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共創の時代のブランディングNo.5

進化する地域ブランディング
〜広域デスティネーションをいかに実現するか

2019/08/07

地域の観光施策でも、自治体の枠を超えて手を取り合い、ブランドを構築する事例が生まれています。その代表が「せとうちDMO」。組織のひとつである瀬戸内ブランドコーポレーションの社長、藤田明久氏に話を聞きました。

せとうちDMOとは
瀬戸内を囲む7県(兵庫・岡山・広島・山口・徳島・香川・愛媛)の観光需要の創出と商品サービスの供給体制強化を図り、持続的な観光地域づくりを推進する組織。一般社団法人せとうち観光推進機構と株式会社瀬戸内ブランドコーポレーションなどからなる。観光庁が最初に認定した広域DMO(※)のひとつ。

※DMO=Destination Management/Marketing Organization。観光地域づくりのまとめ役となり、自治体や企業、住民などを一体的にマネジメントして活性化させる組織。

自治体の境界線を超えることで、瀬戸内の潜在能力を最大化

小西:せとうちDMOは、自治体の枠組みを超えて広域の地域ブランディングを担う、非常にユニークな組織ですね。どのような経緯や特徴を持っているのでしょうか。

藤田:2013年に、瀬戸内7県で「瀬戸内ブランド推進連合」が結成され、その発展形として、せとうちDMOが生まれました。各県単独だけでなく、7県連携で地域の価値を高めようという取り組みです。DMO自体がファンドを持ち、観光事業者へ資金支援まで行う点も特徴です。

せっかく瀬戸内に来た観光客が、1県だけしか楽しまないのではもったいない。「すぐ隣の魅力的な場所」へ誘導するため、県をまたいで連携する。観光客には存在しない「自治体の境界線」を私たちも超えることで、地域全体の潜在能力を引き出しています。

小西:2019年になって、欧米の主要なニュースメディアで次々と「SETOUCHI」が世界的なデスティネーション(目的地)として取り上げられましたね。

藤田:米紙「ニューヨーク・タイムズ」などで、“2019年に行くべきエリア”として、瀬戸内が上位に選ばれたことは、ひとつの成果といえます。海外ではあまり「SETOUCHI」という言葉が知られていませんでしたが、最近ではよく検索されています。

ただ、こうしてSETOUCHIブランドを確立する一方で、各県が行う観光施策とのすみ分けは常に意識しています。私たちは瀬戸内エリア全体の観光価値を高め、来訪意向と観光満足度を最大化することが主たる役割です。

小西さん藤田さん
左から電通の小西圭介さん、瀬戸内ブランドコーポレーション社長の藤田明久さん

観光を起点にして、瀬戸内の産業・文化を守る

小西:伊勢志摩や雪国観光圏など、顧客(観光客)視点で、行政単位を超えた広い地域一帯をブランドとして捉え、マネジメントしていく取り組みは各地で増えつつあります。一方で、個別の自治体や事業者の取り組みを、「瀬戸内」といった大きなブランドで括っていく難しさもあると思います。共通の価値や意味をどのように設定し、共有しているのでしょうか。

藤田:大きな企業では、さまざまな製品ブランドの結集により、企業ブランドが生まれますよね。巨大な瀬戸内エリアも同じです。各地の観光資源や文化、歴史が見せる多様な輝きを、いくつかの切り口でまとめ、他の切り口とつなぎ、その相乗効果によって、瀬戸内のブランドになると思います。

せとうちDMOでは、現時点でのターゲット層を「欧州、米国、豪州から来訪する人」としています。また、瀬戸内らしい切り口として6テーマ(クルーズ、サイクリング、アート、食、宿、地域産品)を設けています。

小西:クルーズやサイクリング、アートなどは、まさに瀬戸内ならではの自然・文化的魅力を高める要素で、欧米人の滞在型観光としても人気を集めそうなテーマですね。

藤田:クルーズやサイクリングは、まさに広域で捉えてこそ魅力が増大します。宿泊型の瀬戸内周遊船「ガンツウ」が登場し、その後も自転車50台とサイクリスト50人を同時に運べるサイクルシップが生まれるなど、各航路で新船投入の機運が高まっています。しまなみ海道から始まったサイクリング環境の整備も、瀬戸内全体に広がってきました。

また瀬戸内は、古くから海上交通の大動脈として栄えており、その史跡が現存します。外国人観光客は、その地の文化を深く知りたい欲求が強いので、観光案内所や観光ガイドも単に多言語を操れるだけでなく、世界の多様な文化を尊重しながら瀬戸内の文化的価値を伝えられることを重視しています。

せとうちHP
インバウンド向けにせとうちDMOが開設したウェブサイト「SETOUCHI TRIP」。6カ国語に対応している。

小西:瀬戸内の観光名所は海沿いが多く、確かに鉄道で移動しているだけではアクセスも時間がかかり、観光が「点」になりがちです。海路で直接つながるようになると、移動-滞在型観光の需要も大きく伸びそうです。もう一つ、地域ならではの食文化も、デスティネーション価値やリピート性を高めるのに重要ですね。

藤田:地域産品や食については、瀬戸内ブランド登録制度を設け、商品にマークを入れていただくことで、事業者と一緒になって食文化の豊かさの認知やブランド向上を目指しています。農業や水産業に携わる人々の知恵を紹介しながら瀬戸内の特産品を販売するECサイト「島と暮らす」も運営しています。モノづくりの苦労や喜び、背景を知ってもらいながら産品を味わっていただくことが、美食エリアとしてのブランド向上につながると考えています。

また、ECサイトでの販売を起点に地域の食文化に興味を持っていただくことで、より新鮮な食材やレアな産品を求める観光につながります。その上で、就業人口や定住者の増加にまでつなげたい。観光を起点に、瀬戸内の産業や文化を守りたいのです。

市民からも施策が生まれ、シビックプライドの形成に

小西:せとうちDMOでは、ブランド価値を高めるプラットフォームとして、主体者である住民や事業者を束ねるコミュニティー形成に積極的に取り組んでいるのもポイントですね。

藤田:われわれのもう一つのゴールは、観光によってシビックプライド、住民の地域への誇りや愛着を生み出すことです。地元の人が当たり前と思っていたモノやコトが、世界から訪れるだけの価値があることを認識してもらう。その結果、瀬戸内の自治体や民間事業者、市民が、同時多発的かつ自発的に観光施策を行う。瀬戸内各地で観光コミュニティーが生まれ、自走化することにより、世界有数の観光エリアになると考えています。

具体的には、観光に関する意識や知識の向上を促し、観光事業の成長を支援する組織「せとうちDMOメンバーズ」や、住民の観光に関するネットワーク「せとうちHolics」といった、企業や自治体、住民らが参加する仕組みを用意しています。

小西:藤田社長は、地縁のなかった瀬戸内に自ら移住してこの仕事に取り組まれていますが、どのような成功イメージや目標を持っているのでしょうか。

藤田:地域ブランドは、一つ一つの実体が積み重なることで形成されます。地域に根差している“光”を時代に合わせた表現法で発信し、“観”て、感じて、学んで、深く満足してもらう。この繰り返しの中でそれぞれの発信が洗練され、世界レベルの満足感を提供できたときに、ようやく「瀬戸内」という地域ブランドが定着した、といえるでしょう。10年、いや100年かかるかもしれない仕事だからこそ、自治体や企業、住民たちが、一緒に力を合わせて築いていくものなのです。

(対談を終えて)
広域でのグローバルな地域ブランディングに成功、事業化支援とコミュニティー形成で実体価値をつくる

世界のメディアの注目を集めている、SETOUCHI(瀬戸内)プランド。せとうちDMOは三つの組織で、地域共通テーマを持ちながら、観光客向けプロモーションだけでなく、ファンドによる投資・事業者の経営/商品開発支援、地域横断の共創コミュニティーを形成するメンバーシップ事業までを一体となって求心力をつくりながら推進しています。

プロフェッショナル人材が参画し、グローバルな発想で、事業化支援にまで踏み込んだ地域ブランディングは、日本全体の先進事例として、新時代の多様な日本の価値を顕在化させていくと思います。