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通販広告と心理学のタッグで見えてきた「現代人の購買心理」No.5

購買のカギ「右脳」は、どうすれば攻略できる?

2020/05/26

通販広告と心理学、異色タッグのプロジェクトチームが、3年かけて通販広告のデータを解析。その成果をまとめた『売れる広告 7つの法則』(光文社新書)より、全7回シリーズでトピックスをご紹介します。

人間の体にある臓器で、右と左があるものといえば、肺や腎臓。内部が左右に分かれているという意味では、心臓もそうだといえるかもしれません。いずれも人体にとって重要な臓器ですが、その左右の働きの違いについては、実はあまり知られてないのではないかと思います。

そんな中、多くの人が右と左の働きを即答できる稀有な臓器があります。それが、脳。左脳といえば理性で、右脳と言えば感情、というのは、もはや常識であるかのよう。これほどまでに右脳と左脳のことが知られているのは、理性と感情が人間にとっては別物であり、誰しもその志向の違いに困らされることがあるからでしょう。

今回は、そんな理性と感情が、ヒトの買い物行動にどのように影響しているのか、というテーマについて書きたいと思います。

あ、ちなみに、左脳が理性で右脳が感情という話には、実はとんでもない裏があるのだそうです。気になるその話は、本コラムの最後にて。

「理性」で選び、「感情」で決める、それが現代人の“お買い物” 

購買において、理性と感情は、全く別物として機能しています。商品が自身のニーズを満たしているかを「理性」を使って検討しながら、同時に、商品が自分の世界に入ってくることを許せるかを「感情」や「感覚」で審査する、それが現代人の買い物行動なのです。そのことを示す事例は、たくさん存在しています。

例えば、どう考えてもスペック的には微妙なのに、かわいいからこっちを買っちゃった、という「乙女型」の消費。これは、理性での検討結果を、感情が無視した結果生まれる購買行動です。

そして、俺はこのブランド以外は買わない、と特定ブランドを選び続ける、大人の男性に見られがちな「こだわりオヤジ型」消費。こちらは、理性では他の商品の価値を理解できていても、選ぶことは感情が許さないという、完全に感情が主導権を握った購買行動だといえます。

理性が勝つか、感情が勝つかは、人により、また買うものにより変わってきますが、総じて感情が勝つことの方が多い気がします。私個人の感覚でいえば、理性の判断に感情がハンコを押して、初めて買う許可が出る、という感じでしょうか。

いずれにせよ購買のステップにおいては、理性的な検討をする段階と、感覚・感情の面で気に入るかどうかを判断する段階は、別物として存在すると考えていいでしょう。

「理性」と「感情」に着目した、新しい購買心理モデル

そんな「理性」と「感覚・感情」の働きに着目して生まれたのが、私たちが提唱する購買心理モデル「A・I・D・E・A(×3)」モデルです。
 

AIDEA×3図


前回のコラムで紹介した第3ステップ「Discussion(対話)」は、心の中で商品の価値を自問自答するステップであり、まさに「理性」による検討のステップと位置付けられます。

そしてその直後に置かれているのが、第4ステップの「Emotion(感情・感覚)」。こちらは、商品が気に入るかどうかを、まさに理屈抜きに判断するステップとなります。

これまでの購買心理モデルでは、この理性と感情という観点はほとんど考慮されていなかったように思います。理性と感情の双方からの品定めを、例えば「検討」や「調べる」といった、理性を意味する一つのステップに押し込めているものばかりだったのです。

ですが、実際の購買行動においては、この二つは並行して機能しながら購買の決断を左右します。だからこそ私たちのモデルでは、あえて「感情」のステップを「理性」から独立させ、それぞれ別のステップとしたのです。

「感情」に訴えたら、購入者はなんと1.7倍増に。

「Emotion(感情・感覚)」は、独立したステップにするほど大事な要素である、と確信したのにはもちろん理由があります。それが、研究の過程で、次のような実験データが得られたからでした。ちょっと複雑な内容なので、頑張って説明します。

行ったのは、ざっくりいうと「理性的な情報だけを伝えた通販広告」と「理性的な情報に加え、感情・感覚を刺激する演出を盛り込んだ通販広告」の比較実験(ABテスト)です。

実は、通販広告において、感情や感覚を攻略する鉄板手法とされるのが、下図の通りのBGMとテロップの有効活用です。ポジティブなシーンでは活気のある明るい曲と上品な書体のテロップを、ネガティブなシーンではどんよりした曲と弱々しいテロップデザインを、といった具合に、BGMとテロップデザインに大幅な変化をつけた方がレスポンスが高まる、というのがこの手法です。
 

通販広告表1


実験では、この手法を取り入れ、同じ商品のテレビショッピング番組において、BGMやテロップデザインに上図のような変化をつけたもの(こちらをパターンAとします)と、BGMやテロップデザインがほぼ一定の単調なもの(こちらをパターンBとします)の二つを制作。双方を実際に放送して、それぞれ何件の受注が得られるかを計測しました。
 

通販広告表2


二つの番組は、BGMとテロップ以外の要素、すなわち商品やセールスポイントの説明の仕方、あるいは出演者やそのコメントは、ほとんどが同じものを使用しています。つまり、「理性」に関わる情報は同じであり、音楽や文字のデザインなどの「感情」や「感覚」に関わる部分のみが違うわけです。したがって、2番組の結果の差は、そのまま、「Emotion(感情・感覚)」の働きによる差を示すものと受け取ることができます。

さて、気になる結果は、次の通りとなりました。
 

受注件数グラフ

ごらんの通り、「Emotion(感情・感覚)」に働き掛けたパターンAと、そうでないパターンBの受注数の差は、なんと1.7倍に及びました。「Emotion(感情・感覚)」に働き掛けるか否かで、販促効果に1.7倍もの差が出ることが分かったのです。購買行動においていかに「右脳」が大事かが、非常によく分かる結果です。

「Emotion」の攻略は、これからのビジネスのカギのひとつ

通販において、広告以上に重要な役割を握るのがコールセンターです。私も仕事柄、コールセンターの方々とお話しすることも多いのですが、そこでセールスの成績が上位の方に話を伺うと、皆さん共通して、次のようなことをおっしゃいます。セールスの際に心掛けるコツは、「相手の頭の中に絵が浮かぶようなトークをすること」だというのです。似た話は、小売業での販売上手の方のノウハウ本などでもしばしば出てきます。

こういったことを踏まえても、現代人の購買行動において、「感情」や「感覚」、すなわち頭の中を良いイメージで埋め、ポジティブな気持ちをつくり出すことが、買ってもらう上でとても重要な役割を果たしているのは疑いようのない事実だといえます。今回ご紹介した「Emotion(感情・感覚)」は、まさにそうした役割を担うステップなのです。

競争が激しく、商品のコモディティー化が進む今の時代、商品のスペックで勝とうとすると、膨大な開発・製造コストが掛かります。そう考えると、これからの競争に勝つためには、モノづくりだけでなく、売り方づくりにも力を注ぐことが、ひとつのカギになるのかもしれません。いかにして感覚を刺激し、いかにして感情を満たすか。それができた商品が勝つ可能性が高いのです。私も、広告人として、より「Emotion」を刺激できる広告を開発できるよう、これからも頭をひねっていきたいと思います。

ちなみに余談ですが、今回の心理学者との共同研究で私が知った最大のトピックス、それが、冒頭でも触れた右脳と左脳に関する真実です。実は、「右脳=感情・感覚」「左脳=理性・理論」というのは、科学的な根拠のない、全くのエセ科学なんだそうです。脳科学的には、それぞれの機能は大脳の片側の半球に偏っているわけではない、という事実が判明しているとのこと。

にもかかわらず多くの方が、右脳と左脳の話をすんなり信じてしまうのは、やはりそれだけ皆が、理性と感覚が別ものだと感じることが多いからなんでしょうね。