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共創の時代のブランディングNo.4

スポーツのブランディング
〜なぜ、スポーツが地域と日本の価値を生み出すのか

2019/07/24

企業や地域のブランディングにスポーツを“活用”する動きが強まっています。なぜスポーツには「触媒」としてのポテンシャルがあるのか。早稲田大学スポーツ科学学術院(※)教授の原田宗彦氏と電通 小西圭介氏が対談します。

※スポーツ自体や、それにより生じるさまざまな事象の教育と研究を実践。スポーツビジネスやマネジメントの知識習得を目的とした、社会人対象の教育プログラム「スポーツMBA Essence」も主催し、スポーツ産業に精通した人材の育成を目指している。

 

原田さん小西さん

左から電通の小西圭介さん、早稲田大学スポーツ科学学術院教授の原田宗彦さん

「共感」と「同時性」が魅力。企業の最新技術を見せる場に

小西:2019年のラグビーワールドカップや2020年の東京オリンピック・パラリンピックなど、メガスポーツイベントの日本開催が間近に控える中、日本でもスポーツビジネスがさまざまな視点で注目を集めています。その経緯や概況を教えていただけますか。

原田:日本では、スポーツそのものの振興だけでなく、スポーツを触媒に企業や地域を発展させる動きが熱を帯びています。ターニングポイントは2015年のスポーツ庁の設置が大きいでしょう。eスポーツの登場など領域の拡張も見られ、スポーツの意義や価値も広がっています。

企業によるスポーツの活用の視点では、世界のスポンサーシップにおいてスポーツは主要な対象のひとつです。見る人の感情の起伏が大きいので、関与する企業への共感も高まりやすい。しかも今は、会場にいるファンの後ろで、その何百倍ものファンがネットでつながっています。2014年に行われた「コモンウェルスゲームズ」(英連邦競技大会)の開会式では、ユニセフの呼び掛けに対し一瞬で数億円もの寄付金が集まった事例もあります。

小西:デジタル化によるメディア・コンテンツ配信環境の変化も大きいですね。2016年にDAZNを運営するパフォームグループが、Jリーグの世界放映権を10年2100億円で買ったことは話題になりましたが、グローバル市場でスポーツコンテンツの価値が高まっています。予測できない、リアルな体験としてスポーツの生み出す感動は、SNSなどとの親和性も非常に高いですね。

原田:テレビの視聴環境が変わり、同時性を持った共通の話題が減少しました。そんな中でもスポーツは多くの人が同時体験し、しかも広く話せる話題です。大多数にリーチする意味でも、企業がスポーツと共に価値形成する意義は高まっています。

近年は、「企業の最新技術やサービスを見せる場」としても活用されています。テニスのウィンブルドンでは、ここ数年、IBMがAI(人工知能)などを次々に投入。ハイライト映像の自動編集などを進めています。最新技術を披露し、ファンの体験を最大化する“直接体験のブランディング”といえるでしょう。日本でももっと増やせるはずです。 

盛り上がる「武道ツーリズム」。観光大国になるためのスポーツ

小西:原田先生はスポーツツーリズムの振興もリードされています。観光や地域ブランディングにとっても、スポーツという資源はまだまだポテンシャルが大きいですね。

原田:スポーツを活用した地方創生には大きな機会があります。例えば英国のインバウンド観光は、2012年の約3100万人から2017年の約4000万人へと、五輪後から5年で約900万人増加しました。大会の情報発信を観光ブランディングに活用したのは最大のレガシーであり、日本も同じ状況をつくることは可能でしょう。

小西:近年多くの自治体や企業が地域スポーツイベントに取り組んでいますが、観光客の誘致のためには独自性を持って差別化していくこと、そしてスポーツを起点に滞在型観光につなげることが課題となっています。

原田:その際にはスポーツやアクティビティーと親和性の高い、日本固有の観光資源を使うべきです。代表がアウトドアスポーツです。日本は自然が豊富で、例えば兵庫県佐用町は、因幡街道で自転車のロングライド大会を行い、今や外国人も集まるイベントとなりました。

もう一つ面白いのは、スポーツ庁が推進する武道ツーリズムです。海外では日本文化の持つ精神性への関心が高く、この要素が濃い武道は訴求効果が見込めます。しかも、武道場や指導者は日本全国に存在しており、ツーリズムの良質なコンテンツになり得ます。忍者文化なども海外の引き合いが強く、アクティビティーとして外国人にヒットすると思いますね。

小西:原田先生とは以前、「沖縄空手」のプロジェクトでもご一緒させていただきましたが、世界200カ国で1億人以上の愛好者を持つ、空手の発祥の地・沖縄には、その精神性を学ぶために外国人が訪れ、空手ツーリズムの受け皿も広がりつつあります。

原田:今や訪日観光客の6割以上はリピーターであり、主要都市より奥のエリアへ足を伸ばしてくる。そのとき、自然や武道など、地域に根付く資産を生かしたアクティビティーを提供すれば満足度は高くなるでしょう。日本は“コトづくり大国”として、資源を元にしたアクティビティーを提供しながら観光大国に姿を変えるのが理想的だと思います。

スポーツを最大限に活用するために、戦略を担う人材が不可欠

小西:スポーツと社会の関わりには、健康寿命の拡大や、人間性・ダイバーシティー、地域コミュニティーの求心力づくりなど、多様な観点が存在しています。

原田:ダイバーシティーや街づくりにも、スポーツは活用できます。大分では、1981年に大分国際車いすマラソンをスタート。これにより、市内のバリアフリーの街づくりが発展しました。スポーツチームも、地域密着で都市ブランディングに関わるのが今の主流であり、日本のプロ野球やJリーグでも地域とチームの関係が強くなっています。もちろん、これらは選手やファンとの共創でもあります。

小西:こうした需要はありながら、スポーツビジネスのポテンシャルを引き出し、成長を実現するためには、経営・マーケティングやファイナンスなど、スポーツ競技にとどまらない多様な専門性を持った人材が不可欠ですね。

原田:今後、スポーツと社会の関わりはより増えるでしょう。ただし、企業や地域との共創を実現するには、その戦略や実行を担う人材が不可欠です。企業がスポーツを使って何ができるか。地方創生のために何ができるか。海外に比べ、日本はまだその知識を有した人が少ない。また、それを体系化し教育する機関も多くありません。私たちが「スポーツMBA Essence」を開講したのも、そのような理由からです。

スポーツMBA
「スポーツMBA Essence」の講義風景。2017年にスタートし、今年で3期目となる。

スポーツを、企業や地域の価値創造に活用していく。その流れは確実に日本で進みます。だからこそ、知識を持った人材を見いだし、仕組みを構築することが重要ではないでしょうか。

(対談を終えて)
スポーツを生かして社会的な価値共創を実現、日本を地域から変えていく

日本でも今日、スポーツビジネスの市場成長が期待されるとともに、広義の「スポーツ」の持つ社会的価値が、改めて見直されています。

スポーツイベントによる社会資本の形成、スポーツツーリズムと地方創生、人間の幸福感や生きがい・ダイバーシティー(多様性)のある社会の実現など、まさにスポーツを起点に社会を変えていく新しい取り組みが進みつつあります。

また、モノづくりからコト(体験)づくりの価値創出、外に出ていくブランディングから内に呼び込むブランディングという大きな時代の変化の中で、合理性を離れた遊びの要素を持つ、最も人間的な活動としての「スポーツ」の価値と潜在力を引き出すビジョンは、とてもエキサイティングです。