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人の心は、遠回りしないとつかめない!?〜急がば回れの不便益マーケティング〜No.3

2021/04/12

不便さや非合理性が、強烈なブランド体験を作る

「不便益を含む未知なる益」(Undiscovered Benefit/略してUDB)の可能性を多角的に探る本連載。

【第1回】
便利がいい?いや、不便があるともっといい!!

【第2回】
予想がつくような旅には、行きたくない!?

最終回は、不便益研究の第一人者である京都先端科学大学教授の川上浩司氏(※)、食べるスープのスープ専門店「Soup Stock Tokyo」などを展開するスマイルズ取締役CCOの野崎亙氏、松井浩太郎の鼎談をお届け。

2021年4月開校の「不便益を含む未知なる益」共同研究コミュニティを立ち上げた3名が、コロナ禍で浮き彫りになった不便/便利の意外な関係性や、「不便益を含む未知なる益」をビジネスに取り入れることの面白さを語り合いました。

※2021年4月より所属変更=元京都大学特定教授

 

 

入場料制の本屋に感じた、不便益と共鳴する“何か”

 

松井:連載最終回ということで、今回はいまの時代背景も含めた「不便益を含む未知なる益」が持つ役割やポテンシャル、どんなビジネスに生かせるのかといった未来の話までお二人に伺えればと思います。はじめに川上先生。改めて不便益とは何か、教えていただけませんか?

川上:不便益とは、身体的あるいは認知的に手間がかかること、すなわち不便だからこそ得られる益のことを指します。不便益には大きく二つの側面があります。一つは何か不便だなと感じることについて、別の視点で見ることで新しい発見を得られるというもの。もう一つは、不便益を与えるような新しいシステムやビジネスを作り出すもの。私はどちらかというと、後者の領域で研究を進めています。

京都先端科学大学教授 川上浩司氏
京都先端科学大学 教授 川上浩司氏

松井:不便益を活用して、新しい物事やこれから先の未来を作るということですね。野崎さん、不便益の話をお聞きになったときのファーストインプレッションはいかがでしたか?

野崎:ひと言で言えば、すごくモヤモヤしました(笑)。なぜなら、スマイルズは別に不便を生み出しているわけではないのですが、定量的なマーケティングリサーチではなく、「n=1」の思いや原体験、熱量などを大切にするわれわれの取り組みに似ていると直感的に感じたからです。このモヤモヤは何だろう?とすごく興味が湧きましたね。

松井:そのモヤモヤの種が、いま振り返ると全ての始まりだった気がします。野崎さんと一緒に京都へ行き、最初に川上先生とお会いしたとき、「不便益だけでなく、それに近しい何かがありそうだ」というお話をしましたよね。

川上:不便益の要素の一つに、「効率を求めない」という側面があります。スマイルズの事業についてお聞きしたとき、効率化とは異なる軸で価値を生み出している点に、不便益と通じるものがあるのではないかと感じました。

実は、野崎さんにお会いする前からスマイルズがプロデュースされた「文喫」が気になっていたんです。入場料がかかる本屋って、不便ではないけれど不便益の匂いがするなぁ、って(笑)。 

文喫カフェ
「文喫」入場料制の本屋。コーヒーや煎茶(おかわり自由)を嗜みながら、約3万冊の書籍の中からじっくりと本を選び、好きな席で過ごし、お気に入りの本を購入できる。

野崎:文喫は、ローンチ直前まで入場料制に踏み切れずにいました。無料で入れる本屋が当たり前の中、文喫は本の量が圧倒的に多いわけではないし、便利さでいえばオンラインショップにかないません。つまり、定量的な価値に優位性があって入場料が成立するわけではないのです。

では、文喫の入場料は何の価値と交換するのか?散々悩んだ末、「本と出会うための本屋」というコンセプトを思いついたときに、一気に視界が開けました。つまり、わざわざ入場料を払って本屋に入ることで、絶対に良い本と出会うんだ!というモチベーションが働きます。そして、これまで何となく眺めていた本屋の本棚、視野に入ってこなかった本に対する意識が変化し、本との偶発的な新しい出会いが生まれます。

入場料制に合理性はありませんが、人間の心理に何かしら作用するものがあり、「本と出会う」「本を買う」という行為の価値をぐっと引き上げることができたんだと思います。

川上:文喫は不便ではありませんが、ハードルがあるからこそモチベーションが生まれるという点において、不便益と共鳴する部分がありますよね。

野崎:はい。不便益の周辺領域にもっといろいろな価値の陸地があるような気がして、それを解き明かしたいという思いから、今回の「不便益を“含む”未知なる益」というコンセプトに辿り着きました。

スマイルズ取締役CCO 野崎亙氏
スマイルズ 取締役CCO 野崎亙氏

コロナ禍の制約で生まれた、花瓶を愛でるという「益」

 

松井:川上先生は20年以上、不便益の研究に携わられていますが、その中でも新型コロナウイルスの流行は不便益の役割や意義を浮き彫りにした出来事ではないかと感じています。実際はいかがでしょうか?

川上:コロナ以前からありましたが、コロナをきっかけに世の中全体で効率化の動きがより加速しています。私も工学畑の人間なので、以前は頭の中が効率一辺倒で、非効率なものにはムッとしていました。でも、如何なるときも効率を求めるのが正義というのは、実は思い込みなんです。

例えば、電子辞書は知りたい単語にひとっ飛びで行けますが、紙の辞書は複数のページを辿っていきます。後者の方が不便だけれど、そのプロセスの中に思いもよらぬ単語との出会いや発見があります。目的の単語に早く辿り着くための工夫も思いつくかもしれません。手を動かして、単語にアンダーラインなどを引きながら覚えたほうが記憶にも定着しやすいでしょう。

このように、あえて非効率に身を置くことで得られる価値もあります。もしコロナ禍で不便さを感じている人がいたら、今の生活はこれまで気づかなかったことを見つけるチャンスと捉えてはいかがでしょう。

野崎:コロナ禍で在宅勤務をしている人にとって、通勤時間という無駄を省けたと考えると、すごく効率的で便利ですよね。でも僕にとっては、これが逆説的に不便を生んでいることに気づきました。在宅勤務だと、1日中ずっと同じデスクで、インターバルなくシームレスに会議が続きます。これ、本当に地獄ですよ(笑)。1日の終わりには疲労困憊で、ぐったりしていました。

でも、コロナ以前から1日中会議が続くことはよくありました。何が違うのかというと、移動時間なんです。会議と会議のあいだの移動時間、5分、10分、30分といった時間の中で、僕は頭のスイッチを切り替えたり、クリエイションしていたんです。つまり、移動するという時間的な制約があったからこそ、そのあいだは何を考えても良いという自由な時間を獲得していたということです。

松井:コロナ以前は発見できなかった価値ですよね。

野崎:うちのスタッフは在宅勤務が続く中、毎日近所の花屋へ1輪の花を買いに行き、花瓶に挿すようになったそうです。これまで花瓶を育てたことはなかったのに、近接的な距離しか移動できないからこそ、ふだん目に入らなかった花屋に行くようになり、花を愛でるようになった。これはまさに、不便から生まれた人生の楽しみ方ではないかと思います。

川上:良い取り組みですね。極端な話、どこでもドアで通勤できたら、絶対に花屋は見つけられません。便利な一方で、花瓶を育てるというクリエイションが生まれる余地はないですよね。

松井:人生の豊かさを発見できた。しかも、それを本人が確かな実感を持って得られたことが大きいと思います。

松井浩太郎氏
ポルタメント合同会社 代表(ニューホライズンコレクティブ所属) 松井浩太郎氏

不便や非効率の先に、自分だけの強烈なブランド体験が生まれる

 

松井:先ほど辞書の話が出ましたが、まさに教育分野ではある程度手間をかけたほうが記憶に定着するという事例が多々あります。これは企業や広告がメッセージを発信するときの参考にもなりそうですが、人の記憶や印象に残る働きかけをしたいときに不便益を生かすことはできるのでしょうか?

川上:不便益研究では「不便から得られる益8種」を定義しており、その一つに「主体性が持てる」という項目があります。すなわち、自分ゴト化するということ。これが記憶の定着に重要な役割を果たすと考えています。

不便から得られる益8種
不便から得られる益8種

松井:いまの「自分ゴト」というキーワードは、スマイルズの事業に共鳴する部分があるように感じるのですが、野崎さんはいかがでしょうか?

野崎:「モノからコトへ」という言葉がありますが、僕はその先に「コンテクスト=文脈」があると考えています。まさに「自分ゴト」に近いイメージで、ユーザーが商品やサービスを体験するとき、その人なりの意味や流れの中で、商品・サービスがどのように位置付けられるかが、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を左右する重要な要素になるということ。

定量的なファンクションだけではなく、時間や空間、雰囲気、空気感も含むその時の状況そのものがセットになり、その人ならではの文脈がブランドと結びつく。そのような強いブランド体験を作る上で、不便益も含めた合理性だけでは獲得できないものが必ず含まれてくると思っています。

松井:確かに、個人的な思い出や楽しかった記憶と結びついた商品って、いつまでも忘れないですし、他のものとは思い入れが違いますよね。その意味で、スマイルズはすでに「不便益を含む未知なる益」をビジネスに実装されていると思うのですが、他にもビジネスに生かしている事例はありますか?

野崎:Dispo(ディスポ)というアメリカ発の写真SNSアプリが大反響を呼んでいるのですが、このアプリは使い捨てカメラから着想を得ていて、Dispoで撮影した写真は翌朝9時にならないと閲覧・共有できないんです。

これ、利便性を追求するSNSの世界に不便な機能を打ち出すことで、ユーザーに使い方を想像するきっかけを生み出しているんですよね。人はなにかしら制約があるからこそ、その中で新しいクリエイションを起こしたくなるもの。そう考えると、便利/不便はどちらか一方を突き詰めるのではなく、同居させることで価値を高めることができるのではないかと思います。

川上:確かに、Apple製品もガジェット自体は非常に便利ですが、箱を開けると説明書がなくて、実際に使ったり調べたりしながら操作方法を学んでいきますよね。この使いながら自分のものにしていくプロセス自体が、ブランド体験になっているのかもしれません。

MacbookAir

野崎:効率化が追求され、利便性が世の中に実装されるほど、便利とは異なる益の価値が浮かび上がると思うんです。いま世の中でDXが推進されていますが、DXが進めば進むほど、リアルの価値も問い直されます。DXは当然ながら必要であり、どんどん実装していくべきですが、それと同時に逆の価値を生み出すこともわれわれは考えるべきではないでしょうか。

松井:合理性や効率性だけを追求したからといって、必ずしも勝者になれるとは限りませんよね。

野崎:単純に自分の生活を振り返ってみても、そんなに合理的・効率的に動いていないんですよね。それはクリエイターや学者だからという問題ではなく、誰もが日常的にすごく非合理な行動を起こしていたりする。そこに人間の本質、豊かさの本質が眠っていると思うんです。「不便益を含む未知なる益」は決して新しい概念ではなく、これまでにも僕たちが享受していたもの。そこから目を逸らしていただけな気がします。

川上:それは面白い視点ですね。

野崎:これまでの人生で、非合理なことや不便から生まれる益をたくさん体験してきたのに、説明する能力がないから目を閉じてきたんです。子どもの頃に遊んでいたおもちゃだって、不便だから楽しいし、自分なりに工夫を凝らして遊べるんですよね。便利過ぎるおもちゃほど意味のないものはない(笑)。

松井:本当ですね(笑)。私は道案内だけじゃなくて、どうでもいい雑談をしてくれるカーナビが欲しいです。

川上:京都弁とか、その土地の言葉で話してくれたら運転がもっと楽しくなりそうですね。私は回転寿司が便利過ぎると思うので、自分で握る寿司屋があっても良いなって考えています。お店で親が握ってくれた寿司を子どもが食べる、これは忘れられない思い出になりますよね。

松井:アイデアが止まらないので、このへんで(笑)。でも、皆さんがおっしゃるように、不便性や非合理性から生まれる益は、さまざまな業界に活用できそうですよね。

野崎:いろんな方々と一緒に、アイデアを考えていけると嬉しいです。

松井:4月からスタートする共同研究コミュニティの活動も含めて、今後もわれわれは「不便益を含む未知なる益」をビジネスに実装するチャレンジを続けていきます。どんな業種でもウェルカムですので、興味のある方はぜひお声かけください!

 

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