loading...

日本発、宇宙ベンチャーの挑戦No.8

宇宙ってもうかるの!?開発最前線から考察。【衛星データ編】

2022/02/02

日本の宇宙ベンチャーによる「SAR衛星」は何がすごいのか?

宇宙に興味・関心がある人は少なくありませんが、私の経験では、これがビジネスの話となると「夢がありますねー」と、ひとごとに終始してしまいがちです。

多くの人には「宇宙は稼ぐジャンルではない」、そんな固定観念があると感じています。

そこで、宇宙は夢でもなければ特殊な分野でもなく、リアルなビジネスのフィールドだと認識してもらえるように、前・後編に分けて、九州と北海道で宇宙開発に挑むベンチャー2社をご紹介します。

今回取り上げるのは、九州のQPS研究所。光学センサを搭載した人工衛星の「悪天候時や夜間の撮影ができない」という弱点を補える、“合成開口レーダー”を搭載した「小型SAR衛星」の開発に取り組む会社です。

最前線の方々の思いに触れ「日本いいぞ」「宇宙、ひょっとしたらもうかりそう」など、一人でも多くのビジネスパーソンの新たなマインドセットになれば幸甚です。

(文:電通九州 山本圭)

「FUKUOKA SPACE EXPO 2021」(主催:福岡青年会議所・後援:福岡県、JAXA等)より

【スピーカー】
大西俊輔氏(QPS研究所代表取締役社長)
當房睦仁氏(円陣スペースエンジニアリングチーム理事長)
吉原大介氏(九州電力ES事業統括本部イノベーショングループ副長)
和久田昌裕氏(電通九州クリエーティブディレクター/プランナー/コピーライター)
<目次>
「地球のほぼ全地点」を平均10分に1回、観測する。SAR衛星で何が実現する?
宇宙はモノづくり、人づくり。北部九州宇宙クラスター
宇宙を「既知のもの」にするために、意味がないことをやってみる
2005年創業のQPS研究所の小型SAR衛星。2021年12月の時点で累計資金調達額が約72億円と発表
2005年創業のQPS研究所の小型SAR衛星。2021年12月の時点で累計資金調達額が約72億円と発表

「地球のほぼ全地点」を平均10分に1回、観測する。SAR衛星で何が実現する?

「FUKUOKA SPACE EXPO 2021」の様子
「FUKUOKA SPACE EXPO 2021」の様子

──QPS研究所のSAR衛星とは、どんな衛星ですか?

大西:分解能1m以下を実現し、重さ100㎏級のSAR衛星です。分解能1mとは、「観測できる一番小さな値」が1m未満という意味です。実際には、70cmでの観測にも成功しました。例えば、宇宙から地上の車などが認識できます。小型衛星では世界トップレベルの性能と自負しています。

──SAR衛星にはどんな特長がありますか?

大西:地球の75%は夜間または悪天候なので、光学衛星だけでは撮影できる時間帯に制限があります。しかしSAR衛星は、レーダー方式なので、天候や昼夜に関係なく撮影ができます。

重さ約100kgというのもポイントです。大型衛星では、宇宙に打ち上げるのに莫大なコストがかかります。しかしわれわれの衛星は軽いので、その分、多数の衛星を打ち上げることができます。

筆者補足:従来は国家や大企業の専有物だった「衛星」は、格段に軽量で廉価になったようです。日本はまだこれからですが、海外ではこうした衛星ベンチャーに民間マネーがどんどん流れ込んでいます。

──打ち上げ状況は?

大西:2019年12月に初号機、2021年1月に2号機を打ち上げました。2022年は4機打ち上げの計画です。これから毎年複数機の打ち上げを続けて、2025年以降、36機のコンステレーション(※)を目指します。

※衛星コンステレーション……多数の衛星を統合して1つのシステムとして運用すること

 

──QPS-SAR衛星の36機体制で、暮らしや社会はどう変わりますか?

大西:平均10分に1回、地球のほぼどこでも観測できるようになります。すると、スマホで、道路や施設の混雑状況、お店の行列が分かるでしょう。いわば、リアルタイムのグーグルマップです。

公益分野では、防衛・安全保障です。また災害発生時の迅速な状況把握や、インフラ保守などにも役立ちます。さらにSARデータを解析すれば、線路などはミリ単位で高さの変化も分かります。

さらに他のビッグデータと組み合わせて、未来予測ができます。農作物の生育状況を観測して将来価格を予測する、物流や交通量から業績を予測するなど、新しいアプリケーションサービスの創出に貢献できます。

筆者補足:イーロン・マスク氏のスペースX社は衛星分野にも進出し、何と1万機以上を地球低軌道に打ち上げる計画です。このようなモメンタムだと、近い将来、スマホのように、人工衛星も「ひとり1機」の時代が来るかもしれません。底流には、宇宙開発においてアメリカを中心に、政府から民間へプレーヤーの移行が進んでいることがあります。官民がうまくかみ合って、ロケットや衛星が、安く・早く・軽くつくれるようになっています。

宇宙はモノづくり、人づくり。北部九州宇宙クラスター

[左]円陣スペースエンジニアリングチーム理事長・當房睦仁氏[右]QPS研究所代表取締役社長・大西俊輔氏
[左]円陣スペースエンジニアリングチーム理事長・當房睦仁氏[右]QPS研究所代表取締役社長・大西俊輔氏

──円陣スペースエンジニアリングチーム(※)の當房さんに伺います。QPS-SAR衛星の製造で、地元企業の貢献が大きいとのことですが。

※円陣スペースエンジニアリングチーム……福岡県久留米市の中小製造企業が集まり結成した宇宙開発のためのNPO法人。QPS研究所のSAR衛星開発は、こういった地場の20社以上のパートナー企業と一緒に行われている。理事長の當房氏の本業は、フッ素樹脂コーティング加工業を営む睦美化成の社長。

 

當房:衛星には「軽さ」と、ロケットの振動に耐える「強度」が求められます。この相反する要素を解決するために、メンバーで試行錯誤を重ねました。苦労の連続でしたが、宇宙はやりがいが大きい。「あの衛星の部品はどこが作っているのか」、ネジ1本からそういう話になりますから。

宇宙空間で通用したということは、地上のあらゆる環境に対応できる技術の証明になるわけです。福岡県は自動車やタイヤ製造の集積があり、技術分野も多岐にわたって、世界で戦えるレベルです。常に新しいモノづくりに関われるように切磋琢磨していきます。

──インターステラテクノロジズの創業者・堀江貴文さんが、「宇宙開発は産業の総合格闘技」だとおっしゃっていました。そして「日本は自動車のサプライチェーンをもっているから競争で優位に立てる」とも。まさにこのことですね。

大西:そうです。すでにある技術やノウハウをベースにしつつも、宇宙へのチャレンジによって、マニュアルに載っていない技術や考え方が蓄積されていくと思います。宇宙への挑戦とは、産業基盤の下に、先達の知恵や暗黙知を学び、越えていくことに他ならないと思います。

筆者補足:ロケットや衛星は、ファブレス化(※)ができません。製造には、仮説、チームワーク、すり合わせなど、アナログな要件が欠かせないようです。日本の宇宙産業は出遅れが指摘されますが、これらは日本人の得意分野ではないでしょうか。宇宙は、産業創出はもちろん、日本人の仕事へのアイデンティティという点でも、希望を抱かせてくれるフロンティアです。

※ ファブレス化……自社では工場を持たず「企画・開発」に集中して、製造は外部に委託するビジネスモデル。代表例がアップル。 

  

円陣スペースエンジニアリングチームのメンバー
円陣スペースエンジニアリングチームのメンバー

宇宙を「既知のもの」にするために、意味がないことをやってみる

──電通九州のクリエーティブディレクターである和久田さんに伺います。これから宇宙利用がすすむと思いますが、一般にはまだ縁遠いです。宇宙を身近に感じてもらうにはどうすればいいでしょうか?

和久田:例えば福岡ペイペイドームの屋根を開けて、宇宙から試合の様子を見るとか。今どき野球の試合は、ネットで実況されるし、そっちのほうが正確だけど、普及のためにはあえて“意味がない”ことが大事かな、と思います。

2001年に、当時電通にいた高松聡さんが、ポカリスエットのCMを世界で初めて宇宙で撮影しました。誰でも知っている商品が宇宙にいった。その17年後に、イーロン・マスクがロケットに載せて、テスラ・ロードスターという本物の車を打ち上げました。

マスクは車を打ち上げたかったのではなく、夢を売りたかったのだろうと想像します。ポカリスエットや車のように身近なものを用いることで、「未知の世界」である宇宙を「既知の世界」に変えていく作業が必要だと考えています。

──宇宙データ活用のアイデアはありますか?

和久田:データは、特に九州では、農業、漁業といった1次産業にとって有用なものだと思います。農業は伝統的に産地の品目がきまっているそうで、この地だとミカンだとか、ここだとお米とか。しかし地球温暖化の中で、本当にそれでいいのか。もっと最適な品目や品種があるのではないか、と。

さらに、経験を伝える人の高齢化、担い手の不足という、製造業と同じ問題があります。宇宙データやIoTデータを活用することで、生産履歴や栽培方法を引き継げるし、新しいブランド作物が作れるかもしれません。

──最後に、九州電力の吉原さんに伺います。企業として、宇宙データをどのように活用したいですか?

吉原:九州電力としては、宇宙の目を、災害発生時における電柱や鉄塔等の「電力設備の被害状況の把握」に活用できるのではないかと考えています。その活用実績を積み重ねて、全国の他の電力会社にも展開したいです。また、普段の保守点検についても、人がやっていることを衛星データで代替できます。日本の労働力が減少していく中で、いまの水準を維持するためには、衛星は切り札だと思います。

QPS-SAR衛星が撮影した東京ドーム周辺。屋根が薄い膜のため電波が透過し、グラウンドが確認できる。
QPS-SAR衛星が撮影した東京ドーム周辺。屋根が薄い膜のため電波が透過し、グラウンドが確認できる。

《セミナーを終えて》
数多くの衛星が送ってくれるデータで、電通はどんな価値を提供できるかを考えてみます。人やモノの動きを予測して、店舗・倉庫・工場などクライアントのサプライチェーンに関する意思決定の支援ができそうです。また農作物の需給予測に活用すれば、新しい消費者への提案や食品廃棄の低減に貢献できるかもしれません。

すでに、保険会社が災害状況を把握し、迅速な保険金の支払いに活用する、地盤変動をモニタリングして、建設会社や自治体の工事リスクを管理するといった取り組みが始まっています。また、大分県や福岡県が宇宙ビジネス創出推進自治体に選定されるなど、自治体の動きも活発です。そして電通グループでも負けずに、新しいビジネスを創造する取り組みが始動しています。

いずれにせよ、開発に挑む方々が述べたように、挑戦とは「いまの基盤をベースに先達の知恵を学び越えていく」ことです。新たなモノをつくって、新たな知恵を獲得する。新たなビジネス、マネタイズとは、その先の領域にあるということを改めて実感しました。(山本)

tw