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新型コロナがもたらす「リモコンライフ」No.6

「つながる技術」を「つなぐ人」が、会社も社会も幸せにする

2020/09/08

お互いの距離は離れていても、テクノロジーを上手に使うことで、今までよりも近くに感じられる。ちょっとした発想の転換で、まったく新たなつながりが生まれる。新型コロナをきっかけにして始まりつつある新しいライフスタイルは「リモコンライフ」(Remote Connection Life)といえるものなのかもしれません。リモコンライフは、Remote Communication Lifeであり、Remote Comfortable Lifeも生み出していく。そうした離れながらつながっていくライフスタイルの「未来図」を、雑誌の編集長と電通のクリエイターが一緒に考えていく本連載。
6回目は「日経トレンディ」の編集長・三谷弘美さんに伺いました。


<目次>
【リモコンライフストーリー#06 新しい祝福のカタチ】
「テレワーク」このまま続き、「おうち時間」は一時的
高まる「コト消費」への渇望
5GやVRの行方
リモートワークに必要なのは「お節介」
全社の情報をつなぐ「俯瞰力」
雑誌は「コミュニティ」へと立ち戻る

 

【リモコンライフストーリー#06 新しい祝福のカタチ】

(カツミ アヤコ/メーカー勤務/33歳の場合)

ここ数年の間に、消費者の意識は大きく変化し、「モノ消費」から「コト消費」という大きな流れをつくってきました。しかし、新型コロナの影響でライブ・演劇などのイベントや旅行などの「コト消費」はすべてストップ。このまま全てのエンターテインメントがオンラインに置き換わるのかというと、「そうはならない」と三谷編集長は断言します。「ここから先はリアルでの接点がますます貴重になり、そこへの渇望も、もっと高まっていきます」 

そんな三谷編集長の示唆をもとに、「リモコンライフ」で、「コト消費」はどんな変化を遂げるのか?5GやVR(バーチャルリアリティー)といった新しい技術はどう活用されるのか?ちょっとしたストーリーにまとめてみました。

野澤友宏(電通1CRP局)

リモコンライフイラスト
イラストレーション: 瓜生 太郎


「結婚式は島で挙げることにしたから」妹のカヨからZoomでそう聞いた時、アヤコは「あ、そう」と平然と答えた。おばあちゃん子だった妹は、ずっと前から祖母にウエディングドレス姿を見せたいと言っていたので、そう驚くことでもない。祖母は5年ほど前に骨折したのをきっかけに、ほとんど寝たきりで、結婚式のために島を出るのはかなり難しかった。アヤコ自身、島にはコロナ騒ぎ直前のお正月に行ったきりで、祖母にも2年近く会えていない。

「で、どこまで呼ぶつもり?」「どこまでって?」「親戚とか友達とか、何人くらい呼ぶのかってこと」「そうだなぁ、300人くらいかな……」「300人?あの島のどこにそれだけの人数が入る結婚式場があるっていうの?」アヤコは思わず大きな声を出して聞いた。「あるわけないじゃん!」とマキは目を丸くして言った。「島に行くのは私たちとお互いの親だけだよ」

カヨの話では、アヤコを含めた在京の家族や親戚、友達、会社の同僚たちは東京の披露宴会場からオンラインでつなぎ、他に大阪、イギリス、ローマ、ニューヨーク、ロサンゼルスともつなぐのだという。「たくさんの人に東京まで来てもらう旅費を出して、おまけに島でも小さな結婚式を挙げて、って考えたら、全然安上がりなわけよ」アヤコもニュースで、全国に散らばる結婚式場やレストランをオンラインでつなぐリモート結婚式「リモ婚」が増えている、と聞いたことはあった。

「で、会社の人は、何人くらい来るわけ?」「んー、そうだなぁ」とカヨはちょっと考えて言った。「多分、全員来ると思う」「全員!?」とアヤコは平然としている妹に向かってもう一度大きな声を出した。「あんたの会社何人いるのよ?」

カヨの会社は社員100人前後と規模こそ大きくないが、ウェブ動画の話題作を数多くつくっている。経営の透明化が徹底されていて、ビジネス上のやりとりのほとんどがチャットツール上に公開されているという。社長の会話も全部公開というから驚きだ。カヨの仕事は、社内で「お節介屋さん」と言われているそうで、公開されている社内の会話から情報をキャッチしては「◯◯さんの案件では著作権についての情報が欲しいみたいなので、△△さん教えてあげてください」といったように、社員同士をつないでいるらしい。困っている人はもちろん、まだ表に出てきていないけれど困りそうなことまでケアすることで、社員からは喜ばれることが多いようだ。

「あんたにピッタリの仕事じゃないの」アヤコは、自分の会社の話をいかにも楽しそうに話すカヨを羨望のまなざしで見つめた。「ほんと、自分でもそう思う。会社の人とは全員Facebookでつながってたりするからさ、この人とこの人が友達になったら楽しそうだなぁと思ったらつないであげたりする。意外にハマってプライベートでも遊んだりするようになるんだよね」「ちょっとしたお見合いババアって感じ?」「そうそう」と言ってカヨが大きな口を開けて笑った。「ほんとにそう呼ばれたこともある。せめてキューピッドって呼べって言ってる」

アヤコの会社でも、リモートワークが前提になってから社員同士の付き合いが少なくなっている。ウマの合いそうな社員同士をつないだり、飲み会をセッティングしてくれる人がいたら確かにうれしいかもしれない。アヤコの頭の中に「お節介屋さん」になれそうな社員が何人か浮かんだ。「で、新婚旅行は、どこ行くか決めたの?」「うん、ローマにした。おばあちゃんがさ、行きたいっていうからさ」「は?おばあちゃんも連れていくの?」「うん、そうだよ」と、カヨは手のひらに乗るくらいの小さなロボットを取り出して言った。「ジャーン、これがおばあちゃん2号です」「なんだ、ロボットかぁ」

カヨの旦那さんになる人は海外出張が多く、海外に行くときは必ずこの「身代わりロボット」を連れて行くらしい。新婚旅行の間も「身代わりロボット」と一緒に行動し、祖母にローマ観光を楽しんでもらうそうだ。「VRのヘッドセットで見ると、思った以上に『行った感』出るんだよね」コロナをきっかけに思うように海外旅行ができない中、自分の分身となるロボットを託して旅行気分を味わう「身代わり旅行会社」がシニアの間で密かな人気を集めている。アヤコの目に、VRのヘッドセットをしてはしゃぐ祖母の姿がありありと浮かんだ。アヤコ自身もローマには行ったことがなかったし、3歳の息子と一緒にローマを味わいたくなった。

「全然オッケー!旅行中は、ずっと連れて歩いてるし、会社のみんなも楽しみにしているみたい」「それ、もはや新婚旅行じゃなくて社員旅行だね」結婚式は小さな島で挙げ、東京や全世界の披露宴会場とつなぐ。ロボットと一緒に新婚旅行に行って、VRでおばあちゃんと一緒に楽しむ。技術としてはコロナよりも前にあったものばかりだけれど、コロナがなければ妹もそんなことをしようと思わなかっただろう。

「お姉ちゃんって、新婚旅行どこ行ったんだっけ?」「うちはもうコウタがおなかの中にいたから、どこにも行ってないんだよねー」「じゃあさ」とカヨが画面に顔を近づけながら行った、「みんなで一緒にローマに行かない?コウタも生で見た方が喜ぶと思うんだよねぇ」「出た、得意技のお節介」アヤコは笑って答えながら、ローマの街の中ではしゃぐ息子を想像した。

(このストーリーはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)

 

「テレワーク」このまま続き、「おうち時間」は一時的

上記の「リモコンライフストーリー」のヒントにさせていただいた「日経トレンディ」編集長・三谷弘美さんのインタビュー内容を、ぜひご覧ください。

リモート取材に応じていただいた日経トレンディ 三谷編集長(下段は、電通の「リモコンライフ」チームメンバー)
リモート取材に応じていただいた日経トレンディ 三谷編集長(下段は、電通の「リモコンライフ」チームメンバー)

「テレワーク特集」はまさにゴールデンウイーク発売の号で「売れ行きとかは関係ないから、とにかくつなげるだけつなげよう」というモチベーションで出したのですが、なんとこれが!書店が開いていないのにもかかわらず予算よりも多く売れて非常に好評だったんです。それに引き代え、次に出した「部屋づくりベストバイ」という特集号はイマイチ響かなかった。どちらも「今、みんなが気になっていること」を形にしたものでしたが、結果的には大きく差がついた。

もちろん、雑誌の売れ行きには雑誌の出来不出来が関係するので一概には言えませんし、テレワークはすごく社会を変えると思うんですけども、「おうち時間」とか「巣ごもり」は一時的なものかなと私は見ています。「Zoom飲み」がいくら流行っても、やっぱり友達と居酒屋で飲んでる方が楽しいというのが事実ですよね。「もう一生あなたとはZoom飲みでいいよ」って思った人はたぶん誰もいない(笑)。でも、「テレワーク」には「あ、これ、いけるじゃん。ずっとこれでいいじゃん!」「この体制なら今までの悩みが解決するよね!」という実感があったと思うんです。

ただ、この「テレワーク」の流れってコロナの前からあった。既に動きだしていた流れに沿ったものはどんどん加速し、一時的な感染症対策のためのものはやっぱり元に戻るということかもしれません。 

高まる「コト消費」への渇望

今、「コト消費」は翼を取られたような状態ですよね。ライブも行けないし、イベントも全部中止になってしまった。この先、アーティストのグッズを買うだけで満足するとか、オンラインに全部置き換わることはないと思います。むしろリアルのイベントや出会いは、もっともっと貴重なものとして、むしろ加速すると思っています。 

ライブやイベントなどのエンターテインメント産業は今は壊滅的に見えても、間違いなく需要は戻ってきます。エンターテインメント産業が衰退の方向にいかないように守っていきながら、コロナが収束した後にもっと違う形で盛り上がることを期待しています。

5GやVRの行方

例えばVR(バーチャルリアリティー)も、「田舎の親たちにVRで、あたかも一緒にいるような体験を味わわせてあげたい」とか「足が悪い人をハワイに行ったような気分にさせてあげることはできないか」とか、今までできなかったことを実現する方向に使われるなら、普及するのではないかと思っています。一方で、今までできていたことをVRに置き換えるのには慎重になると思うんですよ。若い人たちが集うフェスをVR化しようとすると、「ちょっと違うよな……」と違和感が先行する。むしろ否定的になるかもしれないですね。5GやVRは、まったく新しい価値を生み出す方にサービスの進化が起こるとみています。

結婚式をリモートでやる人が出てきましたよね。式そのものをオンラインで代替するのではなくて、今までだったら呼ぶのを諦めていた遠方の親族や外国にいるホストファミリーの人を「オンラインでつなげる」という新しいサービスが出てくると思います。そのとき大切なのは、「リアル」と「バーチャル」の両方をバランスよく「ハイブリッド」に採用すること。コロナ前のことを「バーチャル」で代替するのではなく、コロナはもはや関係なく、今まで物理的に無理だったことを実現させる方向ではないでしょうか。 

リモートワークに必要なのは「お節介」

「会いたい人には会いたい」からどうにかして会いに行く。「会わなくていい人」には極力会わないで済むようにする。オンラインとオフラインの使い分けが進んでいく中で、「会議はどんどんリモート化していこう」という流れは間違いなくありますね。会議の頻度を簡単に高められて、情報をシェアしやすくなります。一方で会社にみんなでワーッと集まると、それだけでものすごい情報量を交換できる実感もあるんですよね。なので、そっちもなくならないと思うんですよ。あと、その場にいる人をなんとなく紹介するというような、オフラインで自然にやっていたことをオンラインでもできるようにしたいですね。「この人に会うといい」という理由まで的確に伝えて「いつ会うのか」具体的な行動にまで落とし込む必要がある。今までだと「そこまで口を出さなくても」と言われそうな「お節介」が、今はホントに助かっています(笑)。

全社の情報をつなぐ「俯瞰力」

今は私たちもTeamsで情報を管理しているんですけども、上層部のやりとりも他のチームのやりとりも全部Teams上に公開して、誰でも同じ情報にアクセスできる状態が理想だと考えています。全部フラットに見える化できると、「あ、こんな話、Bチームで進んでたんだ。じゃあ、Aチームはやらなくてよかった。無駄が省けた」みたいなことができるんですよ。「ちょっと今困っているって読んだんだけど、これ、うちのチームが持ってるから使ってみない?」というお節介ができるっていうのがTeamsの新しい使い方として出てくるかもしれませんね。もしかしたら、専門的に全社を「俯瞰してお節介する人」みたいなポジションが出てきてもおかしくないですね。

雑誌は「コミュニティー」へと立ち戻る

雑誌そのものも、オンラインとオフラインの両方を「ハイブリッド」に使い分けながら発信していきたいと思っています。「日経トレンディ」を好きな人が集まるコミュニティーを、私たちはあんまりつくれていないんですけども、たぶん「日経トレンディ」を読んでいる人同士ってなんとなくシンパシーを感じて仲良くなりそうな気がしています(笑)。好きなものが近いということは、自然と「コミュニティー」を形成するきっかけになるじゃないですか。

ちょっと前の80年代90年代は雑誌が大きな力を持って「マスメディア」と呼ばれてきましたが、今後は、また小さい所帯に戻っていくというか、「コミュニティー」をうまくつくりながら残っていかないといけないなと思っています。雑誌というメディアで情報を発信しながら、オフラインで「『日経トレンディ』が好きな人が集まってワイワイ話すような場」を提供する、そのどっちもやっていきたいですね。


【リモコンライフチームメンバーより】

三谷編集長のお話の中から見えてきた、
リモコンライフをより楽しむためのキーワードはこちらです。

◉リモ婚 
◉身代わり旅行 
◉身代わり旅行会社
◉お節介業 
◉会社の会話が全て公開チャット
◉オンラインお見合い

新型コロナウイルスで、私たちのライフスタイルはどう変わるのか──人々の暮らしの中にまぎれたささいな変化や日々の心の変化に目を向け、身近な “新常態”を未来予測し、新たな価値創造を目指したい。この連載では「リモコンライフ」という切り口で、その可能性を探っていきます。