データとメッセージの掛け算で、心を動かす広告クリエイティブをつくる
2020/11/26
DX(デジタルトランスフォーメーション)は今や、あらゆる企業、あらゆるビジネスにとって避けて通れないテーマです。「クリエイティブ」と「データ」の関係も例外ではありません。
前回記事では、クリエイティブにおける「データ」の重要性がテーマになりました。では逆に、デジタルマーケティングにおける「クリエイティブ」の重要性とは?
電通でデジタルクリエーティブを専門とする並河進氏、トレジャーデータでマーケティングシニアディレクターを務める堀内健后氏による対談です。
<目次>
▼マーケティングDXを進めたのは「動画」の普及
▼ミドルファネルにこそ「データ×クリエイティブ」の力が求められる
▼自分で手を動かすことで、お客様の心を動かせる
マーケティングDXを進めたのは「動画」の普及
──マーケティングのDXについて、最近のトレンドはどうですか?
並河:僕は、マーケティング領域でDXの流れを加速させたのは、とにかく動画だと思っています。かつてはインフラが整っておらず、デジタル動画が広まる以前は、「認知段階のターゲットにはテレビCMで、検討段階のターゲットにはリスティングで」みたいに別世界でした。クライアント側も、デジタルマーケティング部と宣伝部みたいに担当が分かれていました。
でも、インフラが整った現在は、スマホでも動画を見るのが当たり前になり、認知、興味関心、検討の段階を問わず、動画というクリエイティブひとつでカバーできるようになりました。そうすると、全ファネルをデータで横断的に見ていかなくては、という流れになって、この3、4年でデータ活用のされ方はすごく進みました。そういう意味で、動画の存在はとても大きかった。
堀内:デジタルでは「誰がどの動画を何分まで見ているか」というところまで全部生ログで取れるので、クリエイティブがちゃんとターゲットに届いているか検証できますからね。もちろん、データの取得と分析に当たっては、視聴者のパーミッションと、視聴データの匿名化・統計化といった処理は必須ですが。
並河:クライアントも、最初に興味を持たれるのはそこですね。
商品に興味・関心を持っているターゲット層が、この動画をこれくらいの時間見て、どこで離脱しているか
この動画を見た人がどれくらいサイトに流入しているか
といったデータがとれる。電通のSTADIA(スタジア)というツールではさらに、テレビCMの視聴者データとデジタルでの視聴者データを掛け合わせられます。
──つまり、マスメディアとデジタルメディアのデータがつながるようになるわけですね。そうなると、クリエイティブを受け取る生活者の体験はどう変化していくのでしょうか?
並河:例えば、かつてのようにテレビとネットでクリエイティブが完全に分かれていると、データが分断していても成り立っていました。しかし、両者のクリエイティブがつながっていくと、データ分析も統合的に考えていかざるをえません。その流れで、CRMの領域も含めて「体験のリッチ化」が進んでいくような気がしています。
マス、デジタルとバラバラにやるのではなく、共通のクリエイティブアセットをつくり、ファネルの上から下までデータに基づいて、全部クリエイティブを出し分けるような世界に、最終的にはなっていくのではないでしょうか。
つまり、これまでは「購入」に近いクリエイティブへのデータ活用が主なテーマでした。これからは、デジタルで「認知」の段階を含めてつながる時代になり、全ファネルにおけるクリエイティブでデータ活用が重要になったのが大きな変化ですよね。
ミドルファネルにこそ「データ×クリエイティブ」の力が求められる
堀内:動画プラットフォームやスマホカメラの性能など、テクノロジーがまず進化して、年月を経てそれに慣れたクリエイティブの提供側も、それを使いこなす意識になってきていますよね。全ファネルでデータを活用できることを前提に、クリエイティブを考える時代になってきているということですね。
ただその一方で、データは「人の行動をベースにその結果が分析できる」だけだと思っています。メディアの視聴データなどを分析することで、例えば「この人はこのブランドの車が好きなんだな」とか「RVが好きなんだな」といったことは分かります。でも、「RVを買うぞ」とその人の心を動かすためには、クリエイティブの力が必要になりますよね。データを集めて分析して、その結果をクリエイティブに生かしていくということが肝だと思っています。
並河:クリエイティブの面では、僕はやはり「動画によるコミュニケーション」が購買プロセスのあらゆる段階に作用するようになったことがポイントだと思っています。購買プロセスの最初期である「トップファネル」は、テレビCMが昔から担っていて、電通の得意としているところでもあります。そこに加えて、最終的な購買決断の段階である「ボトムファネル」や、それより手前の「ミドルファネル」に対して、どうやって文脈をつくってコミュニケーションを仕掛けていくのかは、本当にこれから重要になってくる分野ですね。
堀内:ところで、私自身は映像によるクリエイティブが一番シンプルに分かりやすいですが、文字で読むのが好きな人もいますし、通勤中に音で聴いている人もいます。つまり、人によってクリエイティブを受容する方法も違えば、刺さるテイストも違います。
そこで思うのですが、かつてのテレビやマスメディアだと、「一般受けしそうなクリエイティブを一つつくる」ということだったのが、今は伝える手段やタイミングがすごくバリエーション豊富になっていますよね。クリエイターからすると、クリエイティブの量を増やさない限り刺さらないのか、というジレンマがあると思っているのですが、いかがですか?
並河:そうですね、単純につくる数が増えると捉えれば、大変ですよね(笑)。商品やサービスへの興味関心にまで至っていない、「ミドルファネル以前」にいる人たちは、ブランド認知自体はあっても、自分とはあまり関係ないと思っているから、買わないわけです。そこに「自分と関係あること」としてつながりをつくっていくためには、ターゲットに合わせた表現を考えなきゃいけない。
かと言って細かくデータ分析してターゲットセグメンテーションをすごくたくさん増やしても、混乱してしまって、戦略として回せないんです。僕は、ミドルファネルに向けては、データに基づきつつ、3~5ぐらいのセグメントに分けるのが適切だろうと考えています。ボトムファネルについては、数十のセグメントに細分化することもありますが。
ただ、そのブランド自体が世の中からどういう存在でありたいかとか、どういう存在として見られているかといった根幹の部分は、大きくは一つだったりします。だから、生活者のパーセプション(認識)をどう変化させていくのかというのは、ターゲット別に細かく設定するものというより、大きな戦略として考えなきゃいけないところだと思います。
一方で、ブランドの根幹は一つだったとしても、ターゲットがファネルのどこにいるかによって、クリエイティブに求められることは違います。まさに「このブランドのRVを買おう」という最後の最後の背中を押すためには、いろいろなパターンをPDCAでつくっていかなきゃいけなかったりします。
つまり、まずブランドの根幹から大きな戦略を考え、各セグメントへのアプローチは必ずその戦略に則る必要がある、ということです。
特にミドルファネルの領域は、データを生かしつつ、そこへの掛け算で「このデータから見えるお客さまには、どういうメッセージでものを伝えたら心を動かしてもらえるんだろう」というところを考えなくてはいけないので、今はクリエイティブのみんなで面白がって取り組んでいますね(笑)。
自分で手を動かすことで、お客様の心を動かせる
──今、盛んにDXが叫ばれていますが、「データとクリエイティブを関連付けてマーケティングコミュニケーションに生かしていく」という考え方は、まだ一般的ではないですよね。
堀内:そもそもデータ×クリエイティブ以前に、データ単体や、クリエイティブ単体が、いかにビジネスに寄与するのかという理解がまだまだ広まっていないと思っているので、まずはそこを広めていきたいですね。
並河:データもクリエイティブも、仕組みの部分を理解していることがとても大事です。自分の肌感覚として「ちゃんと分かっている」ということですが、そのためには自分で手を動かすことが必要なんじゃないでしょうか。経営層も含めて、世の中の人はみんなもっと「デジタル自給自足」をしてみたらいいと思います。
例えば、自分でメディアサイトを立ち上げ、ユーザーの反応をデータ管理ツールを入れて計測したり、広告出稿してどんなクリエイティブが刺さるのかPDCAを回したりなど。
堀内:いいですね、デジタル自給自足。例えばDIYで本棚をつくったことがあると建築物の構造もイメージしやすいそうですが、ITの場合はそういうことが少ないですよね。
並河:優秀なマーケターって、デジタルやデータの話をしていても、八百屋さんが「今日、晴れているからこの野菜が売れた」と言うのと同じように、理由と結果をきちんと話せるじゃないですか。あの感覚はすごく大事だなと思いますね。
堀内:例えば農業で自給自足しようと思ったら、1年に1回しか失敗できないし、1回失敗すると来年まで食べるものに困ることがある。でもデジタルは、今日の失敗をその日の夜にでも直せるみたいな部分があるじゃないですか。そうした感覚も、デジタル自給自足を通して感じてほしいですね。自給自足して仕組みを理解した上で、顧客データ基盤が大事だということや、すぐ試せることの重要さがうまく伝わるといいなと思っています。
並河:とりあえずやってみることで経験値もたまって、肌感としてある程度分かるようになれば、直接クリエイティブやデータ分析をする職種以外でも役立ちますよね。だからみんな、一度デジタル自給自足してみてほしい。実は、僕は一時期アドネットワークを自分でつくろうとしていたくらい、自分で手を動かすことが好きなんです。
堀内:すごいですね!
並河:トレジャーデータの「Treasure Data CDP(カスタマーデータプラットフォーム)」(※)を使ってレポートを毎週見ていると、だんだん生活者のことが感覚として分かってきますよね。それって、「ビジネスは店頭に立ってお客さま声を聞くんだ」という、昔から言われていることと実はすごく近いですよね。
※Treasure Data CDP=トレジャーデータが提供する、組織内に散在しているあらゆるデータを収集・統合・分析できる「顧客データ基盤」。
堀内:一緒ですよね。
並河:実は、「店頭でお客さまの声を聞く」が「お客さまのデータを分析する」になっただけなんですよね。
堀内:そうやって自分でもデータやクリエイティブに触れてはじめて、お客さまの心を動かせるところにまでつながるものなんですね。そして「データ×クリエイティブがお客さまの心を動かす」と理解する人が企業の中に増えていったら、今後の日本企業のマーケティングも、良い方向に変わっていくんじゃないでしょうか。