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安くて旨い「フレンチ」のお話

ろーかる・ぐるぐる №128

  • 山田 壮夫

2018/03/22

安くて旨い「フレンチ」のお話

広告会社にいる大きな喜びのひとつは、いろいろなクライアントの方々とやりとりできることです。ご縁があって担当する企業それぞれが持つ文化風土やノウハウ、悩みや成功体験を直接伺うことができるので、大きな刺激になります。

もうずいぶん昔ですが、ファミリーレストランを運営する、とある会社を担当していた時に出会ったのが当時営業企画部のマネージャーだったSさん。広告キャンペーンだけでなく、新メニューや新業態について、とにかくたくさん議論をしました。

そのとき伺ったのが「かつて庶民の憧れだったハンバーグやステーキとか、ナイフやフォークで食べる洋食を手軽に味わえるようにしたのがファミリーレストランの始まり。同じ考え方で高級飯店の中華を手軽に、イタリアンを手軽に、和食を手軽に、お寿司を手軽に、焼き肉を手軽に。そうやっていろいろな業態が増えてきました。さて、日本人が手軽に味わいたいカテゴリーはもう残っていないのでしょうか? いやいや、まだ『フレンチを手軽に』っていう大物がいますよ。山田くん、面白いと思わない?」という話。

イワシ

なにせ20年近く前のことなので記憶も曖昧ですが、ぼくの感想は「ふ~ん」程度だったはずです。当時は一流ホテルのメインダイニングが次々とフランス料理からイタリア料理に衣替えしていて、「安くて旨いフレンチ」と言われてもピンとこなかったのでしょう。そしてそのことを、いまでも反省しています。あの時なぜもっと真剣に調べ、考えなかったのだろうと。

その頃のぼくが「ビストロ」を知らなかった訳ではありません。そもそもビストロとは、19世紀の半ばのフランスで、産業革命を期に増えた都市の労働者たちのためにできた家庭料理の食堂のこと。といってもメニューはたいてい「Plat du jour」(本日の日替わり)一択。カスレや牛のワイン煮込み、コンフィやステーキなどボリュームのあるメニューが愛される場所でした。

タルタル

それが1990年代に様子が変わってきます。洗練された技術で提供される一流レストランの美食(ガストロノミー)を、気軽なビストロの雰囲気と価格で味わえるタイプのお店ができたのです。ぼくがSさんから「安くて旨いフレンチ」の話を聞いた、しばらく後、2004年に「ビストロノミー」(ビストロ+ガストロノミー)という言葉が誕生し、初めてこのアイデアに名前がつきました。近年、フランスだけでなく日本国内でもこのスタイルのお店が人気を博しているのはご存知の通り。

レストランビジネスのプロとして、毎日「現状を打破するにはどうしたらよいだろう?」と真剣に考えていたSさんは、きっとこの「(いままでのフランス料理の)常識を覆す視点」を、どこかで耳にされたのでしょう。にもかかわらず、ぼくがそれを「ピンとこないから」と放っておいたことが悔しいやら、恥ずかしいやら。

アイデアなんて、後から見れば気が付かないのがアホみたいな代物です。堅苦しいフランス料理を気軽に楽しめたら、そりゃはやりますよね。でも現実には、(時代はイタリアンだ!といった類の)古い常識に縛られていると「新しい視点」の魅力に気が付けません。だからこそ常にアンテナを張り、何ごとも思い込みなく柔軟に受け入れ、知らないことを面白がって調べる貪欲な姿勢を忘れてはならないのだと思います。難しいことですが。

ケーキ

気が付けばぼくも40代最後の年を迎えました。もはやお祝いすることでもないのですが、家族と近所のビストロで乾杯。おいしい料理で気軽にワイワイ、ガヤガヤするのは最高の時間です。バブル期ですら日本人1人当たりのワイン消費量は年間1本だったのが、いまや4倍になったんだとか。ホント、常識って変わるのですね。

どうぞ、召し上がれ!