「People Driven Marketing® 実践ウェビナー2021」レポートNo.1
データとCXの時代へ。電通のPeople Driven Marketingを知る三つの基調講演
2022/02/10
電通による“人”基点のマーケティング「People Driven Marketing(※)」(ピープル・ドリブン・マーケティング)。
毎年アップデートを重ね、現在は「PDM5.0」に進化しています。
本連載では、電通人と企業のゲストたちが、マーケティングとデータの未来を語った「People Driven Marketing® 実践ウェビナー2021」3日間の模様を、ダイジェストでレポートします。
※所属や役職はウェビナー当時の情報です。
<目次>
▼Cookieフリー時代における「経済圏データ」との付き合い方
▼カスタマーインテリジェンス CXを成功に導く、顧客想像力の戦略
▼顧客接点の乱立を解決する、「顧客資産価値」起点の次世代CRM戦略
※People Driven Marketing
https://www.dentsudigital.co.jp/service/pdm/summary/
電通が提唱する、データ&デジタル時代に対応した“人”基点の統合マーケティング・フレームワーク。課題を人(People)基点で捉え直し、電通グループが持つ最先端のマーケティング手法を統合して、顧客の持続的な成長を支援していく。
1日目「CXデータ利活用実践」キーノートセッション
Cookieフリー時代における「経済圏データ」との付き合い方
1日目のテーマは「CX(顧客体験)データ利活用実践」。
キーノートセッションには電通データ・テクノロジーセンターの前川駿氏と電通デジタルの三谷壮平氏(現在は電通に所属)が登壇し、サードパーティクッキーに頼らない新たなデジタルマーケティングの打ち手「データクリーンルーム」(Data Clean Room)の可能性と活用方法を紹介しました(※)。
※データクリーンルーム
プラットフォームなどが企業に提供するマーケティング基盤。セキュアなクラウド環境内で、企業の持つファーストパーティデータと、プラットフォームの保有データをひもづけて分析を行い、広告配信などにつなげられる。
「データクリーンルーム」関連記事はこちら
・データクリーンルームは「Cookieフリー時代」のマーケティングを変える
前川氏はまず世界的な個人情報保護意識の高まりにより、今やデジタルマーケティングの主戦場がクッキーをベースとしたオープンウェブから、大手プラットフォームによる「経済圏マーケティング」へと移りつつあると解説。
そして各経済圏ごとにデータクリーンルームを用いることで、「ユーザープライバシーを保護しつつ、従来以上に高度な分析や広告配信ができる」とし、その理由を「ID単位でマーケティングの“垂直統合”ができるから」と述べました。
「クッキーでは、同一IDのデータは、基本的にキャンペーン単位でしか活用できません。しかし、大手プラットフォームはユーザーの許諾の取れているIDデータを多数保有しているので、データを長期的に利活用できます」(前川氏)
続いて電通デジタルの三谷氏が、同一IDデータ活用の具体例を列挙。例えば「検索キーワード」「ポイントサービスにひもづくオフライン行動」「POSデータ」といったオンライン/オフラインのデータ、そして「スマホとPC」などクロスデバイスのデータも、一気通貫で分析できるといいます。
「データクリーンルーム内では、企業の保有するファーストパーティデータ、プラットフォームの保有する許諾の取れたIDデータ、さらにテレビ視聴データなどを掛け合わせた分析が可能です」(三谷氏)
また、電通はグローバルプラットフォームと組んで、ここ数年で500件以上の実績があるといいます。「私たちはいち早くデータクリーンルームに着目し、実践知と実行体制を構築してきました。各プラットフォームからも高い評価を得て、他社に先駆けてα版の機能も多数提供されています」と前川氏。
そして実際に電通が手掛けた事例として、データクリーンルームで広告を最適化したケースを三谷氏が紹介しました。
・興味関心属性を軸としたPDCAデザイン
潜在的なニーズを持つ新規客を発掘するため、経済圏の持つ豊富な興味・関心属性のデータを用いて見込み度の高いユーザー属性を事前分析し、これによって定義したターゲット属性を、経済圏のデータクリーンルーム内で定点観測。
「企業の顧客を、ゲーム、旅行、自動車といった興味・関心属性ごとにクラスタリングした上で、各クラスタに合わせた施策を実施し、PDCAを回しています」(三谷氏)
・低コストでオムニチャネルひもづけができる「シングルソースパネル分析」
店舗を持つ企業がウェブとリアルの情報を統合する「オムニチャネル」には、大きな開発投資とオペレーションコストが必要です。
「そこで、経済圏が持つ一貫性の高い許諾済みIDを『豊富なクロス環境情報を持つ巨大なシングルソース』として活用します。コストを抑えながら、ウェブ接触後の購買可視化や購買確率予測のモデル化を実現できました」(三谷氏)
次に前川氏が、広告利用にとどまらないデータクリーンルーム活用事例として、販促やCRM(顧客関係管理)に利用したケースを二つ紹介しました。
・短期PDCAを実現する「戦略クラスタ転写」
コロナ禍で売り上げが低迷していたある食品メーカー。しかし実際にどんな顧客が離脱しているのか、復帰の可能性があるのかが、定量的に把握できないのが悩みでした。パネルデータで「世の中全体の俯瞰(ふかん)」はできるものの、それがメーカーの持つ顧客データと結びついていなかったのです。
「まずはパネルデータからクラスタ分析で顧客構造や戦略ターゲットを把握し、そのクラスタデータを各経済圏のデータクリーンルームに“転写”しました。これによりさまざまなメディアでの、ID単位の広告配信と短期的なPDCAが実現しました」(前川氏)
・ノーエントリー型で買い物体験を高める「販促最適化」
デジタル販促の参加ハードルを下げるには、自然な購買行動の中で購買証明を取得し、ポイント付与やキャッシュバックを実施するのが理想。しかし、自然過ぎると「ブランドからのオファー」だとユーザーが意識しにくく、ファンを作りにくいジレンマがあります。
「このケースでは“スケール”と“ロイヤルティ向上”の両立のため、PayPayで決済するだけでキャッシュバックを実施するノーエントリー型のキャンペーンを実施しました。データクリーンルームでキャンペーンの結果を計測し、デジタル販促のKPIとノウハウを科学的に分析できるようになりました」(前川氏)
最後に前川氏は、「Cookieフリー時代はピンチではなくチャンス。先んじて導入し、データクリーンルームを使いこなすことで、先行者利益を享受できます」と視聴者に呼びかけました。
2日目「CX企画開発実践」キーノートセッション
カスタマーインテリジェンス CXを成功に導く、顧客想像力の戦略
2日目のテーマは「CX企画開発実践」。電通の谷澤正文氏と三井知佳氏がキーノートセッションを行いました。
谷澤氏は冒頭、「CX推進のためにCRMツールを入れよう、データ活用をしようというのは“手段が目的化してしまっている”。それよりもまず“CXの本質”を考える必要がある」と説きます。
そして三井氏が、CXの本質に取り組んだ成功例としてカネボウ化粧品のブランド「KATE(ケイト)」の事例を紹介しました。
KATEは「NO MORE RULES.」(=なりたい自分は自分でつくる)というブランドパーパスを掲げ、「メイクの常識やKATEがこれまでやってきたことさえも疑い、メイクだけでなく、生き方も自己表現の一つとして後押しする」ことを目指しています。
このパーパスを起点に、コロナ禍でメイク機会が減る中でも、「マスクもメイク」というコンセプトで生まれた小顔マスクや、マスクにつかないリップなど、ヒット商品を続々と開発。
また、店頭接点が減る中で、公式LINEで「なりたい自分をルールに捉われず追求する」ための骨格診断をリリースし、NO MORE RULES.を体現する著名人へのインタビューをウェブマガジンで発信したり、従業員自ら出演し常識破りな商品について語る公式YouTubeチャンネルを開設するなど、顧客一人一人の自由な自己表現を応援するCXを創出しています。
谷澤氏はこのKATEの事例から、CX変革の鍵となる4つの視点を構造化して紹介しました。
①WHO→PEOPLE:主役のLIFE
KATEの場合:自分らしさ追求層
Customerは顧客である前に一人の人間です。その人の人生のジャーニーに商品やサービスがどう役立ち、どこまでその人の生活や人生を豊かにすることができるのかを考えるのが、CXの最初の一歩です」(谷澤氏)
②WHY→PURPOSE:ブランドの再定義
KATEの場合:NO MORE RULES.
「ブランドパーパスとは、ブランドの究極の目的であり、存在意義そのものです。これを明確に設定することで、ブランドに関わるすべてが“手段化”され、最初に述べた“手段の目的化”という課題を解消できます」(谷澤氏)
③WHAT→SUCCESS:顧客価値イノベーション
KATEの場合:高揚感(イノベーション商品/コンテンツ)
「カスタマーサクセスは、ブランド側の“主人公(=顧客)の人生を輝かせる”という思いと行動から生まれるもの。KATEはメイクの概念を超えたパーパスを掲げることで、新しい商品やコンテンツを通して顧客の『なりたい自分に何でもなれる』という高揚感を提供しています」(谷澤氏)
④HOW→Data&Tech:画期的工夫
KATEの場合:コロナ禍でもLINEでつながる
どうやってパーパスやカスタマーサクセスを実現するのか。それこそがデータやテクノロジーが貢献する領域ですが、一方で最も“手段の目的化”が起こりやすい部分でもあります。
谷澤氏はこの④HOWに関して、パーパスと手段(データ&テクノロジー)を結び付けてCX全体を機能させるための概念として「Customer Intelligence」(カスタマーインテリジェンス)を提唱しました。
「カスタマーインテリジェンスとは、顧客のため、パーパス/サクセスのために考え尽くされた情報です。セグメント、プロファイル、インサイト、ジャーニー、モーメントの五つの視点でデータを収集し、CX全体のデータ知見をため、クリエイティブやコンテンツ、アイデアとの掛け合わせで、より強固でオリジナリティのあるCX変革を実現します」(谷澤氏)
そしてCRMを導入する際も、クロスセル/アップセルを目的とするのではなく、例えばKATEであれば「顧客に自分らしさを発見してもらうこと」を目的にしています。
「そうなると、CRMで集めるべきデータは購買データだけではなくなります。コンテンツ接触データや『自分らしさを実現した投稿データ』も必要ですし、購入頻度よりも『なりたい自分に何回なれたか?の頻度』が重要指標になります」(谷澤氏)
谷澤氏はここまでの話をまとめ、「パーパス/サクセスの実現に向けて顧客のことを思い、想像することで、本当に入手すべきデータや活用すべきテクノロジーが見えてくる。そこにブランド独自のアイデアが生まれ、CXもブランド独自のものへと変革します」と、CXの本質をひもときました。
三井氏もこれに同意し、「人生100年時代、みんなが生き方そのものを考え直している今、ブランドはパーパスやカスタマーサクセスを考え直す必要があります。その時に大切なのが、カスタマーインテリジェンス、すなわち想像力。顧客一人一人の人生の輝きを想像し、その実現を追求し続けることが、ブランドへのロイヤルティやLTV向上につながります」と締めくくりました。
3日目「PDMの拡張」キーノートセッション
顧客接点の乱立を解決する、「顧客資産価値」起点の次世代CRM戦略
3日目のテーマは「PDMの拡張」。キーノートセッションは、電通デジタル(現在は電通コンサルティングに所属)の魚住高志氏による「“顧客資産価値”起点の次世代CRM戦略」でした。
魚住氏は「フィジカルなプロダクトを販売する」従来型の事業から、「デジタルサービスの中にフィジカルなプロダクトが内包される」形へのDXを目指す企業が増えているとし、「現状は、フィジカルなプロダクトとデジタルサービスが並走するフェーズにいる企業が多い」と続けました。
例えば自動車会社なら、「車」というフィジカルなプロダクトを販売する従来型の事業がありつつ、データとテクノロジーを活用して長期的に顧客関係の構築(CRM)を行い、快適なカーライフを提供する「コネクテッドサービス」が事業化されています。
魚住氏は前者を「売り切り事業(たくさん買ってもらう活動)」、後者を「コト売り事業(長く使ってもらう活動)」と定義。こうした変革の中で顕在化してきた課題が、コト売り事業へのシフトに伴う顧客接点組織の乱立による「統合マネジメント」の難しさだと指摘します。
同氏はクライアントから「顧客接点が増えて、それぞれがサイロ化している。全社的なKPIを策定しないと投資の意思決定を最適化できない」「宣伝組織とCRM組織が分断していて、顧客の“期待”と“満足”に大きなギャップが発生している」という相談を受けていると述べ、解決法として、電通の「顧客資産価値マネジメント」を提案しました。
顧客資産価値マネジメントは、プロダクトやサービスをこれから購入する顧客の「期待価値」を軸に置きつつ、購入後の「満足価値」という非財務指標を全社的にマネジメントする概念です。
例えばとある自動車会社では、今まで「事業・組織」を軸に財務を管理していました。しかし顧客資産価値マネジメントでは、「顧客がその企業に期待するさまざまな価値」を軸に財務指標を設計します。
魚住氏は現在のトレンドを、①顧客接点組織の統合②全社KPI構造の策定の二つに整理しました。
①顧客接点組織の統合
顧客の期待と満足のギャップを解消するために、“期待”のマネジメントと“満足”のマネジメントを一つの組織、一つの業務として統合するトレンドです。
「例えば“期待”を担っていた宣伝部と“満足”を担っていたCS部を統合したり、“期待”を担っていた営業部の機能にカスタマーセンターの機能を拡張して“満足”もカバーするような組織再編を促すことが重視されています」(魚住氏)
②全社KPI構造の策定
“期待”と“満足”を作る組織全体のKPIを構造化し、「顧客資産価値KPI」として中長期的な計画に生かすトレンドです。
「顧客資産価値KPIは非財務指標で、主に顧客ロイヤルティを指標に置くケースが多いです。例として、とある航空会社では顧客の『感動の出会い資産』を数値化しています。また別のヘルステック企業では『自社のデバイスで顧客が健康のためにどのくらい汗をかいたのか』を数値化しています。いずれも財務指標と同じぐらい重要な経営指標としてステークホルダーに開示しています」(魚住氏)
最後に魚住氏はセッションのまとめとして、顧客資産価値マネジメントを大きな組織で推進することの難しさに触れ、電通では「組織の統合・再編の構想から、指標設計の支援、マネジメント基盤と業務プロセスの設計、そして人材開発までを一気通貫で支援できる」と聴講者に語りかけました。