AIチャットボットから考える、コミュニケーションのこれからNo.6
生活者調査に変革!AIで“ウェブと対面のいいとこどり”を狙う
2021/10/04
企業のマーケティング活動に必要不可欠なリサーチ活動。
中でも、顧客の声に耳を傾け分析することは特に重要で、いかに「多くの顧客」から「深いインサイト」を得られるか?という点がマーケティングのカギとなります。
この二つのカギを「AIチャットボット」が解決してくれるとしたら──?
電通と電通マクロミルインサイトでは、このようなリサーチ手法の高度化を目指すため、生活者のインサイトを独自のAIチャットボットが自動で深掘りするソリューション「Smart Interviewer(スマートインタビュアー)」のβ版を開発しました(リリースはこちら)。
Smart Interviewerの実証実験では、注目すべき発見が得られました。一般的なアンケートフォームと比べて、フリーアンサーの回答量が大きく増加し、回答内容の質にも大きな変化が見られたのです。
今回は実証実験の結果を基に、AIチャットボットをリサーチ活動に活用するメリットやポイント、今後の展望について、Smart Interviewerの開発を手掛けた電通・事業共創局の水津龍耶と電通マクロミルインサイト ビジネス開発部の沖田奈央がご紹介します。
<目次>
▼フリーアンサーの回答量が4.3倍、「特になし」は7割減!
▼「ラダリング」の手法を用いたAIならではのインタビュー術
▼AIとのチャットで、本音を引き出す “自然な対話”
▼回答データからマーケターにとって重要な文脈が見えてくる!
▼AIデータ蓄積やクリエイティビティにより、広がる活用ポテンシャル
フリーアンサーの回答量が4.3倍、「特になし」は7割減!
まずは水津が、本実験で得られた結果について、「一般的なWEBアンケートの自由回答フォームで得られた回答」と比較しながら、その特徴や傾向を見ていきます。
実証実験では、ある飲料ブランドの広告の印象について、500名の回答者にSmart Interviewerを使って聴取しました。
まず全体の傾向として、従来手法と比べて一人あたりの回答文字数は4.3倍、回答切り口の数は2.3倍まで増加した一方、「特になし」といった回答は72%低減しており、回答の「量」と「質」、両面での向上が見受けられました。
また、回答されやすい内容の傾向にも変化が見られました。
例えば、広告の印象について聞かれたとき、最もコメントされやすいのがタレントやキャッチコピー等の「広告表現」です。もちろん広告表現についての意見も大切ですが、マーケターにとっては「その広告表現が、実際に商品特徴や購入意向につながっているのか」という点がより重要なはずです。
しかし従来の回答フォームでは、やはり目につきやすい広告表現に対する意見や感想で終わる場合も多く、本当に知りたい「商品の特徴」や「回答者自身の態度変容」への言及が含まれる回答割合は、合わせて35%程に留まっていました。
Smart Interviewerでは、AIが「広告表現について答えた回答者」に対して、「商品特徴」や「態度変容」に関する質問を展開していくため、それらが含まれる割合を52%まで増やすことができました。
それでは、なぜSmart Interviewerでは、このようにバランス良く回答を引き出せるのでしょうか?
「ラダリング」の手法を用いたAIならではのインタビュー術
まずは、回答者とAIがやりとりをしている様子を動画でご覧ください。
このようにSmart Interviewerでは、回答内容をAIが解析し、「次に聞く質問」を自動的に展開します。この裏側のプログラムでは「ラダリング法」と呼ばれる調査手法に基づいた設計がなされています。
ラダリング法とは、人の意識やブランドの価値について階層構造でひもといていく手法です。
例えば、広告印象評価の場合では、下図のように「聴取したい階層構造」や「想定される回答要素」を事前にAIに学習させておくことで、ラダリング構造に沿った質問を自動で選定できるようになります。
開発時に課題となったのは、回答される内容の表現の“ゆれ”や、「同義語」「類義語」等の判別です。例えば「タレントが良い」という意味の回答一つとっても、回答者によって「出演者が魅力的だった」「俳優さんが素敵だった」など、さまざまな形で表現されます。
生活者の回答を適切な「ラダー(階層)」に当てはめ、次の質問を展開していくためには、まずはAIがこうした“揺らぎ”のある回答内容を正しく認識する必要があるのです。
この課題は、電通独自開発のAI日本語対話エンジン「Kiku-Hana(リリースはこちら)」の技術を活用することでクリアしました。Kiku-Hanaは、自然言語解析や理解、推論などに最適な論理型プログラミング言語「AZ-Prolog」を採用し、少ない学習量でも多様な言語表現の意味を捉えることが得意なエンジンです。
AIとのチャットで、本音を引き出す“自然な対話”
次に、重要なポイントとなったのが「いかに回答者と自然な対話を成立させ、本音に近い回答を引き出すか?」という点です。
実証実験は2回行い、それぞれ回答者に「回答しやすかったですか?」「楽しく回答できましたか?」という質問をしましたが、1回目の実験で「回答しやすかった」「楽しく答えられた」と答えた割合は、どちらも半数程度に留まりました。
そこで、2回目の実験では、電通マクロミルインサイトのモデレーターの意見を参考にしながらAIの話し方や相づちの調整、およびアイコン変更などのUI改善を試みました。
その結果、対話の内容自体は変えていないにも関わらず、「回答しやすかった」「楽しく答えられた」という回答の割合が大幅に向上しました。(下図)
調査対象者からは「自分の考えがまとまりやすくなった」「回答がはかどった」「AIなので本音で答えやすい」といった好意的な声も数多く寄せられており、ちょっとした対話やUIの工夫により評価が大きく変わることがわかりました。また、AIが適切な相づちを挟みながら順次質問をしていく形式が、自由回答を豊かにする手助けになったこともうかがえます。
このような対話・UI設計は、電通グループの強みでもあるクリエイティブの力を掛け合わせていくことで、さらに発展させることが可能だと考えています。
回答データからマーケターにとって重要な文脈が見えてくる!
この章では、書き手を交代し、電通マクロミルインサイトの沖田が、実際にSmart Interviewerを使ってみた所感と、クライアントからのフィードバックをご紹介します。
一般的なウェブ調査では、フリーアンサーの収集方法として、「〇〇についてのイメージをどのようなことでも、ご自由にお知らせください」というような質問に対し、一つの回答ボックスを設けて、そこに記入していただくケースが多いです。
より豊かなフリーアンサーを取得するため、回答ボックスを2~3個用意したり、「回答例」を提示したりすることも考えられます。しかし、前者は一言で回答される場合も多く、その理由や背景を理解するに至りません。後者は、提示する例文によってバイアスがかかる可能性があります。
Smart Interviewerはそういった課題を解決し、かつ従来のような人間による定性インタビューでは取得できないサンプル数を獲得できます。
実際に、今回の実証実験で取得したデータと、従来の1ボックスで取得したデータを、テキストマイニングツールでマップを作成し、比較してみました。
Smart Interviewerにより取得したデータでは、マップに表出する単語が増え、分岐も多くなっていることがわかります。
例えば広告評価であれば、従来の手法でのデータ取得によるマップは印象に残った広告表現が主な内容になっていますが、Smart Interviewerでのデータ取得によるマップは、「印象に残った広告表現」に加えて、伝わった「商品のイメージ」や、それを知ったことによる「心理・態度変容」まで、一つの文脈としてデータを取得できていることが見て取れます。(下図)
また、実証実験だけではなく、実際にクライアントにご活用いただくシーンも増えています。ある飲料メーカーのご担当者が、商品コンセプト評価でSmart Interviewerを利用されたところ、以下のようなフィードバックがありました。
- 普段行っているコンセプト評価の自由回答と比較し、とてもリッチな記述を得られた。
- 通常は提示文章に記載のある表現に対しての良しあしの評価が大半を占めるが、AIの深掘りによってコンセプトから伝わる知覚品質や便益の言葉がいくつも見られ、それらが記述量としても確認できた。
- 時間にあまり猶予がない際に仮説の更新と検証を効率的に行える、定量と定性双方の機能を兼ね備えた非常に良いソリューションだと感じた。
このように、リサーチ現場およびクライアントの目線からも、Smart Interviewerは回答量・質の双方から満足と期待が感じられる成果を出すことができています。
AIデータ蓄積やクリエイティビティにより、広がる活用ポテンシャル
総括すると、Smart Interviewerの最も大きな強みは、
- 一度に大人数へのインタビューができる点
- 一人一人の回答をAIが掘り下げてくれる点
です。
今後このメリットをさらに拡大していくことで、最終的にはアンケート調査と対面調査の“いいとこどり”ができる、新リサーチ手法に進化させることを目指しています。
そのための課題として、現状はAI学習の手間がかかるため、AIへの幅広いジャンルの学習データの蓄積とシステムの汎用化に取り組みたいと考えています。
Smart Interviewerの活用は、リサーチ領域のみにとどまりません。そのコアである「AIが生活者インサイトを掘り下げるアルゴリズム(特許出願中)」は、基礎技術としてさまざまなコミュニケーションやマーケティング活動をサポートできるポテンシャルを秘めています。
例えば、対話AIをキャラクター化し、アニメーションと連動させて生活者とのコミュニケーションに活用したり、マーケティングオートメーションツールやレコメンドエンジンと連携することでDXの一環として応用したりする使い方もあると思います。
本サービスのリリース公開後、企業からトライアルのお声を頂くことも増えてきており、次なる機能の拡張も予定しております。
新たなマーケティング手法にチャレンジしたいと考えている皆さま、ぜひ一緒にAI時代を切り拓いていく試みに挑戦しませんか?
【実証実験の概要】
調査概要:飲料ブランドの動画広告に対する印象評価
調査方法:インターネット調査(自由回答設問をSmart Interviewerで調査)
調査対象:500サンプル
調査時期:2020年12月
調査主体:電通/調査実施機関:電通マクロミルインサイト