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SXSW2019 テクノロジー×クリエーティブで未来を変えるNo.5

世界的に話題となった「食転送」プロジェクト。アートディレクターの領域拡張に挑む

2019/07/23

毎年、春にアメリカで行われる「サウス・バイ・サウスウエスト」(SXSW)。世界から多くの企業やクリエーターが参加し、音楽、映画、インタラクティブの分野で未来を見据えた作品が展示される祭典です。中でも、新技術やビジネスアイデアが集まるインタラクティブ部門は、TwitterやAirbnbなど、のちに世界的にヒットするサービスが披露され、注目を集めたことでも有名。今年も、さまざまなビジネスの“種”が発表されました。

連載第1回でお伝えしましたが、電通からも、「Pointless Brings Progress.」(価値が定かでないモノが、未来を連れてくる)という出展コンセプトを掲げ計4作品を出展。この連載では、作品やプロデュースを担当したクリエーターにフォーカスし、一人一人の人物像に迫ります。

最終回となる今回取り上げるのは、電通の榊良祐氏(電通 第3CRプランニング局 アートディレクター/OPENMEALS founder)。食をデータ化し、3Dプリンターで出力するという「食転送」のアイデアで、昨年大きな話題を呼んだプロジェクト「SUSHI TELEPORTATION」を手掛け、今年はその第2弾となる「SUSHI SINGULARITY」を発表しました。アートディレクターの枠を超えた榊氏の活動を明らかにします。

榊氏
榊良祐氏(電通 第3CRプランニング局 アートディレクター/OPENMEALS founder)

地球で考えた料理を、宇宙で出力して食べることも

ー「SUSHI SINGULARITY」について教えてください。

OPEN MEALS」の最新プロジェクトです。食がデータ化されインターネットにつながった時に起こると予測される二つの大きなインパクト、
①食は「世界中の人々」とつながる
②食は「個人の体内」とつながる
を、寿司をモチーフにSXSWでプレゼンテーションしたものです。そして、その未来を体験できる「超未来食レストラン」も計画しています。

「OPEN MEALS」は「食転送」のプロジェクトを進めるチームで、4年前から始まりました。食転送とは、料理の形状や味、食感など、その料理を構成する要素をデータ化し、3Dプリンターなどのテクノロジーで再現するものです。

寿司


料理といえば、今までは家族が作ったものや、シェフが作ったものを食べるのが一般的でした。しかし、食がデータ化され、マシンで出力できるようになると、自分の考えた料理を世界中でシェアできるようになります。例えば貧困地域や災害時の支援、あるいは宇宙にいても、マシンさえあれば、さまざまな料理を食べられるようになるでしょう。

なおかつ、料理がデジタル化されることで、オンライン上で世界中の人々がいろいろな料理を考え、レシピを工夫したり、共有したりできるようになります。革新的な料理が相次いで生まれるかもしれません。

さらにもうひとつ、ヘルス分野でも革命が起きます。今後、人は簡易的に自分のDNAや体内の栄養状況などを調べることが可能になるでしょう。そのデータをもとに、一人一人の身体状況に合わせて、不足する栄養素を補うなど、個人に最適化された料理をつくることができます。

体内データイメージ
個人の体内データを分析し、最適な栄養バランスを導き出すイメージ

昨年、「OPEN MEALS」は、ロボットアーム状の3Dレーザープリンターを展示し、東京で握った寿司をアメリカで出力するデモンストレーションを披露。食転送の構想を紹介しました。その後もさまざまな専門家と連携してR&Dを進め、近い将来、食転送の技術を使った「超未来食レストラン」の出店を具体的に考えています。今年のSXSWで展示した「SUSHI SINGULARITY」では、そのレストランの構想と、使用されるマシンなどの一部を公開しました。

昨年同様、今年も海外からの反響が大きかったです。今も国内外からオファーや問い合わせが相次いでいます。すでにいろいろな機関や有識者と連携していますが、今後もさまざまな方とコラボレーションしていきたいですね。

印刷の仕組みを「味」に応用すると、まったく違う世界が広がった

ーアートディレクターの榊さんが、なぜ「食転送」のプロジェクトを始めたのでしょうか。

4年ほど前に、広告に限らず世の中のさまざまな課題をソリューションニュートラルで解決するためのセンター、コミュニケーションプランニングセンターが社内で立ち上がり、そのコンペに提出したアイデアが「食転送」でした。

最初の発想は、アートディレクターの仕事が起点になっています。ポスターや写真など、世の中の印刷物は全て、CMYK(シアン・マゼンタ・イエロー・ブラック)という4色の混ぜる割合を変えることで、さまざまな「ビジュアル」を再現します。

この仕組みを「味」にも当てはめられないかと思ったのがきっかけでした。そこで、味の4要素をSSSB(スイート・サワー・ソルティー・ビター)と定めて、既存のプリンターで試してみました。インクカートリッジに醤油やお酢などの調味料を入れて、食べられるペーパーに印刷したのです。

やってみると、めちゃくちゃマズかった(笑)。ただ、配合の割合を変えると、質はどうあれ、味はきちんと変化したんですね。ということは、きちんとデータを整理すれば、食も色と同じように出力で再現できると分かったのです。
 
プリンターや色の表現方法などは、アートディレクターが普段から当たり前に接しているものですが、その発想の一部を変えることで、まったく違う世界が広がりました。

そこから、味のデータ化や3Dプリンターによる調理の研究者を探して、協力者を増やしていきました。さらに、事業性も高くなければいけません。食産業の市場は想像以上に大きく、さらにフードテックへの投資額も増大している現状がありました。食×テクノロジー産業の成長が見込めることから、本格的にプロジェクト化。そこから細かく進歩を積み上げて、今に至ります。

広告クリエーターの能力を社会に解放する 

ーアートディレクターの枠を超えた活動をしている理由と今後の展望を聞かせてください。

僕は以前から、デザインはあくまでツールで、それにより人の心をどう動かすか、世の中がどう反応するかに興味がありました。そう考える中で、次第にデザインから領域が広がっていったんです。最初の戦略から自分で考えて、それをもとにビジュアルデザイン、CM、PRやキャンペーンなど、統合的に展開することにトライし始めました。さらにその後、自分のデザインやクリエーティブを、世の中や社会のために生かしたいと考えるようになりました。

「広告クリエーター」のスキルが活かせる場は広告以外にもたくさんあり、まだまだフィールドを拡張できると考えています。

例えば、アートディレクターとコピーライターで広告の表現を突き詰め、より良い広告表現を作ることが「クリエーティブディレクション1.0」だとすれば、デジタルクリエーターやPRプランナーなどと連携して、より立体的かつ、統合的な「ブランド体験」を生み出すのが「2.0」。ここまでは広告領域の話です。そして、大学の研究者、エンジニア、大学、行政、法律家など、広告産業の垣根を越えた専門家と並列のチームを作り、ディレクションして、未来の産業や事業を作っていくのが「クリエーティブディレクション3.0」。広告クリエーターのスキルを生かせば、そこまで進化できると考えています。

僕は、人と人をつないで新しい価値を作るのが好きです。「OPEN MEALS」も、食のデータ化や3Dプリンターのエンジニア、ヘルステック領域の専門家、さらにはシェフやデザイナーなど、幅広い産業の人が関わっています。そのさまざまな才能を集めて、新しい未来を作るのが楽しいですし、その起点になりたいと思っています。

そのとき自分にできるのは、多様な人の知見、技術を総合して一枚の絵にビジュアライズすることです。「SUSHI SINGULARITY」で描いた「超未来食レストラン」イメージビジュアルもそのひとつ。妄想で勝手に描いたのではなく、各領域の専門家の話を聞いて、科学的なエビデンスをもとに描いています。例えば各ファブリケーションマシンの形状や細かな造形方法の描写、SLS(粉末焼結積層造形)方式の3Dプリンターは重量的にこの位置に設置するなどです。

ビジュアルイメージ

なぜビジュアライズするのかといえば、それによって目指すべきゴールが明確になり、異分野同士でも議論が進むからです。「ビジュアル」は、最強の共通言語であり、明確な羅針盤となり得ます。僕が一人一人の話を聞き、それらを総合した絵を描くと、イメージが明確になって各領域の方が意見を交えるのを手助けできます。

多様な人の話をまとめて「一枚の絵を描く」「ビジュアライズする」というのは、ビジネス上で常に有効であり、アートディレクターが持ち得る大きな能力だと思います。「OPEN MEALS」を通して、そのノウハウに気付きました。

特にさまざまな専門家と前例のない「製品」や「事業」「産業」開発を進めるためには必要な能力だと思っています。今後はこのビジュアライズ方法をメソッド化していく予定ですが、これについてはまた次の機会に詳しく。