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SDGs達成のヒントを探るNo.12

渋澤健氏、「ポストESG」と「企業は人なり」を語る

2022/02/14

SDGs達成の手段として、「ESG経営」に取り組む企業が増えてきました。一方、世界では、「ポストESG」の動きも進んでいます。時代の転換点を迎えた、SDGsに取り組む日本企業の現状と課題、新時代の企業のあり方とは?

SDGs達成のヒントを探る本連載。今回は、「日本資本主義の父」と称され、およそ500の会社の設立や経営に関わった渋沢栄一氏の玄孫(やしゃご:5代目の孫)にあたる渋澤健氏にインタビューしました。外資系投資銀行に勤務し、米国大手ヘッジファンドの日本法人代表も務めた金融のスペシャリスト。SDGs・ESGのアドバイザリーも務める同氏に、日本企業への提言を伺いました。

渋澤健


 

企業価値の「メジャーメント」が、サステナブル時代には欠かせない

──最近では、SDGsの達成やサステナブルな社会の実現に向けて取り組む日本企業が増えてきています。渋澤さんはこの現状をどのように捉えていますか?

渋澤:日本のビジネスと言えば、「三方よし」ですよね。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の考え方が多くの成功を導いてきました。しかしよく考えると、「世間よし」、つまり社会の役に立っているかどうかは、客観的に測定する指標がありませんでした。

ここが曖昧なままではサステナブルな社会は実現できません。「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の観点から企業の非財務的価値の情報開示を求め、分析して投資の価値を決める「ESG投資」は、「世間よし」の可視化の取り組みの一つと言えるでしょう。地球や社会が待ったなしの状況になってきて、今やESGの観点は投資のど真ん中に存在するようになりました。

──どれだけ資産を持っているか、どれだけ収益を上げているかといった財務的な要素だけでは企業価値を測れなくなってきたということですね。

渋澤:そうですね。アメリカでは、さらに一歩進んで、「ポストESG」といわれる、企業の社会的インパクトや環境的インパクトを測定する「インパクト・メジャーメント」が注目され始めています。ESG投資は、企業側にしてみると、投資家の要請に対しての情報開示にとどまるという側面があります。要は、企業は受け身の立場で、私たちは環境に配慮していますよ、法令を順守していますよといったことを示すにとどまっています。

それに対して、インパクト・メジャーメントは、企業がもっと主体的に自分たちの事業が社会や環境に与えるインパクトを意図とする考えです。出来上がった製品やサービスの世の中へのインパクトに加え、製品やサービスをつくる過程で、環境にどれだけ配慮しているか、サプライチェーンにおける人権をきちんと守っているか、従業員に賃金を確実に払っているかといったこともメジャーメントの対象になり得ます。

──社会への貢献と利益の追求を両立する。それをきちんと世間に示していこうということでしょうか?

渋澤:はい。いずれ会計制度に落とし込むという研究まで始まっていて、これが実現されるようになると企業にとっては、大きなパラダイムシフトになります。いずれにしても、企業はこれからもっと積極的に、環境への配慮や社会貢献に関しての情報開示に留まることなく、インパクトの意図を示すことも求められるようになってくるでしょう。

渋澤健


 

今、最も可視化されていない企業価値は「人」である

──現在の日本企業の非財務的価値はどれくらいなのでしょうか?

渋澤:企業の株価を評価する投資尺度に「PBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)」というものがあります。

P(price)は、株価。すなわち企業が資本市場からどれくらい評価されているかを表したものです。B(Book-value)は、企業の純資産。簡単に言うとその会社の資産から負債を引いた財務的価値です。R(ratio)は比率。PBRとは、株価を一株当たりの純資産で割ったものです。

もしもPBRが1.0なら、資本市場から見た価値と企業の財務的な価値はイコールということです。PBRが1.0以上の場合は、今見えている財務的な価値より、将来の可能性や期待値が大きいことになります。逆にPBRが1.0を割り込む企業は、資本市場から見ると、その会社の非財務的な価値はマイナスと言われているようなもので、日本では4割ぐらいの企業が1.0を割り込んでいる状態です。株価が30年ぶりの高値だと話題になっていますが、多くの日本企業の未来は必ずしも明るくないと感じます。

──なぜ日本企業の価値は低くみられているのでしょうか?そもそも企業の“非財務価値”とは何を指しているのでしょう?

渋澤:いろいろありますが、一言で表すなら“人”だと私は思います。企業はよく、人は財産だと言いますが、その人材の価値をきちんと可視化できているかといえば、そうではないように思えるのです。企業で働く一人一人がその企業の将来の価値をつくっている。ということは、PBRが1.0を割っている企業は、「あなたの会社の人材はマイナスの価値です」と資本市場から言われているようなものです。

こんなことを言うと経営者の皆さんは、「いやそんなことはない。わが社にはこんなに素晴らしい人材がいます」と答えるでしょう。でも今、人材を財務的に可視化する方法は、人件費の確認ぐらいです。端的に言えば、人という最も大切な財産を削り取ることによって利益を上げ、企業の価値を高めているのです。しかしそれでは、持続的に価値をつくることは不可能です。ですから人の価値を正確に可視化する必要があるんです。そのためにも、先に述べたインパクト・メジャーメントの中で、人材の価値を明らかにする可能性があると期待しているのです。

非財務的価値を明らかにすることに対して、「会社のネガティブな部分を見られるのが嫌だ」と考える経営者が出てくるかもしれません。しかし、自分の会社の改善すべき点を見つけるためにも、インパクト・メジャーメントは有効でしょう。可視化された課題と向き合って解決していくことで、結果的には資本市場から評価され、市場価値が高まることにつながっていくはずです。

企業の成長には、人材への投資が不可欠

──人材に関して、日本企業が考えるべきことを教えてください。

渋澤:私が現在の日本企業で課題だと感じているのは、新卒一括採用、年功序列、終身雇用です。これらは確かに、昭和の時代には成功したモデルと言えるかもしれません。しかし少子高齢化が進み、人口自体も減少している今の日本でこのモデルを続けていても、この先に明るい未来は描けないと考えています。

近年は、「一生同じ会社で働くこと」がデフォルトではない若者たちも増えてきています。今後は、雇用の流動性を促進するような制度をつくっていく必要があるでしょう。同時に、限られた人材に惜しまずに投資をして、しっかり人を育てることが急務です。

──雇用の流動性を高めつつ、人材開発にお金をかけるというのは矛盾しているようにも感じますが?

渋澤:日本では「背中を見て学べ」というような、一つの会社に長く勤め続けて学ぶ文化があり、新入社員の研修にかける費用などが少ないのではないかと考えています。私は最近、厚生労働省の報告書で、日本企業の「人材開発費」をGDPで割った数値が、他国と比べて圧倒的に小さいというデータに衝撃を受けました。日本はGDPが拡大しているわけではない。このデータはつまり、日本ではただただ人材開発にかけるお金が減らされていることを表しています。

それでは若い人は辞めてしまいます。これからの時代は、人材開発にお金をかけ、優秀な人材には早くから責任のある仕事を任せて、評価をしていくことが重要です。きちんとした教育も受けられない、仕事も任せてもらえない、長く勤めれば時間が解決するといった、これまでのやり方ではいけません。そして企業が、「他でも活躍できるけどこの会社で働きたい」と思わせるような魅力を持つことも大切です。そのためにも、インパクト・メジャーメントで、企業が人材開発にかけている投資の額や、教育研修の手厚さ、それらの人材で社会にどのように貢献しているかといったことを積極的に示していくことが必要です。

渋澤健

 

現代にも通じる、「論語と算盤」の未来志向の考え方

──30~40代のビジネスパーソンに向けて、これから持つべき心構えや、仕事をしていく上でのアドバイスをお願いします。

渋澤:30代の皆さんに伝えたいのは、あらゆる組織が使いがちな「前例がない」「上に通らない」「誰が責任を取るんだ」という3つの言葉に負けないでほしいということ。同僚や上司がこれらのワードを使っていたら「NGワードですよ」と伝えてほしいですし、それを当たり前に注意できるような社内風土をつくることが、とても大切だと感じています。40代、50代になったとき、「こんなにたくさん前例をつくりました」と自信を持って言えるよう、新しい価値をどんどん生み出していってもらいたいと思います。

40代の皆さんは、なかなか大変な世代だと思っています。人口が多い割に下の世代が少ないため、将来に不安を感じる方も多いでしょう。だからこそ私がアドバイスしたいのは、将来のために「投資」をしてほしいということ。それは、今のうちから毎月定額のお金を積み立てておくという金銭面での投資はもちろんですが、私は「自分自身への投資」もとても大切だと思っています。人生を100年と考えたとき、会社を退職した後、自分には何ができるのか。目の前にある仕事のことも考えつつ、会社の外で自分の価値をつくっていくことも今のうちからぜひ意識して考えてほしいです。

──最後に、高祖父である渋沢栄一氏の著書「論語と算盤(そろばん)」の中から、現代でも生かせるポイントを教えてください。

渋澤:「論語と算盤」の中で皆さんに注目していただきたいのはたった一つ。「と(and)」です。論語「か(or)」算盤ではなく、論語「と」算盤なんですよね。ここから読み解けるのは、「論語」「算盤」という一見関係のなさそうなものを組み合わせることによって、新しい価値を生み出せる、ということです。

これは今の時代にも通じる考え方です。例えば今、ビジネスにおいて求められることが多いのは「か」の力です。0か1か、白か黒か、もうかるかもうからないか。もちろんこの力も、効率性や生産性を高めるためには欠かせないものだと思います。しかし「か」の力だけでは、それ以上の化学反応を起こすことはできません。変化の激しい今の世の中で大切なのは、時代の変化にただ適応するだけではなく、そこから一歩二歩先を行くような新しいクリエイションを、「と」の力で生み出すことです。それは、現代のSDGsやサステナブルの考え方にもつながるはずです。

TeamSDGsTeamSDGsは、SDGsに関わるさまざまなステークホルダーと連携し、SDGsに対する情報発信、ソリューションの企画・開発などを行っています。

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