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電通イージス・ネットワークで世界のビジネスを学ぶ EIBAレポートNo.3

ゾンビ状態でブレークスルー
強豪クリエーティブエージェンシーでのサバイブ方法

2019/10/15

アイテム全消失

2019年2月から、オーストラリアはメルボルンの“BWM Dentsu”という広告会社でクリエーティブスタッフとして働いています(2019年10月現在)。新橋の電通ビルとは場所もサイズも対照的で、CBDと呼ばれるメルボルンの中心からほんの少し離れた(僕は代官山みたいなところだと思っている)工場だったところ(代官山に工場があるか、というのは置いておいて)をリノベした、いかにも“クリエーティブ”という感じのオフィスです。社員は100人くらい。それに加えて犬。毎日日替わりで誰かしらが犬を連れてきています。動物好きの僕にとってはこれが結構いい。

クライアントはオーストラリアの人なら誰もが知っているメガブランドから、NGOまでさまざま。基本的な領域はいわゆる「広告クリエーティブ」で、テレビCMをはじめとして、大きな統合キャンペーン、PRアイデア、ポスター、デジタルとさまざまです。昨年は同じBWMのシドニーから、ALS患者の発声機能をAIの活用で補完する「PROJECT REVOICE 」という傑作が生まれ、電通グループでも強力なクリエーティビティーを誇るエージェンシーです。

ところで、このBWM Dentsu。“デンツー”という名前はついているのですが、もともとは独立系のエージェンシーでした。文化から仕事の進め方まで電通の息吹は皆無。もちろん、そんな彼らが自分たちのことを「デンツウジン」などと思っているわけがなく、彼らにとって、「デンツー」は「アジアの外れの奇妙なカンパニー」「エラく図体のデカいエージェンシー」「Yeah、聞いたことはある」程度。帰属意識を持てという方が無茶なのです。

僕が今まで悪戦苦闘して作ってきた仕事やアワードのことを知っている人もいません。もちろん、取った海外アワードの話や仕事を見せると感心はしてくれるのですが、賞歴も社内外の関係値も、今まで国内でおぼろげながらも築いてきたものはすべてリセットされ、ほぼゼロからの出直すような。ちょうどボンバーマンとかで、しこたまアイテムをため込んだのに、一回やられると最弱から始まるような状態に似ています。

そして、僕の場合はそもそも英語が上手じゃないときた。そもそも帰国子女でもないし、海外に留学していたこともない。日本語以外にまともに話せる言語と言ったらせいぜい茶魔語くらいしかありません。

もちろん、ここ10年、うまずたゆまず英語の勉強は続けてきましたし、英語を話す機会もなるべく持とうとしてきた。しかし、それでもネイティブがグループで本気で話しだすとついていくのも大変です。いや、見栄を張りました。正直ついていけないことが多い。

ゾンビ化

こっちに来てから感じたのは、「自分は何ができる人間なのか」が最も大事だということです。

その土地の言語が完璧には話せないということは、コミュニケーション力だけでなくすべての能力が数段階下がります。コピー力、プレゼン力などクリエーティブワークに関する力、調整力、後輩力など人との関係における力。基礎的な体力や気力もすり減らす。

そんなすべてのパラメーターが下がったゾンビのような状態の中で、それでも「勝てる」能力とは何なのか。一個のパラメーターがスパイクしていれば、ある程度ゾンビ化のハンデがあったとしても、その分野で貢献できます。一方で最初からクリエーティブスタッフやビジネスマンとしての能力が低ければ言語の壁は越えられても、そもそものスタート地点が低いというだけです。

つまり、飛車角落ちの状態でも戦える、卓越した能力を持つことが大事なのだと思います。

僕にはアイデア力と企画力があった。大学でマーケティングや広告を学んでいる新入社員がそのまま即戦力として入社したりする海外と違い、日本の広告会社では職業と大学で学んでいたことが一致しないことがほとんどです。そんな背景もあって、電通は世界のエージェンシーの中でも類を見ないほど、教育に熱心。特にクリエーティブの分野では自分の気付かぬうちに、自分の想像以上に企画力が上がっていたりするもの。

多少言語の方がアレであっても、クリエーティブである限り、アイデアの視点が独自のものであれば、みんなが耳を傾ける。そんな環境の中で、僕がメインアイデアを担当し、7月にローンチした仕事の紹介です。

なんとか納品

僕が手掛けた“The Golden Nugget Project”は、Bowel Cancer Australiaという、若者向け大腸がんの啓発NGOの施策です。

ゴールデンナゲット
The Golden Nugget Project告知HPのトップ画面

https://www.bowelcanceraustralia.org/the-golden-nugget

大腸がんは中高年の病気だと思われていますが、意外にも若者の犠牲者が多い。そこで若者に、大腸がんが早期発見さえすれば治療可能な病気であることを伝えるキャンペーンを考えました。

オーストラリアには驚いたことに企業の健康診断がありません。検便さえすれば早期の段階で大腸がんを発見する可能性が高いのに、そもそもその機会がない。

さて“大便”などというのはそれこそ無用な存在、worthlessの代表格でありますが、大腸がん検診の文脈においては自分の命を救いうるPricelessなものに変わる。

そのことを強調するため、5000AUD相当(約40万円)の純金製の大便を1名にプレゼントするという施策をローンチしました。なんとも、われながらコロコロコミックバイブル世代の発想ですが、応募資格として、簡単な大腸がんに関するクイズに答えさせ、直接啓発していきます。

この記事が掲載されるころには残念ながらキャンペーンは終わっていますが、ローンチ、純金製大便の完成、受賞者の発表など緻密にPR戦略も練られています。おかげでとてもたくさんの参加者が集まりました。

ちなみに“golden nugget”は小粒の金塊のことを意味しますが、Nuggetという言葉もそれ自体で「小さな塊=クソ」ということらしくて、“Golden Nugget”はダブルミーニングになっている模様。このへんの面白さの感覚は、さすがにノンネイティブの僕には分かりません。

この他にもテレビCMを企画したり、統合キャンペーンを考えたり。意外に本当にアイデアで戦えばなんとかなるものです。

海外で働くには、「それでも、戦える能力はなんなのか」、ハッタリでもいいのでこれを持っておくのが大事だな、と痛感しています。

11年目にして新入社員に戻ったような気分になりますが、日々予想外の出来事や、悔しい出来事も含めて、電通人としても、社会人としても、人間としてもまったく新しいステージにいる気がします。

この記事が少しでも海外に興味を持っている人の背中を押せたらいいなと思います。というわけで、さいならっきょ。

パーティー写真
エージェンシーを挙げて祝われた筆者の誕生日パーティー
(※)EIBA (Emerging International Business Assignment)
次世代を担う人財育成の一環として、電通イージス・ネットワークの拠点に、若手社員を1年間派遣する実務研修。異文化環境下で業務経験を積み、国内外を問わず、プロジェクトの現場リーダーとして必要な視点、スキル、人脈の獲得を目指す。