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新型コロナがもたらす「リモコンライフ」No.9

正解のない時代を生き抜くための「プランB思考」

2020/09/18

お互いの距離は離れていても、テクノロジーを上手に使うことで、今までよりも近くに感じられる。ちょっとした発想の転換で、まったく新たなつながりが生まれる。新型コロナをきっかけにして始まりつつある新しいライフスタイルは「リモコンライフ」(Remote Connection Life)といえるものなのかもしれません。リモコンライフは、Remote Communication Lifeであり、Remote Comfortable Lifeも生み出していく。そうした離れながらつながっていくライフスタイルの「未来図」を、雑誌の編集長と電通のクリエイターが一緒に考えていく本連載。
9回目は「週刊プレイボーイ」の編集長・松丸淳生さんに伺いました。


<目次>
【リモコンライフストーリー#09 人生の新しい選択肢】
  コロナで見えた、「安心」と「不安」の線引き
「何かあったらどうすんだおじさん」と「CCおばさん」
「プランB」思考で、難局を乗り切ろう
「楽しい」から「うれしい」へ

 

【リモコンライフストーリー#09 人生の新しい選択肢】

(ノザワ トモキ/金融会社勤務/44歳の場合)

新型コロナの感染拡大をきっかけにして、「安心と不安の線引きには驚くほど個人差がある、ということがはっきり見えた」と松丸編集長は言います。「コロナに対して不安を募らせている人は、『コロナは怖い』という情報ばかり探すんです。情報が多様化した社会では、情報によって不安が安心になったりすることはあまりなくって、情報によって不安が強化されることしかないという気がしています」

「リモコンライフ」で、人々はどうやってコロナウイルスという「リスク」と向き合うのか?コロナウイルスがもたらすさまざまな危機にどう立ち向かえばいいのか? 松丸編集長の示唆をもとに、ちょっとしたストーリーにまとめてみました。 

野澤友宏(電通1CRP局)

リモコンライフ イラスト
イラストレーション: 瓜生 太郎


──会社が倒れるかもしれない。
それがうわさ以上に真実味を帯びた話として本部長から言い渡された瞬間、トモキの頭は「まさか」の3文字だった。

2021年に入ってから、中小企業への打撃がドミノ倒しのように大きくなり、大企業にも危機という文字がチラつく。しかし、まさかまさか自分が20年以上勤めた会社が……。トモキは、暗澹たる気持ちで本部長とのリモート会議から退出した。「なんで、こんなことに」とトモキは暗い画面につぶやいた。「上の連中は、一体何をしていたんだ」もっと早く知らせてもらえれば、自分のポジションからでも何かしら手が打てたのではないか……。

トモキの頭の中に、コロナ禍に入って会社が打ち出してきた数々の投資案件が渦巻いた。トモキ自身は、社内でも「慎重派」といわれ、あらゆるリスクを吟味しながら安全策をとってきた。今のポジションは出世コースでもなかったが、順調にいけば本部長、運が味方をすれば役員も狙える気がしていた。が、それも水の泡になろうとしている。

趣味で始めた「魚のさばき方」をレクチャーするYouTubeチャンネルも小遣い稼ぎにはなっていたが、本業としていくことはあり得ない。かといって、会社以外で通用するほどの資格を持っているわけでもない。トモキは、自分がいかに会社一択の人生を選んできたかを実感した。「いよいよ危ないかもしれない」

トモキが、自分のチームの中で最初に伝えたのは最年長のサワダマコトだった。40歳で子どももまだ中学生になったばかりのサワダがいちばん不安がると思っていたのだが、返ってきた答えは意外なものだった。「なんか、そういうことになる気はしていたんですよね」とサワダが白髪の交じった毛をかき上げて言った。「ノザワさんに話してなかったんですが、去年の春から学校に通ってまして。中小企業診断士の勉強をしてたんですよ」

「え?」とトモキは思わず口を挟んだ。「独立ってこと?」「いやいや、そんな具体的じゃなかったんですが、保険をかけておいた感じです。まあ、軽い気持ちで始めた割には、やることが多くて意外にキツイんですが……」

小学生の子どもを二人も抱えたヤマシタの答えも、サワダと似たようなところがあった。「将来がどうので始めたわけではないんですが……」とある団体のホームページを画面共有してみせた。「学生時代からの仲間たちと食育に関するNGOを立ち上げたんですけど、結構面白くて。会社がなくなっちゃったら、そっちに専念する感じですかねぇ。うちは妻の方が稼いでいたりもするんで、そのあたりは甘えようか、と」

会社で忙しく働き、子育ても大変なはずなのに、一体どこにそんな時間があったのか。トモキは、新たな稼ぎの選択肢をつくっていた同僚二人が頼もしくもあり、うらやましくもあった。「すごくいい会社だなと思っていたので、残念です」そう言って涙を見せたのは、コロナ禍の中で就職をしたオカムラサトミだった。彼女自身、リモート面接だけでこの会社に採用され、思っていた以上に成果を出せていることは大きな自信になっていた。リモートワークの流れはますます広がっていて、車いすの彼女が就職に関して無用のハンディキャップを負うことはもうないだろう。

しかし、サトミと同じように車いすというハンディを背負い、同じ時期に入社したタダナオコは少し事情が違っていた。「ええええ!?」とトモキからその話を聞いた直後、タダは大声を出して驚いた。「マンションを買う話が進んでるんですよー」大きな会社に入れば、それだけ大きな安心が無条件に築かれると皆が思う。その安心感に身を預けながら、一方で最悪の事態を想定できる人間がどれだけいるか。あらゆるリスクを避け、その安心感をキープし続けるリスクに気づいている人がどれだけいるだろうか。トモキは、タダの驚きに心から同情した。

独身の二人の反応も対照的で、特に、日頃から新しい学びに積極的なソウトメマキが見せた動揺はトモキにとっては意外なものだった。「うわさだとばかり思ってました……」トモキから会社の現状を告げられたソウトメは、ポツリとつぶやいてうつむいた。

「そうはいっても」と沈黙に耐えきれなくなったトモキが励ますように言った。「全員が切られると決まったわけではないし。当面は目の前の仕事を着々と進めていくしかないと思うんだよね。まあ、次のことはゆっくり考えれば……」ソウトメは小さな声で「分かりました」とつぶやき、会話が続くことはなかった。もう一人の独身でチーム最年少のクマモトシンヤは、トモキの話を聞いて「マジすか?」と明るい声を出した。「先輩たちがマジっぽい話をしてたんで覚悟はしてたんですけど、いざ聞くとビビりますね」

「なんでおまえは、なんかうれしそうなんだよ」とトモキが冗談めかして言うと、シンヤは悪びれることなく「すみません」と言ってから驚きの一言を放った。「実は、僕、内定出てたんです」「え?聞いてないよ」「すみません、ちょうど昨日出たばっかだんで、まだ親にも言えてなくて。ノザワさんに初めて言いました」内定先は、できて間もなく規模も小さいスタートアップだった。行くと確実に決めたわけではないとのことだが、この会社で大きく成長することを前提に指導してきたトモキにとっては釈然としない話だ。リモートでの人材育成の限界を感じつつ、マネジメントの至らなさをリモートのせいにしてしまいたい気持ちもないではなかった。

トモキにとっていちばん言いづらい相手である娘のセリにも、夕食後、思い切って打ち明けた。小4からの返答は、ある意味、トモキのことを理解してくれていると同時に、トモキが理解できていなかったものだった。「ちょうどよかったじゃん」と言ってセリが笑顔を向けた。「YouTubeとかやるからにはさ、もっと勉強した方がいいと思ってたんだよね。いっぺんお魚屋さんに修業に行ってちゃんと勉強した方がいいと思うよ」

先の見えない時代に、何が正解なのかを教えてくれる人は誰もいない。何がリスクになるのか、自分の頭で考えていくしかない。が、考えたところで、リスクをゼロにすることは不可能だ。リスクを避けようとし過ぎることがいちばんのリスクであることは、コロナ禍で得た教訓だった。「お魚屋さんで修業かぁ」とトモキはワクワクしながら言った。「それも、アリだなぁ」

(このストーリーはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)

 

コロナで見えた、「安心」と「不安」の線引き

上記の「リモコンライフストーリー」のヒントにさせていただいた「週刊プレイボーイ」編集長・松丸淳生さんのインタビュー内容を、ぜひご覧ください。

リモート取材に応じていただいた週刊プレイボーイ 松丸編集長(下段は、電通の「リモコンライフ」チームメンバー)
リモート取材に応じていただいた週刊プレイボーイ 松丸編集長(下段は、電通の「リモコンライフ」チームメンバー)

一連の新型コロナの体験で、たとえ同じ職場でさえ、安心と不安の線引きには驚くほど個人差があることが見えました。「こういう属性は、こういう価値観や感性でしょ」といったことが全然通用しないんです。コロナに不安を募らせている人は「コロナは怖い」という情報ばかり探すし、逆に「コロナなんてただの風邪」という人はそういう情報ばかり探す。自分の不安感を補強する情報は、今ネットでいくらでも無料で読めるので、週プレのコロナ記事はあえて入り口を広めに設定して、不安な人もそれほど不安に思ってない人も、それぞれの解釈で読めるようにしています。

そもそも週プレのスタッフには「読者の属性をあまり考えないようにしてほしい」と言っています。30〜40代の男性が主な読者ですが、彼らをめぐる社会情勢に光を当てて企画をつくると、どうにも世知辛くなりすぎるんです。そんなものにみんなお金を払おうとは思わないですよね?だから、「読んでいる間は読者が自分の年齢を忘れられるようなもの」でありたいなと。それにさっき申し上げたように、年齢や年収のような属性で語れないことがどんどん増えている気がしていて、それゆえ興味の最大公約数である「今、世の中で起きていること」に目を向けることを大事にしています。「今起きていることを読者と一緒に面白がる」という大喜利的なやり方がいちばん週プレらしいかなと。

「何かあったらどうすんだおじさん」と「CCおばさん」

前述のように一般的な企業の中でも、社員ごとに不安の強さというか、コロナというリスクに対する繊細さはものすごく違うことが明らかになりましたよね。ここで振り返ると、近年の「社内うつ」のような問題も、不安とか恐怖感は人によって違うことを、同じ組織内ですら共有できてないがゆえの悲劇だと思うんですね。このコロナ体験を通して、リスク感覚の個人差というものをみんなで痛感できて、全体的にもうちょっと個人個人に優しい組織が増えてほしいという期待はしています。

一方で、自分のリスクを避けようとする存在として「何かあったらどうすんだおじさん」と「CCおばさん」というのをご存じですか?(笑)いろんな会社の話を聞いていて僕が勝手にそう呼んでるんですが、現場が新しいことをやろうとすると「何かあったらどうすんだ?」って言って萎えさせちゃうおじさんはどこの会社にもいる。リスクを取らなくても市場が伸びていった90年代前半までに仕事を覚えちゃった今の管理職世代は、リスクに異常なほどビビる人が多いんです。今回、そういう人たちが「リモートワーク導入、やればできるじゃん!」と、試行錯誤しながら前進することを体験してくれたのは大きかった。ちなみに「CCおばさん」というのは、あらゆるメールのCCに大勢の人を付けてくるおばさんのことで「CCガールズ」にかけているんですが、分かりにくいですね(笑)。これはこれで、自分のリスクを分散させたいだけだと思うんです。 

「プランB」思考で、難局を乗り切ろう

コロナ体験の中で「プランB」というワードが広まりました。常に最悪の事態を想定しながら、次の手段を準備しておく。そうやって新しいことに挑戦するカルチャーが日本の組織に根付いたら、コロナ体験におけるプラスとなる気がしています。稼ぎ方が一つの分野に集中している危険性も見えたので、「プランB」を考える企業や組織も増えてくるでしょう。

ただ、両方を並行してやっていくのはかなり負荷がかかる。だから今後は効率化と多様性という、本来は相反するものをハイブリッドに行える人材が会社に必要となってくると思います。個人でも「副業」を考える人は増えるかもしれませんが、普通は今の仕事をちゃんとやった方が収入は絶対伸びるはずで、だからこそ、いざとなったら「副業」ができる状態にしておく「プランB」の考え方が大切なのではないでしょうか。同じように、地方移住も、東京で何かあったら行ける場所を確保しておくとか、地方に友人をつくっておくとか備えることが大事なのであって、実際に住んで仕事をするのは想像以上に大変ですよね、きっと。

雑誌の役割として、「プランBにはこんなものがありますよ」という選択肢を見せて視野を広くすることが、さらに求められる気がします。仕事柄、各分野に専門性の高い友人がいるのですぐ聞けて助かるんですが、そういう利便性を得られるサービスやビジネスをできないものかと考えています、雑誌として。


「楽しい」から「うれしい」へ

楽しいことって世の中いっぱいあると思うんですけど、うれしいことってそんなにないんですよね(笑)。例えば、小さい子どもの笑顔とか見てると「楽しい」と「うれしい」が一緒なんだけど、大人になると分化していく。近いことを作家の三浦展さんも言われてますが、「楽しい」というのは自分の外側というか環境にあるものだけど、「うれしい」というのは自分の内側からジワッとくるもので、たぶん承認欲求や尊厳が満たされる感覚とも重なると思います。そして、これからの雑誌をつくる上でのテーマとして、いかに「うれしい」を読者に提供できるか、すごく考えます。

現時点では、その役割として商業雑誌よりSNSの方が成功しているように見えますが、これは雑誌に限ったことではなく、あらゆるところで重要なキーワードになるはずです。例えば、「仕事がリモートになったらジョブ主義や成果主義になる」という話をよく聞きますが、どれだけ社員に「うれしい」を提供できるかで、その会社の雰囲気は大きく違ってくる。個人の成果に対する評価以上に、一緒に働いていく「うれしさ」をどう与えられるかが、会社にとってますます重要になる気がします。

ですので、雑誌には「ポストSNS的なもの」が求められていくでしょうね。今の自分の価値観を補強するだけでなく視野を広げてくれ、それでいて信頼や安心感、さらには「うれしさ」を感じられる場所です。ネットをずっと見ていると自ずと悪意にさらされるわけで、そういうものとはちょっと距離を置ける場所、親しみと新しい情報の掛け算みたいな場所をいかにつくっていけるかが大事だと思っています。


 【リモコンライフチームメンバーより】

松丸編集長のお話の中から見えてきた、
リモコンライフをより楽しむためのキーワードはこちらです。

◉プランB思考 
◉「楽しい」から「嬉しい」へ
◉「成果主義」から「うれしいか主義」へ
◉ポストSNS
◉信頼感と安心感の両立できる場所

新型コロナウイルスで、私たちのライフスタイルはどう変わるのか──人々の暮らしの中にまぎれたささいな変化や日々の心の変化に目を向け、身近な “新常態”を未来予測し、新たな価値創造を目指したい。この連載では「リモコンライフ」という切り口で、その可能性を探っていきます。