ポスト平成のソーシャルなコミュニケーションを読み解く「CPT」という視点
2019/04/09
電通メディアイノベーションラボは、2月に『情報メディア白書2019』(ダイヤモンド社刊)を刊行しました。
今回の巻頭特集では「平成の30年 情報メディアの変貌と革新」と題して、メディアの利用者動向とビジネス動向の両面から、現在へと至るメディアの歩みを振り返っています。
この連載の第3回から第5回までは、平成の30年間を通じて情報メディアが私たちの社会へどんな価値(つまり豊かさ)をもたらしてきたのかを考えるために、情報行動を規定する三つの「C」、Communication(コミュニケ―ション)、Content(コンテンツ)、Context(コンテキスト)をキーワードに、私たちが白書用に編さんした年表を読み直してみるという試みにチャレンジします。
今回取り上げる「Communication」では、人と人をつなぎ「場」をつくるソーシャルメディアの興隆と進化を主なテーマとします。そして私たちのコミュニケーションの在り方の変化が、日本のメディア環境に与えた影響の一端を描き出していきたいと思います。
この三つのCは独立してバラバラにあるというわけではなく、この30年の中で相互に関連の度合いを強めている点が重要です。今回であれば、コミュニケーションがコンテンツやコンテキストにどう影響したかということに注目しながら、年表という事象の海へダイブしていきましょう。
タイトルにも掲げた「CPT」はCommunication Per Timeの略。ポスト平成(=令和)のソーシャルなコミュニケーション環境を読み解くためのキーワードとして、最新の潮流に当たる④で説明します。
<目次>
▼①オープンな場の誕生とコミュニケーションが紡ぐ集合知
▼②リアルタイムウェブの浸透、それに起因する同期的な盛り上がり
▼③ビジュアルのシェアによる体験共有の高まり、そしてつながり続ける時代へ
▼④ポスト平成のソーシャルなコミュニケーションを読み解く「CPT」
①オープンな場の誕生とコミュニケーションが紡ぐ集合知
2019年に生きる私たちにとって、ソーシャルメディアはなくてはならない生活インフラになりました。それは私たちが発信してきた数々の調査結果からも裏付けられています。現に、ソーシャルメディア上でのシェアからこの記事にたどり着いた方も多くいるでしょう。
しかしながら、ソーシャルメディアが出てきたことで私たちはつながり合うようになったというのは少々技術決定論に傾きがちなきらいがあります。私たちにはいつだってコミュニケーションをすること、それによってつながり合うこと=ソーシャルなものへの志向性があったのだという片りんを、年表からピックアップして見ていきましょう。
●平成9年/1997年:あめぞうリンク開設(初のスレッドフロート型掲示板)●平成11年/1999年:2ちゃんねる開設
パソコン通信からインターネットへ。この平成に起きた移り変わりによって、 多くの人々がコミュニケーション可能な環境へとシフトし、さらに1 to 1から 次第に1 to Nという色彩を強く帯びるようになっていきました。
90年代後半に出現した「掲示板」。特にここでピックアップしたスレッドフロート型掲示板※は、あるテーマに沿ってユーザー同士がオープンにコミュニケーションする場を生み出しました。それまでも掲示板機能は個人ホームページについていましたが、この時期を境に、ひとつの大きな場にユーザーが集まりコミュニケーションを交わしながら情報を交換し合う作法が生まれていきました。情報が集積し「世論」や「トレンド」を生成する場が生まれたのです。
同時期に特徴的だったものとして、メールマガジンも私たちのコミュニケーションを開いていった媒体です。そこで自分の専門性、発信したいことを不特定多数の人々に届ける文化が育まれていきました。そのサービス理念は、読み手を書き手にすることにあったことを想起するならば、読み手と書き手との交換性、言い換えればそのN to N性が社会の中にインストールされていった事実を認めることができるでしょう。
●平成16年/2004年:「電車男」の大ヒット2ちゃんねる(現在は5ちゃんねる)のスレッド上で盛り上がった「電車男」は、書籍化、のちにはドラマ化され(現在ハリウッドでもドラマ「Train Man」として製作進行中)、社会現象となりました。これは、集合知がクリエーティブに作用した、言い換えれば、ボトムアップでコミュニケーションがコンテンツに昇華されていったことの最も先端的かつ日本的な例証でした。
●平成21年/2009年:Naverまとめ、Togetterなどオンライン上のユーザー生成コンテンツを集約するサービスのローンチWikipediaに代表されるような、集合知的な情報編集が2000年代後半から加速していきます。次第に流行の情報や 私たちの生活に役立つTipsをまとめるタイプの集合知も求められていき、ユーザーがソーシャルメディア上でシェアしたものを記事としてまとめ発信する、いわゆる「まとめサイト」の隆盛が起こります。2010年代に一般的になったキュレーションメディアもこのような流れの中に位置づけられます。
※スレッドフロート型掲示板:書き込みがあるとスレッドが上位に移動(フロート)するタイプの掲示板で、コミュニケーションが盛んなスレッドをより盛り上げ可視化させる効果がある。
②リアルタイムウェブの浸透、それに起因する同期的な盛り上がり
平成のコミュニケーションを考える上で欠かせないのがSNS。特に日本でのユーザー数の多いこの両者が共に日本語版を公開したという意味で、2008年はひとつの転機でした。
●平成20年/2008年:Twitter、Facebook日本語版公開Facebookはもちろんですが、特にTwitterはリアルタイムウェブのコミュニケーションをもたらし、いま起こっていること、同時刻に双方がコミュニケーションを交わす「同期的なつながり」の普及を後押ししました。
その在り方が注目されたのが次の事例でした。
●平成25年/2013年:「天空の城ラピュタ」放送時の「バルス!」でTwitter秒間ツイート数の世界記録を更新日本中で「バルス!」とつぶやくことの楽しさは、同期的なつながりのもたらす盛り上がりによって説明できます。一般的にコンテンツは初めて接触するときに効用が高くなるものですが、この事例は、バルスが来るタイミングが分かっている人ほどカタルシスを味わえる楽しさを立証しました。先が分かっていても/いるからこそ、楽しめるということ。
加えて、それが社会的な“祭り”のレベルにまで達していたことに、この事例のメディアコミュニケーション史的な意義が強調されるべきだと考えます。見る予定のなかった人でも気になってしまうその同期性の引きの強さは、コミュニケーションとコンテンツとの密接な結び付きを意味します。
このような「映像を見ながらコミュニケーションして盛り上がる」という作法は、日本のネットカルチャー文脈においては、この時期から生まれていたといえるのではないでしょうか。
●平成18年/2006年:ニコニコ動画サービス開始
ニコニコ動画内で、みんなで弾幕動画(再生画面が覆い尽くされる現象)を見ながら盛り上がること、これは先ほどの同期性に他なりません。動画の内容はもとより、そこでのコミュニケーションによって盛り上がる作法の広まりは、コンテンツ視聴の可能性を大きく前進させました。
③ビジュアルのシェアによる体験共有の高まり、そしてつながり続ける時代へ
そして現在は、スマホからソーシャルメディアでシェアすることが日常茶飯事となり、私たちは日々の体験を写真や動画などビジュアルでさらに解像度高く伝えていくようになります。このビジュアルコミュニケーションの動向をめぐっては、ウェブ電通報内でも多くの分析記事を発信しています。
動画を観ること、そして動画を撮ること、それが日常のものとなった平成のメディア環境を語るとき、まずYouTubeについて触れなければなりません。
●平成17年/2005年:YouTube設立(米)
●平成18年/2006年:Google、YouTubeを買収平成を締めくくるこのタイミングで、YouTubeは日本ではもちろんグローバルの水準で圧倒的なプラットフォームへと成長し、ブランドやパブリッシャーによる動画はもちろん、ユーチューバーというインフルエンサーが活用する場としても生活者、企業・ブランドにとっても欠かせない存在となっています。
そしてビジュアルコミュニケーションの双対といえば、写真を使ったシェアの在り方を広め、「インスタ映え」のような流行語も生み出したInstagramのローンチです。
●平成24年/2012年:Instagramローンチ
●平成30年/2018年:日本においてInstagramがFacebookのMAU(Monthly Active Users)を抜く昨年公式発表され印象的だったのは、日本国内ではMAUにおいてInstagramがFacebookを追い抜いたことでした。ビジュアルコミュニケーション領域の勢いを感じる出来事です。
もともとは、ずっと残しておきたくなるような特別な経験、非日常な瞬間を切り取った写真を魅力的なかたちでオシャレにシェアするための場だったInstagramは、現在ではストーリーズのようなエフェメラルな(一定の時間で投稿内容が自動的に削除される)フォーマット、ライブストリーミング、60分までの縦型フォーマットの動画を配信できるIGTV(動画専用アプリ)との連携が進み、急速にその姿を変えています。それらは、体験シェアの解像度を上げる進化であると位置付けられるでしょう。
●平成29年/2017年:TikTok日本版サービス開始その他にも、革新的な体験シェアを可能にするサービスも数多く現れてきています。クリエーティブな15秒動画を手軽にシェアできるTikTokも若年層を中心にユーザーを伸ばし、私たちの新しいコミュニケーションのかたちに対する期待値を高め続けています。
●平成27年/2015年:LINE LIVEサービス開始別の視点からもう一つ大きな水脈を捉えるならば、そこには「ライブでつながり合うこと」、つまり同期的なコミュニケーションの動向を追いかける必要が見えてきます。代表的なサービスの一つ、LINE LIVEは一般人からインフルエンサーまで、多くの人が自分と他者とを同期的なコミュニケーションの回路でつなぐための場となりました。
●平成30年/2018年:VTuberの流行、スマホ専用ゲーム実況アプリのMirrativがアバターサービス開始
今回の情報メディア白書2019でも取り扱ったトピックスとして、VTuberというアバター(仮想人格)を介したつながりは日本的な文化性を意識させますし、Mirattivがリリースしたアバターでライブ配信(主にゲーム実況)できるサービスは私たちのつながりのこれからを示唆する先見性に満ちています。
④ポスト平成のソーシャルなコミュニケーションを読み解く「CPT」
今後導入が進むといわれる新たな通信規格5Gの時代には、「つながる」だけでなく「つながり続ける」ことが広がりを見せていくはずです。
つながり続ける時代、そこでは、時間当たりの情報量を意味するInformation Per Time(IPT)という言い方にならえば、時間あたりのコミュニケーション量を意味するCommunication Per Time(CPT)が問われるでしょう。
ネットライブ配信を行うライバーとオーディエンスが常にインタラクションするように、ユーザー同士がつながり合いながら時々会話し合うように、コミュニケーションをとりながらゲーム実況を見て楽しんだりするように、単位時間当たりのコミュニケーション=CPTがその時間の濃密性や盛り上がりを担保するものとしてユーザー側からも求められていくというイメージです。
幕を閉じつつある平成を生きる私たちの日常に深く根差すソーシャルメディアを介したコミュニケーションの本質は、宛先以外の人にも情報が伝わってしまうこと、コミュニケーションと意図しないものがコミュニケーションとして成立してしまうことの不確実性にあります。そして、そのことが情報の拡散を加速させているといえるでしょう。
しかしながら、翻ってみれば、コミュニケーションとはそもそも「伝えたい相手に伝えたいメッセージを届ける」といった明晰なものだけではなく、伝えたいのに伝わらないこと、伝えようと思っていなかったことが伝わってしまうエラーの可能性を原理的に内包しているものでした。
そのコミュニケーションの本質が可視化され、あらわになってきたのがこの平成の時代であったということ。そして、その連鎖がコンテンツを創発させたり、データへと精錬されてコンテキストを編み続けたり…といった現象をもたらし、冒頭で述べたような三つのCの結びつきをもたらしているのです。
『情報メディア白書2019』では、紙幅の都合によって本記事内で紹介できなかった年表の完全版を採録しております。ぜひともお手に取ってご確認いただければ幸いです。