会社は、人と人とが「会う社」。オフィスは、会社を表す「表紙」
2020/09/11
お互いの距離は離れていても、テクノロジーを上手に使うことで、今までよりも近くに感じられる。ちょっとした発想の転換で、まったく新たなつながりが生まれる。新型コロナをきっかけにして始まりつつある新しいライフスタイルは「リモコンライフ」(Remote Connection Life)といえるものなのかもしれません。リモコンライフは、Remote Communication Lifeであり、Remote Comfortable Lifeも生み出していく。そうした離れながらつながっていくライフスタイルの「未来図」を、雑誌の編集長と電通のクリエイターが一緒に考えていく本連載。
7回目は「BRUTUS」の編集長・西田善太さんに伺いました。
<目次>
▼【リモコンライフストーリー#07 アイデアがあふれる場所】
▼ 現場には、リモートでは得られない「発見」がある
▼ オフィスは、会社を象徴する「表紙」
▼ 家が「仕事場」になる時、建築家のデザイン力がものを言う
▼ 都市圏にある機能を、ローカルに持っていくとしたら?
▼ 新しい街の、新しい楽しみ方
▼ これからの時代、雑誌の強さとは?
▼ 今、必要なのは「平衡感覚」
【リモコンライフストーリー#07 アイデアがあふれる場所】
(ノザワ トモキ/金融会社勤務/44歳の場合)
世の中の多くの会社でリモートワークが推奨されると、都心のオフィスが「仕事場」としての役割を失い、代わりに住宅が「仕事場」として使われるようになる、と西田編集長は言います。このことが、オフィスそのものの意味や住宅のあり方、街のつくり方にどんな影響を与えるのか?西田編集長の示唆をもとに、ちょっとしたストーリーにまとめてみました。
野澤友宏(電通1CRP局)
イラストレーション: 瓜生 太郎
──新しいアイデアが出にくくなった。会社全体で在宅ワークが基本になり半年がたったあたりから、社内でそんな話が聞こえるようになった。トモキ自身、会議室よりもリモートの方が活発な意見交換ができている実感はあったが、なんというか、「余計なこと」を言いにくくなったようにも感じていた。その場に必要なことは言いやすくなっているのだが、まだまとまっていない考えやふとした思いつき、ちょっとした愚痴や不平不満などは「今でなくてもいっか」と飲み込んでしまう。リモート会議で活用できるブレストツールも開発されているし、週イチで「リモート雑談会」などを試みてはきたのだが、トモキの「商品企画部」に限っては、これといった成果を出せていなかった。
そんな思いはメンバー8人全員に共通するものだったのだろう。「毎週金曜日を『出社日』にしようと思うんだが」と、リモート雑談会でトモキが提案してみたときも、特に反対するメンバーはいなかった。「ただし、打ち合わせや会議の予定を入れないこと」チームリーダーから出た意外なルールにメンバーたちは戸惑っていたが、やってみてすぐにその狙いを理解した。やり残している仕事を一人で仕上げてもよし、何かを集中して考える時間をとってもよし。ただ、メンバーが一番ありがたく思ったのは、思い立ったらすぐに話ができること、お互いに「ちょっといいですか?」と気軽に聞き合える環境があることだった。
「出社日」は、まず、チーム全員で1時間ほど「雑談」をする。仕事で気づいたこと、課題に思っていることをお互いに話し合う。最近家族で行った場所など、別に仕事に限らなくてもいい。メンバーの中に車椅子を利用する女性が2人いるので、場所選びは彼女たちに任せている。天気のいい日は日比谷公園まで足を延ばすこともあるが、会社からほど近いカフェのテラス席が定番となりつつあった。
「来週の金曜日は、うちでアイデア出しをしませんか?」朝の雑談会のネタも尽きようとしていた時、ヤマシタナオトから意外な言葉が飛び出した。「え?うち?」とトモキは思わず聞き返した。「うちって自宅ってこと?」「はい」と威勢よく返事をするヤマシタに、チームメンバー6人が質問を畳み掛ける。「場所はどこですか?」「私たち全員入れるんですか?」「え?そんなに広いの?」終わりかけていた雑談会が一気に息を吹き返す。トモキは思いがけない延長戦に備えて、コーヒーのお代わりを注文した。
ヤマシタの話では、もともとリフォームをする計画ではあったのだが、夫婦で在宅ワークとなったことをきっかけに家の中にワークスペースをつくったのだという。設計を担当するデザイナーさんからの提案で、玄関から入った1階部分をいわゆる土間にして、8人掛けの長いテーブルと本棚を設置。夫婦が2人ゆったりと仕事をするには十分だ。
「広さ的には大したことはないんです」とヤマシタがノートに間取り図を描いた。「ほんと玄関に毛が生えたくらいのもんで、妻と『玄関オフィス』って呼んでるくらいです」「マジで羨ましい」とメンバー最年長であるサワダマコトが口を尖らせた。「うちなんか、カミさんと小さいダイニングテーブルで向かい合って仕事することも多いんで、マジツラいですよ」トモキも「うちだって似たようなもんですよ」と言って笑った。
「車椅子でも大丈夫なんですか?」とオカムラサトミが車椅子から身を乗り出して聞いた。「全然、大丈夫です」とヤマシタがオカムラに屈託のない笑顔を向ける。「っていうか、むしろ週末は車椅子の方が多いくらいです」週末になれば「玄関オフィス」改めちょっとしたコミュニティースペースになるようで、小学生になる子どもたちが友達を連れてきたり、町内会の会合を開いたり。最近では、妻が近所の子どもを集めて書道教室を始めたのだという。駅からも近く、車椅子でも気軽に入れるということで、むしろ町の公民館より重宝されているようだった。
「中には、本当に町内の施設だと思っている人もいるみたいです」と言って笑うヤマシタに、メンバーからさらなる質問が浴びせられる。「ホワイトボードはありますか?」「壁全体がホワイトボードになっているから大丈夫です」「泊まれたりもするんですか?」「土間で寝てくれるなら、いくらでも泊まってってください」「アイデアを持ち寄るついでに、お菓子も持ち寄った方がいいですよね」「あはは、いいですね」いちばん若手のクマモトシンヤがボソッと口を開いた。「そういう拠点が全国にいくつもあったら、アイデア出しのたびに旅ができていいですね……」──なるほど、それは楽しいかも……。
メンバー全員の頭の中に、新しいアイデアのタネがまかれた。「それ、『アイデアツーリズム』なんて名前で企業に売れるかもしれませんね」とサワダが早くも食いついた。「リモートになって困っている会社たくさんあるみたいだし」「いいですね」と言ってヤマシタも大きな声で言った。「うちを設計してくれたデザイナーも巻き込みましょう」「だったら、温泉が近くにあったりするといいですよね」とオカムラも負けずに提案する。「だってアイデアが出やすいのはお風呂とトイレっていうじゃないですか」各メンバーが思い思いにアイデアをぶつけ合う。トモキは思いがけず始まったアイデア出しに備えて、またコーヒーのお代わりを注文した。
(このストーリーはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)
現場には、リモートでは得られない「発見」がある
上記の「リモコンライフストーリー」のヒントにさせていただいた「BRUTUS」編集長・西田善太さんのインタビュー内容を、ぜひご覧ください。
コロナ禍の中でいちばん実感しているのは、自分が意外に仕事してたんだなってこと(笑)。というのも、編集長ってキャッチャーみたいなもの、一人だけチームと逆の方向を見てる。つねに編集部全員を見渡しながら、一人一人の動きを見たり、必要ならば声をかけたり、細かい作業をたくさんしているんですね。リモートになるとそういう細かな作業が一切できなくなる。普段、編集長として処理している、その情報量のすごさを改めて実感しました。
雑誌は「発見のメディア」で、ウェブは「検索のメディア」なんです。検索ワードを知っている人にとってはウェブほど便利なものはない。仕事の感覚で言うと、リモートの仕事は「検索の仕事」に近い。何ができるかを分かっている人に仕事を頼んで、想定したものが返ってくる感じ。反対に、現場でやる仕事は「発見の仕事」で、思いもよらない情報や意外なことがたくさん出てくる。本や雑誌というパッケージメディアを作るのに、現場は必要だし「発見」は欠かせない。僕自身は、リモートだけで済ませるよりも「みんなで距離をとって会う」ことを大事にしていきたいですね。
オフィスは、会社を象徴する「表紙」
世の中はリモートワーク推奨の流れになっているけれど、テック系の企業は意外に「会社に行く」っていうスタンスも根強いと聞きました。人と人が直接会うというリアルな場所があることで、アイデアが生まれると信じている企業はたくさんある。バーチャルなIT系とかテック系こそ、マッスな重量を持った建築物とか環境とかの存在感が必要だったりするんじゃないでしょうか。「もう都心のオフィスはいらないんじゃないか」という議論も出てきていますが、会社の場所とかビルの形って本当はすごく大切にした方がいい。会社から「場所性」を消すのは、本から「表紙」をはぐようなもんです(笑)。
家が「仕事場」になる時、建築家のデザイン力がものを言う
コロナによっていちばん変わるのは、「距離感」です。特に、「家での距離感」がこれから大きく変わろうとしています。今まで日本の住宅って、仕事とプライベートの距離をとってこなかったんですね。急に家で仕事することになっても、ちゃんとしたデスクがなくて腰を痛める人いっぱいいるでしょう?(笑)雑誌「新建築・住宅特集」の編集長は、僕が「Casa BRUTUS」の建築担当だった頃からのネタ元なんですが(笑)、彼女から「家での距離感」の問題を解決できる建築家やデザイナーが注目を集めるようになるという話を聞いて「たしかに!」と思ったんです。
例えば、ある編集者の住宅で、玄関を入ると土間になっていて、そこに小さなデスクスペースと本棚が造り付けてある家があるんですね。日本の民家で、土間はある種の「ワークスペース」で、炊事場や農作業をしていた場所。それを今の建築家たちは再解釈して、そこに仕事場を置いてみた。家が「住む場所」に加えて「働く場所」にもなると、これまでの住宅の間取りの型ではどうにも解決できなくて、建築家のデザイン力が大いに求められる。リモートワークをきっかけに、今後、住宅建築がとても面白い動きを見せるかもしれません。
都市圏にある機能を、ローカルに持っていくとしたら?
あともう一つ大きな変化としては、住宅地で過ごすことが長くなったとき、都心にある機能をローカルに持ってくる必要が出てくることですね。日本を代表する建築事務所「アトリエ・ワン」の塚本由晴さんが、これから可能性があるのは、大規模なホールとか市役所とか施設的な建築ではなく、型としては住宅サイズでありながら、一つの家族だけの住まいでもなく、公共施設でもないような建築だ、ということを言っています。
それは、本来住宅の中にあった機能を全部外へ丸投げしたのが今の閉鎖的な住宅地と高層化したオフィス街の姿で、それをもう一度住宅の中に取り戻そうという指摘です。その流れで、例えば、百貨店とか量販店という機能を細かく振り分けて住宅地に分散していくとしたらどうなるか……。そういうことを考えることは新しい街づくりのきっかけになると思います。この考え方は、建築だけじゃなくてオフィスや街全体のさまざまなところに影響していくでしょうね。
新しい街の、新しい楽しみ方
街の楽しみ方として、明らかに変わることがあります。ひとつは、時間の感覚が変わったこと。というのは、飲み始める時間が早くなったので「ずいぶん飲んだし、さあ帰ろうか」となっても「え、まだ10時?」ということが増えましたね。海外に旅行したような気分というか。家で1本映画を見られるぐらいの時間にちゃんと解散ができるようになったという意味では、やっと真っ当になるのかもしれませんね、われわれの生活が(笑)。
もうひとつは、「いい店」があるからその街に行くんじゃなくて、「いい街」だから遊びに行くという感覚。今に始まったことではないんですが、「そこに行けばどの時間帯でも遊べる」という街の受け皿がどんどんできていくという意味で、今の清澄とか幡ケ谷は最高に面白いです。ホントにローカルとかエリアというものの面白さを再認識していますし、街が生まれていくプロセスをつぶさに見ることは僕にとってもっともっと大事になっていく気がしています。
これからの時代、雑誌の強さとは?
雑誌は、確かに「紙」でできているんですが、なにがなんでも「紙媒体を読んでくれ」って思ってるんじゃなくて 、「紙」で作る手法を採用しているだけだと思っています。ウェブでネタを発信するときと違って、雑誌にはストーリーがあるんです。「パッケージ」としての面白さが常に試されている。ウェブのコンテンツ制作よりも、一手間二手間多い仕事なんですよ。
雑誌っていうのは手に取ることができるモノとしてあるので、デジタルよりも「存在」の強さは明らかにあります。 普通、流行をつくろうと思ってもつくれるものではないんですが、雑誌の場合、「こうなると面白いよね」というのを仮に決めて、数ある情報をパッケージにして置くと、思っていたように世の中が引っ張れるときがある。それがパッケージメディアの強さなんですね。記事一つで現象が変わることはないけど、特集はときに現象を残すんです。
今、必要なのは「平衡感覚」
今は、多くのメディアが一つ一つのニュースに一喜一憂したり、あれやこれや未来を予言してみたり、デジタルシフトを大げさに言ってみたりしてますが、「人々の平衡感覚をもうちょっと信じなよ」って思いますね。今後、何よりも大事になってくるのは「平衡感覚」。いや応なく変化するものを受け入れつつも、揺り戻しがきっと起こっていくはずです。
震災の時も含めて、人間はいつも変わるものと変わらないもののバランスを取ろうとするもので、極端に「コロナを経て変化する」というのはそう多くないはず。もちろんコロナをきっかけに変わった方がいいものもありますけど、人にとって大事なことは意外に変わらないんじゃないでしょうか。
【リモコンライフチームメンバーより】
西田編集長のお話の中から見えてきた、
リモコンライフをより楽しむためのキーワードはこちらです。
◉オフィスのキャンパス化
◉ブレスト専用オフィス
◉ドメスティックディスタンス
◉職住近接/職住密接
◉土間オフィス
◉脱施設化
◉都市機能の地方分散
新型コロナウイルスで、私たちのライフスタイルはどう変わるのか──人々の暮らしの中にまぎれたささいな変化や日々の心の変化に目を向け、身近な “新常態”を未来予測し、新たな価値創造を目指したい。この連載では「リモコンライフ」という切り口で、その可能性を探っていきます。