デジタルマーケティングの広告賞「コードアワード2017」No.2
PARTY伊藤直樹×Takram田川欣哉:デジタルとクリエーティビティの現在と未来
2017/06/12
今回は、デジタルマーケティングの広告賞「コードアワード2017」の審査員長である伊藤直樹氏(PARTY代表)と、本年度が初参加となる田川欣哉氏(Takram代表)が登場。コードアワード運営事務局長を務める私、中田せら(D2C)がモデレーターとなり、デジタルマーケティングが抱える課題と、目指すべき未来の姿、 人材教育やリアルなお仕事の話について語って頂きました。
Eコマースの新潮流、エンターテインメントとコミュニティー
──デジタルマーケティングの最前線に身を置く立場から見て、現在の業界動向は、どのように変化してきていると感じていますか?
伊藤:今、まさに面白くなってきているのがEコマース(EC)サイトやオウンドメディアですね。ECサイトって本来は、僕らが関わるような領域ではなかった。けれど、ECにエンターテインメント性を取り入れたような仕事が増えています。
僕らはこれを“エンターテインメントコマース”と呼んでいて、商品を選んでカートに入れ、決済をするというプロセスを、少しでも楽しくする。例えば大型のショッピングモールなんかに行くと、なんだか楽しくなっちゃいますよね。では、ECサイトにそういう楽しさや熱狂があるかというと、やっぱり足りない。そこに何かこう、人工知能を使ったりして、ワクワクするようなショッピング行為をデザインするという試みです。
──膨大な数の商品を取り扱い、とにかく早く届く。Amazonや楽天に代表される巨大なプラットフォームが築かれた今、新規参入は難しい状況にあります。“エンターテインメントコマース”の根底には、「ならば顧客の体験を重視しよう」という意識があるのでしょうか?
伊藤:というよりは、一種の揺り戻しが起きている印象です。今、挙げていただいた企業は、ECサイトにおける勝ち組。多くのリテールが、そこに乗っかる形で集約されていったけれど、ここにきて今一度、「自前でやってみよう」と。同様に「自前でコンテンツを発信しよう」というオウンドメディアの流れもある中、ECサイトとオウンドメディアを抱き合わせにして、「企業自らが運営していこう」という動きは確実にありますよね。
田川:ECの話題はどこかで出てくるだろうと思っていました。伊藤さんが話された“エンターテインメントコマース”も面白いですよね。それと似た感じのもので、いま、Takramのメンバー達が興味を持っているのが“コミュニティコマース”です。まず、コミュニティーを先に構築し、そのコミュニティーの中にクローズドな形でプロダクトやサービスを提供するというモデルです。いずれにしても、デジタル上のコマースの動きが、ますます加速していく流れを感じます。
これまでの方程式が覆され、ECもクオリティー勝負の時代に
田川:この数年、ネット上ではいろんなタイプのモデルが提案されてきました。例えば、クリエーターやメーカーのような人々が、既存のチャネルを通さず、顧客に直接、商品を届けるものとして「Kickstarter」のようなクラウドファンディングが生まれました。
だけど、クラウドファンディングでは、決済が完了してモノが届くと、そこで作り手と受け手の関係が切れてしまう。そうではなく、一人の人間ないし一つの会社を、サポーターがずっと追いかけていけるようなシステムが生まれると、これまでとは全く違う方程式で商売ができるようになる可能性があります。
コマースをめぐる新しい流れって伊藤さんのおっしゃる通り、俯瞰視点で見ると、Amazonなどに対する揺り戻しの反応だと思います。その中で、ニーズを細かく見ていくと、一つ一つに独特の面白さや特徴があると思います。
伊藤:リテールプロモーション、いわゆるPOPっていう考え方が、ようやくネットの世界にも根付いてきた感じがしますよね。ネットにおけるリテールがECサイトなわけだけど、おもてなしにしても体験の提供にしても、リアルよりも差別化がしやすい。どう差別化できるのか、みんな躍起になっている状況ですよね。
貨幣の希薄化で、決済がコミュニケーション化していく
──偶然にもお二人から「EC」というキーワードが出てきましたが、その背景には大きな変化期にある、決済システムも関わっているのでしょうか?
田川:その変化は日々体感しています。例えば僕自身も、最近はお札とかコインにほとんど触らずに生活を送れるようになりました (笑)。もちろん、物理貨幣が持つ手触りって大事だと思うけど、財布を開かない生活の方が、今は楽しい。決済行為そのものがデジタル化していく世界の中で、きっと未来の人は「お財布の中にいくらあったかな?」なんて計算はしないでしょう。
従来の貨幣システムがデジタル化した後には、僕らがまだ知らない新しいコマースの形がたくさん出現しているでしょう。 検索やリコメンデーションから効率的にモノが手に入るという実利的な価値よりも、もう少しコミュニケーションに寄った、体験自体に価値が生まれてくるのではないでしょうか。そのへん、「メルカリ」なんかは参考になります。「ここに傷があるんですけど」って、売り手と買い手の間に生じるコミュニケーションが、売買における本質価値のひとつとして見直されると思います。
伊藤:そんなふうに物理的な貨幣の存在価値が希薄になってくると、見逃せないのが、ビットコイン。このビットコインによって可能性が高まるのがCtoCのビジネスです。ECがコミュニケーション化していくと、自ずとCtoCが増えていく、するとマージンありきの金融機関を経由したシステムが、非常に煩わしくなってくる。こうした流れの中で、ビットコインがどうフィーチャーされていくかにも興味がありますし、「CtoC」がキーワードになっていくと感じています。
人工知能における可能性の模索と人材の少なさに対する懸念
──新たな動きが生まれている今こそ、新たなチャンスをつかむ時かと思いますが、一方で、現在のデジタルマーケティング業界が抱えている課題については、どうお考えですか?
伊藤:コミュニケーションという点でいうと、人工知能の活用について課題を感じています。顧客と企業がネットでつながり、エンゲージメントを築くことで関係性を保つという流れが確立されていますが、顧客に対する企業の人格って、本来は一つじゃなくてはいけない。いわゆる「法人」としての人格。ひとつに統一されたアイデンティティと言ってもいいかもしれない。それなのにコールセンターは外注していたりして、対応する人によって人格もバラバラ。これが原因でクレームが生まれ、是正しての繰り返し。これが人工知能に置き換わっていく動きの中で、「人工知能に企業の人格をインストールすることは本当に可能なのか?」と。
この人格形成すなわち、ブランディングは、あらゆる手法における社内全体の態度や行動を統一化していくことです。だから通常、ミッションや行動規範、海外の企業だとホームページによく載っているWHAT WE DOが必要になってきます。いま、多くの企業がチャットボットをはじめ、いろいろなコミュニケーションに人工知能を導入しようと躍起になっている。しかし、ものの本によれば、人工知能に性格付けをするのはまだまだ難しい。
──これからの企業のブランドコミュニケーションは、人に対してブランドのビジョンや価値を伝えるために、人工知能にもブランドイメージを浸透させなければいけないのですね!
では、業界が抱える課題について、田川さんはいかがですか?
田川:仕事をしていて足元の話として感じるのが、デジタルマーケティングという手法を使いこなせる人間が圧倒的に少ないことです。日本のオーセンティックな企業って、良くも悪くも生産者から小売りまでの流れが完成された世界で生きています。旧来型のマーケティングすら経験のない人もいたりして。それがネットの登場により、End to Endで企業と顧客と直結することが技術上、可能になってしまった。
こうした進化によって、デジタルマーケティング産業の規模は大きく膨らみました。それなのにデジタルやネットの流れについていける人、慣れている人が少な過ぎる。となるとアイデアうんぬん以前に、ニーズに応えられる人材教育が課題なのではないかと。この必要性は日々、身に染みて感じています。
インターンからメンターへ。英国に習うべき教育プログラム
伊藤:僕は京都の芸大で教えていて、実務系の大学である以上、実践的なビジネスとしてのデザインについて教えようと努めています。しかし大学の教育プログラムにおける実務教育って、限りなく少ない。実際、卒業生と話をすると「就活した当時のイメージと、現実とのギャップが激し過ぎる」って、みんなが言うんですよ。そういう話を聞いてしまうと、実務とアカデミックの側面が、もっと近づかないとまずいと痛感しますね。田川さんはロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで教えられていますが、やっぱりロンドンだと違う?
田川:僕が教えている学校だと、教授とか常駐のチューターが各学科に5人しかいないのに対し、学生はPh.D.も含めると100人。だけど常駐で教える5人の他に、ビジティングチューターといわれる人たちが、100人くらいいるんですね。この人たちはみんな、あらゆる分野で働く現役の専門家。こうした専門家がスタジオをプラプラしていて、学生自らが声を掛けて学ぶというメカニズムが確立しています。
ビジティングの人たちは、みんな学校の卒業生。現場で働いている卒業生から教えることに興味のある人を募り、実務的な部分は彼らから学べるというエコシステムです。このシステムの何がいいって、ビジティングの人たちは3週間に一度くらい学校に行って、プラプラしていればいいから、すごく気軽。日本だと講師という形になるから、それなりに授業も持たなくちゃいけなくて、大変じゃないですか。
伊藤:日本の大学でも、もっと企業の若手社員や大学の先輩などで構成されるメンター制度を導入すべきですよね。その代替が日本では企業におけるインターン制度だけど、企業を経営している立場からすると、ちょっと負担が大き過ぎる。本当は若手社員をヘルプするためにインターンを雇いたいのに、若手社員がインターンを指導することに時間を取られてしまっては、本末転倒。教育コストも掛かり過ぎるから、実務家のメンターが教育機関に入って教えるというのは、すごく理想的なやり方ですね。
現場の組織改革も急務。縦割りは捨て横展開へ
──この業界に携わる者として、もっと意識的な人材教育が欠かせないと。
田川:同時に、すでに現場で働いている人たちの組織についても改善しないと。ネットが急成長した分、成長に追い付けていない従来型産業の人たちまで、デジタルマーケティングをこなす必要に駆られています。だけど日本は人材の流動性がすごく低いから、ネット企業から従来型産業に転職する人がいないし、受け入れる方も戸惑ってしまって、産業全体のデジタル化が進まない。
オーセンティックな企業の中にもデジタルマーケティングとブランディングの部署をつくるとか、組織的な改革が必要ですよね。
伊藤:組織改革は、本当にそう。例えば「IoTをつくる」って一口に言うけど、プロダクトデザインやパッケージデザインはもちろん、コミュニケーションデザインまで内包されているわけじゃないですか。これらの部署が一緒になってつくり上げるべきなのに、多くの企業では分業です。本来はデータサイエンスも含めてワンパッケージで考えないといけないのに、この一元化がなかなか進まない。
田川:イノベーションの部署とマーケティングの部署は、隣り合わせの席にいないとダメですよね。各部署が日々、密なやりとりをしてこそ、新たなイノベーションが生まれるのに、もっと言うと、商品開発を務める研究所は、ビジネスの現場からものすごく遠い田舎にあることも珍しくないですからね(苦笑)。
伊藤:そこでいうと田川さんは、ファシリテーションのワークショップもやられているじゃないですか。外部の人間が仲を取り持つことの効果って、すごく大きいですよね。
田川:会社ってレポートラインがあるから、隣にいる人に対しても「上司を通してください」なんて言われちゃったりしてね(笑)。そこに「すみません、御社の事情は分からないので…」と、ある意味、乱暴に入っていけるのは、僕らのような外部の人間の強み。政治的なケアをする必要がないから、かえって事がスムーズに進みます。
伊藤:そうそう、内部にいるとケアし過ぎちゃうんだよね。「あの人を呼ぶと、怒られちゃうかな?」とか(笑)。だから外部の人間の役割って、社内のコリをほぐすことにもありますよね。よろいを外してみたら案外、物事がシンプルに進むのに、組織のレッテルみたいなものが足かせになっているから。
ハイブリッドなクリエーティブこそが、イノベーションを生む
──ここまで数々の示唆を頂きましたが、次に「コードアワード」のテーマである「デジタルとクリエーティビティー」についてお聞かせください。
デジタルを活用したクリエーティビティーを企業のマーケティング活動に落とし込むには、どのようなことがポイントになるとお考えですか?
伊藤:先ほどお話ししたような協働の姿勢が、ひとつの大きなポイントですよね。さらにクリエーティブという点に絞り込むと、デザイン思考の重要性でしょうか。日本にもようやくデザイン思考が根付いてきた感がありますが、田川さんの実感としては、いかがですか?
田川:デザイン思考自体は、すでに確立されたクラシカルメソッドです。日本からすると最新の手法だけれど、デザイン思考自体が提唱されたのは20年以上も前のことですから。デザインの歴史から考えてみると、その中心地は長らくヨーロッパでした。そこでは、 “マエストロ型”つまり、巨匠が主観と世界観でつくり上げるクリエーティブが覇権を誇っていました。
一方、1980年代に入るとシリコンバレーで新しい産業が立ち上がり始め、そこに“マエストロ型”に限界を感じたヨーロッパ人が、移民として入り込みました。そこで生み出されのがデザイン思考です。デザイン思考は、観察・プロトタイピング・チームワークに重きを置いた“脱マエストロ型”のシステム。どうして“マエストロ型”から“脱マエストロ型”に主流が移ったかというと、後者の方が、ビジネスとのフィットがよかったからです。フィットした理由も単純で、デザイン思考はPDCAに乗せやすいとか、属人性が低く再現性を作りやすい、つまりビジネスの価値観と近いからです。だから、デザイン思考は普及したのです。
ただし、それが生まれたのは、ネットがまだ当たり前ではなかった時代。だから最先端というところでは、いろんなアプローチが出てきています。あと、ここにきて、「手法なんて使えるものは何でも使えばいいじゃん。マエストロもデザイン思考も、適材適所でしょ!」という時代になりつつあるのかなと。すると伊藤さんの言うように、やっぱり協働が欠かせない。ビジネスをやる人、テクノロジーをやる人、クリエーティブをやる人が入り交じった、ハイブリッドゾーンに踏み込み始めています。僕らはこうしたハイブリッドを“BTCタイプ”と呼んでいますが、3要素を包括したチームこそ、イノベーションを引き起こすコアドライバーなんだと信じています。
プレゼンもコミュニケーション第一。企業との協働がカギに
──いわゆる大企業の上層部やクライアントを説得するプレゼンのコツについてお聞かせください。
田川:プレゼン自体、ほとんどしません。重要なのは日々のコミュニケーションとフィードバック。そこから取り込める部分と取り込まない部分を精査しつつ、プロトタイプやロジックを考えていくから、「一発のプレゼンで通った!」という場面自体が少ない。ある意味、継続的・漸進的コミュニケーションこそが、ポイントかもしれません。
伊藤:僕も一緒です。クリエーティブの仕事って完全にフィービジネスだから、われわれが使う時間に対し、お金を頂いているわけです。その分、「何回のプレゼン」という意識ではなく、月に2回、3回とお話しする機会を設けていただいているので、プレゼンという意識は、限りなくないですね。オープンソースのような感覚で、一緒に作り上げていくイメージです。
田川:そうそう。だから変な言い方をすると、1発目のプレゼンはできるだけプロジェクトが始まってすぐにやって、いかにクライアントから「全く分かっていないですね」という言葉を浴びられるかがカギです(笑)。するとオリエンの段階では明確ではなかった方向性がバシッと分かるから。それをプロジェクトの中間で叩き上げていけばいい。要は最終的にしっかりした結果になっているかどうかなので。だから最初は「半分は間違っていると思うので…」というスタンスで挑むというね(笑)。だけど、それを素早くやる。
旧態依然を疑う姿勢があれば、次世代のリーダーになれる
──なるほど。ここでも旧態依然とした手法が覆された印象がありますが、最後にデジタルマーケティングのこれからを担う世代、若い人たちに向けてメッセージをお願いします。
伊藤:「就職企業ランキング」を見ると、何十年も変わっていないですよね。もちろんオーセンティックな大企業こその面白さはありますが、ネット企業にももっと目を向けてほしいと思います。
僕は芸大で教えているので、学生の多くがデザイナーを目指しています。すると、みんなが一様に「デザイン事務所に就職しなきゃ」と口にする。だけどゲーム会社でインハウスデザイナーを募集していたり、LINEのような企業にも、実はたくさんのデザイナーがいたりする。「広い視野を持てば、自分が楽しめる場所は、まだまだいっぱいあるんだよ」と伝えたいし、面白いチャレンジだとも思います。
ここまでお話ししてきたように、あらゆる分野の一元化が求められ始めた今だからこそ、面白さもひとしお。この動きに目を付けて動き始めれば、新たなリーダーになれる可能性も高いはずです。
田川:デジタルツールを使うことの最たる利点って、個人個人の可能性が大きく広がることですよね。その分、個人が求められるスキルセットも高くなっていくし、クリエーティブの先にあるプロダクトに対して、コモディティー化も起こってくる。
何か一つを極めるのに20年、30年かかっていた時代から、ネットによって世界がフラットになりつつある今、5、6年でその分野の深部にまで到達できる気がします。このように時間が短縮されると同時に、個人が内包できるキャパシティーは、やはりネットの力によって猛烈に広がっている。個人の可能性が極大化されるのが近未来なのです。だから今の若い人は、あまり上の人の言うことは聞かなくていいと思う。それはネットがなかった時代の人の常識でしかないから。「BI人(Before Internetな人々)の言うことは完全に疑ってかかった方が正解だよ」と伝えたいですね(笑)。
──お二人とも、非常に中身の濃いお話をありがとうございました。
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