一般的な手法ではなく、自然にやってしまうシステムをつくるというのは新しい切り口であり、目からウロコのアイデアでした。
これまでは病院は、治療の間だけ身を置く特殊な環境で、用が済めば社会復帰するというように捉えられていました。しかし、医療の進歩により、健康上の問題を抱えながらも、医療や介護のサポートを受けながら社会生活を送れるようになってきています。普段から医療を身近に感じてもらうことが大切になっているのです。今回の試みは、医療と社会という二つの断絶した世界をいかにしてつないでいくのかという命題に対する、ひとつのアンサーになったのではないかと思います。
日本は世界のトップランナーとして超高齢社会に突入しています。この難問に日本がどう対応するのか、全世界が注目しています。今まで日本はアメリカを中心とした医療制度を参考にしてきたのですが、今やまねできるシステムがありません。厳しい状況の中、日本人の強みであるおもてなしの心をもって社会事情の変化に対応できれば、大変光栄なことだと思います。
—プロジェクトを始める際、どのように告知したのですか?
職員には対しては、朝礼や各種委員会、イントラネットやメールで説明しました。患者さんにもご理解いただけるように、新聞やテレビで掲載された際は、院内掲示板やホームページで紹介しています。また、病院入り口の一番目立つ場所にホスピタルティに関する説明ポスターを張りました。
—院内外の反応は?
ハイタッチ先生については、モデルになった先生は、自分の気付いていない特徴が捉えられていて、少し複雑と言っていました(笑)。
また、今回の三つで終わらせず、継続的な取り組みにしたいという意見がありました。例えば 毎年職員からアイデアを募集して、一番いいものを採用するなどです。
また、患者さんだけではなく、ご家族からも病院は暗いイメージがあったけど、明るい雰囲気になったという意見を頂いています。ホスピタルティは病院をもっと地域に開かれた場所にする効果があるかもしれないですね。
病院を中心にした街づくりが求められている中、ホスピタルティもただの広報活動ではなく、医療を社会の中に流し込むような役割を担うものにしたいですね。
ホスピタルティのこれから(橋口 幸生)
私たちが恵まれていたのは、課題の発見からエグゼキューションまで、美原記念病院とのパートナーシップの中で進められたことです。新しいことにチャレンジする場合は、クライアントとエージェンシーという図式を超えて協業することで、さらに大きな力を発揮できると思います。
また、医療現場用のデバイスの開発という初めての経験で、アートディレクションやコピーライティングのノウハウを役立てられたことも大きな収穫でした。広告クリエーティブに見られるインサイト発想は、テクノロジー発想と足りない部分を補い合うことができるので、とても相性が良いと思います。広告クリエーターはどんどんデジタルやテクノロジーの領域に進出するべきだと、あらためて実感しました。
医療費の増大が社会問題になっています。医療関係者だけではなく、さまざまな世界の知恵を結集して解決しなくてはいけません。ホスピタルティの取り組みにも、貢献できることがたくさんあるはずです。今回の3事例をきっかけに、新しいアイデアの開発も積極的に進めていきたいと思っています。
ひざかけ先生やホスピタルティについての詳細は、ぜひhospital-ty@dentsu.co.jp(安達・橋口・金坂)までお問い合わせください。