SDGs達成のヒントを探るNo.14
SDGs達成や社会課題の解決のために、「芸術」には何ができるのか?
2022/07/13
SDGs達成のためのヒントをさまざまな識者に伺う、本連載。今回のゲストは、アーティストの日比野克彦氏です。日比野氏は、長きにわたり国内外でさまざまな芸術活動を展開し、2022年4月には、母校である東京藝術大学の学長に就任しました。
インタビューの冒頭、「SDGsの17の目標には、“芸術”という言葉が一つも入っていない」と切り出した日比野氏。
企業や社会がSDGsに取り組むときに芸術には何ができるのか?
東京藝術大学の取り組みを交えながら語っていただきました。
SDGsは、アートの社会的な役割をアピールするきっかけになる
──そもそも、芸術とSDGsがどうつながるのか、イメージしづらい人も多いと思います。日比野さんは、SDGsや社会における芸術の役割についてどう考えていますか?
日比野:芸術が社会的なものに対して機能するのかという問いについて、多くの人たちはいまだに芸術は美術館で見たり、音楽ホールで聴くものと捉えていると感じます。そして、一部の訓練をした人が芸術家、表現者になると考えている。すなわち、すごく限られた世界でしか芸術が機能していない現在において、もっともっと芸術が社会に機能していく必要がある。芸術にはその力があるのに、まだ発揮しきれていないことが課題です。芸術の大いなる力、魅力というものを発揮していく一つのきっかけがSDGsだと考えています。
芸術の社会的責任というものを考えるとき、私は、「芸術」ではなく「アート」という言葉に置き換えたほうがいいと思っています。芸術の「術」という漢字からは、どうしても“技術”や“スキル”をイメージしてしまいますよね。もちろん、技術の側面もありますが、美術館や音楽ホールにあるものだけがアートではありません。
私は、アートとは人の心を揺さぶるもの、もっと人間の根源的な力を引き出すものだと思っています。私たちは、絵を見たり音楽を聴いたりすることによって、感動したり衝撃を受けたりしますよね。アートの本来の魅力は、このような「心の揺らぎ」を引き起こすところにあるのではないか。そう考えると、自然、食、スポーツ、人とのコミュニケーションにも、心がウキウキしたり、突き動かされたりする瞬間があって、これらも含めてアートだと言えると思います。
アートが社会に機能することを発信しようと藝大が取り組んだのが、2021年の夏に開催した展覧会「SDGs×ARTs展 十七の的(まと)の素(もと)には芸術がある。」です。この展覧会では、芸術活動とSDGsを結び付けた企画を学内で公募し、その中から22の取り組みを展示しました。
例えば、藝大の履修証明プログラム「Diversity on the Arts Project(通称:DOOR) 」と、大学院美術研究科デザイン専攻 Design Embody研究室が取り組む「センサリールームプロジェクト」も、その一つです。
このプロジェクトは、大きな音や強い照明が苦手な感覚過敏の子どもとその家族が抱える、「スポーツ観戦をすることができない」という課題を、アートの力で解決しようと試みたものです。大きな音や明るすぎる光、人混みなどを避け、落ち着いた環境でスポーツ観戦が楽しめる部屋「センサリールーム」を、公益財団法人 日本サッカー協会とともにつくりました。
制作では、アートの視点を生かして、センサリールームを研究したり、プロトタイプをつくって実験したり、家族へのリサーチを行ったりしました。国立競技場で行われた2021年末の天皇杯決勝の試合では、実際に当事者とその家族を、私たちが制作したセンサリールームに招待しました。プロジェクトは現在も継続して行っています。
展覧会ではほかにも、青森の子どもたちが「縄文文化」をテーマに学ぶ「あおもりJOMON GYOMO プロジェクト」 や、アフリカの都市や地域をさまざまな方法で観察、記録した「The World Learning from Africa」などの展示がありました。
この展覧会は、参加したアーティストにとっても、自分たちがやっている芸術活動がSDGsにどう結びつくのか、社会とどうつながるのかを考えるきっかけになったと思います。今後は藝大だけでなく、他の大学や企業とも連携しながら、芸術の役割をさらに発信していきたいと考えています。
SDGsの取り組みの選択肢を増やすことで、企業の活動はさらに広がる
──今後、企業とのさらなる連携を目指している東京藝大ですが、日比野さんは企業のSDGs達成に向けた取り組みについてどう考えていますか? 最近では、「SDGsウォッシュ(やっているふりをしているだけの見せかけのSDGsのこと)」と呼ばれる場合もあるようですが……。
日比野:SDGsへの取り組みは、やっているふりでも、やらないよりはぜんぜんいい。SDGsの取り組みのレベルを「高度なことをやっている」「大したことをしていない」といったようにヒエラルキーにして測る必要はない、と考えています。ただ、「SDGsウォッシュ」と呼ばれる企業が出てくるのは、今はまだ、取り組みの選択肢が少ないからかもしれません。今後、SDGsの取り組みの幅を増やすことで、活動はさらに広がっていくのではないでしょうか。
私も一緒に仕事をしている日本サッカー協会では、「ペットボトル(の使用量)を減らしましょう」「電力消費を控えましょう」と呼びかけたり、1試合で排出される二酸化炭素の量を提示したりと、SDGsへの意識づけを積極的に行っています。こうした取り組みだけでも、大きな企業や組織ほど多くの人に影響を与え、一人一人が生活の中での意識を変えていくことにつながるはずです。
──企業が取り組むSDGsでは、数値目標を掲げている企業も多いと思います。そこに対して、芸術ができることは何でしょうか?
日比野:SDGsには数値で表せる目標がたくさんありますが、数字には一目瞭然でわかるよさがありますよね。そして、数字の面白さはアクションのきっかけにもなります。例えば「ペットボトルをこれだけ減らせば、これだけの二酸化炭素が減らせる」と具体的な数字でわかれば、「毎日買っているペットボトルを一本でも減らしてみようかな」と、生活の中で自分にできることを実践しようと思えます。
その一方で数字は、結果が出ないと諦めたりやめたりするきっかけにもなりかねません。そのため、「自分一人が減らしても変わらない」と思わないようにしたり、継続するための工夫も必要だと思います。私はその、数字ではない「気持ち」の部分でアートにできることがある、と社会にアピールしていきたいと考えています。
──企業との連携を進めていくために、現在、東京藝大が取り組んでいることはありますか?
日比野:芸術は数値で表せないからこそできることもあって、それが魅力でもあります。しかし、社会のあらゆることには、評価、基準、比較がつきまとうことも事実です。そのため現在、他大学や研究機関と連携しながら、芸術の効果を数値的な標で伝える事はできないかという研究を始めています。
しかしこの研究は、感情や心が対象になるので、果てしない研究になることは目に見えています。最近はビッグデータのおかげで、さまざまな予測ができるようになり、きりがないこともないのかもしれないですが……。それでもやはり、芸術は最終的に「わからないもの」で、答えを求め続けようとすることに意味がある、と考えています。それに、世の中には、「わからないもの」を引き受ける土壌も必要です。これまで手を付けにくかった、アートの社会的役割の研究を、さまざまな機関とともに進めていきたいと思います。
他大学や企業と連携しながら、芸術の役割を考え、実践する
──最後に、日比野さんの今後の目標を教えてください。
日比野:藝大では今年から、ヨーロッパやアジアの芸術大学が共同で社会課題などさまざまなテーマに、国や地域、文化・歴史的背景の差異を超えて取り組む「Shared Campus」 という、国際的な教育形態と研究ネットワークのための協力プラットフォームに加わりました。現在、いくつかの機関では、「アートが社会的な課題に対してどう取り組んでいくべきか」を模索しています。
これからは、世界中にあるアートの専門機関とそれぞれの国のステークホルダーである企業が一つになっていくことが必要です。藝大だけで頑張るのではなく、世界中の芸術大学、世界中の企業とともに、世界中で抱えている課題に対して取り組んでいきたい。学長を務める6年間の任期の中で、「共創の場」をつくりながら、社会におけるアートの役割を見いだし、発信していきたいと考えています。
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