loading...

SXSW2019 テクノロジー×クリエーティブで未来を変えるNo.3

デジタルで伝統をすくい上げる。映像制作の人間が作った、新しいハンコ

2019/07/05

毎年、春にアメリカで行われる「サウス・バイ・サウスウエスト」(SXSW)。世界から多くの企業やクリエーターが参加し、音楽、映画、インタラクティブの分野で未来を見据えた作品が展示される祭典です。中でも、新技術やビジネスアイデアが集まるインタラクティブ部門は、TwitterやAirbnbなど、のちに世界的にヒットするサービスが披露され、注目を集めたことでも有名。今年も、さまざまなビジネスの“種”が発表されました。

連載第1回 でお伝えしましたが、電通からも、「Pointless Brings Progress.」(価値が定かでないモノが、未来を連れてくる)という出展コンセプトを掲げ計4作品を出展。この連載では、作品やプロデュースを担当したクリエーターにフォーカスし、一人一人の人物像に迫ります。

今回取り上げるのは、「HANKOHAN」を企画・制作した山下誠氏(電通クリエーティブX/Dentsu Craft Tokyo プロダクションマネージャー)。“ハンコ”という日本の伝統文化に対し、顔認識やARなどのテクノロジーを取り入れた同作品。その制作秘話を通して、山下氏の人物像を明らかにします。

山下氏
山下誠氏(電通クリエーティブX/Dentsu Craft Tokyoプロダクションマネージャー)

「自分の顔を覚えてもらう何かをつくりたい」との思いから、顔が浮かび上がるハンコが誕生

ーHANKOHANについて教えてください。
 
二つの新しさを取り入れたハンコです。まず、ハンコを押印した際のデザインについて、従来の名前ではなく、持ち主の顔をベースにしたデザインにしました。スマホのカメラなどに取り入れられている顔認識の技術を使い、持ち主の顔をスキャン。独自のアルゴリズムでデザイン化します。さらに、その顔デザインと持ち主のイニシャルを組み合わせ、これまでのハンコより親しみやすく、持ち主のイメージを想起できるようにしました。

もう一つの新しさは、ARを組み合わせたことです。具体的には、このハンコの印影を専用アプリで見ると、持ち主の本当の顔や情報が浮かび上がります。顔とともにURLが浮かび、クリックすればその人の情報が載ったウェブサイトに行くことができます。

このアイデアのきっかけは、SXSWに出す作品を考えるにあたり「そもそもSXSWってどんな場所だろう」と思ったことでした。

SXSWは、いろいろな人が最新のテクノロジーを持ち寄り、今後のビジネスを探す場です。となると、当然多くの人と会って話しますよね。ただ、人も多く、国籍もさまざまですから、「きっと、あとで名刺を見ても誰が誰だか分からなくなるな」と(笑)。そこで、自分の顔を覚えてもらえる何かを作れたらというのがきっかけです。

名刺などに比べると、HANKOHANは手順が多いツールです。ハンコを取り出して、朱肉をつけて押して、さらにARで見るわけですから。ただ、デジタル化が進み、何事もワンタッチでできる時代にあえてこのツールを考えたのは、人々は、デジタルな体験が進むほどアナログな体験を欲するのではないかと。

ハンコ自体は、今後使われる機会が減るかもしれません。ただ、ハンコが持つ魅力や特性は必ずあるわけで、だからこそ日本人はこのアナログな文化を続けてきたはずです。それを、最新のテクノロジーによってもう一度すくい上げられればと考えました。

世界が求める日本文化。その価値をデジタルで再発見する

ー現地での反応はどうでしたか。

反応は良かったですね。日本の方は自分の顔のハンコというもの自体を面白がってくれました。ブースに来てくれたのは日本人3割、海外の方7割ぐらいでしたが、特に海外の方はジャパンカルチャー に興味があり、日本ではなくなりそうな文化が、逆に海外ではニーズが高い。便利な世の中になるのはよいのですが、そのために日本固有の文化をなくすのはもったいないと、現地で痛感しましたね。

ハンコだけでなく、今後縮小しそうな日本の伝統文化は多いと思います。でも、それらには長く培われてきた技術や日本固有の魅力があります。ならば、伝統文化にテクノロジーを掛け合わせることで、価値を再発見する。HANKOHANを通して、その可能性を強く感じました。
 
一方で、今回大変だったのは、出展までの作業がとにかく多いこと(笑)。そもそも、「ハンコを顔のデザインにする」ことと、「ARで見られるようにする」という、二つの大きな要素がありました。

ハンコハン
例えば名前がDaniel Xing(仮名)の場合、D.Xというイニシャルが入る

普段、僕はテレビCMをはじめ映像制作のプロダクションマネージャーをしています。プロダクションマネージャーは、進行管理や出演者のオーディション、予算管理などの業務が主です。なので、そもそもHANKOHANのようなプロダクトのアイデア出しや作業の経験はあまり多くはありません。

加えて、今回はコンセプトムービーの制作進行やオーディション、予算管理、デザイン、ディレクション、ウェブページ、コピーライティングと、プロデュース作業とクリエーティブ作業をほぼ1人で監修しました。(もちろん社内のプロジェクトメンバーに支えられながらではありますが。)予算やスケジュールなどの制作管理をする側の自分と、クリエーティブ側の自分の2人がいる感じで、「これをやりたい!けどお金が!納期が!でもやりたい!」などと両方の視点で一人脳内会議をしたり、頭の中を切り替えたりしていました(笑)。そこも難しかったです。

領域を拡張し、いつかは「一人制作会社」のように

ーなぜ本業とは違うSXSWに参加したのでしょうか。

自分の領域や能力を拡張したかったからです。僕は電通クリエーティブXに所属し、主に映像制作をしていますが、同時にDentsu Craft Tokyo という、さまざまな分野のプロフェッショナルが集まるチームに参加しています。そこではまさに領域の拡張を重視していて、例えばディレクションから企画、デザインまで幅広くできる人がたくさんいる。彼らを見る中で、自分もプロダクションマネージャー以外の領域にチャレンジしたいと思いました。

実は、大学時代にドキュメンタリーの映像制作を学んでいたのですが、そのうちに映る側の気持ちを知りたいと思うようになり、在学中や卒業後に舞台役者をやっていました。今の職場は、ちょうど役者時代にアルバイトで入って。その後、役者をやめて社員になり、映像制作を本業にしたんです。振り返ると、もともと領域や能力を拡張したいと思っていたのかもしれません。
 
SXSWへのチャレンジもそうですし、映像制作においても、プロダクションマネージャーの業務だけでなく、ストーリーや演出のアイデアを積極的に出しています。一緒にモノづくりをするチームの一員なので、領域を超えて自分のアイデアを出すことも大切なのではないかと。でなければ自分が関わる意味がないと思います。もちろん状況によりますが。

今後は、どんどん領域を拡張して、ワンストップで映像作品を作れるような人間になるのが目標です。企画や制作はもちろん、なんなら自分で演技もします(笑)。実際、今は撮影も編集もディレクションもできる「一人制作会社」のような方が重宝されているような気がします。関係者との打ち合わせや意思疎通もスムーズですし 、作品の世界観も統一されたものになるはずですから。僕も、そんな領域の広さを自分の長所にできるクリエーターを目指していきたいです。