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チームとは、なんだ?No.5

心理的安全性の本質に迫る(前編)

2022/03/04

コミュニケーションの本質について、早稲田大学の村瀬俊朗氏に問う本連載。コミュニケーション、コラボレーション、リレーションシップ、エンゲージメントなど、とかく横文字のワードが並びがちなこの業界だが、その正体とは一体なんなのか?村瀬氏に分かりやすく解説してもらった。


自分の「居場所」を見つける

「心理的安全性」というワードが、社会に定着しつつある。平たくいえば、「職場や家庭、社会の中で、安全を維持してイキイキと過ごしていくための条件」のようなものだ。

その一方で、主に職場での話になるが、「チャレンジだ!」「改革だ!」「なにがなんでもこの商談には勝つんだ!」みたいなことが日々、叫ばれている。心理的安全性が確保された戦場、などというものは存在しない。まずは、そのあたりのジレンマについて村瀬氏に解説してもらった。

「ゴールを共有すること、が大事だと思います。それがチーム力になるし、ゴールを共有しているからこそ、心理的安全性も得られる。仕事でいえば、心理的安全性を獲得すること、あるいは与えることが、ゴールではありません。心理的安全性を確保することは、あくまで手段であって、目的ではないのです」

村瀬俊朗(むらせ・としお)氏: 早稲田大学商学部准教授。1997年に高校を卒業後、渡米。2011年、中央フロリダ大学で博士号取得(産業組織心理学)。ノースウェスタン大学およびジョージア工科大学で博士研究員(ポスドク)を務めた後、シカゴのルーズベルト大学で教壇に立つ。17年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワークの研究。
村瀬俊朗(むらせ・としお)氏:
早稲田大学商学部准教授。1997年に高校を卒業後、渡米。2011年、中央フロリダ大学で博士号取得(産業組織心理学)。ノースウェスタン大学およびジョージア工科大学で博士研究員(ポスドク)を務めた後、シカゴのルーズベルト大学で教壇に立つ。17年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワークの研究。

編集の仕事をしていると、しばしばこうした指摘に遭遇する。われわれはついつい、目的と手段を取り違えてしまうのだ。手段そのものが、いつのまにか目的になっている。「社内のデジタル化が何%進んだ。女性の管理職が何%を超えた。ああ、良かった」みたいな。それは手段であって、目的ではないでしょう?ということだ。デジタルの力、女性の力をいかに生かしていくかということが、本来の目的であるはずだ。

「チームにとっては、個々の役割であるとか、ルールであるとか、ルーティンといったものも、とても大事です。同じゴールを見据えた上で一つの枠組みを共有する、その中で、自分の居場所を見つける、ということです。それがないと、自分の仕事しか考えないとか、チーム内の競争に勝つことばかりを考えてしまう。それって、ゴールに到達する上で、マイナスでしかないですよね。スポーツでいえば、チーム内でレギュラーを獲得した、やったー!と喜んでいるようなものですから。いうまでもなく、試合に勝つことがゴールなのですから」

チームスポーツのイメージ

横並びこそが、日本人の安心感

「たとえばエンゲージメントみたいな言葉が、ビジネスの世界ではよく独り歩きするんです。約束事とか、忠誠心とか、求心力とか、いろんな意味で使われるワードだと思うのですが、村瀬さんのご指摘を踏まえると、ワードだけを共有していて、その本質は実は共有できていないということですか」という編集部からの指摘に、村瀬氏はこう答えた。

「この連載でも申し上げましたが、エンゲージメント=のめり込むこと、と考えると、イメージがしやすいと思います。商売相手を含めたチーム全員が一丸となって、イキイキと作業にのめり込む。そんな状態がつくれたら、プロジェクトは確実に前に進むし、結果も出ると思います。経営方針を説明する際によく使われる『ビジョン』という言葉も同様です。ビジョンと言われると、ついついきれい事のように思ってしまいますが、みんなでこのゴールに向かってのめり込もうぜ!という感じで伝えられると、心に響くし、具体的な行動もイメージしやすい」

それを伝えるには、その人が考えているイメージを、その人の言葉でチームに伝えることが大切なのだ、と村瀬氏は言う。「日本人や日本の企業は、常に横を見ているんです。横並びになっていれば、心理的安全性が確保される。『それではダメだ。改革だ!チャレンジだ!』と言われると、途端に、他人を蹴落としてでも自分だけが勝者になろうとしてしまう。どちらも効率的ではないし、生産的でもありませんよね?ああ、この仕事にのめり込みたい、というものが見つかって、同じ思い、同じをゴールを共有できるチームができてはじめて、いい仕事は生まれるものだし、ライバル会社との差別化も図れるのだと思います」(最終回#06へつづく)

村瀬氏が准教授を勤める早稲田大学
村瀬氏が准教授を勤める早稲田大学

【編集後記】

筆者自身は、「心理的安全性」という言葉を「安心の保証」のようなニュアンスで受け止めていた。一流大学を出ているから、MBAの資格をもっているから、大企業の部長の肩書を手にしているから、もう安心だ、目的は達成された、といったような。でも、村瀬氏の話を伺っていて、大いなる勘違いをしていたことに気づかされた。
村瀬氏の視線は、常に外へ向けられている。外から組織を見ている、と言い換えてもいい。「安心の保証」を求めているかぎり、新しいことはできない。見ている世界はどうしても「内」になる。上司に気に入られようとか、部下に嫌われたくないとか、そんなことで新しいものが生み出せるはずはない。自身の安全や安心だけを考えている人間がいくら集まっても、チームとしては成立していない。
この連載のテーマは「チームとは、なんだ?」というものだ。ラグビーで一躍、注目を集めた「チーム」という言葉の本質に、最終回である#06でいよいよ迫ってみたいと思う。

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