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Dentsu Lab Tokyo × Dentsu Craft Tokyo テクノロジーとアイデアのおいしい関係No.4

脳みそを洗って返す?手話から伝え方を考えてみた。

2019/11/20

こんにちは、Dentsu Lab Tokyoの和田夏実です。
私の両親は耳が聞こえず、手話を主な言語としています。そのため私は、家の中では日本手話という視覚言語を主に使い、家の外では日本語という音声言語で会話する環境で育ち、通訳として「伝える」ことについて考える機会が多くありました。

視覚的なイメージを駆使しながら会話をする人々と、音で今いる世界にラベルをつけながら会話をする人々、それぞれの文化や思考に飛び込みながら通訳をするには「言葉」だけではどうしようもなく足りない、と、大学時代はインタラクションデザインとリサーチデザインを学び、会社に入ってからは「技術」と「伝える」の可能性を模索しています。


イメージで会話する、とは?

「コップ」や「机」など、世界中のさまざまなものや概念にラベルをつける英語や日本語などの音声言語は、音の最小単位を組み合わせることによって言語を発達させてきました。
手話という視覚言語では、ものに記号的に名前をつけることもありますが、空間に手を使って、それ自体をトレースするように、描きながら、形作っていくCLclassifier=類別詞、類辞の略)と呼ばれる基本文法があります。

(左:コップの表現、右:机の表現)
(左:コップの表現、右:机の表現)
CLとは、物の形や性質、大きさや動きなどを手で表したもの。日本語の類別詞に見られる細長いもの、例えば鉛筆などは「〜本」と数え、紙のような薄いものは「〜枚」と数えるといった分類の仕方に共通性がある。
参考:『手話を言語と言うのなら』(森 壮也 佐々木 倫子編、ひつじ書房)13ページ。


今回は、手話だからこそ起こり得る視覚的な発想や冗談を、少しだけご紹介したいと思います(あくまでも一般的ではなく私の周りでの日常的な会話です)。

小さな自分で冒険に出かけよう。

幼い頃、父と私は夜ご飯のあとに「ぼうけんのじかん」がありました。「ぼうけんのじかん」には、ピースサインを作って下に向け、人差し指と中指を足に見立てることで小さな自分を作ります。

手話では、このように指を足に見立てて動かすことで「歩く」「泳ぐ」「飛ぶ」「潜る」などを表現します。父と私は毎晩、小さな自分を作ってはアスパラガスの上を登ったり、夜空の星の中を泳いだり、本の中の好きな言葉の上を歩いたりしました。

ぼうけんのじかん


脳みそを洗って返す。

もし友人に相談を受けた時、「それは考え直した方がいいよ」とちょっとした冗談も込めて伝えたい場合には、相手の頭を切って、脳みそを取り出し、ごしごしと洗って返すという動きを作ることもあります。

「その場にはいないけど、見に行きたい!」と伝える時には、自分の片目を取り出し、見たいものの方向に投げ飛ばすことで、実際に見ているかのような会話を繰り広げたりもします。自由に手を使いながら、視覚的な発想は次から次へとつながっていき、まるでファンタジーの世界に飛び込んだような感覚に陥ります。

脳みそを洗って返す。


視覚的な創造力、ファンタジア

手話特有の、この視覚的な伝え方から生まれる冗談には、視覚だからこその創造性があると思います。この「視覚的な創造性」についてもう少し考えてみたいと思います。

イタリアの美術家、ブルーノ・ムナーリは、コラージュや見立ての工夫、繰り返し表現やビジュアルコミュニケーションから生まれる「視覚的な創造性」についてファンタジアという本の中で以下のようにまとめています。

”初歩的なファンタジアは、ある状況を反転させたり、相反するもの、正反対のもの、補足的なものを利用したりすることから生まれる。ー子どもに砂糖が苦いといえば大笑いし、閃光のごとく足の速いカメの話をすれば大喜びする。”
『ファンタジア』 ブルーノ・ムナーリ、菅野有美訳、みすず書房、38ページ


“ファンタジアのもう一つの側面は、視覚的類似の関係、また他の性質との関係から生まれる。ー例えばこの普通のフォークを観察する。そうすると、フォークが小さな手のように見えはしないだろうか。指、掌、肘までの前腕がついた小さなフォーク。その瞬間から、やわらかいフォーク(普通のより安いフォーク)を手に取り、この器具にペンチを用いてどんな手の表情でも与えることができる。”
『ファンタジア』 ブルーノ・ムナーリ、菅野有美訳、みすず書房、63~64ページ

つまり、あるものに対する見立てやイメージを、反転させたり変化させることで視覚的に「驚き」を創り出すことができるということです。


ファンタジア

先ほどの例でも、実際には自分の眼球をボールのように飛ばすことはできないけれど、その丸い形の見立てからボールのように扱うことで「目がいろんな世界に飛んでいったら?」というイメージを相手の頭の中に創り出すことができます。

ムナーリは、この視覚的な発想自体を活用した作品を作っただけでなく、さまざまな人が生み出すことができるツールや遊び方、ゲームを数多く開発しました。絵を描く、コラージュする、手と顔と身体で表す、イメージを形づくり表すことで「視覚的な発想」を引き出すことができるのではないか、と思います。


視覚的な発想を修練させたプリントの歴史

今年、私はフランスのカンヌで開催されたヤングカンヌ、プリント部門コンペティションにアートディレクターの根岸桃子さんと一緒に参加しました。24時間の耐久コンペに参加するために、世界中のプリント広告の歴史を勉強していると、非常に多くの視覚的な想像力を活用した秀逸なプリント広告に出合いました。

ポスターやグラフィック表現には、瞬間的に意図を理解してもらうために、さまざまな見立てや比較を活用した、「視覚的な発想」がたくさん隠れています。なじみの概念に遊び心を加え、「驚き」を生み出すことで見る人を引きつける、瞬間的に伝えるということを行っています。

2018年にBNN出版から出版された『A Smile in the Mind: Witty Thinking in Graphic Design/遊び心のあるデザイン  ─視線を勝ち取る「ウィット」なアイデア』に、この「視覚的な発想」を活用した例が載っています。

例えば【MODIFICATION:変化】のページでは、主体となるイメージに、意味深いバリエーションを内在させることで、頭の中で見え方が変わる体験を作り出すことができます。「ジャズの即興演奏」を表現した雑誌の挿絵では、五線譜という誰もがイメージできる楽譜の線をぐちゃぐちゃと絡ませることで、「楽譜=流れにそって演奏するもの」が「絡む=想像つかない動きをもつ」という表現を作り出しています。

また、【AMBIGUITY:両義性】のページに載っている2004年のEconomist誌のキャンペーンでは、雑誌自体を折り曲げて配置し、脳みそのように見立てることで、雑誌にも脳みそにも見える、目の錯覚のような表現を作り、「the magazine that makes you smarter(読めば賢くなる雑誌)」(Ogilvy & Mather Singapore、2004年。34ページ)というメッセージを伝えています。

コラージュや見立てから発想を膨らませて伝える方法など、2次元でのポスター制作の歴史の中にはイメージで伝えることの面白さがたくさん詰まっています。

ちなみに、今年のヤングカンヌでのプリント部門の課題は、「2019年、冬のクリスマスキャンペーンとして、WWFで野生動物の保護への寄付を促すプリント広告のアイデアを作ってください」という内容でした。 優勝したのは、ロシアの森を上から俯瞰で撮った写真に、コピーで「アンナ、あなたのプレゼントはクリスマスツリーの下にあるよ」と伝えるものでした。あえて、「動物をみせない」という方法をとり、動物たちの存在を想像させることで、野生動物たちに寄付をしようというメッセージを伝えています。「見せずに想像させる」ということもまた、言葉と絵を効果的に活用して視覚的な想像を引き出す表現だと思います。

“Wood”© Enrico Strocchi
(画像はイメージです)
Created by modifying “Wood”© Enrico Strocchi(Licensed under CC BY-SA 2.0) 


映像の世紀と視覚の世界

さて、今私たちの日常にはスマートフォンが欠かせない存在になっています。友人が何をしているのか、世界では何が起こっているのかを、まるで本当に目ん玉を飛ばして見ているかのように知ることができます。

Instagramで自分の生活や美しいと思う世界を発信することも、Pinterestで好きな世界を集めることも、今まで保存が難しかった人々の動きの情報やしぐさもデータとして、保存できるようになっています。

今まで「言葉」で共有してきた情報や知の多くを、映像や画像でも一人一人が記録し、保存したり、伝えるツールとして使うことができるのです。

それだけでなく、映像や画像を用いた視覚的な発想をアプリやツールを使って、数多く生み出すことができるようになりました。口から出る言葉のように流暢に、スマートフォンを駆使して会話をすることができるようになったということは人類が言語のような「新しい伝え方」を獲得したともいえるかもしれません。

「新しい伝え方」を獲得した私たちは、一体どんなことを伝え、どんなふうに発想を広げていくのでしょう?

「イメージで会話する」

例えば今日は、身ぶりでも手話でも、映像でも、アニメでも。いろんな方法を使いながら家族や友人、好きな人と発想を広げ伝え合ってみてはいかがでしょうか?