9.11から15年目のアメリカ:海図なき時代のリーダーシップNo.5
自分のキャリアをつくるために必要な2カ条
2017/02/24
皆さん、こんにちは!前回は、アメリカ同時多発テロ事件とその後の対応に関して、ルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長が15年後に語ってくれた教訓をご紹介しました。今回は、テロ対策に並んで日々の安全をどう守るかに注目が集まる現在のニューヨークで、閉鎖的な男社会を率いる一人の女性リーダーに焦点を当てます。
タフな男社会のトップに女性研究者が務まるのか?
今のニューヨーク市は安全だと思いますか。それとも、危険?
以前は治安の悪さで名をはせたニューヨーク市ですが、ジュリアーニ市長の改革などにより、2015年には全米で唯一、世界でトップ10入りする安全な大都市に様変わりしました※1。
そんなニューヨークを守るのは、約3万5000人の制服警官を擁するニューヨーク市警察「NYPD」。アメリカ最大規模の警察です。
このNYPD、犯罪防止に驚異的な成果を上げる一方、近年はその代償となる問題を抱えていました。差別的な、あまりにいき過ぎた取り締まりです。「警察官の所持品検査は、実質、黒人や中南米系住民が対象」と言われ、黒人の逮捕率は、白人に比べて数倍から10倍との説も。
そんな中、2014年初めに筋金入りのリベラル活動家として知られるビル・デブラシオ(Bill de Blasio)氏が、圧倒的大差でニューヨーク市長に就任します。その公約の一つは、警察官の強引な職務質問の禁止。NYPD改革への期待が一気に高まり、新たなポリス・コミッショナー(警察トップ)が就任し、ある新規部署が設置されました。
それが「市民との協働警察」(Collaborative Policing)です。
その部署のトップは、刑事司法制度の専門家スーザン・ハーマン(Susan Herman)元ペース大学准教授。異色部署のトップは内部ではなく外部登用、警察官ではなく研究者、そして男性ではなく女性でした。
トップは、批判を恐れず改革人材を投入する
ハーマン氏が「市民との協働警察」トップに就任したのは、前述の#myNYPDキャンペーンの時期です。彼女の専門は、警察改革、犯罪被害者の擁護、逮捕された市民や未成年の扱い改善など。警察のやっていることを反対側から見ている人です。
そんな彼女がなぜ選ばれたのか。
彼女を指名したのは、数十年前に今の強権的警察の基礎をつくり上げ、デブラシオ市長の肝いりでNYPDトップに返り咲いたビル・ブラットン(Bill Bratton)コミッショナーです※2。 このため、この人事は「警察改革につながるわけがない!」と、市民からことごとく批判を浴びるのですが、その渦中にブラットン氏が指名したのがハーマン氏でした。ありがちな「顧問」ではなく、新設部署のトップとして。
市長もコミッショナーも無難な策に逃げず、かなりのリスクをとって人事に挑んでいることがうかがえます。
難しい課題に挑戦するときに大切な二つのこと
では、内部登用せず、外部人材に任せてうまく事が運ぶのでしょうか。
特に、改革を共に果たすべき人材(警官)が、その改革の対象者でもある場合。さらに、部下となる彼らが、決して小さくないプライドと実績を持つタフな男たちで、上司が、警察実務に携わったことがない、素人の女性研究者だったら。
ハーマン氏は自らの体験で得た教訓を2点語ってくれました。
1.誰よりも揺るぎない専門性を持つ
プロはプロを尊敬する。
その道の専門家として「誰より信頼に足る」と思われれば、懐疑や反発を持たれたとしても、必ず賛同者や支持者が現れる。雑音に惑わされず、自分のやるべきことに集中する。得に大事なのは、自分にしかできないことを実行すること。内部には決してない独自の発想や解決策を打ち出した上で、一人では行わない。なぜそれがいいかを周囲に説き、アドバイスや協力を求めて一緒に取り組む。そうするといつの間にか景色が変わっている。
2.必要な権限を与えてもらう
ボスを選べ。
難しい課題に挑戦するとき、後ろ盾を持つことは不可欠だ。特に古い慣習を打破する場合は、そこに慣れ親しんだ人たちの快適さを奪うことにもなる。批判や反論、抵抗は必ずある。十分な権限と環境がない中、単に「やってくれ」だけで事態は変えられない。ボスから選ばれるだけでなく、ボスを選ぶこと - これは自分がずっと意識してきたことだ。困難な状況であればあるほど、大きな権限と責任を与えられ、ボスと一枚岩で動く印象が非常に重要だ。
ハーマン氏の改革による成果
彼女は優れた専門知識と与えられた権限で、1300人もの警官を「街の巡回」メインの「フィールドオフィサー」(いわば日本のおまわりさん)に一気に振り分け、その全員に2日間のトレーニングを課しました。それだけではなく、3万5000人の警官全員に、複数言語の翻訳機能を持つスマートフォンを与えて住民との会話を促し、自分の担当地区の住民がどういう人たちか知らせました。これらは大きな権限がなければ短期間で打ち出せる施策ではありません。
また、「犯罪予備軍を特定し、逮捕前に更生させたこと」も成果のひとつです。フィールドオフィサーによる巡回強化によって犯罪予備軍を割り出し、職務質問ではなく、警察各部門と面会する機会を与え、罪を犯すとどうなるか理解してもらった上、コミュニティーグループと連携して現在の生活から抜け出せる方策を用意。逮捕や起訴件数は激減し、警官にも「警察は市民を逮捕するだけが仕事ではない」という発想が徐々に根付いたとのこと。
ちなみに、こうしたやり方は、これまでのNYPDでは発想さえなかったようです。他にも「あらゆる機会を捉える」ことが重要だと思います。先ほどご紹介した#myNYPDキャンペーンも、組織や文化を根本的に変えようと乗り込む新参者のハーマン氏にとっては、語弊はありますが、ちょっと面白い状況だったのではないでしょうか。キャンペーンの失敗によって、旧来のやり方に固執する勢力はトーンダウンせざるを得ません。あらゆる機会を利用する気があれば、まさに「ピンチもチャンス」かと。
自分のキャリアを自分で作る
でも、「ボスを選ぶ」って、どういうことでしょう。自分が置かれた環境でベストを尽くすだけではなく、必要なら上司を含めて環境や設定まで変えるってことだと思いませんか。
ハーマン氏は、上記2点を「女性が男性社会で渡り合う際に特に大事」と話しましたが、女性とか男性とかだけの問題ではないと思うのです。
「リーダーであればあるほど、現場の最前線に行け」(ジュリアーニ元ニューヨーク市長)
「誰よりもプロになれ。ボスを選べ」(スーザン・ハーマン氏)
アメリカのリーダーたちの話を伺うと、極めて僭越ながら、あらためて日本の環境って、ちょっと不思議とも思います。個々人の意思や能力、適性を尊重した最適配置や、部門間・組織間異動、転職はまだまだ難しく、管理に秀でた若い上司や、シニアや外国人にあふれた職場もそれほど多くありません。管理職に就く女性の少なさは目を覆うばかりです。そして、自己主張も少なくなっている気がします。「面倒くさい人に思われたくない」という風潮が確実にあるように思うのです。
もちろん、アメリカが全部いいかというと、そんなことはありません。絶対に。ただ、ニューヨークで得たアドバイスは、現場では、「与えられたミッションに極限まで向き合い、自ら判断を下す」という周囲への責任を、長期的には、「自分のキャリアは自分でつくる」という自らへの責任をあらためて思い出させてくれたように思います。流されず、主体的に向き合う。その中には、組織の意思に従う、くみしやすい構成員というだけではない、差し障りをつくることもいとわない自分でいることも求められそうです。リーダーになるって、他人との衝突を嫌い、理解あるいい人に見られたいと願う自分(私だけですか!?)との戦いなのかもしれない。そう思います。
私自身に言いたいです。「もっと、立ち上がれ」と。その言動が空気を読まずとも、差し障りを持とうとも、正しい動機に基づいて正しく実行されていれば、誰かが見ていてくれる。きっと。
みなさん、私がうるさいこと言うの、実はこんな理由なんですよ!
※1 雑誌『エコノミスト』の「世界安全な都市ランキング50」より
※2 ビル・ブラットン氏は、かつてジュリアーニ市長の下、警察トップであるポリス・コミッショナーとして「割れ窓理論」(軽微な犯罪や秩序違反の取り締りが凶悪犯罪を抑制するという理論)に基づき、“強い警察”をつくった。彼によって警官による職務質問は強化され、小さな犯罪が見逃されなくなり、凶悪犯罪も激減した。彼がNYPDトップに再度起用された今回、市民は疑念や反感を持ったが、その本人がハーマン氏などの外部人材登用や職務質問の運用変更などを通じ、過去のベストプラクティスを塗り替える新たな改革を推し進めている。