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SDGs達成のヒントを探るNo.13

脱炭素社会の実現に欠かせない「ポジティブなコミュニケーション」とは?

2022/04/05

今回は、国立環境研究所の江守正多氏にインタビューしました。気象学者である江守氏は現在、気候変動対策について社会学者などと共同研究しながら、社会の大転換の必要性を説いています。カーボンニュートラルの実現を目指し、日本や世界はどう変わっていかなければならないのか。日本と海外における意識の違いや、気候変動問題に取り組む企業から一般の生活者に対するコミュニケーションのアイデアなどをお聞きしました。

江守正多


 

気候変動対策をビジネスチャンスと捉える

──2021年4月時点で、日本を含む120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けて取り組んでいます。気候変動対策への意識は、日本と世界で違いがあるのでしょうか?

江守:世界では日本よりも気候変動対策を「ビジネスチャンス」と前向きに捉えているように感じます。特にさまざまな産業で市場が飽和気味の先進国では、気候変動対策ほど需要が拡大するものはないと考えられています。さらにヨーロッパなどでは、ビジネスチャンスであると同時に人類の運命に関わる問題だと捉える人が多い印象もありますね。このように実利と倫理的な理由がマッチしているからこそ、取り組みがスピーディに進むのではないかと感じています。

日本でも、脱炭素に取り組まなければ投資が受けられないなど少しずつ状況が変わってきていて、大企業を中心に気候変動対策を意識したり、ビジネスチャンスと捉えたりする企業が増えてきています。しかし中小企業はまだあまりピンときていないところも多いのが現状です。また日本の製造業は、いまひとつ市場に参入できていない企業が多いように感じています。

その理由の一つは、今まで日本が得意としてきた火力発電や自動車のエンジンといった技術が、これからの脱炭素社会で求められる技術とマッチしていないからです。この課題に対して日本政府は、今後も自国の技術を生かしていこうと、水素やアンモニアを使って温室効果ガスを発生させない「クリーンな火力発電」を推進する姿勢ですが、うまくいくかは楽観視できないと思います。

──気候変動対策では、再生可能エネルギーについてもよく話題になります。日本における再生可能エネルギーの問題をどう考えていらっしゃいますか?

江守:相対的に見ると日本は、再生可能エネルギーを普及させるための地理的条件が恵まれているとはいえません。しかし今後もできることは多くあると思います。例えば、すでに普及が進んでいる太陽光発電ですが、住宅の屋根上や耕作放棄地など、太陽光パネルを設置できる場所はまだまだあります。また、海に囲まれた日本の地勢を生かし、洋上風力発電も本格的な開発が始まろうとしているところです。さらに再生可能エネルギーの導入を進めていくだけでなく、電気自動車や環境に配慮したエコハウスなどを広めていくことも必要です。

日本では、こうした気候変動対策に対して「我慢するもの」「負担するもの」という意識を持っている人が多くいます。しかし私はもっとポジティブに、化石燃料の時代を“卒業”して、次の新しい時代に入っていく、進化していく。そう考えたらいいのではないかと思っています。これからの新しい時代を生きていくために前向きに社会を変えていこうという意識を持つことが、気候変動対策を進めていく上で非常に大切です。

我慢を強いるのではなく、人々が前向きになれるようなコミュニケーションを考える

──気候変動対策に取り組む日本企業が少しずつ増えてきている一方で、一般の生活者の中にはまだ意識が向いていない人もいると思います。今後、日本企業はそうした人々に向けてどのようにコミュニケーションを取っていけばいいでしょうか? 

江守:気候変動を解決するようなビジネスを行うときには、生活者に自社の製品やサービスをポジティブな気持ちで選んでもらえるようにメッセージを発信する必要があると思います。例えば、代替肉のハンバーグを売る会社が「本物のお肉と比べたらおいしくないけど、環境にいいから我慢して食べてください」というメッセージを発しても誰も振り向かないですよね。

例えば、電力会社の「みんな電力」では、再生可能エネルギーの生産者がわかる“顔の見える電気”を提供しています。お米や野菜で「○○県の○○さんがつくりました」と生産者の顔が見える商品がありますが、「みんな電力」の電気も同じように、どんな人の手によってつくられて自分たちのもとに届いているのか、そのストーリーを知ることができます。電気はどの電力会社を選んでも同じように使えるもの。しかし、「みんな電力」の取り組みを「面白い!」と思った人は、「この電力会社と契約して再生可能エネルギーを使いたい」と積極的に選ぶことができるはずです。

また私が魅力的だと考えるコミュニケーションの一つに「最近、地球が暑くてクマってます。」という書籍があります。「読ませる」テクニックを持った水野敬也さんと長沼直樹さんによって書かれたもので、私も監修者として携わりました。本書では、気候変動の危機を提示しつつも、説教くさくならず、マイナスな側面ばかりではなく「希望があること」も伝えていて、すてきなメッセージの出し方ができているのではと思っています。

こうした企業やメディアのポジティブなメッセージは、人々の持つ「気候変動対策」=「負担意識」を変えることにもつながるはず。今後も脱炭素社会の実現に向けて、社会を前向きに変えていくためのコミュニケーションを模索していくことが重要だと考えています。

江守正多

何%かの人が本気で取り組めば世の中は変わる

──今後、気候変動対策を進めていくために一人一人にできることや取り組んでいくべきことを教えてください。

江守:まずは、このまま気候変動が進むとどうなるのかを多くの人が理解することが大切です。そのために、私がよくおすすめしている具体的な方法の一つが、ニュースアプリなどでトピックをフォローする機能を使うこと。「気候変動」などのワードをフォローしておけば、日々情報に触れることができるようになります。その中には、気候変動によってひどい被害が起きているニュースなど、気が滅入るような情報もあるかもしれません。しかし同時に、世界で急速に対策が進んでいることや、ビジネスのヒントになるような話題なども入ってきて、気候変動対策を前向きに考えられるようになるはずです。

ただ正直なところ、私は、気候変動の現状やリスクを知ってもピンとくる人とそうでない人がいると思っています。世の中の全員が気候変動対策に一生懸命になることは難しいかもしれません。しかし何%かの人々が、気候変動問題を知って「この問題をどうにかしたい」と本気で考え、仕組みやシステムに働きかけるアクションを起こせば、社会を大きく変えていくことができるのではないかと考えています。システムそのものが変われば、無関心な人も知らない間に脱炭素に寄与できます。

今後、気候変動対策の実施を加速させていくために求められるのは、社会の仕組みやシステムが大きく変わることです。例えば、住宅を新築するときには、断熱性に配慮し、屋根の上に太陽光パネルを設置することを義務化する。電気自動車は充電ステーションを増やすなど整備を進めながら、ゆくゆくはガソリン車の新車販売を禁止する。このように、脱炭素に合致しない選択肢を減らしていくことも大切です。そしてエコハウスや電気自動車を選んだ方が「当然いいよね」という認識を広めていく必要もあると考えています。

例えば今、電球を買おうと思って売り場に行くと、販売されているのはほとんどがLED電球です。長持ちするLED電球は、取り換える手間もなく経済的なので、今や多くの人が当然のように手に取っていますよね。同じように今後は、多くの人々が脱炭素につながるものを選んだり利用したりすることを“当たり前”にしていく。そのための動きが現在国内でも少しずつ増えてきています。

TeamSDGsTeamSDGsは、SDGsに関わるさまざまなステークホルダーと連携し、SDGsに対する情報発信、ソリューションの企画・開発などを行っています。

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