複数の「リアリティー」がかなえる「場所」と「人」との関係。
2020/09/04
お互いの距離は離れていても、テクノロジーを上手に使うことで、今までよりも近くに感じられる。ちょっとした発想の転換で、まったく新たなつながりが生まれる。新型コロナをきっかけにして始まりつつある新しいライフスタイルは「リモコンライフ」(Remote Connection Life)といえるものなのかもしれません。リモコンライフは、Remote Communication Lifeであり、Remote Comfortable Lifeも生み出していく。そうした離れながらつながっていくライフスタイルの「未来図」を、雑誌の編集長と電通のクリエイターが一緒に考えていく本連載。
5回目は「WIRED」の編集長・松島倫明さんに伺いました。
<目次>
▼【リモコンライフストーリー#05 オンラインフェスの新しい楽しみ方】
▼ キーワードは、「MIRROR WORLD(ミラーワールド)」
▼ 一つの「場」が、世界中で体験できるようになる
▼ 現実(リアリティー)は、一つじゃなくなる
▼「場」の情報化から生まれる新しいビジネスモデル
▼ 2020年代までは、「インターネットの黎明期」
【リモコンライフストーリー#05 オンラインフェスの新しい楽しみ方 】
(カワバタ メイ/IT系スタートアップ勤務/28歳の場合)
在宅ワークの広がりによって、「都心のオフィス」でしかできないと思っていた仕事や会議が実は家でもできるということを多くの人が体験しています。それは、「都心のオフィス」がその場所としての優位性を失ってしまったともいえるでしょう。松島編集長は、このまま社会の情報化が進むと「あらゆる『場』がその特異性や優位性を失って『コモディティー化』する」と言います。
そんな松島編集長の示唆をもとに、「場」のコモディティー化が進むと、どのような世界が実現するのか?どんな新しいビジネスが生まれるのか?ちょっとしたストーリーにまとめてみました。
野澤友宏(電通1CRP局)
イラストレーション: 瓜生 太郎
「今年はオンライン開催だってさ…」メイは、この毎年参加していた音楽フェスのそのニュースを目にした途端、即、メグミに電話をした。メグミとは高校からの親友で、このフェスを10年間汗まみれになって楽しんできた。「ま、しゃーないよ」とメグミは特にがっかりした様子もなく言った。「やってくれるだけマシでしょぉ」
去年は、新型コロナの感染拡大が懸念される中、数万人を集めるフェスが中止になるのは当然だった。今年になってからは感染もかなり収束していて、音楽系のイベントも開催されるようになってきている。このフェスも、規模を縮小するなどして開催されるものだと甘い期待を抱いていた。が、まさかオンラインでの開催とは…。メイは、数万人とともに盛り上がるあの高揚感を今年も体感できないかと思うと気分が沈んだ。
「実はさ……」とメグミがボヤき続けるメイを励ますように明るく言った、「フェスのフランチャイズ権を買ってさ、地元のみんなと一緒に盛り上がろうと思ってるんだよね。メイも来ない?」メグミはメイの故郷である瀬戸内海に面した小さな街でミュージシャンの旦那さんとカフェをやっている。地元のアーティストを集めて定期的にライブを開催したり、音楽好きが集まるカフェとしてそこそこ有名になっていた。広島や岡山でライブをやった名の知れたアーティストたちが立ち寄ったりもしているらしい。
「家でひとりで見るより、みんなで見た方が楽しいかと思ってぇ」無人島にあるキャンプ場に地元の音楽仲間30人くらいを集めて、フェスをライブで楽しむのだという。サッカーでいうところのパブリックビューイングみたいなものか。キャンプ場では、もともと地元のミュージシャンがライブを開催したり、キャンプしながら映画を見るイベントなんかも開催していて、爆音を鳴らしても近隣住民に迷惑をかけることはないらしい。もちろん入場料を取るわけにもいかないので、参加者にはキャンプ場代と機材費をワリカンで出すことになる。それでも、そのフェスにリアルに参加するよりはかなりリーズナブルだった。「絶対、絶対、絶対に行く!」とメイは力を込めて宣言した。
フェス当日、無人島の空は快晴。キャンプ場に設置された大きなスピーカーからは、爆音で音楽が放たれている。スクリーンの中の野外ステージ上ではアーティストが演奏し、客席に合成された数万のアバターたちが大きなうねりをつくっていた。「やっぱりフェスは体を動かしてなんぼだよねー」とメグミがメイに向かって叫んだ。
メイの周りでは、20人くらいの若者たちが汗だくになって体を動かしている。キャンプ場は思った以上に広く、ソーシャルディスタンスを十分に保つことができていた。「ホント、最高だねー!」とメイも体を激しく揺らしているメグミに言った。数万人の熱狂の中で体感する高揚感はもちろん快感だが、これはこれで悪くない。みんなが顔見知りという親密さが手伝って、会場の一体感はどんどん増していった。
「ああ、終わってほしくないなぁ…」この10年間感じ続けてきた感覚が、メイの中に沸き起こる。スクリーンの中のアバターたちの感情とリアルな自分の感情が不思議なくらいマッチした。日が暮れて、海外の“大物”アーティストの演奏が終わるとオンラインフェスも終了となった。それでも、キャンプ場の熱気は収まりそうにない。
そんな気配を察して、メグミの旦那さんがアコースティックギターを肩にかけながらみんなに叫んだ。「俺も一曲やっちゃっていいですかー!」「イエーイ!」「もちろんー!」「やっちゃってー!」キャンプ場の熱気が、さらに高まる。数万人が1カ所に集まる熱狂もいいけれど、こんなふうに小さな熱狂が日本中のあちこちに起こっているのも面白い。もしかしたら、ここに来たかったけれど仕事の都合で来られなかった人たちもいるかもしれない。そんな人に、ここからオンラインで配信できたらいいのになとメイは強く思った。そして、汗だくで体を動かし続けるメグミに向かって叫んだ。「オンライン、最高かもー」
(このストーリーはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)
キーワードは、「MIRROR WORLD(ミラーワールド)」
上記の「リモコンライフストーリー」のヒントにさせていただいた「WIRED」編集長・松島倫明さんのインタビュー内容を、ぜひご覧ください。
「WIRED」では、は去年「MIRROR WORLD(ミラーワールド)」というテーマで特集を出しました。地球そのものを含めたあらゆるものがすべて情報化され、「フィジカルな地球」と「情報化された地球」の二つが重なり合うというような世界観です。2020年代はミラーワールド化に向けて世界が進んでいくと思っていたんですが、新型コロナをきっかけに一気に進んじゃった気がしますね。 打ち合わせや飲み会がZoomになったり、瞑想やヨガのセッションがオンラインで世界中とつながったり。オンラインによって何が伝えられて何が伝えられてないのか?どうすればオンラインでももっと親密さを感じられるようになるのか?世界中の人々の間で、そんな壮大な実験が始まっているなって、感じますね。
一つの「場」が、世界中で体験できるようになる
「ミラーワールド」に移行して地球上にある物理的なものがすべて情報化すると、「場」というものが一気に「コモディティー化」、つまりどんな場所であれ「個性」を失い、他の場所と「大差のない状態」になってしまいます。分かりやすく説明しますね(笑)。インターネットの出現で、それまで本の中にしかなかった情報がデジタル化されて世界中の人がアクセスできるようになりました。
SNSの登場によって誰と誰が友達かという情報が全部デジタル化されて、人間関係を可視化することができました。ミラーワールドが進んでいくと、その他の物理的なものがすべてデジタル化されることになって、世界中のあらゆることが一気に検索可能になります。つまり、「場所」という本来動かすことができなくて、そこに行かなければ体験できなかったものでも、それがデジタル化された瞬間に世界中の人がアクセスできるようになるんです。
例えば、 金閣寺をすべて3Dスキャンして、庭園から金閣寺の中に入るまでを全部バーチャルリアリティーで再現します。すると、一生日本に行くはずのなかった世界中の人たちが「金閣寺に行った」という体験ができるようになる。しかも自分の好きな季節を選べるかもしれないし、貸し切りでエンジョイできる。それはリアルな体験ではないんだけれども、今までだったら絶対に体験できない人たちに門戸が開かれる。そういう意味で、一気に「場」のコモディティー化というものが起こると思うんですよね。
現実(リアリティー)は、一つじゃなくなる
AR(オーグメンテッドリアリティー)、VR(バーチャルリアリティー)、MR(ミクストリアリティー)というものがあるのと同じように、現実そのものもRR(リアルリアリティー)として、複数ある「リアリティーズ」の中のひとつになっていきます。リアルリアリティーに行くことは、僕らにとっては選択の一つにすぎないんです。例えば、インスタとかですごくキレイだと感じた海岸の夕陽でも、実際に行ってみると「なんかインスタほどじゃないな」と感じてしまうことはよくあります(笑)。世界中の観光地でも実際に行ってみると看板が目立ってたりとかして、「リアル=あんまりキレイじゃない」みたいな話にもうなってると思うんですよね。リアルじゃない方がキレイだし心地いいから別のリアリティーを選択する、なんてことが起こりつつあるんじゃないでしょうか。
考えてみれば、クラシック音楽は生演奏が基本で、それを聴けるのは王侯貴族だけだったわけです。それが、150年前ぐらいにレコードができて蓄音機で聴くことができるようになった。それはリアルに聴く音楽が音楽だと思ってる人から見たらクソみたいなもんだったと思うんです(笑)。
でも今となってはレコードで音楽を聴いても感動するし、誰も「これは本当の音楽じゃない」なんて言いませんよね。それと同じことが、今後、「場」ということについても起こってくると思いますね。
「場」の情報化から生まれる新しいビジネスモデル
「情報は無料になりたがる」っていう言葉があるんですが、実は、「正しいタイミングで正しい内容の情報っていうのは高価になりたがる」という言葉とセットなんです。「場」という情報も、きっと、メディアの中で無料になっていく情報と希少性によって高額化していく情報に分かれていく。それを、どう振り分けてビジネスモデル化していくかが、これからの10年なのかなと思います。
もしかしたら、「場」の二次創作というか、まさに今DJがいちばん音楽家として稼いでいるのと同じように、「場」をどんどんつなげていくというビジネスが生まれてくるかもしれません。例えば、アメリカの砂漠で行われているフェスを世界中の地域ごとにフランチャイズ化して、それぞれの地域がオンラインでオーガナイズしていく、なんてことも可能になってきます。リアルな「場」とバーチャルの「場」の行き来みたいなものをどう設計するかで、新しい楽しみ方がどんどん出てくる気がします。
2020年代までは、「インターネットの黎明期」
2030年から振り返ると、「インターネットってサービスとしては90年代から始まったんだけど2020年まではまだ何も起こってなかった」なんてことになる気がします。すべてが情報化されてネットワークでつながった後、世界で何が起こるのか?インターネットの醍醐味を本当にみんなが体験し始めるのは、これからだと思います。そういう時代の中で、「WIRED」の使命は、人間とテクノロジーのある種適切な関係性を見つけていくことです。
その際のキーワードになるのが「ノンバイナリー」っていう言葉。簡単にいうと、あらゆることを「二分しない」という姿勢です。デジタルの世界は、0と1の信号で世界を組み立てますが、量子論の世界は「0でもあり1でもある」世界です。 「オンラインではこうで、リアルではこう」とか「デジタルではこうで、フィジカルではこう」というふうに二項対立で物事を考えずに、いかにノンバイナリーに両方をクロスオーバーしていけるかという読解力が、今後ますます重要になると確信しています。そうすることであらゆる可能性を広げられるし、僕らが求めているイノベーションが生まれてくると思うんですよね。本当に。
【リモコンライフチームメンバーより】
松島編集長のお話の中から見えてきた、リモコンライフをより楽しむためのキーワードはこちらです。
◉ 地元のお店をSNSで讃えながら消費する「地賛地消」
◉「MIRROR WORLD」
◉「場」のコモディティー化
◉「場」の二次創作
◉ リアリティーの複数化
◉ 同じ釜の飯を食う仲間2.0
◉ 新ロマン主義
◉ 2020年代まではインターネットの黎明期
◉ ノンバイナリー
◉ 不惑の時代
新型コロナウイルスで、私たちのライフスタイルはどう変わるのか──人々の暮らしの中にまぎれたささいな変化や日々の心の変化に目を向け、身近な “新常態”を未来予測し、新たな価値創造を目指したい。この連載では「リモコンライフ」という切り口で、その可能性を探っていきます。