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SXSW2019 テクノロジー×クリエーティブで未来を変えるNo.2

父親向けの授乳・寝かしつけデバイスを生んだ、「当たり前」をつくる発想

2019/06/26

毎年、春にアメリカで行われる「サウス・バイ・サウスウエスト」(SXSW)。世界から多くの企業やクリエーターが参加し、音楽、映画、インタラクティブの分野で未来を見据えた作品が展示される祭典です。中でも、新技術やビジネスアイデアが集まるインタラクティブ部門は、TwitterやAirbnbなど、のちに世界的にヒットするサービスが披露され、注目を集めたことでも有名。今年も、さまざまなビジネスの“種”が発表されました。

連載第1回 でお伝えしましたが、電通からも、「Pointless Brings Progress.」(価値が定かでないモノが、未来を連れてくる)という出展コンセプトを掲げ計4作品を出展。この連載では、作品やプロデュースを担当したクリエーターにフォーカスし、一人一人の人物像に迫ります。

今回紹介するのは、「FATHER’S NURSING ASSISTANT」を出展した電通の高橋理氏(第1CRプランニング局 アートディレクター)。「お父さんも赤ちゃんの授乳ができるように」との思いで生まれたこのプロダクトの制作秘話を通じて、高橋氏がクリエーターとして大切にしていることや、今後の展望を聞きます。

高橋氏
高橋理氏(電通 第1CRプランニング局)

姉家族を見て気づいた、「寝かしつけ」の“偏り”

―まずは、「FATHER’S NURSING ASSISTANT」の開発の経緯について教えてください。

お母さんと同じように、お父さんも赤ちゃんの授乳や寝かしつけができることを目的としたウエアラブルデバイスです。女性の乳房のようなプロダクトで、ミルクタンクを内蔵し、赤ちゃんがお母さんのおっぱいを飲んでいる状況に近い形を再現しました。

開発に当たり、小児科医の方にお話を聞くと、赤ちゃんは授乳時に手を胸に当てる習慣があることや、その時の胸の柔らかさ、温かみ、伝わってくる鼓動に安心感を持つことが分かりました。そして、それが愛着形成の一環になっているとのことでした。そこでプロダクトの質感にも配慮し、お母さんが授乳する状態に近づけたデザインに。乳首部分にはセンシング機能も搭載し、赤ちゃんが吸うとそれを感知して、アプリでデータ化できるシステムになっています。

本体
本体2
「FATHER’S NURSING ASSISTANT」本体

開発のきっかけは単純なものでした。姉の家族を見ていて、子どもが泣きだすと、よく姉があやして寝かしつけていました。姉が授乳するとスッと泣き止んで、いつの間にか眠りにつくのです。不思議に感じたのと同時に、お父さんも同じことができれば良いなとシンプルに考えたのが始まりです。

それから育児に関するデータを調べると、やはり「授乳」や「寝かしつけ」はお母さんに偏りがちだと分かりました。というのも、お乳をあげるのは食事としてだけでなく、赤ちゃんが安心して寝やすくなるので、寝かしつけにも有効なんですよね。寝た状態で授乳する“添い乳”もよく行われています。逆に、それに頼りすぎるとお母さんがいないと赤ちゃんが寝つかないという悩みも多いようで。であれば、ツールによってこの育児を担える人が増えれば、お母さんの負担も半減すると考えました。
 
もうひとつ、興味深いデータも見つかりました。それは「日本の赤ちゃんの睡眠時間が世界一少ない」(※)というものです。理由はいろいろ推測されるのですが、両親の労働時間が他国に比べて長い傾向にあることや、住宅のスペースが比較的狭いために、一度寝かしつけても、誰かが夜遅く帰ると物音で赤ちゃんが起きてしまうなどの要因が考えられます。こういった課題の解消に向けても、意義あるプロダクトになると考えました。

※出典:『Cross-cultural differences in infant and toddler sleep』 J.Mindell et al. Sleep medicine Vol.11,2010
 

当たり前に使われるようなものをつくりたい

―「FATHER’S NURSING ASSISTANT」に込められた、高橋さんの思いやこだわりは何ですか。
 
このプロダクトによって、「女性の社会進出」だけでなく、「男性の家庭進出」も応援できたらと思っています。お父さんの育児をサポートすればお母さんも助かりますし、何より赤ちゃんのためになるはずです。育休制度なども充実し始めていますが、より具体的に男性の育児をサポートするツールになってほしいですね。

お父さんだけでなく、例えばお孫さんを見るおじいちゃんやおばあちゃんなど、いろいろなシーンで活用できると思います。育児の「一つの選択肢」として、困っている方を助けられればいいですね。

やはり、人によって苦手なことや、どうしても出来ないことはあると思います。僕は、それを何かのツールで解決して、みんなができるようにしたい。例えば高いところにある物を取るときに、背の高い人はそのまま取れたとしても、低い人は脚立を使いますよね。そんなイメージで、何げなく使えて、しかも課題を解決できる何かをつくれたらと思います。

今回の作品も、授乳や寝かしつけを「お父さんもできれば」と思ったのが発端ですし、日常の中の潜在ニーズ、多くの人が感じているけど表面化していない課題に応えるものをつくりたいです。

アイデアを膨らませる上でイメージするのは、プロダクトが世の中に出て、何年経っても価値を持ち続けているか。あるいは、何年も続く価値がそれ自体にあるか、ということ。「世の中で当たり前になるもの」「いつもそこにあるもの」を目指しています。

もちろんその瞬間のインパクトが必要なものもあります。ただ、僕の理想は、例えば地元の友達や、あるいは自分のおじいちゃんやおばあちゃんなど、その業界に関心のない人でも自分の関わったモノと普通に接している瞬間を見ることです。そして、心の中でこっそりと「それ、つくったの僕なんです」と思いたい(笑)。そうやって、当たり前になるものをつくりたいですね。

高橋氏2

大きな課題や発見があれば、自ずといいモノができる

―そういった思いを抱いたきっかけはありますか。

何年か前に、ある地域の新しいお土産品や地域のPR商品をつくる機会があり、その経験が大きかったですね。自分が携わったお土産やプロダクトが、駅の売り場や催事場、物産展などに置かれて数年経った今もそこにある。それがうれしくて。自分の携わったものが当たり前のように存在し、世の中を少しでも良く、人々の生活を楽しくできればと思うようになりました。

ただ、当たり前になるものをつくるには、もともとの課題やミッションをきちんと深掘りすることが重要です。

仕事のやり方として、最初は自分の日常生活や実体験をベースに「こんなものがあったらいいな」という発想からスタートします。ただ、自分の知識や体験は限られますし、本当にそれが多くの人にとって、そして世の中にとっての課題なのか、きちんと深掘りしなければなりません。今回も実体験からスタートしましたが、その後に小児科医の方にお話を聞き、育児に関するデータを細かく調べたのは、世の中のニーズとして確かにあるのか、裏付けを取るという意味があります。

そういった作業を行うと、「授乳や寝かしつけの負担が女性に偏っている」という、データが見つかります。それだけでなく、「日本の赤ちゃんの睡眠時間は世界で一番短い」という、さらに大きな課題や新しい発見にもつながります。大きな課題や発見があれば、その解決策をシンプルに考えるだけで、プロダクトは自ずと良いものになるはずです。

人々が感じるマイナスをゼロにする、あるいはゼロをプラスにする。そんなプロダクトや商品に、これからも携わっていきたいです。