アート×ビジネスの妄想夜会No.4
アート×インフラの未来とは?(施井泰平×伏谷博之×梅澤高明)
2021/07/12
2020年12月7日から五夜連続で「アートとビジネスがつくる未来を妄想する夜」と題するウェビナーが「アートとビジネスをつなぎ、豊かな未来を描く」をテーマとした電通社内ラボ、Dentsu Art Hubの主催により開催された。アート×ビジネスにそれぞれの立場で深く関わる猛者たちによる対談&鼎談は、いずれの回も「三つのキーワード」のもとで行われた。ご本人により事前に設定された「妄想トーク」のテーマは、それだけで聴く側の妄想が掻き立てられる。
この連載では、ウェビナーを通じて見えてきたアートの本質、ビジネスの本質、さらにはそのアートとビジネスが「掛け算」されることで創造される未来という大きなテーマに、編集部ならではの視点から切り込んでみたい。
第三夜にあたる本稿では、スタートバーン代表取締役施井泰平氏、ORIGINAL Inc.代表取締役/タイムアウト東京代表伏谷博之氏、A.T.カーニー日本法人会長/CIC Japan会長梅澤高明氏の鼎談内容から、アートとインフラの関係性について掘り下げていく。
文責:ウェブ電通報編集部
「映像の解像度って、どうして上げたいんですかね?」(施井泰平)
今宵の妄想夜会一つ目のキーワードは、「これ以上解像度が高くならない世界が来たら起きること」。施井氏によるチョイスだ。
施井氏からの率直な問いかけに、梅澤氏が答える。「技術者の性として、より高次元なスペックを追い求める、ということはあると思いますね。映像でもなんでもそうですが、事象の再現力を高めたいというか、人間そのものをより精密に再現したいというか。そのことが必ずしもアートの質を高めることとイコールではない、とは思いますが」
「確かに、五感のうち、視覚と聴覚の分野におけるテクノロジーの進歩は、すさまじいです。たとえば、世界中の美術館に行ったような気分になれるし、コンサート会場にいるかのような体験もできる。その意味では、アートのインフラとしてすでに十分に機能していると言えますね」。そんな施井氏に対して、梅澤氏は持論を重ねる。「とはいえ、例えば生のライブから伝わってくることって、音や風景だけじゃない。ここが悩ましいところです」
筆者自身もコロナ禍で改めて気づいたことなのだが、ライブ会場で我々は、実はものすごい量の情報を処理している。たとえば、温度。たとえば、匂い。そうした五感すべてを使って揺さぶるものがアートだとするならば、いまだにアートにとって完璧なインフラは発明されていないということになる。
対して伏谷氏の視点は、ちょっとユニークだ。「ライブ会場のように、あらゆる情報がてんこもり、というのもアートにとって大切なことですが、一方で、音でも映像でも何でもそうですが、粗い情報、少ない情報に触れると、人はその情報を補おうと必死で考える。そんな時の頭脳は、とてもクリエイティブな状態になっている。優れたアートを生み出すために、最先端のインフラは必ずしも必要ではなく、むしろ邪魔になることもあるんだと思います」
「ストーリーが見えると、アート体験は深くなるんです」(伏谷博之)
二つ目のキーワードは、「モノの裏側にあるコトを探せ」。伏谷氏によるチョイスだ。
伏谷氏が披露してくれたのは、こんな話だ。例えば、どこかの田舎町の外れにあるお地蔵さんの前に50人もの人が群がっているとする。昔であれば、ドラマで有名になったお地蔵さんを見てみたい、といったように、誰もが同じ目的で同じ場所を訪れる「マス観光」がほとんどだった。でも、今は違うのだという。同じお地蔵さんが目的でも、ある人はひなびた田舎の風景に魅せられて、そのお地蔵さんにたどり着いた。またある人は、そのお地蔵さんの歴史的な背景に興味があるから来た。縁むすびに効果があるという噂を聞きつけてやって来たという人もいる。それはつまり、マス観光から「メタ観光」へと、観光の質そのものが変わってきている、ということだというのだ。
この現象は、梅澤氏の言葉でいう「トランスフォーマティブ・トラベル」、伏谷さんの言葉を借りるならば、「プチ悟り旅」ともいうべきものだ。モノ消費からコト消費へ、そして、体験消費へと世の中の興味が移り変わっていくにつれ、旅の質も大きな変容を遂げている。伏谷氏いわく、それとまったく同じことが、アートでも起きているのだという。「有名な絵画を、大枚はたいて手に入れた。ああ、満足だ」ではなく、「どういうわけだか、この絵に心が引かれる。なぜなんだろう、どうしてなんだろう?」といった高揚感。それこそが、この時代に求められているアートの価値なのだそう。
そうした裏ストーリーが見えてくると、自身が体験したコトの価値に、深さと厚みが加わっていく。「旅のたとえを続けますとね。今の時代の観光客は、凡庸なツアーガイドなどを求めてはいない。美術館でいうところのキュレーターのような、自分だけに向けられたサービスを望んでいるのだと思いますよ」。梅澤氏が、分かりやすいたとえで説明してくれた。
「客を太くするには、滞在価値のあるインフラが必要」(梅澤高明)
三つ目のキーワードは、「アートツーリズム」。アートとインフラの関係を「旅」というモチーフで説明する、梅澤氏ならではのチョイスだ。
梅澤氏は前提として、日本がアート立国となるためには「富裕層をファンに取り込むこと」が、どうしても必要だという。高価な作品を手に入れられるだけの財力があるから、というだけの理由ではない。富裕層には、アーティストのパトロンとなるのに必要な「文化リテラシーの高い人」が多いから、と梅澤氏は説明する。文化リテラシーが高いということは、いいモノを見極める目を持っているということ。そうした目を持っている彼らには、いいモノの裾野を広げていくだけの影響力がある、というわけだ。
そうした富裕層を取り込むためには、例えば美術館の周りには「いい宿」や「いいレストラン」がほしい。美術商の近くには、作品鑑賞の場としても使えるような「アート作品専門の保税倉庫」がほしい。アートをフックとして富裕層を引きつけようと思えば、「滞在全体の体験価値を高める必要がある。そのためのインフラは不可欠」と梅澤氏は言う。さらに、アジアのアートセンターとして確立しようと思えば、香港のように「国際金融センター」として発展することが望ましい。金融セクターのプロフェッショナルたちが、現代アートの主要顧客である富裕層の相当部分を占めるのが現実だからだ。
アートとインフラの未来像がはっきりしてきたところで、今宵の「妄想夜会」も、いよいよ大詰めへと向かう。
梅澤氏による総括は、こうだ。「日本のアートは、『保存するもの』から『活用するもの』への変革期に来ている、と思います。未来に向けて人の意識も変えていかなければならない。インフラのあり方も変えていかなければならない。施井さんが取り組まれておられるシステムづくりなども、まさにそうですよね?」
アートを育むためのインフラづくり。それは、テクノロジーから法整備に至るまで、個人、法人、国家をあげての大事業ともいうべきことだ。有形、無形を問わず、私たち日本人が心の底から誇りに思っているアート作品はみな、そうした先人の努力があってこそのもの。そう考えると、「当たり前のようにそこにあるものだから、うっかり忘れていました」では済まされないぞ、という焦燥感や、この国で生まれたことへの責任感から、なにやら胸がざわついてくる。