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【続】ろーかる・ぐるぐるNo.155

「落としどころ」がイノベーションを停滞させる

2019/04/25

肴

築地の路地裏。三軒長屋の軒先に並べられた植木鉢が下町情緒を感じさせる一角に、行きつけの居酒屋さんはあります。たぶん入社2年目からなので、もう四半世紀のお付き合い。思い返すと、いろんな理由をつけては、よく飲みました。特に90年代初め頃、営業局勤務時代はここに通って、仲間と熱い議論をしたものです。そういえばある晩、先輩が口にした言葉が忘れられません。

「広告代理店の中でも特に営業は、不可能かも?ともいえるメディアの状況を調整して、結果的にクライアントが喜んでくれる形を見出すことが、醍醐味なんだよね」

関係者の利害が一致しない状況に粘り強く取り組み「落としどころ」を見つける技術は、広告会社の営業が誇る最大の「強み」でしょう。

しかし、この素晴らしい「落としどころ」という技術も、「アイデア」あるいは「イノベーション」とは、実に相性が悪いのです。

サーチライト

いまの延長線上では期待するような成果を得られそうにない場合、その閉塞感を打破するには「常識を覆すサーチライト」で照らし直す必要があります。

例えば格安航空会社(LCC)というビジネスを生んだのは「空飛ぶバス」というサーチライトでした。この言葉を軸にあらゆる具体策を再編集し、それまで当然だった「飛行機はおもてなしの乗り物」という常識を覆したのです。

しかし当時、その生みの苦しみはきっと大きかったはずです。「いままでの手厚いサービスを、本当に止めてしまってよいのだろうか?」「お客様の数が限られる中小都市間の路線に集中して、本当に大丈夫なのだろうか?」などなど。誰でも「常識」を覆すような最初の一歩を踏み出すのは怖いからです。

そんなイノベーションの黎明期に、もし「落としどころのプロ」が現れたら、どうなるでしょう?「いったん手厚いサービスと簡便なオペレーションを半分ずつにしましょう」「確かに中小都市間路線に集中するリスクはありますから、ちょっとだけ大都市間路線も残しておきましょう」といったような「調整」は、改革に不安を感じる人々には歓迎されるかもしれませんが、イノベーションのダイナミズムは一気に失われます。

イノベーションには、中途半端な妥協は禁物。「そんなことまで」をやり切る強い意思が欠かせないのです。

電通は広告コミュニケーション領域で生み出される解決策にとどまることなく、広く顧客企業のビジネスの成功にコミットすることを目指しています。人へ、社会へ、新たな変化をもたらずGood Innovationをつくっていこうとしています。

そんな時、もちろんある局面では「落としどころ」能力も有効でしょう。しかしそれ以上に「営業」から名称変更した「ビジネスプロデューサー」に求められるのは、嫌われることも恐れずにチャレンジを推進する企業家精神です。

ぼくが営業をやっていた頃と比べて、求められる能力もずいぶん変わったものです。そんなことを思いつつ、くだんの居酒屋へ。杯を重ねるうちに、若い頃のぼくがいまのこの姿を見たらなんと思うだろうか?失望するのか?ちょっとは喜んでくれるのか?
考えても仕方がないので「もう一杯、お代わり」。
 

どうぞ、召し上がれ!