loading...

令和のテレビパワーNo.3

CMヒットメーカーは、今のテレビをどう見ている?

2020/06/16

テレビCMか。いや、もうインターネット広告でしょう。

広告主のメディア選定において、テレビとインターネットが比較される時代。

広告のつくり手はテレビCMをどう捉えているのか。メディアの多様化でキャンペーン設計が複雑になる今、企業や広告制作者が持つべき視点とは。

5年連続CM好感度1位を獲得したau「三太郎シリーズ」や、トヨタ自動車「トヨタイムズ」など、視聴者が共感するテレビCMを多数手がけている、クリエイティブディレクター(CD)の篠原誠さんに話を聞きました。

7346_shinoharatext

「テレビは万能」の時代は過ぎ去ったけど…

四半世紀にわたり、私はテレビCM制作に携わってきました。ひと昔前まで、テレビCMさえ流しておけばマスにリーチできる時代でした。企業はテレビCMにあらゆることを期待していました。

思い出すのは、あるクライアントの広告制作のオリエンテーション…。

新しい商品が出て、15秒のテレビCMを制作することになりました。クライアントは、「その商品の大きさ、デザイン、新しい機能二つ、もちろん商品名もちゃんと印象に残るようにしたい」と言いました。

わずか15秒のCMに、あれもこれもとメッセージを詰め込み、生活者の印象に残るようにするなんて至難の業。頭を抱えたものです。しかし裏を返せば、それだけクライアントは「テレビは万能」と信じ、テレビなら生活者にさまざまなことを伝えられて、売り上げにつながると考えていたのでしょう。

しかし、時代は変わり、今はインターネット広告を活用するクライアントが増えてきました。その理由として、テレビの視聴率が低下したこと、スマホやパソコンが暮らしに欠かせなくなったこと、そしてインターネット広告は、クリック率やコンバージョン率など、生活者がどのくらい広告に接触して、購買につながったのかを数値で測れることが挙げられます。今、クライアントは皆、広告効果のデータを熱心に集めています。効果を測定・検証し、PDCAを回して効率化を図ることが当たり前になってきました。

これまでテレビCMをよく利用してきたクライアントも、インターネット広告への出稿の割合が増えつつあります。「テレビCMさえ流しておけばいい」という意識は、確実に変わっていることを実感します。

テレビCMのいいところを改めて考えてみた

テレビCMからインターネット広告への流れは進んでいます。しかし、商品やサービスの訴求方法として、テレビというメディアは、とんでもなく効率の良い媒体であることが見落とされていると感じます。

テレビの強みはなんといっても圧倒的なリーチ力です。インターネットの動画広告で「1億回も再生もされた」と言われると凄く感じますが、テレビCMの出稿量に換算すると、実は大したことありません。テレビは、視聴者1人当たりの広告到達コストが大変安い。

例えば、テレビなら国内全世帯の80%ぐらいにリーチできますが、それをインターネットで実現しようとすると、途方もないコストがかかります。インターネットはテレビのチャンネルに当たるサイトの数が非常に多い。イメージとしては、雑誌に近い媒体といえます。

ですから、デジタルメディアを熟知し、広告の効率を重視するクライアントほど、リーチ単価が安いというテレビの強みを理解していて、テレビに集中出稿するケースがあります。

私はインターネット広告も手掛けていますが、制作するときに痛感するのが、生活者の視聴態度や視聴気分の違いです。テレビはもともと番組とCMがセットになっているので、CMが流れても、さほど違和感はありません。一方、インターネットは、もともと広告ありきのメディアではないので、テレビほど広告に対して寛容ではない。この点をどうクリアして、広告を見てもらうか悩むところです。

…と考えてみると、テレビは相変わらず強いメディアであることは確かです。もちろんテレビCMにも弱点もあります。15秒、30秒というわずかな時間で商品内容を深く理解させるのは難しいし、ターゲットをセグメントできないので、女性しか使わない商品を男性にも訴求してしまうといった無駄打ちもある。この点は、インターネット広告の方が優れているといえます。

インターネット広告の台頭がもたらしたもの

今の時代は、「テレビCMとインターネット広告双方の強みを生かして、商品やサービスを効率的に訴求することが大事」といわれます。しかし、これは思っているほど容易ではありません。

テレビCMとインターネット広告、それぞれにどういう役割を持たせるのか?双方のトーン&マナーはどのように合わせるか?

インターネット広告には、記事広告や動画広告、SNS広告などがある。これをどう使い分けるのか?

動画の尺は、これまでならテレビ用に15秒、30秒、60秒を考えればよかった。しかし、今はインターネット用の短尺や長尺動画の制作も加わる。画像サイズも、ヨコだけでなくタテ画面やスクエアなども求められる。

人々の視聴習慣も変わりつつある。スマホでテレビ番組を見たり、テレビでデジタル動画を楽しむようになったりしている。この変化にどう対応するのか?

CDとして、テレビCMとインターネット広告双方に携わっていると、メディアごとにカスタマイズして広告をつくらなければならず、メディアを利用したキャンペーン設計が、昔に比べて圧倒的に複雑になったと感じます。これは私だけでなく、他の制作者も、クライアントも、広告会社も、みんな同じ悩みを抱えています。

広告のプロが、ますます必要とされる時代

広告をつくるとき、テレビCMだから、インターネット広告だから売れるという考えは危うい。そうではなく、どうしたら商品やサービスが売れるのか、企業やブランドの価値が上がるのかという、本質的な視点を持つべきです。何のために広告を打つのかという目的、メディアの役割と戦略を考えることが、より重要になります。

メディアを利用したキャンペーン設計が複雑になる、つまり手間暇をかけて商品やサービスを売る時代になりました。企業が困っている今こそ、広告のプロの力が頼りにされています。営業も、マーケターも、プランナーも力の差が出る時代です。

私は、商品やサービスはどれも発明品だと思っています。優れた発明品が売れれば売れるほど、つくった企業も、売った人も、買った人も得をします。CDとして力を発揮し、そのような状況になったときにいちばん喜びを感じます。

世の中から絶大な反響を呼ぶ、ホームランのような広告はあまりつくれなくても、「広告を打った効果があった」と言われるよう、ヒットを積み重ねたい。企業はお金をかけて勝負をかけて商品やサービスを世に出すのですから、「全く効果がなかった」とアウトにならないように。

PDCAを回し、効率化に注力するだけなら、広告制作はいずれAIでもできるようになるでしょう。それに商品やサービスの中には、PDCAを回すだけでは売れないものもたくさんあります。

いつの時代も広告のターゲットは人間であることに変わりはありません。出稿しているときはもちろん、広告を打つことをやめても売れ続ける。そのためには、商品やサービスがまとうブランドに、愛着が持てるかどうかがカギです。人には「これ、好きなんだよな」という感情が必ずあります。人の心に広告をちゃんと残す。この役割をテレビCMは、まだまだ担えるはずです。