余剰食材クラフトビールに学ぶ、フードロス削減。
2020/08/11
食生活ラボの未来食プロジェクト、「食ラボ研究員が行ってみた!未来の兆し体験レポート」連載の第3回のテーマは「フードロス削減」です。二つの取り組みを通して、フードロスをなくすためのポイントや考え方を、食生活ラボUpcycleチームがご紹介していきます。
さて突然ですが、皆さんはビールの起源って知っていますか?(知っているあなたは、かなりのビール通と見ました!)
ビールとパンは相性◎
ビールは、新石器時代に麦からつくられたパンが、雨などで水びたしになり、偶然発酵して生まれたといわれています。なので、ビールは「液体のパン」と呼ばれることもあり、この二つ、実はとっても相性が良いのです。そんなビールが、数千年の時を経た現代において、再びパンと巡り合うことになりました。しかも泣く泣く捨てられてしまうパンと。
余剰パンを原料にしたクラフトビール
今、世界中で大流行しているクラフトビール。その理由のひとつが、レシピの自由さにあります。麦芽とホップ以外にも、胡椒や桃など、意外な食材を使って独自のテイストをつくり上げるブルワリーが人気を博しています。
そんなクラフトビールの原料に、捨てられてしまうパンを使ったのが、ベルギーの小さな醸造所・ブラッセルズビアプロジェクト。さらに、サンドイッチに使うパンの余剰部分を使ったイギリスのToast Ale(トースト・エール)がきっかけとなり、フードロス削減のためのこの取り組みが世界中に広がっていきました。そして、日本にも。
サスティナビリティーを大切にする思想が共鳴し合う
今回まず話を伺ったのは、2019年に「bread beer(ブレッドビール)」を生み出した六本木「ブリコラージュ ブレッド&カンパニー」の生江史伸さん。そして、長野にある「アングロジャパニーズブルーイングカンパニー」(AJBブルワリー)のトーマス・リヴシーさん、絵美子さん、佐藤孝洋さんです。
「誰だってチョコレートを捨てたらもったいないと思うでしょ?それは、チョコレートがおいしいからなんです」(生江さん)
ブリコラージュでは、まずはパンの売れ残りをなくすことを第一に考えていると生江さんは言います。実際に、毎日ほぼすべてのパンが売れ切れになるそうです。その上で、余ってしまったパンは畑の堆肥にするなど、廃棄をゼロに近づける取り組みを開店以来ずっと続けています。それでもどうしても余ってしまう“パンの耳”的な部分があり、なんとか活用する方法を模索していたときに、「0 waste=ごみ・無駄のない」ライフスタイルの提案を行う活動「530week」の中村元気さんの紹介で、AJBブルワリーのリヴシーさん夫妻と出会いました。
「おいしくならないなら、余剰食材を使っても意味がない」(トーマスさん・絵美子さん)
AJBブルワリーも、ビール醸造に使ったモルトかすを畑の肥料として再活用したり、牛の飼料として近隣の農家に提供するなど、ほぼ100%廃棄なしでのビールづくりに取り組んでいました。
余ってしまったパンを使ってビールをつくる話はすぐに実現に向けて動きだしました。両者の意見が一致したポイントは、「おいしさにこだわる」というところ。生江さんは言います。「誰だってチョコレートを捨てたらもったいないと思うでしょ?それは、チョコレートがおいしいからなんです。だから余剰食材で、同じくらいおいしいものがつくれれば、食品ロスは削減できるはず」。リヴシー夫妻も「ビールがおいしくならないなら、余剰食材を使っても意味がない」と語ってくれました。
bread beerに使うのは、ブリコラージュブレッドの余り部分。オーブンでカリカリに焼かれた状態でAJBブルワリーに届きます。佐藤さんによると、最初の仕込みは生のまま試し、2回目から香ばしさをより引き出すために、ひと手間かけて焼くことにしたそうです。保存期間も延びるので一石二鳥です。
このパンに合わせて、モルトやホップなどを選びます。「パンが持っているキャラクターをどう引き出すかを考えてレシピをつくった」と、トーマスさん。生江さんからは唯一「できるだけ多くの人が楽しめるテイストに」という依頼があったそうです。2度目のトライを経て、3回目のバッチでつくったビールが、商品としても発売されることになりました。最初の仕込みから5カ月ほどのスピードでした。
パンからできたビールということで、ひと口飲んでみると、とても優しい口当たりです。ブリコラージュブレッドで使われているライ麦が、独特のスパイシーさを醸し出していて、ビールにするときにブレッドをローストしているので、その香ばしさも感じます。ひと言でいうと、飲みやすさと独特の特徴が合わさった、とてもおいしいビールです。
「おいしいこと」の意味
今回いちばん印象に残ったのが、「おいしさ」に徹底的にこだわっているところです。食品ロスを減らすというメッセージを発信することも大事。だけど、人は理念だけでは良いことを継続できないものだから、おいしいクラフトビールをつくることで、みんなに長く愛され、食品ロス削減を持続的なものにしていくという考え方がそこにはあります。食品ロス削減のためにつくられたビールであることを知らずに、多くの人がbread beerを楽しんでくればいいという思いが伝わってきました。
RecycleからUpcycleへ
このbread beerのように、余った食材を単にRecycleするのではなく、「別のものとして新たに命を吹き込むことを“Upcycle”という」。取材の中で絵美子さんにそう教えてもらい、今後フードロス削減を持続可能な形で定着させていく上で、“Upcycle”という考え方はとても重要になるのではないかと感じました。bread beerはさらに、その売り上げの1%が530weekの活動費用に充てられ、その正のスパイラルが広がる仕組みづくりからも大きな学びがありました。
「ゼロ・ウェイスト宣言」のまち上勝町とクラフトビール
今回もう一人、話を伺ったのが、「ライズアンドウィン ブルーイングカンパニー」のファウンダー田中達也さん。田中さんのブルワリーは徳島県上勝町にあります。
上勝町といえば、2020年までにごみをゼロにする「ゼロ・ウェイスト宣言」を、2003年に日本で初めて出した自治体です。町内に1カ所だけ「ごみステーション」があり、持ち込まれたごみは45種類(!)に分別されます。2019年には80%以上のリサイクル率を達成。NPO法人「ゼロ・ウェイストアカデミー」の理事長がダボス会議の共同議長に選ばれたこともあり、外国からボランティアとして訪れる人もいる、今世界が注目するサステナブルな暮らしに挑戦している町です。
「良い取り組みを続けるためには、利益を生むことが必要」(田中さん)
田中さんは上勝町の「ゼロ・ウェイスト宣言」をドライブするために、企業として関わっています。「良い取り組み続けるためには、利益を生むことが必要」と考え、ゼロ・ウェイストを説明しなくても伝わるように形にしたのが上勝独自のクラフトビールです。
当初は、上勝百貨店というパッケージのない量り売りのお店をスタートしましたが、事業として成り立たず計画の変更を余儀なくされたといいます。理念だけでは事業は成り立たないことを学び、次の構想を考えている段階で、田中さんはクラフトビールに出合いました。クラフトビールに目をつけた理由は二つです。
ライズアンドウィンのUpcycle
一つは、原料として上勝町特産の柚香(ゆこう:ユズとダイダイの自然交配種)を生かせると思ったから。果汁を絞った後の皮が毎年のように大量廃棄されていたのに目をつけ、柚香を使ったレシピのクラフトビールを開発しました。これもまさに廃棄食材に新たな命を吹き込む“Upcylce”です。
ビールそのものが上勝町のゼロ・ウェイストを体現する存在となり、そのおいしさが評判になるにつれ、3年目から事業としても軌道に乗り始めたそうです。
もう一つは、クラフトビールを通して上勝町の取り組みを積極的に発信できると考えたからだといいます。実際、田中さんは上勝のビールを飲めるお店を東京にもオープンしました。お客さんの多くは、ビールを飲む中で初めてごみゼロについて知るので、そのサイクルを広げるためにも「おいしさ」には特にこだわっているといいます。
さらに「デザインが魅力的なこと」も重要だと考え、デザインや建築のプロフェッショナルを迎え、共に事業を進めています。その言葉通り、プロダクトをはじめとし、ライズアンドウィンで目にするものはすべてがカッコいい。お店やブルワリーの建築も魅力的で、一度足を運んでみたいというワクワクした気持ちにさせられます。2017年にブルワリーを拡張する際には、イギリスの有名建築スタジオに突撃で依頼をしに行き、理念に共感してもらってプロジェクトを実現させたほど。
2020年6月には新しいゼロ・ウェイストセンターWHY(ワイ)もオープンさせ、ごみゼロの取り組みを加速させる田中さんの挑戦はさらに続いています。
Upcycleの拡張
今回はフードロス削減をテーマに、クラフトビールのUpcycleというアプローチを見てきました。この手法はもっと多くの食材でも生かすことができるので、持続可能なフードロス削減のひとつの形になるのではないかと思いました。これからも食ラボUpcycleチームでは新しい価値の生み出し方を考えていきたいと思います。