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顧客はConsumerからPersonへ

対話のないビジネスはなぜ滅びるのか №3

  • 江上 広行

2017/10/26

顧客はConsumerからPersonへ

本コラムは、ビジネスにおける対話の大切さについてテーマにしています。今回は、皆さんにとって一番大切な対話の相手であるお客さま、つまり「顧客」との対話について述べたいと思います。

本コラムは三つのパートで構成されています。
■あなたと顧客は「分断」している
■顧客になりきるイタコ力
■顧客はあなた自身である

あなたと顧客は「分断」している

これまで私たちにとって、商品やサービスを提供する事業者と、それを購買する顧客はそれぞれ別の存在でした。そう問われても「何を当たり前のことを?」と感じるでしょう。それぐらい当然のこととして私たちは顧客を分断した存在として扱っています。

例えば、顧客を性別や所得階層などに色分けして捉えるセグメンテーションや、どの顧客がもうかる顧客かを見定めるターゲティングといった定番のマーケティング手法は、顧客を自分とは切り離された存在として、観察・分析する手法です。なぜなら、その分析している対象の中に自分を含めていませんから。

するとどんなことが起きるでしょう。それは、あなたと誰かとの人間関係で起きていることと同じです。あなたが相手に対して取る態度が、相互作用として同じように自分にも返ってきます。

あなたが顧客を「切り離した存在」として扱うと、顧客もあなたを「切り離した存在」として扱います。あなたが顧客に対して都合の良いときだけアプローチするという方法をとれば、顧客もあなたと都合の良いときにしか取引をしません。あなたが、顧客に対してポイント制度で引き止めようとすれば、顧客もポイント残高だけで合理的にサービスを選択します。

このとき、事業者と顧客にはお互いを都合よく利用するためだけの関係がそこに成立します。マーケティングでよく用いるBtoC という言葉はこれを象徴しています。C、つまりConsumerとはあなたが提供する商品やサービスを「消費する人」であり、サービスを提供するあなた自身とは切り離された存在なのです。

ビジネスにおいてお互いを観察の対象としてしまう。
ビジネスでは本来一体のものを分断してお互いを観察の対象としてしまう

 

顧客になりきるイタコ力

「顧客を観察する対象ではなく、相手に憑依するかのように、本当の自分ごととして捉えよう」。私の友人で、マーケティングコーチの仕事をしているyuima 代表の古江強さんは、この能力を東北地方の亡くなった人の霊が憑依するイタコにちなみ「イタコ力」と名付け、これを実践するためのコーチングやワークショップなどを行っています。

大切なのはその人、その会社、そのブランドが本来持っている価値観や思いとつながり、本来の「在り方」になっていくこと、あるがままに突き抜けることこそがイノベーションの起点になるのだと彼は説いています。

長野県伊那市に「菓匠Shimizu」という洋菓子店があります。このお店には子どもたちの夢をケーキにしてプレゼントするという「夢ケーキの日」があるそうです。このイベントを始めたのが3代目の店主、清水慎一さんという方ですが、きっかけになったのは、隣町で発生した家族内での殺傷事件だったそうです。

清水さんはそのニュースにショックを受け、翌日に「この事件はわれわれの責任だ、もしその日、その家にうちのケーキがあったなら、傷害事件は発生しなかったはずだ」と宣言し、夢ケーキの日を始めたのだといいます。

清水さんにとって、顧客とは切り離すことができない一体の存在なのでしょう。自分と顧客はどちらも一体のコミュニティーの中の部分であるという見方をしているのです。彼にとっての顧客との対話とは、地域というコミュニティーに属する自分自身との対話でもあるのです。

顧客はあなた自身である

もう一つ、金融業界での事例を紹介しましょう。カナダに、VANCITYという低所得層にローンを提供する協同組織金融機関があります。彼らのミッションは、ローンを行うと同時に利用者を多重債務のサイクルから脱却させることです。具体的には利用者の住宅や就業などの課題に対して地域と協力して支援をし、信用力を改善させる方向に向かわせることなのです。

一方で、同じ低所得層に対して多くの金融機関がとっている施策はどのようなものでしょう。全ての取引をオンラインで済ませるなど効率や利便性を追求した結果、多重債務者に対して本来必要な人と人とのコミュニケーションを行わずにいることが、結果として多重債務者を増加させる要因となっている可能性があります。

前者は、顧客をPersonつまり「人」(とコミュニティー)、後者は顧客を消費者であるConsumerと捉えています。

顧客を人と捉えることは、規模・業種を問わず現代のVUCA※の時代にこそ適用していくべき考え方だと思います。企業のマーケティング戦略やその上位の経営戦略は、顧客をターゲットとして個別に特定するだけではなく、その影響が顧客以外を含めて社会に波及していくプロセスをシステムの全体として捉えていく思考が必要になるのです。

※VUCA:「VUCA(ブーカ)」とは、 Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、 Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の頭文字をとった造語

「顧客とはあなた自身である」という捉え方は、あなたと顧客のBtoC(Bussiness to Consumer)という、お互いを都合よく利用する非対称の関係に変容をもたらします。自分と顧客は一つのコミュニティーの中に存在している人と人である、つまりPtoP (Person to Person)として認め合う、分かち合うという関係に変えていきます。顧客とそのような対話を交わすとき、顧客は取引相手であるだけではなく、創発のパートナーともなっていくのです。

さて、皆さんのビジネスに引き寄せてみるといかがでしょうか。

あなたの「顧客」である、あなたが部分であり、あなたが属している世界はどんな世界でしょう。その中にいる皆さんは顧客とどんな対話を始めていくことができるでしょうか。

本コラムの筆者、江上広行氏が金融業界におけるパラダイムシフトを「対話」の中から引き起こすさまを描いたのが、7月に刊行された書籍『対話する銀行〜現場のリーダーが描く未来の金融』です。「対話」されるテーマは「リーダーシップ」や「分権経営」「貨幣の本質」など盛りだくさん、金融業界に関係がない方も、ぜひ手に取ってみてください。