日本発!小さくても逆境に勝つ「小さな大企業」スモール・ジャイアンツNo.2
新型コロナウイルス感染拡大で本領発揮した「平時のメッセージ」
2020/05/28
全国各地の未来ある中小企業を発掘すべく、「Forbes JAPAN」と電通が立ち上げたプロジェクト、その名もスモール・ジャイアンツアワード。前回に続き、Forbes JAPAN編集長の藤吉雅春氏による寄稿をお届けします。
企画=笹川真(電通)
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新型コロナウイルス感染による非常事態で、スモール・ジャイアンツ受賞企業が予想外の反響を呼び、問い合わせが殺到したケースが複数ある。
代表的な二社を紹介したい。一社は2018年に第1回目のグランプリを受賞したIoTウエアラブルのミツフジ。自社独自の銀メッキ繊維と医療用繊維により抗菌機能を持つ衛生マスク「hamon AGマスク」を開発。「50回以上繰り返し洗濯・使用が可能」という点が話題となり、3月に発表するや注文が殺到した。
もう一社は2018年の部門賞カッティングエッジ賞で次点となった大分県のエネフォレストである。同社が2006年に開発した空気環境対策のための紫外線照射殺菌装置「エアロシールド」だ。社長の木原寿彦氏は昨年発足した「STOP感染症2020戦略会議(座長・賀来満夫東北大学教授)」にも委員として参加している。
現在、エアロシールドは「毎日、今この瞬間も日本のどこかで設置されている状態」といい、問い合わせが絶えないという。
もちろん両社ともこの非常事態を想定していたわけではない。危機のときに企業の存在意義を発揮できたのは、むしろ「平時の経営」に学ぶべき点がある。エアロシールドは創業当初には一台も売れない時期すらあった。ミツフジも普段はマスクを製造している会社ではない。
危機で強みを発揮できたのはなぜか。平時の姿勢について見てみよう。
人はすぐに「自分ごと化」できない
「エアロシールド」の開発着手は2006年とかなり時間を遡る。木原氏の父親である電気技術者の木原倫文氏が製品の開発に成功。当時、セブンイレブンジャパンに勤務していた木原氏が実家に呼び戻されて販売ルートを開拓することになった。寿彦氏が話す。
「この製品を開発するきっかけは、祖父が入所していた高齢者施設で肺炎が相次ぎ、亡くなってしまう方が続いたからです。施設内の空気を測定すると、肺炎を引き起こす浮遊菌が多く検出され、空気環境を改善しないと救える命も救えなくなると危機感を感じました」
エアロシールドは室内の高さ2.1メートル以上の壁面や天井に設置し、紫外線を水平に照射することで室内上部に紫外線の層を形成する。室内の空気は自然対流するため、紫外線の照射エリアを通過した空気が殺菌されるという仕組みである。紫外線が下方照射しない仕組みなので、紫外線による人体への影響はない。これはCDC(米国疾病対策センター)のガイドラインでも有効な空気清浄法として推奨されているUVGI(紫外線照射による殺菌)という方法だ。高い評価を受けた装置なのだが、話はそう簡単に進まない――。
「展示会でブースに立ち寄りいただいたある医療関係者から『うちはパフォーマンス的に何か設置しておくだけでいいから』という声を聞きました。つまり、見せかけでいいというのです。これはショックでした。自分の親や大切な人が過ごす空間と考えたら、こんなことは言えないと思います。感染対策への当事者意識が希薄で、当社の製品を売る以前にこういう方々の意識を変えることが大事だと思いました」
エネフォレストは社長の木原氏がトップ営業を行い、少数精鋭の体制で事業を継続してきた。入社10年目の社員、藤澤美江氏が言う。「私も社長に同行して営業の仕事を手伝うことがありますが、この仕事は関われば関わるほど感染対策は重要なテーマで、その重要性を伝えなければならないと思うようになりました。ただ、お金をかけて広告を出しても伝わらないことは分かっていました。出会った方々一人ひとりに丁寧に伝えるしかない。そう思えたのです」
画期的な製品ではあったが、組織を拡大せず、地道に感染対策の啓蒙活動を続けたという。
しかし、2016年、同社は九州ヘルスケア産業推進協議会が行う第三回「ヘルスケア産業づくり」貢献大賞の大賞を受賞した。さらに、ベンチャー企業のピッチイベントなどでも注目を集めるようになった。
「会う人会う人、『資金はどうされていますか?』と聞かれるようになりました」と、木原氏は言う。エクイティ・ファイナンスの話が多数舞い込んできたのである。資金繰りでは悩むことが多かったので、「乗っかれば楽になるかな」と思うこともあった。
ただ、前出の藤澤氏はこう振り返る。「出資の話を吟味しながら、社長が悩んでいる姿をずっと見てきました」と。
木原氏が考えたのは、自社の事業の本質は何なのか、ということだった。同氏はこう言う。
「パートナーとして組むべき相手がいるとしたら、本気でこの市場をつくっていこうと思っている圧倒的に強い事業会社でなければならないのです」
赤字でも資金調達で事業を一気に拡大させるベンチャー企業は多い。しかし、「事業拡大が目的ではない」と彼は判断。エクイティ・ファイナンスの話はすべて断ってしまうのである。感染対策への意識が変わらないまま企業規模を大きくすれば、事業の本質がぶれると思えたのだ。
その後、顧客は徐々に拡大していった。介護施設に限らず、医療施設、保育園、病児保育施設、放課後児童クラブ、窓を開けて空気の入れ替えができないさまざまな場所(コールセンター、放送局、飲食チェーン、コワーキングスペース)……。そうして2017年、債務超過から脱したのである。
世に価値があるものは数多あれど、問題はその価値を人間は見ようとしないことだ。特に「平時」は「今、見る必要はない」という心理が邪魔をする。よって、商品やサービスの機能を丁寧に説明しても、あまり効果がない。
「聞く」ことで細部が詰められコンセプトは磨きを増し、伝わりやすくなる。冒頭で紹介したミツフジも「聞く」ことで、「自分ごと化できるコンセプト」を打ち出していく。
ウエアラブルIoT企業がマスク製造に着手できた理由
ミツフジは1956年に京都府城陽市で創業した繊維業の会社である。
第2回の冒頭でも紹介したが、2014年に三寺歩氏が跡を継ぐために東京の会社を辞めて戻ってきた時はすでに倒産寸前で、工場やオフィスはなくなっていた。しかし、導電性の高い銀メッキ繊維と社内に伝わる独自の織りによって、ウエアラブルIoT企業に変身。生体データを正確に取得・数値化できる「hamon」を製造販売し、今ではグローバル企業である。
業態を変身させるきっかけになったのは、やはり「聞く」という行為だ。
同社の武器である銀メッキ繊維は、消臭靴下などの抗菌防臭に使用されていた。これを少量ながら購入する複数の電機メーカーがあった。売り上げが小さいのでミツフジ社内で気に留める者はいなかったが、社長に就任した三寺氏が一社一社訪ねて歩いた。「何に使われているのですか?」と。これら電機メーカーが着目していたのは、銀メッキ繊維の導電性だった。これが、ウエアラブルIoTへの発想へと飛躍した。
そしてhamonのコンセプトとして打ち出された言葉が、「生体情報で、人間の未知を編みとく」である。人は自分のことは意外に見えていない。生体データを見えるようにすることで、自分を守るための「未来の予知」に使ってほしいというメッセージだ。
実際、2015年にヨーロッパの医療会社は「てんかんの予知」を実現させるため、ミツフジの銀メッキ繊維を選んで共同開発を行っている。
ミツフジは福島県川俣町に工場を新設。川俣町は県内でも人口減少率が高く、福島第一原発事故で避難区域に指定された時期がある。農業は風評被害にさらされていた。同社は工場設立の経緯をこう言っている。
「工場の場所を探していた時に行政から紹介を受けました。川俣町はもともと絹産業で栄えた繊維産地でもあり、東日本大震災により甚大な被害を受けた場所でもあります。ミツフジも西陣織の帯工場を祖業としており、川俣町の繊維の復興の一助になればと思いました」
この復興のシンボルとなる工場で、衛生マスク「hamon AGマスク」の開発製造が始まった。
なぜマスクだったのか。同社はこう答える。
「1月末~2月中旬くらいに複数の法人のお客さまからマスクを作れないかという打診が来始め、非常にひっ迫した状況であることを理解し、試作開発を始めました。弊社はあくまでウェアラブル製品の開発を行う企業ですが、お客様がお困りになられている現状を伺い、自分たちの技術を用いてできる限りのご対応をしたいと考えたのがきっかけです」
ミツフジもエネフォレストも、平時に顧客に訴えていたメッセージが、危機の時に効果を表したといえるだろう。会社が訴え続けていることは一体、何だろうか? そこを自問自答することが、顧客の助けとなり、困った時に「頼れる企業」として真っ先に思い出してもらえる。この信頼こそが企業価値となる。
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