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「日本の広告費」特別対談No.4

「2018年 日本の広告費」特別対談
マスメディアのデジタルシフトと広告の新しい役割

2019/04/03

2018年 日本の広告費」は、7年連続で前年実績を上回り、特にインターネット広告費が5年連続の二桁成長で全体をけん引しました。

憲法学が専門でメディアにも詳しい東京大大学院法学政治学研究科教授の宍戸常寿氏に、電通メディアイノベーションラボの奥律哉氏が、マスメディアのデジタルシフト、メディアの信頼性、改めて求められている広告の役割などについて聞きました。

東京大大学院法学政治学研究科教授 宍戸常寿氏(左)と電通メディアイノベーションラボ 奥律哉氏
東京大大学院法学政治学研究科教授 宍戸常寿氏(左)と電通メディアイノベーションラボ 奥律哉氏

拡大するマスコミ4媒体のデジタルシフト

奥:今年も電通として「日本の広告費」の推定金額を発表しました。世の中の関心は、インターネット広告費がいつテレビ広告費を抜くのかにあると思いますが、結果としては、ぎりぎりでテレビ広告費が上回りました。また、今回から新たに、インターネット広告費の中で「マスコミ4媒体由来のデジタル広告費」を推計しています。

宍戸:マスメディアのデジタルシフトはもはや世界的に避けられない潮流です。テレビ局や新聞社は、制作や編集の在り方から人員体制、経営に至るまで、デジタルシフトに向けていかに革新していくかを議論する段階です。その出発点という意味で、マスコミ4媒体由来のデジタル広告費の数字を出していただいたことは非常に有意義だと思います。

媒体別広告費
デジタル広告費
マスコミ4媒体由来のデジタル広告費

奥:テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、いずれもデジタルについてはさまざまな形で取り組んでいますが、どうしてもコストがかかるし、ビジネスモデルとしてはまだまだ試行錯誤している段階です。

例えばキャッチアップ配信などテレビ由来のデジタルメディアは、広告枠としてはテレビ本体と“別売り”している形が多いように思います。しかし、必ずしも地上波とデジタルメディアで分けて考えるのではなく、同じ番組を同時配信し、それぞれに同じCMを流すことでリーチを担保するという考え方もありますよね。

宍戸:地上波と同じコンテンツをデジタルでも展開するということもそうですが、マスメディアとして広くみんなに接触される、視聴される、読まれる状況を、特に若い世代に対していかにつくっていくかということが重要です。ラジオはradiko.jp(ラジコ)の登場で地上波とデジタルの同時配信を実現しています。新聞もどうすれば若者たちがスマホで読むようになるかを考えなければいけません。テレビも目指す形の一つは同時配信でしょう。

奥:テレビメディアの滞在時間は非常に長いですから、インターネット上で現在の番組コンテンツと過去の番組コンテンツをつなげる、あるいは放送局が連携するような設計があってもいいですよね。番組や広告を見てもらい、そこから関連コンテンツの時空間を泳いでいただくような全体設計が必要だと考えています。

宍戸:新聞でも、「この記事が面白かったから、関連する記事を見よう」と思って1週間前の記事を探すようなことは、紙だと難しいですが、デジタルでは関連記事を次々とたどっていけます。だから、最新の記事や最新の番組をデジタルでも同時配信するのは、いわば「入り口」であって、そこからの回遊性を考えていくべきでしょう。

奥:テレビ由来のデジタルメディアで言えば「同時配信」があり、「1週間以内のキャッチアップ」があり、それよりもっと古い「過去放送のアーカイブ」があり、それらが空間的につながっているということは可能なはずです。ハッシュタグを入れたり、コンテンツ同士のネットワーク的な仕組みをつくったり。

宍戸:こういう同時配信やデジタルへの取り組みについては、NHKの果たす役割は大きいと思います。NHKはテレビ番組について19年度中の常時同時配信を目指していますから、そこを起点にNHKと民放各社が協力しあって、新しいメディアの在り方をつくっていってほしいですね。

視聴データ活用で広がるインターネット広告の可能性

奥:これからの時代、広告会社は広告効果をどうやって可視化していくかというテーマがあります。従来のような視聴率なのか、インターネット広告のようにインプレッション的な計測方法なのか、新たな価値の測り方やセールスの手法を考える必要が高まっています。

今はテレビ、ラジオ、インターネットもバラバラに効果測定をしていて、媒体別のサイロ型のデータしかなく、全体が俯瞰できません。ある局と別の局で番組や広告に接触した人が、同じ属性なのか、その「重なり」がデジタル化によってデータとして分かるようになれば、広告の出し方が変わってきます。

宍戸:視聴データを活用して、テレビCMとテレビ由来のデジタル広告を有機的に結び付けて発展させていくことには可能性を感じます。視聴データには、個人情報である特定視聴履歴(いわゆる視聴ログ)と、個人情報ではない「非特定視聴履歴」があります。特定視聴履歴は「Aさんがニュースを見た」というデータ、非特定視聴履歴は「この端末の持ち主がニュースを見た」というものです。このうち非特定視聴履歴の利活用については、在京民放5社がテレビ視聴データを集約・分析する共同技術の実証実験を行いました。

サイロ型で薄かった視聴データが、各局の連携によって少し深く取れるようになれば、例えば「20代の多くが、この局のこの番組とあの局のあの番組を見ている」といった、いわば「重なり」の可視化ができるようになります。

奥:在京民放5社が連携することで、ある番組やある広告がどういう層にどれだけリーチしているかがより可視化できると。そうした視聴者の重なりが、メディア側で分かる設計ができるといいなと思いますが、また、きちんと視聴者に理解してもらい、同意を頂いた上でのやり方も、しっかり議論していく必要があります。

社会的存在としてのメディアの信頼性

奥:インターネット広告費の中で、「運用型広告費」が1兆円を超えたのは今年が初めてです。

宍戸:日本の広告費のうちの6分の1がインターネットの運用型広告費ということは衝撃的です。運用型広告は、マスやコミュニティーに対する広告というよりも、かなりマイクロな個人に絞った広告です。それが全広告の6分の1を占めているわけですから、一般的に「広告」というときの、従来のブロードなイメージはかなり変わってきているのではないでしょうか。

奥:ターゲティング広告全盛という意味では、もはや「広告」ではなく「狭告」かもしれませんね。インターネット広告はこの数年、広告費の伸長をけん引してきました。既存のメディアと違い、ネットメディアには免許制度もなければ、帯域の制限もなく、サービス事業者は増える一方です。

宍戸:運用型も含めさまざまな広告があることは、人々の価値観や意識が多様化している時代にはもちろん必要なことだと思います。ただ、運用型広告は、売るための機能に特化しており、人を購入に至らせるところに力点が置かれています。その一方で、企業やブランドの社会的な信頼感醸成という広告の機能は、より重要になっていくと思います。マス広告にも売るための機能は残るでしょうが、別の機能がよりシャープな輪郭を持って浮かび上がってきます。例えばブランディングです。

既存のマスメディアには信頼感があり、そこに広告が出稿されることで、社会的にこのブランドは信用できるという意識が共有されてきた歴史があります。商品の中身は実際に使ってみないと分かりませんが、「あの会社が出しているものだったら大丈夫だろう」というイメージは、そのブランドの「社会的な存在としての信頼感」によるところが大きい。「私だけではなく、私以外の人々も大体信頼している」ことも大事なのです。その意味で、運用型広告がどれだけ力を付けても、既存のマスメディアが一定程度維持されなければ、社会全体としても困るのではないでしょうか。

広告の公共性について再考する時期に来ている

奥:広告が持つ社会的な信頼感の醸成という要素は、数値化が難しく、PDCAに直結しないものですから、フォーカスが当たりにくいですよね。インターネット広告の世界はある意味でそこにフォーカスしないまま、成果を可視化しやすい運用型広告を発展させてきました。その弊害もあって、インターネット広告におけるブランド毀損やアドフラウド(広告詐欺)、ビューアビリティーといったことが問題になっています。デジタルの世界でも動画広告によるブランドリフトに注目が集まるなど、ブランドと広告の関係性が見直される動きもあります。

宍戸:アドフラウドなどの問題については、最近デジタルメディア側が積極的に対策を行っていますよね。インターネット広告の「公共性」に関わる問題意識が高まってきているということだと思います。

広告に限らず、ネットメディアによりフェイクニュースやディスインフォメーション(虚偽の情報)の流通が広まれば、社会的な問題がうまく解決できない、望ましくない方向で社会が分断される懸念が大きくなります。いかに信頼できるメディアやブランドを構築し、消費者の賢い選択につながるような情報を届けるか、積極的な意味での情報提供が広告主にもメディアにも求められます。そんな中では、単にネットメディアやインターネット広告を規制するのではなくて、ポジティブな方向への取り組みが必要です。そのためにマスメディアとネットメディアがお互いに議論し、より良い形を模索していくことも重要になるでしょう。伝統的なメディアの持つメディア機能やジャーナリズム機能を支え、拡充することは、広告主も広告会社も意識していってほしいですね。

奥:マスメディアとデジタルネイティブのネットメディアの関係は、少しずつ変わってきましたね。単なる競合ではなく、支え合う動きがあります。国民の「知る権利」という観点からも、マスメディアとネットメディアが相互に信頼性を高める取り組みは必要でしょう。マスメディアには、実際に動いて情報を収集するジャーナリズム機能があり、一方でネットメディアには従来にはなかった人を介したネットワークによるリーチの仕組みがありますから、そこでどういうトータルの設計をしていくかは、広告業界も考えていかなくてはならないテーマだと思います。

そうした広告側、メディア側の取り組みもありつつ、今後は若年層のメディアリテラシーを育てるという課題もあります。

宍戸:子ども、青少年が情報に接するというと、どうしても単純に「子どもには見せない」といった規制の仕方になりがちですが、逆に「こういうものを積極的に見てもらう」というアプローチで、一人一人の生き方や個性を育てるような、そういう広告の在り方も考えていただきたいですね。せっかく、ターゲティング広告の技術ができているわけですから、モノを売ること以外にも活用できるのではないでしょうか。

広告にはいろいろ批判もありますが、商品を買うか買わないかは、今のところはまだ消費者が広告を一旦受け止め、何がしかの判断をして購買に移るという形で消費者に委ねられています。しかし、政府が進めている第4次産業革命によって、家電はどれもIoT化され、それこそ冷蔵庫のジュースが減ったら自動的に届く、そういう「Society 5.0」の社会が到来するかもしれません。「人間の判断」が必要ないのであれば、ある意味で広告は存在し得なくなります。

でも、そういう社会が人間的な社会ではないはずです。そこで広告の役割が大きく変わっていくのではないかと私は考えています。単にモノを売るためのものではなく、人間の意識や理性に働き掛け、自律的な判断を促し、賢い消費者を育てていく―そうした広告の役割は今後ますます重要になるのではないでしょうか。

奥:今の時代の問題意識として、みんなが自分の見たいものだけを見ているので、一つの情報や意見だけを見て、これが世の中だと思ってしまうということがありますよね。広告にしても、自分の好きなものしか見ていない。ネットはそこに拍車をかけている面もあるし、一方でネットがあるからこそ知らない世界が見えるという面もあります。

宍戸:私は後者であってほしいと思います。分断が深まっていかない社会の在り方を、つくっていかなければ、と思います。

奥:従来の広告に与えられたミッションよりも、少し広く考えるべきでしょうね。そうした動機付けを広告業界や広告主に持っていただくためには、視聴率やクリック、来訪率だけではなく、広く社会に向けた新しい指標が必要かもしれません。

宍戸:企業も、ビジネスだけでなく、求めている消費者像があって、どういう社会にしたいのか、そういう姿勢があるはずです。どうしてもテクノロジーや社会の変化を後ろ向きに捉える方が、既存メディアにもいらっしゃいますが、あらゆる変化はみんながよりよく生きていくための新しいチャンスだと思ってほしいです。

奥:デジタルシフトというものを前向きに捉えてほしいと。私も、まだまだ従来のメディアがインターネットというものを使いこなせる余地は大きいと思っています。本日はありがとうございました。

宍戸氏と奥氏