アート×ビジネスの妄想夜会No.2
アート×資本主義の未来とは?(椿昇×岩崎かおり)
2021/04/27
2020年12月7日から五夜連続で「アートとビジネスがつくる未来を妄想する夜」と題するウェビナーが「アートとビジネスをつなぎ、豊かな未来を描く」をテーマとした電通社内ラボ、Dentsu Art Hubの主催により開催された。アート×ビジネスにそれぞれの立場で深く関わる猛者たちによる対談&鼎談は、いずれの回も「三つのキーワード」のもとで行われた。ご本人により事前に設定された「妄想トーク」のテーマは、それだけで聴く側の妄想が掻き立てられる。
この連載では、ウェビナーを通じて見えてきたアートの本質、ビジネスの本質、さらにはそのアートとビジネスが「掛け算」されることで創造される未来という大きなテーマに、編集部ならではの視点から切り込んでみたい。
第一夜にあたる本稿では、京都芸術大学教授(同大学院付属ギャラリーディレクター)椿昇氏とTHE ART代表取締役岩崎かおり氏の対談内容から、アートと資本主義の関係性について掘り下げていく。
文責:ウェブ電通報編集部
「僕の感覚でいうと、アートビジネスは農業に近い」(椿昇)
「アート×資本主義」というテーマを聞いて、「金持ちの道楽」「法外な値段で売りさばく悪徳画廊」「ゴッホの名画がうん百億円で落札」といったことをイメージされる方が、ほとんどではないだろうか。一言でいうなら「ウサンくさい」といったイメージ。恥ずかしながら、筆者もその一人だ。正確に言うならば、その一人であった。
インストーラーという職業をご存知だろうか。アート業界では「アーティストの構想を視覚化、具現化する専門職」を差すもので、ウェビナーの冒頭、自己紹介がわりに、と紹介されたアートフェアの数々に、椿氏はインストーラーという立場で参画しているのだと言う。「言ってみれば、塩のふり加減から最後の味つけ、盛りつけ、そのすべてを任されたシェフのような感覚ですね」。のっけから、なにやら不思議な話がはじまった。
後ほど紹介する「三つのキーワード」のネタバレにならぬよう、言葉を選びつつ話を進めるが、仕事でも、恋愛でも、「食べ物」や「料理」で例えられると、なんだか妙に納得させられてしまうのは筆者だけだろうか。シェフに続いて椿氏から飛び出したのは、「アートビジネス=農業」という例えだった。丹精こめてつくられた作物(作品)のおいしさ(価値)を、より多くの人に知ってほしい。そうした、これから展開されるであろう話の流れには、そう簡単には騙されないぞ、と編集者魂を奮い立たせる筆者であった。
「金融資本主義は、もはや絶対正義ではありません」(岩崎かおり)
つづく岩崎氏の指摘にも、大いに心がぐらついた。「バンカーである私が、こんなことを言うのはどうかと思いますが、この世のすべての価値をおカネが決定するという価値観そのものが、この時代、もはや成り立たなくなっていると思います」。金融業界の最前線に立つ岩崎氏にそう断じられては、ポカンとするばかりだ。
あらためて「アート×資本主義」というテーマ、それも、資本主義というかつては「絶対正義」のように思われていたものの揺らぎに、思いが及ぶ。コロナ禍で露呈した「閉塞感」は、経済面、精神面だけの話ではない。資本主義という社会システムそのものが、どうにも行き詰まっているのではないか?という不信感に、誰もが押しつぶされそうになっている現実。そうした現実から救い出してくれるのがアートなのだということなら、これほど興味深く、ありがたい話はない。
今宵のキーワード (その1)「買いましょう」
「私自身のアートに対する考え方がガラリと変化したのは、アートというものが『見るもの』から『買うもの』になった、その瞬間だったと思います。きっかけは、一つの出会いなんです」。最初のキーワードが紹介されるやいなや、岩崎氏はこう話を切り出した。岩崎氏の言う出会いとは、作品との出会いもさることながら、作者との出会いを指すものだ。「作家のことを知れば知るほど、その作品が生まれた背景や、その作品に込められた思いのようなものが見えてくる。もっともっと、その作家のことが知りたくなる。気がつけば、アートコレクターであり、アートラバーになっていた。そんな感じです」。
椿氏のコメントも、興味深い。いわく「椿に(まんまと)買わされた」が、このところの沸騰ワードなのだと言う。椿氏の周囲の人々が、なぜ「椿に買わされてしまう」のか。そこにあるのはトラスト(信頼)だと思う。それが、椿氏の見立てだ。たとえばネットなどを通じて作者とダイレクトにやりとりが出来る。そのダイレクトな関係を支えているものは、信頼に他ならない。アートを買うという行為には、なによりダイレクトな信頼関係が必要で、そこから「交換価値」を超えた「体験価値」が生まれるというのだ。
「僕はねえ、作品を買わない人とは、口をきかないんです」と冗談めかして椿氏は言うが、お二人の「買いましょう」には、明確な共通点がある。それは、「買ってみないことには、何も始まらない、何もわからない」ということで、だとすれば、多くの人がアートに対して、食わず嫌いをしていることになる。それが、次なるキーワードへとつながっていく。
今宵のキーワード(その2)「買いましょう」の次は、「食べましょう」
椿氏によれば、日常的にアートと触れ合うということは、食べ物を摂取するという行為に近いのだという。「食料は、なにかを一点だけを買って、それで終わりということはない。来る日も、来る日も、食べつづけなければならない。いったん口に運んだら、それこそ死ぬまで、食べつづけないといけない。そうでしょ?」椿氏の説明はつづく。「食べて、食べて、食べ続けているうちに、おいしいものとそうでないものがわかってくる。アートもそう。体験して、味わって、我が身にどんどん取り込んでく。僕にとっては、アートは買うというより、食べているとう感覚のほうがしっくりくるんです」。
ややあって、岩崎さんはこう感想を述べた。「食べ物つながり、と言えるかどうかはわかりませんが、私の場合は、誰かと『シェアする』ことも、アートの味わい方というか、楽しみ方の一つなんです。ちょっと、味見してみて。ね、おいしいでしょう。というときのあの感覚。より多くの人に、あっ、ホントだ。と言ってもらえたら、うれしいじゃないですか」。
今宵のキーワード(その3) そして、「伝えましょう」
「そのシェアのお話、我々が事前に用意した最後の話題に、すでになっちゃってますよね?」そんな椿氏によるツッコミから、三つ目のキーワード「伝えましょう」に話がおよぶ。
「岩崎さんはご自身のことをアートラバーだとおっしゃいましたが、たとえばスイーツ女子のような感じでアート女子が増えていってくれたら、こんなにうれしいことはないです」。岩崎氏もこれには納得で、スイーツを見たとき、食べたときの、なんとも言えないほっこり感、幸せ感こそが、アートの魅力なのだ、という。スイーツのように、ついついSNSでその魅力を誰かに伝えたくなってしまう。そんな衝動を駆り立てるものがアートのもつポテンシャル(秘められた力)だとしたら、その経済効果ははかりしれない。ここから一気に、話は大詰めへと向かっていく。
「そんなアートの価値は、時間によってさらに磨かれるんです。それも、並の時間ではない。500年、1000年といった時間が、アートの価値を高めてくれる。逆にいうと、時を経ることでその価値が失われてしまうものは、本物のアートではなかったということになりますね」。そう語る椿氏への岩崎氏の返しが、筆者には鮮烈だった。いわく、「時間」というものは、資本主義にとってもっとも怖い、あるいは残酷な存在なのだ、と。
対して、アートは「時間」を怖がらない。浮世絵にしても、そもそもは銭稼ぎのためにつくられた日常づかいの「工業製品」に過ぎなかった。アートというものの本質を考えるとき、そうした日常品を特別なものへと昇華する「魔法」の存在が、どうやら重要なもののようだ。でも、その「魔法」の正体は、椿氏や岩崎氏でもわからない。人類が手に入れた最先端の科学をもってしても、いまだに宇宙の謎のほとんどが解明されていないように。
「先送り行政」「先送り外交」など、とかく「先送りにすることは、悪いこと」のように思われがちだが、500年、1000年といったスパンで先送りをされると、人はただ「参りました」と白旗をあげるしかない。そこにロマンを見出す能力もまた、人類のもつ偉大なる叡智の一つなのかもしれない。
本連載は、「アートとビジネスがつくる未来を妄想する夜」と題されたウェビナーの内容を主催者であるDentsu Art Hubの笠間健太郎氏(株式会社アーツ・アンド・ブランズ代表取締役)監修のもと、ウェブ電通報独自の視点で編集したものです。
開催決定!オンライントークイベント
「アートとビジネスがつくる未来を妄想する夜 ART PUB NIGHT #1」
実施日時:2021年4月28日(水) 19:00-21:30
(10分前にZoomウェビナーを開場いたします)
参加費:無料
開催形式:Zoomウェビナー
申込先:各回先着500名まで参加可能。
お申し込みは、こちら。(事務局より視聴用URLをお届けします)
応募締切:4月28日(水)