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対話のないビジネスはなぜ滅びるのかNo.2

マルチ・ステークホルダーとの対話

2017/09/26

本コラムは次の三つのパートで構成しています。

■なぜマルチ・ステークホルダーとの対話が必要なのか
■「週刊ニュース深読み」に見るマルチ・ステークホルダー対話
■会議の場にいない人の立場に立ってみる

 

なぜマルチ・ステークホルダーとの対話が必要なのか

このコラムではビジネスにおける「対話」の大切さについて触れていきますが、「対話」の相手とは、どこからどこまでを範囲とすればよいでしょう。ある問題の解決策について対話するとき、誰をその場に呼んでくればよいのでしょう。

それは、その問題をどのように捉えるかによって決まります。「ここが問題だ」というふうにある部分に原因を特定してそこに手を打とうとする場合、場に集う人は、その問題の事情に詳しい専門家、手を打つときにパワーを行使する権威を持つ人、そしてその実行を担う担当者たちです。これは、会社の経営戦略会議、行政機関の有識者会議など、私たちがいつもやっている「議論」のやり方です。

そこで打たれる対策は、「人ごと」という分断が発生しがちです。命令や助言をする人は実施のプロセスに関わることはなく、実行する人にとっても「誰かが決められたことだから」という人ごとです。あなたの組織で、誰かが決めた経営戦略が現場に浸透しないのも、ここに理由がありそうですね。

「対話」の手法では、「問題」の原因を特定することが目的ではなく、「問題」をさまざまな要素の因果関係が影響し合うシステムとして捉えます。そのシステムには、あなたも含まれています、つまり「自分ごと」になるのです。

例えば、ある製品に品質不良の問題があったとします。通常、その問題は品質管理担当の責任とされますが、その担当者のモチベーションに影響を与えているのは、人事制度の問題かもしれません。製品開発にプレッシャーをかけていた経営戦略の問題かもしれません。低コストでの品質要求をしている厳しい顧客の声も影響しているでしょう。そして、あなたの組織で起きている、あなたが知らない現場で起きている問題に対して、あなた自身も原因の片棒を担いでいるかもしれません。つまりあなたも、ステークホルダーの一人なのです。

VUCA※の時代は、起きている問題が複雑であればあるほど、マルチ・ステークホルダーでの対話が大切になります。わざわざ忙しい人たちが集って対話をするということは、専門家や権威がある人たちだけでは解決できなかった問題に対して「自分ごととする人たちの範囲を広げて新たな解決策を創発する」ということに意味があるのです。

※VUCA:「VUCA(ブーカ)」とは、 Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、 Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の頭文字をとった造語

問題は、因果関係が複雑に絡まり合ったシステムで発生しています。

「週刊ニュース深読み」に見るマルチ・ステークホルダー対話

 

マルチ・ステークホルダーの対話を体現しているなと感じているテレビ番組があります。土曜日の朝にNHKで放送されている「週刊ニュース深読み」という報道番組です。番組の後半「深読みコーナー」という対話セッションがあります。ここでは、一つのテーマに対して、専門家や芸能人が入り交じった「対話」がぶっつけ本番で進められます。「対話」で扱われるテーマは「核兵器」「受動喫煙」「IS」など、VUCAの時代を象徴するような、複雑で厄介な問題です。どれもが、視聴者である自分もその問題の片棒を担いているかもしれないけれど、直接の影響を実感することがないので人ごとにしてしまいたくなる内容です。

この番組では、テーマに対してニュース解説のように「なるほど」と感じる一般知識を得るだけでは終わらせてくれません。対話のシーンでは、専門家の主張に分け入って、素人である芸能人が「誰もが感じているけど、言いにくかったような本音」を述べたりします。

例えば、核開発の問題に対して対話をしていたときのことです。「(非合理なことが)大人の事情で許される」と発言した専門家に対して、芸能人が「われわれは何ですか?子どもですか?」と差し込んで、専門家が回答に窮する場面がありました。そこに、今度は視聴者から、Twitterの投稿が紹介されていきます。その中には、その問題に対してわれわれが感じている怒りや憤り、実は的を射ている提言などが含まれます。

この番組にはもう一つの特徴があります。対話されている内容が専門家や芸能人、視聴者の区別なくそのまま絵や文字になって、グラフィックレコーディングという手法で模造紙に表現されていくのです。いわば、どの立場のどんな人の意見であっても、全てテーブルの上に載せられることが約束されて対話が進んでいくのです。

この番組は生放送なので、よ〜く見ていると分かるのですが、多様な立場からの主張が尽きたタイミングで、対話の質感にちょっとしたシフトが起こります。それは、例えば、出演者が突然、立場を超えて個人としての吹っ切れた発言をすることから始まります。そして、それを見ていた視聴者も、これまでは見向きもしていなかった、社会の問題に、当事者として自分ごとのように考えるきっかけを与えられるのです。

会議の場にいない立場の人に立ってみる

ここで皆さんはこんな疑問を感じているかもしれません。全てのマルチ・ステークホルダーを集めて会議することなんて現実的ではないし、まして内容が拡散してしまうではないかというような。
そんな疑問が湧いてきたら、こう自分に問いかけてほしいのです。
「この場に取り上げられていないことがあるとしたら、それは何だろう」
「この場にいない人が、自分たちの議論を横から見ていたら、どんなふうに感じるのだろう」と。

その意識を持つことが、自分ごとの連鎖を生み出し、新しい時代への創発を加速させていく起点になるかもしれません。

本コラムの筆者、江上広行氏が金融業界におけるパラダイムシフトを「対話」の中から引き起こすさまを描いたのが、7月に刊行された書籍『対話する銀行〜現場のリーダーが描く未来の金融』です。「対話」されるテーマは「リーダーシップ」や「分権経営」「貨幣の本質」など盛りだくさん、金融業界に関係がない方も、ぜひ手に取ってみてください。