話そうよ、ジェンダーのことNo.2
東大で大人気!瀬地山角さんと「ジェンダーと広告」について議論してみた
2021/08/10
電通クリエイターがジェンダーと向き合い、さまざまな分野の方との対話を通じて、ジェンダーとクリエイティブの新しい関係を模索する本連載。
第2回目は、東京大学でジェンダー論を研究している瀬地山角さんにお話を伺います。2020年に発売された『炎上CMでよみとくジェンダー論』は大きな話題になりました。電通のコミュニケーションプランナー・権すよん(以下:スー)とコピーライター・岩田泰河(以下:岩田)が、本の話も含めて、コミュニケーションをつくる者として気をつけるべき点など、ざっくばらんにお話を伺いました。
何が炎上するかは分からない
スー:今日は東京大学でジェンダー論を研究している瀬地山さんに話を聞きます。瀬地山さんの『炎上CMでよみとくジェンダー論』は、反響を呼んでいますね。まわりにも読んでいる人がたくさんいます。
私たちも、企業のコミュニケーションを専門にするものとして、参考になる部分がたくさんありました。
瀬地山:ありがとうございます。おかげさまで少しは売れています。
岩田:瀬地山さんは、どんなCMが炎上するかって、分かるものなんでしょうか。
瀬地山:実は、どのCMが炎上するか、すべて分かるわけではありません。でも、炎上したCMを見れば、なぜ炎上したかは分かります。
スー:問題になったCMのポイントを4種類に分類した図が、本には書いてありますよね。簡単に説明していただけますか?
広告の炎上4象限
瀬地山:はい、まずはこの図に沿って説明します。
横軸は、炎上ポイントに設定し「外見・容姿」と「性役割」で分けています。縦軸は、訴求対象が「女性」なのか「男性」なのかで見ています。
まず【第I象限】は、女性の共感を得るつもりが、女性の性役割を押し付ける形となってしまったものです。例えば、女性ばかりが家事や育児をするシーンを描いてしまったパターンですね。
【第II象限】は、女性の外見に関わるものです。「女性は可愛く若く美しくあるべき」というようなメッセージを含んでいるものです。これも女性に対する押し付けになりやすく、適切な表現が難しい領域です。
【第III象限】は、男性目線で、女性を性的な対象として描いているものです。一般にも受け入れられる表現だろう、笑いになるだろうと思って描いたものが、ただの男性の欲望の表出だったというパターン。例えば、ひと昔前は露出度の高い女性が登場するCMは珍しくありませんでしたが、今は完全にアウトです。
最後に【第IV象限】は、男性の性役割を固定化してしまったパターン。男性は仕事をがんばるもの、家事はやらない、もう少し自由に生きたいなど、男性都合の感覚を前提に物事を描いているものです。
そして、多くの炎上広告がこの4つの分類に当てはまると僕は思っています。
岩田:なるほど。分かりやすいです。
そもそもなぜCMは問題になりやすいの?
岩田:そもそもの話になってしまいますが、炎上することの問題は、どこにあるとお考えですか?
瀬地山:僕は政治的に正しい広告だけが、良い広告だとは思いません。問題になった広告の中でも、僕は面白いから好きだなと思うものもありますし。
ただ、広告は企業の世の中に対するメッセージです。人びとに好かれるためにつくっているものなのに、激しく嫌な気持ちになる人がたくさん出てきてしまうというのは、広告の意義を考えると良くないと思います。
スー:映画やドラマなど、他の映像に比べても、CMは問題になりやすいイメージがあります。
瀬地山:それはCMが良くできているからだと思いますよ。わずか15秒〜1分でものすごい訴求力がある。ドラマや映画では問題にならないシーンが、CMだとダメになるのは、ワンカットワンカットの重みが違うからですね。CMの場合、一つ一つのシーンに意味があって、無駄がない。だからこそ、炎上しやすいんだと思いますね。
スー:となると、企業は炎上にどう対応するのがいいんだろう...。
岩田:僕は、企業の理念、価値基準をしっかり持つことが大切だと思います。SNSの世界で表現として嫌う人がいたとしても、企業の理念として間違ったことを言ってなければ大丈夫と企業として判断できたりもするからです。
判断基準が曖昧だと次のCMを作るときも前回の反省が活かせないのかなと思います。
スー:つくる側がしっかりと判断基準を持つことは、これからの時代とても大事な気がします。もちろんその判断基準はジェンダーという視点からも正しくなければなりません。
時代と環境によって、ジェンダーの価値観は変わる
岩田:今の時代、女性差別的な表現で批判される広告がほとんどですよね。逆に、男性差別的な表現で大きく炎上しているものはそれほど見ない気がします。
瀬地山:あくまで「今の」世の中では、男性の容姿に関しては、イジってもOKということが、世の中の暗黙の了解になっていますよね。だから、問題になるCMのほとんどは、現状、女性に関わるものです。でも、これからその価値観も変わっていくかもしれませんが。
スー:個人的には、男性に対して「男らしくあるべき」とか「男は経済力があるべき」という考え方をCMで押し付けるのも良くないと思うんです。
瀬地山:そうですね。ひと昔前の栄養ドリンクのCMなんか、個人的にけっこう怖いと思います。
ただ、ものによると思いますが、男性の場合は、自虐ネタとして捉えられることもあると思います。それは今の環境が、男性の方が社会的に権力を持つ側、マジョリティだから。男性をからかうのはネタとしてOKになりやすいんですね。しかし、弱い立場、苦しんでいる方に追い討ちをかけるのはダメなんです。逃げ場をなくす表現にしてはいけないと思いますよ。
岩田:家事負担も、個人的にはひと昔前よりはフラットになってきたように感じますが、家事負担の圧力に苦しんでいるのは女性の方が多い印象です。
瀬地山:例えば、洗濯だって、洗濯乾燥機のおかげで昔に比べれば簡単になっています。もう今の時代、男の仕事とか、女の仕事とか、まったく関係ないのにね。
岩田:家事のシーンだと今までのCMでは女性が登場することが多かったのですが、それがジェンダーギャップを拡大する一因になっていたことを反省しなきゃいけませんね。
でも、これからは、男性が家事をする姿も増えていくはずです。その時に、今までにない表現の幅が広がるチャンスだと捉えた方が、社会にとっても、広告のつくり手にとってもいいですよね。
スー:最近は表現をつくるときに、「女性に家事をさせる」「男性はバリバリ働く」というようなシーンを描くことが暗黙のタブーとなってしまっていると感じます。実際にはいろんな人が世の中にはいていいと私は思っていますが、ただ、社会にそれを伝えるときは、違う。企業の意志が入っているものだからこそ、ダイバーシティを分かりやすく表現した方が良いのだと思います。
瀬地山:そうですね。そして、ひとつ大事なのは、今はSNSの時代。ターゲットだけが広告を見ているわけではないという点です。気になったものはすぐに拡散できる。だからこそ、みんなに見られていることを意識してつくる必要があると思います。
広告をつくるときにできる3つのこと
瀬地山:広告の炎上を完璧に阻止することは難しいとは思いますが、ある程度防ぐことはできます。例えば以下のようなことをしてみるのも手でしょう。
①「炎上CMの4象限に当てはまるかチェック」
今までいろんな広告を見て思いましたが、4象限ってかなり汎用性が高いんですね。広告を企画するときに、一度当てはめてみるのは良いチェックになると思います。逆に、ここでどれかに当てはまってしまうと確実にアウトなので気を付けましょう。
②「性別をひっくり返す」
企画するとき、試しに性別を逆にして考えてみるのも良いでしょう。男性が家事や育児をやっているシーンを描き、女性が仕事を頑張ったり成功しているシーンを描く。一見安易なやり方にも思えますが、性別をひっくり返すことで自分の中にある固定概念に気づく良いきっかけになるかもしれません。
ただし、女性・男性の気持ちをしっかり理解していないと、むしろ配慮の足りないCMになってしまうこともあるので気を付けましょう。
③「半歩先の世界を描く」
広告では「半歩先の世界」を描くことがとても大事です。マジョリティではないけど理想の世界、でも今の世の中にも一定数はある場面を描く。まさに「進歩的」という意味での半歩です。遠すぎないから違和感がなく、少し先だから理想の世界として捉えられる。そういうものを描くことによって企業がどんな世界を目指しているのかも伝えられます。そのためにも、人権感覚のアップデートが必要だと思いますね。
スー:こうやって1時間お話ししただけでも、できることがいくつも見つかりました。「いろんなものに縛られてコミュニケーションを考えるのって窮屈かも」と思いましたが、逆にその中で何ができるか考えるのも面白そうです。意外といろいろできそうな気がしました。
岩田:CMづくりで難しいのが、伝えるメッセージが間違っていなくても、表現にも気をつけなければいけない点です。同じ内容のことを言うにしても、どんな表情、どんな言い方、どんな場面かという表現の差で、「好き」「嫌い」がハッキリ分かれます。
瀬地山:それは悪いことではないので、むしろうまく「ひねり」を加えていく技術が、クリエイティブには求められているし、今後もっと求められていくと思いますね。それから、商品のマーケティングと表現がうまく噛み合っていることも重要です。
スー:絶対ダメなことを書いたチェックリストがあれば、つくり手も安心して新しい表現を考えることができるかもしれないですよね。あと、個人的には全クリエイター向けのジェンダー論の授業があったらいいと思います。
瀬地山:例えば海外だと、CMでのジェンダーの描き方で、公的機関がNGを出すこともあります。日本はそういうシステムがないですよね、きっと。広告業界でもBPO(放送倫理・番組向上機構)のような自立した機構をつくるのもいいと思います。
岩田:会社の中に表現をチェックする部署はありますが、社外にそういう判断をしてくれる公的機関があるのはすごく良さそうですね。
スー:今回はCMの話が多いですが、ジェンダーについてしっかり考える姿勢は、全てのマーケティング領域でとても重要だと思っています。例えば、ブランドや商品を開発するときにターゲット設定をすると思いますが、今の時代に「良妻賢母になりたい女性」だけをターゲットとしてしまうと、事業そのものが危ういですし、企業価値そのものが疑われてしまう。CMのように分かりやすく炎上はしないかもしれませんが、逆に言うと取り下げたり謝罪するだけでは済まず、大きな事業の失敗になる可能性さえあります。
瀬地山さんとの話を終えて
スー:はー!有意義な時間だった。まだまだ話し足りないね!
岩田:とても役に立った!何か発言する前にも4象限のチェックリストを見る必要があるかも。実は、僕も先日の打ち合わせで、うっかり女性への偏見が含まれた発言をしてしまったかもしれなくて…。
スー:でもそういう固定概念や偏見は誰しも心の中に少しはあるものだよね!私の中にもきっといる。今まで生きてきた社会が自分をつくるからね。そいつを常に監視して注意しながら気をつけて生きていきたい!
あと、私がまだモヤモヤしているのは、女性に対することでたくさん炎上しているのに、男性に対してのものはまだ容認されやすいというのがやっぱり違和感があるんだよね...本当にジェンダーフラットな社会を目指したいからかも。
岩田:それについても、またいろんな人と話してみたいね。
この連載では、さまざまな分野の方と「ジェンダーとコミュニケーション」をテーマに対話し、これからのコミュニケーションのヒントを探っていく予定です。
企業のコミュニケーションを、一人一人の人生を、この社会をより良くするために。
みなさんも、ジェンダーのこと、一緒に考えてみませんか?
イラストレーション : 萬田 翠