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「MITテクノロジーレビュー」と考える、Under 35とテクノロジーの今No.1

若かりし頃のGoogle、Facebook創業者も受賞した、知る人ぞ知るテックメディアのアワードが日本初上陸

2020/10/26

若かりし頃のGoogle、Facebook創業者も受賞した、知る人ぞ知るテックメディアのアワードが日本初上陸

この連載では、マサチューセッツ工科大学の会報誌から始まり、100年以上の歴史を持つメディア「MITテクノロジーレビュー」日本版とタイアップ。同誌が展開する世界的なアワード「Innovators Under 35」が日本で初開催されることを期に、若年層にフォーカスしながら「社会はテクノロジーとどのように向き合うべきか」という問いを考えていきます。

第1回は、同誌を運営する角川アスキー総合研究所の小林久編集長に、ソリューション開発センターの笹川真氏が話を聞きました。

テクノロジーの光と影、どちらにもスポットライトを当てる

笹川:MITテクノロジーレビュー(以下、MITTR)のことは知らない読者もいると思います。まずはどんなメディアか教えてください。

小林:日本ではまだ歴史が浅いですが、1899年に米国で創刊し、今年で121周年を迎えています。もとは名前の通りMITの同窓生向けに発行されていましたが、1990年代後半から一般にも発売されるようになりました。

笹川:角川アスキーが関わるようになったのはいつからですか?

小林:私たちが日本語版の権利を得て創刊したのは2016年です。すでに、Amazon創業者のジェフ・ベゾスが宇宙に投資したり、Googleが不老不死に数十億ドルかを出す話があったり、いわゆるIT長者たちが「IT以外の分野」にどんどん投資をしている時でした。

ただ日本を見ると、投資額も、メディアの露出も、「テクノロジー=IT」の話に偏っている風潮がありました。アスキーも30年以上、ITに特化してメディアをやってきたものの、海外では「IT以外のテクノロジー」にもお金が集まり、新しいイノベーションが生まれている事実に、もっと目を向けるべき、という思いがありました。

MITテクノロジーレビューが扱うのは「エマージング・テクノロジー」であり、技術が現代社会やビジネスにどのようなインパクトを与えるかです。具体的なところでは、医療や資源開発といった広い意味での社会問題をテクノロジーでどう解決していくかをテーマにしています。

笹川:米国版の翻訳記事は読み応え十分ですよね。前述された、カバー領域をITの外にまで広げたことも編集方針の1つだと思うのですが、いわゆるテックメディアとの違いについて意識されている点はありますか?

小林:大きく3つあると思っています。1つは今お話したカバー領域の広さです。2つめはそれにも関係しますが、テクノロジーが生み出す社会的なインパクトに目が向いていることでしょうか。最近ですと、「なぜ今『AI倫理』の議論が必要なのか」という記事を公開したのですが、何かの技術が社会で活用されることによって、どんな影響があるのかを考えてもらうような視点を提示しています。

また、AIに限らず、最先端のテクノロジーは専門誌や学会誌を読んでも一般の人にはテクノロジーがどう役立つのか分かりません。日々変わっていく社会とテクノロジーの関係性を、いかに企業経営に反映させればいいのか、どんなビジネスが生み出せるか、といった問いを読者が立てやすいように編集しています。

笹川:テクノロジーの話を、一般の人への橋渡しする役割を編集部が担っているんですね。

小林:ただ、テクノロジーのニュースは分かりやすくしようとすると、どうしてもプロダクトやサービスの話になりがちです。そこであえてMITTRではガジェットニュースをほとんど扱っていません。社会とテクノロジーの関係性を明らかにすることが編集方針だからです。

笹川:そして最後。3つ目は?

小林:テクノロジーを礼賛するのではなくて、客観的に「光と影のどちらにもスポットを当てていること」でしょうか。日本のメディアは、「新しいもの=すごい」という盛り上げ方をしていくのが特徴だと思うので、その点は大きく異なると思います。当然、私たちもテクノロジーの可能性を信じてはいるものの、同時に、その怖さも理解しています。だからこそ、前のめりになりすぎないように心がけています。

例えば、ディープラーニングは顔認識技術に用いられていますよね。顔認識技術は便利ですが、実在する人の顔がクラウド上で流通することはプライバシーの観点で懸念がありますし、さらに、肌の色によって認識精度に差があることも分かってきて、新たな人種差別につながると欧米では数年前から問題になっています。それを受けてIBMからは、今年6月、顔認証製品の開発を停止する発表がありました。

笹川:忖度なく負の側面も伝える。MITTRが多くの企業の経営者や新規事業担当を中心に支持されているのも納得できます。そして、中立の立場であるための論拠として、アカデミックな視点も数多く披露されていますよね。

小林:大学など研究機関の動向、政府の法規制などに対する、社会の反応を扱うことが多いです。その時MITを特別扱いせず、他大学の研究成果も扱うことも特徴です。

笹川:小林編集長に推薦いただいた、マイク・オルカット記者のブロックチェーンの記事カレン・ハオ記者の人工知能の記事は、読み応えありました。

社会変革をメディアが後押しするために

笹川:①カバー領域がITの外にもある、②テクノロジーの世の中をどう変えるのか、どんなインパクトを与えるのか冷静に分析する、③テクノロジーを礼賛せずその光と影どちらにもスポットを当てる。こうした編集方針を知ると、単に目新しい情報を報じるのではなく、メディアとして社会の前進にフォーカスしていることが分かりますね。

小林:日本版はまだ歴史が浅いのですが、スタートアップにコミットしたり、産学の垣根を低くしたりして、テクノロジーが世の中にインパクトを与えるサポートをしたいと思っています。そういう意図で、これまで3年間で大小数十回のイベントを開催しています。そして今年、米国で一定の認知度を獲得している「Innovators Under 35」という賞を日本でローンチさせます。

笹川:特に米国など、世界的に見ると「Innovators Under 35」は権威ある賞として認知されていますよね。日本版の開催には読者として楽しみにしていますが、どのようなプロセスでノミネートを行うのでしょうか。

小林:「Innovators Under 35」は毎年、テクノロジーによって社会の変革に貢献する35歳未満のイノベーターを表彰しています。マサチューセッツ工科大学(MIT)のキャンパスで発表されるグローバル版が1999年にスタートし、それに加えてアジア、中国、欧州、インド、ラテンアメリカ、MENAのローカル版が開催されてきました。日本では世界で7番目のローカル版として開催されます。

笹川:アワードの特設サイトで過去の受賞者を閲覧できますが、その顔ぶれが豪華ですね。

小林:賞金があるアワードではないのですが、選ばれた人がのちに大成しているケースは確かに多いですよね。

過去の受賞者を少し挙げると、2002年にGoogle創業者のセルゲイ・ブリン、2007年にFacebookのマーク・ザッカーバーグ、2008年にTwitterのジャック・ドーシー。Appleでデザインを担当しているジョナサン・アイブや、ルンバで有名なiRobotの共同創業者ヘレン・グライナー。

Innovators Under 35 過去の受賞者
笹川:それぞれの受賞時期を見ると、目利きとしてこの賞がしっかり機能していますね。

小林:海外では実際にそういう認知を得ているようです。日本版も同様の評価が得られるよう、盛り上げていきたいですね。2020年度は9月1日から10月31日までの募集です。自薦・他薦の両方で候補者を受け付けています。

Innovators Under 35 Japan 2020年度の募集要項
笹川:驚いたのが、日本での10名の受賞者は、グローバル版にもノミネートされるんですね。審査基準もグローバル版と同じなんですか?

小林:はい、共通の基準で選考します。テクノロジーのメディアが主催する賞なので、プロダクトやサービスをつくっている人が応募しやすいかもしれませんが、審査は「テクノロジーで社会にどんな影響をもたらしたか」を評価します。つまり、社会を変える行動をした人も対象となることを意味しています。

たとえば2018年にヘラ・フセインという受賞者がいました。彼女は家庭内暴力に困っている人のための法的手続きをインターネットで簡単にできるサービスの構築で受賞しています。他にも、女性問題、政府の検閲といった社会課題に対して、テクノロジーを活用して解決を試みた受賞例がいくつもあります。

笹川:必ずしも最先端のテクノロジーでなくても、テクノロジーを活用して、社会の難題に取り組んだ人を表彰する賞なのですね。

Innovators Under 35 Japan 2020年度の審査員

小林:少しずつ、審査員も決定してきました。日本を代表する方々に引き受けていただいてうれしいです。グローバル版と同じ審査をして、審査員の方々からのフィードバックまで入っているので、ぜひご応募いただきたいと思います。

アンダー35世代の「テクノロジーとの付き合い方」

笹川:Innovators Under 35 は、世界で8カ国目の開催、日本での初開催になりますが、どのようなテクノロジーや受賞者に出会えるのか、今から楽しみですよね。

小林:2020年の日本のアンダー35は、1985年以降なので昭和末期から平成初頭に生まれた方々、バブルが終わって経済不況の間に育った世代なので、海外に積極的に出ていこうとよりも「日本の中でやっていこう」という内向きな志向があるように思います。

一方で、各世帯では少子化が進行した世代でもあります。余裕があって物質的には不自由なく育ってきた世代とも言えます。だから競争の中で何かを勝ち取っていくというより、今あるものの中でどうするかにフォーカスする傾向が見受けられます。「社会に何が還元できるか」とか「自分がすべきことは何か」とか、働くモチベーションも物質的な豊かさではない方向に大きく変化していますよね。

電通イージスネットワーク調査「テクノロジーは世界をより良いものにできるか?」
電通イージスネットワーク調査「テクノロジーは世界をより良いものにできるか?」(図表:statista

笹川:テクノロジーの文脈で見ると、ある調査では「テクノロジーが世界をよくする」と答えたのが日本ではわずか22%で、先進国と言われる国の中でも低すぎるように見受けられます。

小林:大きくは満ち足りている社会で、新たにテクノロジーが何か解決する領域が少ないと感じているのか。そもそもテクノロジーに関心がないのか。

笹川:このデータだけでは結論づけることはできませんが、次回の連載で、特に35歳未満の社会やテクノロジーに対する認知を35歳以下の後輩も交えて、探ってみたいと思います。

小林:ちなみに、海外、特に新興国は外向きですよね。少し前だと、エストニアという小国がSkypeで世界に打って出ていきました。他にも、テクノロジーの活用法として良い例とは言えませんが、マケドニアの人口5万人程度のヴェレスは「フェイクニュース工場」として有名になりました。何もない田舎町から数百名もの若者がフェイクニュースで大きな富を築きました。テクノロジーを活用した、外向きのアクションだといえます。

笹川:マケドニアの事例はたくましいですね。

小林:特に2000年以降はインターネット全盛の時代で、世界がつながり、海外に出て行く機会が増えました。残念ながら、日本はそのチャンスを十分に生かせなかった。そういった意味では、Innovators Under 35という賞を、日本の新しい才能を世界に発信する場になればいいなと思っています。

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日本で初開催。MITテクノロジーレビューが選ぶ、未来を創る35歳未満のイノベーターを発掘する「Innovators Under 35」の詳細はこちら