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人の心は、遠回りしないとつかめない!?〜急がば回れの不便益マーケティング〜No.2

予想がつくような旅には、行きたくない!?

2021/03/16

皆さんは、旅が好きですか?

私は歳を重ねるほどに好きになっていく気がします。

若い頃の旅の動機や行き先を思い返してみると、修学旅行や遠足、家族旅行、部活での山行(高校時代、登山部に所属していました)など、どこか既定路線の域を出ないことも多かったように思います。

「行きたいところへ、感じるままに行ってよし!」

を実行に移したのは大学生だった20歳の頃。

たまたま本屋で見つけた「原付で北海道一周ツーリングをする本」に感化された私は“放浪の旅”に強烈に憧れ、研究室の仲間を誘って野宿しながらの原付バイクツーリングの旅に出たのでした。

原付放浪の旅で得られた、鮮烈過ぎる体験

 

ルートは京都御所を発着点に、紀伊半島を3日で1周するプラン。

こう書くと用意周到だったかのように思われそうですが、実際にはとにかく朝から晩まで走れるだけ走り、腹が減ったら飯を食い、日が暮れたらたどり着いた最寄りの道の駅で野宿する、という場当たり感全開のツーリングでした。

ただ、一つだけ仲間と決めたルールがありました。

それは、「メンバーが気になったところで、自由に止まろう」というもの。

気になる食べ物、気になる景色、気になる変な看板、そして生きている証ともいえる“トイレ願望”まで。とにかくバイクを止めたくなる瞬間というものは本人の意思とは関係なくやってきます。

電車や飛行機、高速道路を走る車の旅ならば、“カジュアルに道草をキメる”ことは困難なわけですが、「原付」という微妙な速度の乗り物に乗っていると、「あ!ちょっとここで!」なんて具合にいつでも止まることができるが故に、おのずと“停車のセンス”も磨かれることになります。

当時はインターネット黎明期。事前に何かを検索してみても、そもそもウェブサイトの数が少なくほぼ情報は出てこない状態でした。

自然に「本州最南端」「名湯」「とれたてマグロ」など路肩から眼中に飛び込んでくる魅惑的なキーワードや、一瞬で暮れてしまう夕陽に思わずバイクを止め、自由な旅を満喫するわれわれ。

ツーリング旅

気ままな停車を楽しみながら進むと、今度は「恋人岬」という地名が出てくるではありませんか(和歌山県すさみ町というところにあります)。

恋人岬

「なんてロマンチックな場所なんだ」

恋人岬の駐車場にバイクを停め、たそがれる男3人。しかしそんなエモい気分もつかの間、すぐ隣に力強く掲出されたこんな看板に度肝を抜かれます。

『ここへ小便したらあかん』

 

「雰囲気あるんかないんか、どっちやねん!今すぐ誰かに見せたい〜」

時は1990年代後半。インターネットも原始時代なら、スマホも当然ながらまだありませんから、こんなにおいしい瞬間にも、取れる行動は限られます。

美しい景色、おいしいご飯、シュールで変なものに出合うたび、シャッターを切りたい衝動を受け止めてくれるのは、撮れる枚数に限りのあるフィルム一体型カメラ(インスタントカメラとも呼びました)「写ルンです」のみ。それはもう厳選して一枚一枚記録しました。

そうこうしているうちに、インスタントカメラでの記録すらも許されない鮮烈過ぎる体験がわれわれを襲います。

おそらく誰もが社会科の教科書から教わったであろう、日本最強の降水量観測地点といわれる「尾鷲(オワセ)」(三重県から奈良県へと抜ける県道)を通過したときのことです。

山中の急勾配をうなりを上げて進む原付御一行(どんなメーカーのバイクに乗っていても、とんでもなくスピードが落ちます)。

われわれが低速で通過するのを狙いすまし、世界中のバケツを一斉にひっくり返したかのごとくドシャ降りとなる大自然。視界どころか、自らまたがっているバイクの姿すらもかすんで見えません。

その瞬間、不快感を通り越し、個々人の全身を包み込んだ清々しさにも似た感動の正体。それは「教科書に書いてあったあの場所に今、俺たちはいる。その降水量、自分史上日本一!」という「そのとき、自分たちにだけ感じ取れたリアリティー」だったのです。

トラベルとトラブルの語源は同じ……なのか!?

 

さて、長過ぎる前フリをこのへんで終え、本題に入ります。

連載第2回のテーマは、「旅」です。

前回紹介した「不便益を含む未知なる益」(Undiscovered Benefit/略してUDB)の観点から、「人はなぜ旅に出たくなるのか?」「心に残る旅ってどんなもの?」について考えてみましょう。

【仮説】
人は旅に、「予想がつかないこと」をどこかで求めている

(プラスの出来事もマイナスの出来事も、たいていの旅の途上で起きるものの、過ぎ去ってみるとなぜかプラスの出来事の記憶だけが残っている)

 

そんな筆者個人の実感を、ここでは出発点としてみます(皆さんにも似たような感覚はあるでしょうか)。

調査データがあるわけではないので、あくまでも筆者個人のN=1の話でしかないのですが(実証できるかどうかはUDB共同研究スクールの活動に委ねましょう)、UDBを使って「どうしたらこのベネフィットを獲得できるのか?」について考えてみると、

「あえて、そこに行く理由が不完全な状態をキープする(行ってみるまで何があるのか完全には分かからない)」

「調べきることができない状態に身を置く」

といった要件が浮かびます。

これだけを言われると、「不安でしかないわ、そんなもん」という意見も当然あるでしょう。あらかじめ情報を調べてから足を運ぶ方が安心・安全であることには違いないと思います。

ただ、

「ググれば全貌が出てきたり(=ネタバレ)、ガイドブックに載っている以外のものが一切見つからない旅」(あえて極端にそうしてみます)だとしたら、そんな旅にあなたは限られた時間とお金を使いたいでしょうか?

(※ここでは、初めて訪れる場所、という条件つきとします。何度も行ってその価値を理解している場合は、上記の状態にはならないと考えるからです)

この問いを前回紹介した「不便益」を提唱する京都大学の川上浩司特定教授にぶつけたところ、

「トラベルとトラブルの語源は同じだと信じている」

という、真実なのかフェイクニュースなのか定かでない(しかしどこか真実っぽい)言葉が返ってきました。この答えには、実は重要な示唆が含まれています。

川上先生自身、スマホはおろかガラケーすらもお持ちでないため、知らない場所に行くときは常に事前の情報取得量を抑え、“プチ旅行感覚”を楽しんでおられます。「待ち合わせや商談のときはどうするんですか?」というFAQに対しては、「何かが起きることを想定して、早めに着くように向かう」と即答してしまう徹底ぶり。

このような考え方で行動するだけでも、何気ないあなたの日常的な移動が「ドラマチックな小旅行になる」可能性がグッと上がると思いませんか(自習だと思って、皆さんもこの後のご移動の際、スマホの電源を切っていただければと思います)。

北杜市のナイトアートイベントに見る「予想がつかない何か」

 

ここで、

人は旅に「予想がつかない何かを、求めている」

という仮説を実体化させた事例を一つ、紹介します。

2020年12月5日に招待者100名を招いて山梨県北杜市で一夜限り行われたナイトアートイベント「HOKUTO ART PROGRAM ed.0(edition zero)」です。

日照時間日本一といわれ、南アルプスと八ヶ岳に囲まれた風光明媚なロケーション。澄んだ天然水の産地であり、それを生かしたウイスキーや日本酒、地産の野菜とジビエなどを使った食。ラグジュアリーな旅はもちろん、ファミリーでのアウトドアまで非常に観光アセットの多いこの地域は、実は同一自治体に美術館・博物館が多いと言われる有数の場所でもあります。

2020年は結果的に海外からのインバウンド観光が停滞した1年となりましたが、このイベントは「夜間・早朝時間帯の有効活用による観光需要創出」というカテゴリーでの戦略的な観光価値創造プロジェクトとして、全国公募を経て採択され、コロナ対策を十分に行う形で限定的に実現。

従来であれば夕方で閉館するはずの美術館をこの日だけ夜間までオープンし、音楽とアート、地産の食とお酒を組み合わせた一夜限りのイベントが開催されました。

目玉となったのは、建築家の石上純也さんによる「ソラトツチニキエル」という作品。「建築が一万年の時間を瞬時に駆け抜け朽ち果てる。」というコンセプトのもと、氷でつくられた巨大な建造物が炎で5時間かけて溶ける作品で、崩落する氷の前でCharaさんが一度限りのライブを行うという、それ単体でも普通には見ることができないものでした。

さらに、この演目を含む、そうそうたるアーティストの展示やライブの数々が、屋外庭園を有する清春芸術村の極寒の夜空の下、おびただしい星空と炎(火の粉)が舞う空間で一つになる、前代未聞のプロジェクトだったのです。

石上さんをはじめ、この日出演・展示されたアーティストのおのおのが、北杜市の大自然から得たインスピレーションをもとに作品を発表しました。

こちらの映像をご覧ください。

重要なのは、このイベントは一夜限り(もっといえば、この日の夕方の5時間限り)で、ネット配信などの代替鑑賞手段が一切なかったことです。

つまり、体験できたのはそこまで足を運んだ“人”だけでした。

では、「そこに身を置いた“人”だけが知覚できたもの」とは何か?

上記の映像からも伝わらない、その答えは二つありました。

  • この日、北杜市の18時台の気温が氷点下だったこと
  • 極寒の会場内には暖かい場所が用意されており、当地の銘酒と清春芸術村が誇るシェフによるBBQが供されたこと

当イベントにおける「予想がつかなかった何か」とは、

「そこにいかないと目の当たりにできないライブ演出」

「自らの身体の存在を意識させる体験」(この場合は寒さと空腹。その後の暖かさと満腹)

だったといえるでしょう。

最後に、HOKUTO ART PROGRAMのコンセプトをご紹介します。

「VUCAな時代、確かなものを心に刻む体験はその価値を増しています。ネット検索からは決して導くことのできない‘今だけ、ここだけ、私だけ’という実感は人間の根源的な喜びの原点であると考えます」

「いつでもどこでも誰でも」の時代だからこそ、あえて逆を強く意識してみる。

そのとき、その場にしかないオリジナルな価値とは、その土地に積み上げられてきた時間や人々の思いそのものでもあります。

これからの観光産業に必要とされるのは、そこに積み上がった代替不可能な価値を部外者の視点も交えながら再発見し、磨いていくこと。「不便益を含む未知なる益」(Undiscovered Benefit)を意識することで、その印象は何倍にも増幅されます。そのような試みが、2021年も日本各地から現れてくることを想像しています。

スマイルズ、電通とともに2021年4月に開校する「不便益を含む未知なる益」(Undiscovered benefit)共同研究コミュニティ研究生募集は、応募締め切りまで残すところあと5日となりました。検討されている方の参考になるかどうかは正しく予想がつかない、スマイルズ取締役CCOの野崎さんと松井が語る「本コミュニティが生まれたわけ」がまもなく公開となります。こちらの応募サイトから「学びかけのRADIO」をチェックしてみてください。

https://smkn.smiles.co.jp

最終回となる第3回は、京都大学の川上特定教授と、スマイルズ取締役CCOの野崎亙さんによる対談です。お楽しみに!