ADFEST受賞の「並べる防災」。企画を生んだコミュニケーションデザインの哲学
2018/06/28
2017年5月17日、神戸新聞に「並べる防災」が掲載されました。これは、避難時に必要な物資を、見開きの新聞紙面に“実物大”で印刷した企画。そこに描かれた物資の実物を紙面上に並べて、災害時に持ち出す非常袋を準備してもらおう、という意図でつくられたのです。企画の正式名称は「避難所もっとより良く非常袋」。このプロダクトは、ADFEST 2018グランプリをはじめ、国内外の賞を数多く受賞しました。
企画に携わったのは、電通クリエーティブチームの面々。一体どのような経緯や思いからこの企画が生まれたのでしょうか。中心となった、電通の秋元健氏に話を聞きました。
「避難所の状況を改善したい!」、その思いを新聞紙面に展開した
―まずは秋元さんのお仕事について。これまでどんなことに取り組んできたのですか。
私の仕事は、データを分析しながら課題やインサイトを見つけて、その解決策を考えることです。今所属しているデータ・テクノロジー・センターも含め、ここ数年は位置情報データを基にソリューション開発を行ったり、コミュニケーション施策を提案する活動を行っています。例えば、ある地域に観光客を呼びたいと考えたとき、まずは観光客の動きのデータを分析して、必要な解決策をつくるような。
―なるほど、秋元さんのお仕事はデータ分析が起点になるのですね。「並べる防災」は、新聞の紙面に、災害時に必要な防災グッズを並べて掲載するという、どちらかというとクリエーティブな企画です。データ寄りの秋元さんが、なぜこの企画に関わることになったのでしょうか。
もともと、神戸新聞社が防災をテーマにした紙面上での新聞企画を考えていました。1995年の阪神・淡路大震災以来、神戸新聞社は継続して防災活動を行っています。
そこに電通が協力する形になったのですが、当初は「地震が起きたときの避難経路となる幹線道路の人の流れをシミュレーションし、紙面でビジュアライズする」といった企画が想定されていたんですね。そのとき私はCDCに所属していまして、当時から位置情報を扱うことが多かったので、自分のところに相談が来ました。
―当初はデータ寄りの企画だったんですね。そこから、どのような経緯で今回の企画に移り変わっていったのでしょうか?何か企画の方向性が変わったきっかけがあったのですか?
企画を詰める中で、神戸新聞社が災害時の「避難所」をテーマにしたいと話されて。それで、「並べる防災」へとアイデアが進んでいきました。
―避難所、ですか?
はい。日本では大地震が多く、1995年の阪神・淡路大震災だけでなく、2011年には東日本大震災、直近では16年に熊本地震が起きています。こういった深刻な災害時に避難所が設けられるのですが、災害発生直後の避難所は混乱しがちで、避難した方が大きなストレスを抱えている実態があります。
神戸新聞社は報道機関として、避難所への取材を数多く経験していて、そこに気付かれたんですね。「阪神・淡路大震災以降、建築基準は改正されて建物は丈夫になったし、行政の広域連携や自治会の防災活動も進んでいるけれども、災害発生直後の避難所のカオスな状態は残念ながら変わっていない」という説明を受けました。
実は、「並べる防災」の紙面にもその部分を表現しています。表面は防災グッズを並べるページになっていますが、裏面には1995年の阪神・淡路大震災と2016年の熊本地震における避難所の写真を載せています。二つの写真を見比べると、避難所の状況はほとんど変わっていません。この問題をどう改善できるかがテーマでした。
限られた紙面を生かして、「新聞の新しい使い方」を提案
―避難所の状況を改善する方法として、市民が自分で非常袋を準備する『並べる防災』に行き着いた、ということなんですね。
はい。大災害が起きたとき、発生から72時間は人命救助に力点が置かれると聞いています。その時間は、警察や消防、自治体職員の方は命の危機に直面する方を救いに行くため、どうしても避難所運営は手薄になりやすい。となると、その避難所が良好に運営されるかどうかは、そこにいる市民にかかっています。過酷な状況だからこそ、自分たちでやるしかない。言い換えれば、市民一人一人が普段から意識を持って、防災の準備をしておくことが大切です。いかに市民が防災を「自分ごと」にできるか。その思いが企画の根底にあります。
―そこからどうやって、避難時の物資を“実物大”で紙面上に並べるアイデアが生まれたのでしょうか。
さまざまな情報やデータを集めて課題を整理していきました。避難所生活で上位に挙がってくる、例えば音や光に対する不満は、耳栓やアイマスクがあれば相当和らぐと思いますが、日頃からそういった備品を非常袋に入れている人は極めて少数だと思います。そもそも防災用の非常袋を備えている日本の家庭自体が非常に少ないことが分かりました。非常袋をきちんと準備していれば、当然、避難所での生活環境も良くなります。そこで、まずは妻や当時小学生の息子と「もし自分たちが災害に遭ったら、何を避難所に持っていくか」を家族会議で話し合ってみたんです。
―家族との話し合いから始まったんですね。
はい。既にいろいろな機関が「災害時のために準備しておくもの」をリストで出しています。ただ、それらを見るとすごい量の物資が書いてあって、現実的ではないと思いました。例えば「500ミリリットルの水を9本」と書かれているケースもありましたが、それだけで非常袋はいっぱいになってしまいますよね。
何より、もし昼間に災害が起きたら、私は会社にいて、息子は学校にいます。家にある非常袋を背負うのは妻なんです。水を何本も担ぐのは「私にはできない」と妻は言っていました。
こういう話し合いをする中で「新しいリストをつくる必要がある」と考えました。実際に非常袋を背負う人のことを考えて、最小限の物資で現実的なものにつくり直す。最終的に新聞に載せた防災物資も、実際に妻が背負ってみて「これなら運べる」と言ったものです。
―確かに、マニュアルに書いてあるような防災グッズをそろえるのは大変ですよね。買う前に断念してしまう人も多そうです…。家族という身近な存在を軸に、「実際に持ち出せるもの」をピックアップしたところに大きな意味があるのでしょうね。
「並べる防災」で大切なのは、実際に物資を並べている間に「家族で防災に関する会話が生まれること」です。それにより、防災意識がすごく高まるんですよね。これはADFESTの審査員からも評価していただきました。意図が伝わったのでうれしかったです。
結局のところ、避難所生活に必要な備品は各家庭によって違います。紙面のリストはあくまで一例にすぎません。その部分に気付いてほしくて、読者自身に必要な備品を考えてもらう「フリースペース」を追加しました。
―限られた紙面をいっぱいに使って実物大で防災グッズを提示したところ、各家庭用にフリースペースを設けたところなど、新聞の新しい使い方を提案した点も面白いなと感じました。その点についても教えてください。
企画を考えるとき、チームのみんなで「新聞の強みを生かそう」と話していました。新聞の強みとは、「紙である=保有できる」「一定の大きさがある=実物大などのサイズを表現できる」「インクが使われている=ある条件で色が変わる特殊なインクを使えば、1枚の紙面の中に2種類の表現をつくれる」などです。
先ほど話したように、非常袋のポイントは「量に限りがあること」です。なんでも入れられるわけではありません。それには、新聞の強みである「一定の大きさ」を生かせます。また、実際に敷いて物を並べられるのも新聞だからできることです。
データで可視化された問題を、どう解決するか
―掲載以降、何か印象的な反応はありましたか。
ある小学校の校長先生が、朝礼で「『並べる防災』は大事な活動なので、ぜひみんなにやってもらいたい」と子どもたちに言ってくれたり、NPOがワークショップに使ってくれたり。そういった反応はうれしいです。今後は、小学校の防災教育の一環として使ってもらえると理想的ですね。年1回、ある学年の子どもたちが宿題として各家庭に持ち帰り、家族で会話をして非常袋を用意してくれると、地域全体の防災意識は途切れずに高まっていくと思います。
もちろん広告賞の受賞もうれしいですが、僕が目指すのは“本当の解決”です。それは、市民一人一人が「並べる防災」をどこまで自分の問題として考えてくれるかということ。それこそが防災意識を高め、「避難所の改善」というゴールに近付きます。自分自身、どんな仕事も“本当の解決”につなげることを大切にしたいんですね。
―秋元さんが目指す“本当の解決”とは、具体的にどのようなことなのでしょうか。
例えば、データを分析することで問題は可視化できても、それでは解決になりません。大切なのは、可視化された問題をどう解決するか。データ分析だけでなく、その先の解決に向けたストラテジーやコミュニケーションをつくりたいんです。
今、僕が関わっている案件に「リラックス・サーフタウン ヒュー!日向」(http://www.phew-hyuga.jp/)というプロジェクトがあります。これは、宮崎県日向市への移住者を増やすプロジェクト。海沿いの街でサーフィンが盛んなエリアなのですが、そのサーフィンの魅力を足掛かりに移住者を呼び込もうというものです。
ここでも、最初は日向市や宮崎市の海岸にサーフィンをしにやって来た人たちの「人の流れ」を、位置情報データや調査データを使って分析しました。遠く離れた東京や大阪といった大都市から、何を目的に、どんなルートで来るのか。あるいは、日向市のライバルとなる地域はどこなのか。それらのデータを分析した上で、日向市に県外サーファーを呼び込むためのコミュニケーションデザインを行っていきました。
―PR動画はメディアにも取り上げられて、話題になりましたよね。
このプロジェクトはPR動画をきっかけに国内で話題になり、日向市を訪れるサーファーの数も増えました。とはいえ、移住者数はそう簡単には増えません。移住を検討する人からは「日向市にはどんな仕事があるの?」と聞かれます。確かに、日向市はローカル地域なので、大都市に比べると仕事の多様性が少ない。そこで、最近は日向市でできる仕事を増やそうと画策しています。スギの名産地なので、それを使った家具やインテリア製品をつくってブランド化するなど。原材料とデザイナーをつなげば、新しい地域の産業が生まれるかもしれません。
こういう感じで、誰に頼まれなくても、あれこれ解決策について考えを巡らせてしまう性分なんですね。一つ課題を解決すると次々と課題が現れて、なかなか終わらないですけど。
生活に結び付いた企画で、人の心を動かしたい
―産業までつくろうとしているんですね。でないと、“本当の解決”にはならないと。そうすると、秋元さんの“肩書”を一つで表現するのは難しそうです。
そうなんです。データ分析もしますし、プロデュースやストーリーテリングもします。でも一番近いのは、コミュニケーションデザインかもしれません。自分でもその考え方を強く意識していますから。
今はテクノロジーの進化が目覚ましいですが、技術力だけを競い合う「テクノロジー合戦」をしても、アウトプットは得てして“誰も使いたいと思わないもの”になります。大切なのは、人々が生活の中で便利と思うもの、生活の一部になるようなものをどうつくるか。そこにテクノロジーが活用されるべき。それは電通で学びましたし、すごく大切にしている考えですね。
―「並べる防災」にも、コミュニケーションデザインの考えは表れているのでしょうか。
はい。「ちょっとやってみようかな」という気持ちを引き出すための仕掛けや、家族の会話をつくり出す部分はチームで議論を重ねていきました。あと、紙面掲載後の活用方法として「小学生の宿題にしよう」という狙いを企画当初から持っています。普通に新聞で「非常袋の準備をしましょう」と呼び掛けても、大人は忙しいですし、見過ごされてしまいがちです。でも、子どもの宿題になれば、親も時間を取って考えますよね。
どんなプロジェクトも、ユーザーエクスペリエンスが重要です。つまり、生活者の導線や生活のクセにうまく企画を織り込めるか。生活と企画の距離が広がると、誰もやってくれませんから。
―お話を聞いて、データ分析という“テクノロジー”をベースにしつつ、人々の生活や動きと組み合わせているのが印象的でした。
そうですね。データとクリエーティビティーを合わせて、人を動かしたり、何かを変えていきたいというのが僕の思いなので。今後、電通としても位置情報データによるソリューションに力を入れていく予定ですし、その部署に身を置く人間として、何ができるか考えていきたいですね。