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共創の時代のブランディングNo.7

進化するリテールブランディング
〜デジタル時代の体験価値と、次世代リテールの四つの役割

2019/10/03

デジタルがリアルを呑み込む時代のリテールは?

巨大プラットフォーマーがデータで世界を支配する時代の預言書ともなった、『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(東洋経済新報社)。その著者として知られるスコット・ギャロウェイ氏は、最近のインタビュー で以下のように述べています。

「今やフィジカル(物理的体験)にこそ、破壊的イノベーションがある。(中略)われわれは、伝統的な広告からチャネルへの、ブランド投資の大規模な再配分を今後目のあたりにするだろう。まさにアップルが行ってきたように」(米国C Scape社「Outside in」のインタビューから。訳:小西圭介)

こうした環境変化の理由は、前回取り上げた米国でのDTC(Direct to Consumer)ブランドの躍進とも関わっていますが、ブランドにとってリアルな店舗の役割が、今まさに大きく変わりつつあるからでしょう。その背景には、デジタル時代のブランドの「体験価値」をめぐる、以下の要因があります(図1)。

ブランド現状

まず、スマートフォンなどデジタルの情報やコミュニケーションが日常化することで、その価値がコモディティー化しています。一方で、音楽やスポーツなどのライブイベントが人気を集めるなど、人々は自らが参加・没入して体験を共有できるリアルなブランド体験や、人との直接的なつながりに、より価値を見いだすようになっています。

また、シェア経済の普及に見られるように、生活者の価値観が変化し、“モノ”から“コト”の消費(モノを所有することから体験を消費すること)に、より高い価値を感じるようになっています。サブスクリプション市場の拡大など、所有から使用、体験消費へのシフトはショッピング行動についても当てはまります。

さらに、アマゾンをはじめとしたプラットフォーマーが台頭し、顧客接点とデータを占有することでブランドに対する影響力を高めています。その中でブランドが生き残っていくためには、「直接顧客接点」を創造し、一人一人の顧客にとっての体験の差別化と、エンゲージメントを向上させることが重要になっています。

加えてモバイルIDによる決済など購買に関するテクノロジーが進化 。近年は、オンラインとリアル店舗が融合し、スマートでシームレスな販売と購買体験を実現しつつあることも、店舗を起点としたブランドの「体験価値」を進化させています。

先に触れたアップルは、直営店舗である「アップルストア」の世界展開の戦略を通じて、他にはないユニークなブランド体験を実現し、そのデザインや世界観を効果的に伝えています。同時にアップルストアは、従来の販売店を超えた顧客との直接的なつながりの場をも形成してきました。

同社は、2014年から元バーバリーのCEOだったアンジェラ・アーレンツ氏を小売部門のトップに起用して業態転換を進めました。顧客向けのクリエーティブセッション“Today At Apple”では、製品の販売拠点ではなく、クリエーティブ教育の拠点としてアップルストアを位置付け、ユーザーコミュニティーを構築し、エンゲージメント強化を図っています。つまり、アップルの店舗がつくっているのは単なる商品を買う顧客ではなく、まさにブランドの共創者であり、伝道者なのです。

DTCブランドが見いだすリテールの新たな価値

今日の小売業の環境に目を向けると、特に米国で顕著ですが、アマゾンなどEコマース市場の急成長が続く中、百貨店や専門店、ショッピングモールなど、従来型の小売業態は売り上げを脅かされて閉店が続いています。スイスの金融機関、UBSの予測では2026年までに7万5000店舗が閉店するといわれています(※)。

逆に、前回記事で触れたDTCブランドなどは、大都市を中心にリアル店舗の出店戦略を加速させています。そこでは、むしろ店舗はブランド認知を高めるメディアや顧客接点を広げる役割を持ち、オンラインも含めた顧客獲得のトータルコストを下げる効果を実現しているのです。出店業態も従来型の店舗ではなく、オンラインと店舗での注文・決済などの購買体験を融合した「スマートストア」化や、期間限定で体験型のポップアップストアなど、非常設型店舗の展開なども注目されます。

こうしたリアル店舗出店の目的は、新たなブランド体験プラットフォームの創出です(図2)。デジタル化により、消費者の購買データ自体はコモディティー化しました。さらに、リアル店舗を直接体験による価値創造の起点として、ブランドのストーリーや製品パーソナライゼーション、コミュニティー参加、製品サービス教育、共創などを図るとともに、店舗での購買に至るプロセスや価値提案への反応、対話、サービス体験を通じた関与など、より豊かな顧客フィードバックを得ることを狙っているのです。

サイクル図

例えばナイキは、2017年にトリプルダブル戦略(イノベーション、スピード、ダイレクトの三つの価値を倍増させる経営戦略)を掲げ、既存の小売店舗数を大幅に削減する一方で、ナイキIDを軸に、より深いリテール体験を実現するフラッグシップ店舗開発を強化しています。その代表例ともいえるフラッグシップ店舗の「House of Innovation」では、同社のデジタル戦略を具体化する、新しいブランドプラットフォームとしてのリテールの姿を体験することができます。

この店舗でショッピングをするには、ナイキIDアプリ会員である必要があります。店舗の商品のバーコードをスマホでスキャンすると商品説明、商品バリエーション、店舗在庫などがスマホ画面に表示されます。その場でスマホ決済をすれば、レジに並ばずに持ち帰りが可能です。

特に際立つのが商品カスタマイズで、自分に合った世界に一つだけのシューズを、さまざまなパーツやカラーから自由に選んでカスタマイズし、その場で注文してつくってもらうことができます。まさに店舗がイノベーション、スピード、ダイレクトという体験価値そのものを体現する、「体験と製品共創の場」として機能しているのです。

※アメリカの金融・情報サービスの大手企業、S&P グローバルのレポートから。

 

プラットフォーム化する、次世代リテールの四つの役割

ブランドがオンラインで直接顧客とつながる時代における、オウンドチャネルとしてのリテールの役割は、単に購買プロセスのストレスを解消し、柔軟性、利便性を高めるだけではありません。新たな共創体験の場として顧客主導のブランド価値創造を実現する、リアルなブランドプラットフォームとして、次の四つの役割がより求められるようになっていると考えられます(図3)。

ブランド図

すなわち、
①リアルなブランド接点としてのメディア・ブランド体験機能
②個別サービス体験を通じた関係づくり(コネクション)機能
③リアルな場を起点に人やコミュニティーのつながりを形成する機能
④マスカスタマイゼーションをはじめ、顧客とともに製品サービス価値自体を共創する機能
です。

次世代型ブランドにとってリアル店舗は、単にモノを売る場所ではありません。実際に、ブランド店舗のショールーム化や、ホテル、エンターテインメントなどの“ライフスタイル業態”展開も広がりつつあります。

例えば、MUJI(無印良品)やブルガリなどのライフスタイルブランドは、特別な体験を提供するホテルに業態拡張をしています。メルセデス・ベンツは、ディーラーのライフスタイル・ストア化や、世界各地でスタジアム・アリーナの命名権を獲得しながら、リアルなライブ・エンターテインメント体験を通じて顧客とのコネクションを図っています。このような新しい体験型ブランディングの取り組みも広がっています。

テクノロジーの進化も生かしながら、リアルな顧客接点としてブランドの“コトの価値”を最大化し、オンラインでは不十分な顧客とのフィードバックや価値共創サイクルを実現する。そこでは、スタッフも販売金額が成果となる店舗セールスではなく、オンラインと店舗を通じて顧客との絆やコミュニティーを通じて長い関係をつくり、ブランド伝道者を育てることなど、新しい役割や成果指標(KPI)が求められます。ブランドプラットフォームとしての次世代型リテールには、こうした業態のイノベーションが求められているといえるでしょう。